エピローグ

第1話


 診療所を後にした私は落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見渡した。


 でも、視線を下にしても、空を見上げても……口うるさかった『あいつ』はもういない。


「ふぅ……」


 そんなことは頭では分かっている。分かってはいても……たまに「どこかにいるのではないか」なんて思ってしまう。


「ん? あれは……」


 ふと目の前から見覚えのある人影が見えた。 


「……昴、今診断が終わったのか?」


 私にそう声をかけたのは緑だった。


「うん、問題なしっ」

「そうか」


 数馬から「僕がいなくなれば記憶もなくなる」確かにそう言われていた。


「……」

「……」


 しかし、どうやら私と緑だけは『数馬に関する記憶がなくなっていない』らしい。


 勝幸伯父さんも琴葉さんもどうやら『数馬』の存在すら忘れてしまっているが、私と緑は出会った時の事もバッチリ憶えていた。


「勝幸伯父さんも琴葉さんも数馬の事、一切憶えていないみたい」

「……そうか」


「今頃、どうしているのかなぁ」

「…………」


 数馬は母さんに会えただろうか……。


 なんて私は小さくそう言いながら空を見上げて歩いていると……突然、隣を歩いていた緑が足を止めた。


「……昴」

「ん?」


 振り返ると、緑がこちらを真剣な眼差しを向けている。


「どっ、どうしたの?」

「昴、俺……ずっと考えていた事がある」


 こんな言い方をすると失礼だとは思うけど、私は今まで緑のここまで真剣な眼差しを見たのは初めてだ。


「……何??」

「今回の数馬の……御札の一件で、分かった事がある」


「…………」

「俺……昴が好きだ」


「……え」

「だっ、だから……その、えと……つまりだな。その俺と……付き合ってください」


 手を差し出した訳ではない。ただ、向けられている視線が……この言葉が冗談ではないと言っている。


「……」


 ドラマや漫画、アニメやゲームといったモノではこういった素晴らしいシチュエーションの告白風景を見たことがある。


 でもまさか、自分がその立場になるとは思ってもいない。


 それに、相手もつい最近まで毎朝下駄箱の中にラブレターが大量に入っていた様な『イケメン』だ。


 幼なじみではあったけど、こんなイケメンから『告白』をされるなんて……思いもしていない。


 でも、もしもここで断って私はそれでいいのだろうか。多分、今まで通り……とはいかないだろう。


 それに、私は自分自身、それで納得するか……。


 緑が池に落ちた時……私はものっすごく後悔したはずだ。あの時の様な思いはもうしたくない。


『昴はどうしたい?』


 私の耳にふとそんな言葉聞こえたような気がした。その声は……数馬、いや母さんの……。


 でも、チラッと見た後ろには影なんてない。ただ、その声に私は背中を押されたような気がした。


 だから、私は……小さく頷き――。


「……こんな、私でよければ」


 そう言って、緑の前に手を差し出した。


 ちょっと謙遜した言い方になったのは、本当に自分が緑にふさわしいかどうか自信がなかったからだ。


「こちらこそよろしく」


 でも、緑は私の返事を聞くと……私の手を握りしめ、とても嬉しそうに笑顔を見せた。


「はぁ、もっとかっこよく言うつもりだったんだが……なかなか上手くいかないなモノだな」

「……へぇ、もしかして数馬に何か言われた?」


「まぁ、ちょっとな」

「……そう」


 照れくさそうに空を見上げているところを見ると……多分、そうなのだろう。


「……帰るか」

「そうね」


 そう言って、私たちは手を握ったまま夕焼け空の中を歩いていった……。


「……」


 こんな時、手を繋ぐだけでなく『キス』とかしても良かったかも……なんて、ちょっと傲慢にも思ってしまったけど……。


「…………」

 

 緑の嬉しそうな……そして、照れた表情を隠すようにしているのを見ていると、そんなに急がずゆっくりと進んでいく方が私たちらしい……そう思えた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『……』

『何を見ているの?』


『あっ、母さん』

『んー?』


 流れる川には『夕焼け空』の中、手を繋いで歩いている二人の姿があった。


『……上手くいったみたいね』

『うん』


 あの夜。無事、たどり着く事が出来た僕を母さんは待っていましたとばかりに出迎えた。


 どうやら母さんは、今回の事を大体把握していた様だ。


『それにしても、死神が恋のキューピッド役ねぇ』

『なっ、何』


『いーえ? ただ、やっぱりあなたは死神らしくはないと思っただけよ』

『はぁ、それが分かっていたから……僕はここに来たかったんだよ』


 そう、僕はずっとその感情を持っていた。だから、僕は早く死神を辞めたかったのだ。


『……最後の御札。それは多分、あなた自身と、そのとり憑いた相手の心が関係していたのかも知れないわね』

『え?』


『いいえ? こちらの話よ』

『??』


 結局、いくら聞いても母さんは「秘密よ」と言って教えてくれず「先に行っているわね」と行ってしまった。


『はぁ……全く』


 でも、二人の姿を見ると……そんな小さな事はどうでもいいかなと、思える。だって、今の二人は幸せそうだし、僕はこの場に母さんと一緒にいられるから……。


 ――僕はただ、それだけで幸せだ。今はそれだけでいい。


『だから、末永くお幸せに……姉さん』


 そう小さい呟き、僕はその川を後にし……先を歩いている母さんの後ろを走って追いかけた――。

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ある日『死神』にとり憑かれまして。 黒い猫 @kuroineko

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