玲編 明の望み

新暦〇〇三五年八月二十六日




めいが認知症を発症したかもしれない。


その俺の疑念は、すぐには確認が取れなかった。エレクシアに詳細にバイタルサインを確認してもらったものの、


「脳の血流量がわずかに下がっている傾向は見られますが、今の時点では、認知症などの病的な所見とは判断しかねます。元より、加齢による変化が見られますので、その影響であるとも考えられるでしょう。ですが、判明している限りではすぐに重篤な変化が予見される前兆は見られません」


と断言してくれた。


エレクシアがそう断言してくれるならと、少しホッとする。しかし、めいに命のタイムリミットが迫っていること自体は変わりなく、それを窺わせる変化は確かに見られるそうだ。


めい……」


じんと同じく、お前が最初になってしまうのか……


実の子ではないが、俺にとっては子供も同然だったきたるも、河においては最上位捕食者プレデターの一角だったからか、弱り始めたら早かったよな。弱いままで生きられるような世界じゃないからかもしれないが。


ひかりめいが望むようにしてやってくれ。頼む……」


俺に甘えてくれるならそれこそいくらでも甘えさせてやるところなのに、残念ながらめいはそこまでは俺に甘えてくれなかった。ただ同時に、俺の<縄張り>であるここに足を運ぶということは、俺が攻撃してこない攻撃させないことを分かっててのことなんだろうなとも思う。だとすれば、それは俺に対して甘えてるのと同じことかもしれないとも感じなくもない。


だから俺も、めいの好きにさせた。そんな中で、めいは毎日、ひかりに絵本を読んでもらいに来た。しかも。れいえいも一緒にひかりの朗読に耳を傾ける。


今日は、<赤ずきんちゃん>だ。これもかなり陰惨な話である。




『昔々あるところに、可愛らしい女の子がいました。その女の子は、ママに作ってもらった鮮やかな赤い頭巾が大好きでいつも被っていたことから、『赤ずきんちゃん』と呼ばれていました。


ある日、赤ずきんちゃんは、ママが焼いてくれる美味しいパンを隣村に住むお婆ちゃんにも食べさせたあげたいと考え、カゴにパンを入れて隣村へと歩いていきました。


けれどその頃、隣村では、大変な事件が起こっていたのです。それは、頭のおかしい伯爵が村人を殺し、料理して食べてしまうというものでした。


なのに村人は、伯爵様のすることなので、怖くて誰も逆らえなかったのです。伯爵自身は、内緒にしているつもりだったようですけど、そこまでにもう、子供から老人まで、女性ばかり七人もが殺されて食べられてしまっていたことを、村の誰もが知っていたのでした』


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