シモーヌ編 陣痛

新暦〇〇三六年三月二十四日




なんてことを思ってると、


「おっと、来たかも……」


あかりがタブレット越しにそんなことを口にした。どうやら陣痛のようだ。


しかし、少しすると、


「収まった……」


とか言ってたら三十分ほどしてまた、


「おお~っ! きたきたきた……!」


と声を上げる。


「まだ間隔が長いからもう少し先だろうね」


<担当医>でもある久利生くりうが、医師としてそう遂げる。


「まだ焦らなくていいよ、あかり


看護師経験があり<先輩ママ>でもあるビアンカもアドバイスをくれる。さらにはシモーヌも、


「初産の場合だと特に当てにならないって言われてるしね」


とも。


実際、


「……来ないな……」


三回ほど陣痛らしき痛みがあった後、一時間経っても二時間経っても次の痛みが来なかった。


「いわゆる<前駆陣痛>というものだと思う」


久利生くりうが言うとおり、モニカが詳細なバイタルサインを収集した上で、


「確かに、出産の予兆は見られません。前駆陣痛だと思われます」


と告げる。こういうのもちゃんと知識がある者が傍にいてくれると心強いだろうな。その点、久利生くりうは実際の医師としての勤務経験は外科医としてのそれだったそうだが、インターンの間に産科にも駆り出されたことがあり、実際の出産にまでは立ち会わなかったもののあれこれ手伝いはさせられた経験もあるらしいし、きたる未来みらいを生んだ時も、ビアンカが黎明れいあを生んだ時も、担当医として立ち会ったから、これ以上頼りになる相手はいない。


加えてビアンカも、看護師として出産に立ち会った経験があるそうだし、本人も黎明れいあを生んだ経験者だし、こちらも大変に心強い。


しかも、アラニーズでありながら人間にも見える体の方での出産という、おそらく唯一の経験をした者でもある。さらには、アラニーズとしての出産経験もある。


いやはや、なんと隙のない布陣。


さらには、モニカやテレジアも、コーネリアス号のAIから必要な情報は得ているし、未来みらい黎明れいあの時もサポートしてくれた超有能なスタッフだからな。


そして万が一のことがあれば、あかりの場合はコーネリアス号の治療カプセルも使える。ビアンカの時はそれは無理だったからなおのこと安心だ。


地球人社会ほどじゃないにせよ、結構、充実した体制が用意できてるんだよ。


今回はまあ<前駆陣痛>だったが、それは本番が近付いていることを知らせるものでもある。さあ、いよいよだ。


一方、シモーヌの方はまだ悪阻も来ていない状態である。が、本人は、生物学(実際には植物学だが)の専門家として、


「肉眼で妊娠の経過を確かめられるという途轍もない機会を逃すわけにはいかない!」


と、自身の体が透明であることを最大限利用して、直の映像で記録を取るつもりらしい。


いやはや、学者だなあ……


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