蛮編 顛末

「ウウウ……グアッ!!」


自分の前に立ちはだかった幼体に、ばんは必殺の気概で襲い掛かった。本当に<殺す以外の選択肢>がないそれだった。


しかしそれは幼体の側も同じだ。こうして挑みかかった以上、ばんを殺す以外の選択肢はない。


これからさらに力を付けていくであろう若いヒト蜘蛛アラクネと、年老い、命の期限が迫ったヒト蜘蛛アラクネ。どちらが勝つかは、分からない。若くて血気盛んであっても、経験豊かで老獪な個体に後れを取ることは普通にある。


あるが……


戦い生き残った<勲章>とも言える傷だらけの体で、ばんは幼体を殺そうとした。そんなばんの眼前に、何かが迫る。


「!?」


咄嗟に頭を逸らしたばんの右耳に何かが引っ掛かり、ちぎれ飛んだ。その程度の痛みではヒト蜘蛛アラクネは怯まないが、そんなことは幼体の方も承知の上だ。


ばんが頭を逸らせた先にも、何かが迫る。


それは、幼体が両手(触角)に持っていた、


<先を尖らせた木の槍>


だった。その木の槍を、時間差で繰り出してきたんだ。これまでずっとばんの様子を窺ってきたからこそ、ばんの<癖>を知っていたからこそ、そして、ばんが道具を使っていたのをさらに発展させたからこその攻撃だったんだろうな。


ばんを殺すことに特化した攻撃>


だったんだ。


正直、完全な<初見殺し>だったと思う。それが躱されれば、その攻撃方法を察知されれば、もう二度と通用しないものだったに違いない。けれど、全盛期を過ぎ、脳の働き自体が衰え始めていたばんには、そこまでの機転を働かせることはできなかったのかもな。


ばんの右目を捉えた木の槍の切っ先は、そのまま眼窩を通り抜け脳髄を貫いた。


「…ッッギャ、アアアアアーッッ!!」


さすがに<死に至るダメージ>を受けたことで、あのばんが、渾身の力を込めた悲鳴を上げた。自分の右目に刺さった木の槍を咄嗟に掴んでへし折るが、それもあくまで反射的に体が動いただけに過ぎない。


脳そのものに重大なダメージを受けたことで、ばんの能力はそれこそ決定的に損なわれたんだ。だから、最初に躱された木の槍を高々と抱えて、体重そのものを乗せて突き立てられた攻撃に対しては、反応することさえできなかった。


ばんの首の付け根辺りから体内に向けて深々と刺さった木の槍は、まだ機能を保っていた方の肺と共に心臓まで貫いて、回復不能な損傷を与えた。


それでも、ヒト蜘蛛アラクネとしての本体の方はまだ動く。動いて、幼体を殺すべく必殺の蹴りを放ってくる。


だがそれさえ、幼体は宙に跳び上がって躱し、逆にばんの本体目掛けて、容赦のない蹴りを放った。


グヂャッッ!!


と、何とも言えない音と共に、ばんの本体が大きく潰れて……




その光景を、ドーベルマンMPM四十二号機は、少し離れたところから、ただ記録していたんだ。


<覇王>が、新しい世代によって討ち取られる顛末のすべてを……


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