蛮編 名誉

こうしてばんは死んだ。彼の生涯にピリオドが打たれた。その亡骸を、彼を倒した幼体が食らう。大変な傷が残った頬の肉を、首を、左肩から右脇腹にかけての引き攣れた傷痕すら気にすることなく、幼体自身の体を血まみれにしながら。


古い世代が新しい世代の<糧>となっていく光景そのものだった。


その一部始終についても、ドーベルマンMPM四十二号機は記録した。これは、ヒト蜘蛛アラクネとしてはまっとうな最後だったからな……記録対象の最後を見届けるのも役目だったからな……


ばんを倒したヒト蜘蛛アラクネの幼体が、<道具>を、<武器>を使ったことを卑怯と評する地球人もいるかもしれない。しかしそんなものは、まったく無関係な余所者の戯言に過ぎないと俺は思う。


道具や武器なら、ばんも使い始めていた。それを使えるだけの能力を有していた。なのに使わなかったのなら、それはばん自身の失態だ。ヒト蜘蛛アラクネに<正々堂々>という概念はない。武器を使うことを遠慮する理由がない。なのにばんは使わなかった。若い相手だということで見くびってしまったのかもしれない。


もしくは、老いたことでその辺りの判断力が低下していたか。


いずれにせよ、ばんの能力は、この場を生き延びるには届かなくなっていたというだけでしかないはずなんだよ。




十分に腹が満たされるまでばんを貪った幼体が森殺しフォレストバスターから流れ出る水で体を洗ってその場を去った後、ボクサー竜ボクサーの群れが現れた。何度もばんとやり合った群れだ。幼体がばんを倒してくれたことをありがたがっているのかもしれない。


だがこれもまた、<生きるための戦略>だ。卑怯でも何でもない。


むしろ、


『衰えが見え始めた<覇王>が、力を付けてきた若い世代に討ち取られた』


という形になったことで、<名誉>は守られたと言えるかもしれない。


『圧倒的に格下のいわば<雑兵>に討ち取られたわけではない』


と解釈もできるだろうから。


もっとも、それさえ、地球人の勝手な思い入れでしかないだろうけどな。


ボクサー竜ボクサーに貪られていくばんをも、ドーベルマンMPM四十二号機はただ淡々と記録していた。




が、この密林に君臨していたばんが命を終えても、別に何かが大きく変わるわけでもない。ばんの縄張りを奪ったヒト蜘蛛アラクネの幼体が代わりに命を繋いでいくだけだ。その幼体も、いつ命を落とすかは分からないが。


そして、ドーベルマンMPM四十二号機はそのまま、ばんを倒した幼体の観察を続けることになった。


<武器を使うヒト蜘蛛アラクネ


について記録するためだ。実際、まだ完全には成長しきっていない個体だったものの、武器を自在に使うことで他のヒト蜘蛛アラクネの侵略を退けてみせた。


こうやってヒト蜘蛛アラクネが武器を使うことが定着していくのかどうかは分からない。ばんやその個体だけの<特異な例>で終わる可能性も十分にある。


しかしそれ自体が、自然な成り行きに過ぎないんだと思う。




自身の力で得た縄張りを若いヒト蜘蛛アラクネが見回り、そんな彼の後を、ドーベルマンMPM四十二号機が距離を保ちつつ、ついていったのだった。


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