玲編 大人

新暦〇〇三五年八月十七日




そんな絵本を、ひかりは、めいれいえいに読み聞かせてくれた。めいは元々そうだったから驚かないが、れいえいもおとなしく聞いてくれていたのは意外だったな。それまではあまり興味もなさそうだったのに。


そしてその日を境に、めいが毎日、ここを訪れてはひかりに絵本を読んでもらうようになった。しかも、れいえいも一緒に。


一体、どんな心理が働いてそうなったのかは、俺には分からない。ひかりにも分からないそうだ。


ただ、


めいはたぶん、幼児化してるんだと思う」


ひかりがきっぱりとそう言った。


「私の近くに座ってる時の気配がね、昔と同じなんだ。子供の頃と。昔の感覚が戻ってきてると思うんだよ」


彼女のその言葉に、俺の頭をよぎるもの。


「まさか、認知症……か?」


ひそかが認知症を発症した時も、だんだん幼児化していったかのような様子が見られた。それと同じことが起こってるのかもしれないと。


しかしそれについては、


「正直、そこまでは分からない。しっかりと分かってて絵本を見てるから。確かに、ここから先もそうとは限らないけどね……」


とのことだった。


もし認知症だったら、またひそかの時のようなことが起こるのか……


完全な野生だったら、そうなる前に他のマンティアンに殺されて食われて生涯を終えるんだろう。しかし、ドーベルマンDK-aを哨戒に出してるからか、他のマンティアンがめいの縄張りに入ってくることがなくなった。


だからこそ、かくも静かに命を終えたんだが、めいが認知症を発症したのだとすれば、また俺の所為なのか……


けれどそれについては、


「お父さん。めいが認知症を発症したんだとしたらそれは自分の所為だとか思ってるのかもだけど、違うよ。めいが平穏に生きられることを望んでたのは私もだから。私も今の状況を望んだんだよ。だから私の所為でもある。それは忘れないで」


真っ直ぐに俺を見詰めながら、ひかりは言ってくれた。確かに俺は別に独断で何もかもを決めてきたわけじゃない。だいたいのことは皆の前で話した上で決めたんだ。反対意見があればそれに耳も傾けた。だから反対意見がなかったのなら、それは皆で決めたことではある。


「そうだな……ありがとう……」


俺がなんでも一人で背負ってしまおうとするのを、ひかりは諫めてくれた。彼女はもうすっかり<大人>だ。老化抑制技術が進んだ地球人の社会では、三十代や四十代なんてまだまだ子供と変わらないと思われているところもある。年齢なんて気にしない関係ないと言いながらもそういう面があることも事実だ。


でもひかりは、確かに大人になってるよ。


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