第7話
その『御札』に気がついたのは、その日の朝の事だった。
しかし、私がそのことを数馬に言ったのは……バイトを終え、家に帰った後である。
『…………』
「ごっ、ごめん。ここ最近、上着を着ていなかったから……」
なぜ、すぐに言わなかったのか……。それは、気がついたのが家を出る瞬間だったから……なんて、言い訳がましいかも知れない。
「……………」
しかし、その日に限って家を出るのがギリギリになってしまった。
問題はその上着を着た時、何気なくポケットに手を入れた。その瞬間『何か』が自分の指に触れたような気がしたのだ――。
「……あっ」
そして、その『何か』をポケットの影からこっそり覗いて気がついたのだ。その『何か』が、私たちが探している『最後の御札』だという事に……。
『ん? どうかした? 昴』
「ん? いっ、いや。何でもない!」
なんてその場はそれで乗り切ったのだが……。
「やっぱり、それじゃあダメよなぁ」
「……珍しく昴から俺の教室に来たと思ったら、その事か」
いつもは一緒にいる学校まで来ている数馬だが、ここ最近はなぜか「家でゆっくりしている」と言ってついて来なかった。
「はぁ……口では『分かった』なんて言ったけど、やっぱり数馬がいなくなるのは嫌なんだと思う」
「まぁ、言ってしまえば実の弟って事だからな。頭では分かっていても……っていうのは、どうしてもあるだろ」
実は、緑も数馬が私の弟だと言う事を知っていたらしい。
そう、この間あれだけ話をした上に、自分で「分かった」とまで言ったにも関わらず……だ。
「それにしても」
「ん?」
「よく分かったな、それが『最後』だって」
「うん? ああ、それはこの間数馬に四枚目の『御札』を見せて『後一枚』って言った後、コレで終わりって感じの話になったから……まぁ、明確に言われた訳じゃないけど」
「じゃあ、最後って決まっているわけじゃ」
「確かにそうかも知れないけど、心構えはしておかないといけないと思ってね」
「……そうか」
「うん、ところで……」
「なんだ」
「この間数馬と何の話をしていたの? 結構白熱していたように思うけど」
正確な時間までは計っていなかったが、それでも結構長い時間電話をしていたように思う。
「男同士の……話だ」
「……その言い方だけ聞くと、なんかやましい感じに聞こえるから、なんか嫌ね」
「じゃあどうしろと」
「いや、どうしようもないんだけど」
「どうしようもないなら言うな」
「ただ気になった……って話よ」
そう、結局のところ。私は、その話の内容が気になっていただけだ。
「でも、内緒の話じゃ仕方ないわね」
「……そういう事にしておいてくれ。でも、別れが辛いって言うのは仕方ないが、そこはやっぱり素直に言った方がいいんじゃないか?」
確かに、いくら別れが辛いとは言え、このままずるずると引っ張る訳にもいかない。
「そう……ね。バイトの後に言ってみる。聞いてくれてありがとう」
「……おう」
そう言って私は緑の教室を後にし、バイトを終えて今に至る――。
「ごっ、ごめん。数馬……」
『仕方ないね。だって、ここ最近は結構暖かい日が続いていたし、こうも立て続けに御札が手に入るとは、僕も思っていなかったから』
確かに、その日は四枚目の『御札』が手に入った。それでその日の内にもう一枚手に入るとは……私も思っていない。
『ただ、御札が全部集まったとしてもその日の内には逝けないんだよ』
「そっ、そうなの?」
『うん、この五日の間に満月が終わっちゃったから……次は来月かな』
そう言って数馬は机に置いてあるカレンダーを見た。
「……そう。ごめんなさい、本当は早く逝きたいでしょうに」
『いいよ、もう過ぎてしまった事だし気にしたって仕方ない』
数馬はそう言って、私を怒るわけもなくいつものようにゆっくりとソファにちょこんと座った。
「…………」
私はその反応に思わず面食らってしまったのだった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
少年は一人、だだっ広い野原に足を踏み入れた。
『ふぅ……』
いつもは一緒にいる少女の肩に乗っていることが多いから、ここ最近はあまり自分の足で歩いていない。
だから、疲れる。
『……』
見上げた空に『月』はなく、真っ暗だ。
しかし、どんよりとした雲が空にかかっている……という訳でもない。むしろ、雲なんて一切ない。
ただ今日は『三日月』ではなく、ましてや『満月』でもない。
『……』
そう、今日は『新月』なのだ。だから、一応空の上に『月』はある。ただ目に見えないだけで――。
いつも一緒にいた少女はまだこの時間なら家で寝ているだろう。それは、ちゃんとこの目で確認してきた。
少女は……多分、何も言わずに出て来た少年に対し、普通であれば文句の一つくらい言うと思う。
でも、少年がいなくなればその文句すら忘れる。いや、それ以上に『少年の存在』そのものを忘れてしまう。
少年自身、それくらい覚悟していた……していたはずだ。
『さて……』
「――さっさと準備して終わらせようって?」
いきなり聞こえた声に少年は、思わず驚きの表情のまま振り返った。
『昴……』
「全く、この間私が言ったこと覚えている? 一声キチンと声をかけなさいって、いきなり行動に移さないでって」
『…………』
「他の人も絡む時に行動をされた方は困るのよ、本当に……」
少年が……数馬が家を出て行った姿はキチンと見ていた。
『なっ、なんで……』
「自分の行動が分かったのかって? 数馬自身が『満月』って言いながら、カレンダーめくっていなかったし、見ていた場所は半月後の場所だった」
『…………』
「だから、気がついた。もしかして本当は『満月』じゃなくて『新月』ではないか……って」
そう、私は数馬の言葉以上にその行動が気になっていたのだ。
『すごいね、探偵になれるよ。昴』
「……この程度でそんなこと言われても困るし、そもそも本職の方に失礼よ」
『ははは。はぁ……』
「それで、なんでこんな事したの?」
『なんで……か。そうだなぁ。多分、僕も僕で面と向かって別れるのが辛かったから……だね』
「…………」
『自分で決めておきながらコレだよ。情けないなぁ』
「……情けなくなんてない」
そう、情けない……なんて事はない。私だってそう思ったし、死神だってそう感じて不思議じゃない。
『そっか。でも……今日がチャンスだ。だから、僕は……逝くよ。ちょっと名残惜しいけどね』
「……そう」
名残惜しいのなら、何もそこまで急がなくても……なんて言うのは野暮だろう。だから、私は……。
「……元気でね」
こんな時だからこそ、普通に……出来る限り違和感のない笑顔で数馬をおくるように努めた。
『うん、昴も……ちゃんと緑さんとの関係はっきりさせるんだよ!』
「……っ、だから! なんでそこに緑が出てくるのよ!」
最後の最後まで、なぜか数馬は緑と私の関係を気にし、そのまま「ははは!」と笑ったまま……突如起きた突風と光に包まれた。
「うっ……!」
光と風のあまりの強さに思わず視線を外し、光が収まった後もう一度数馬がいた方向を見たが……。
「…………」
その場には私以外、数馬はおろか何も……誰も……いなかった。
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