新編 不幸自慢

新暦〇〇三四年四月十日




そんなうららの変化と時を同じくして、ビアンカの方にも大きな変化が。次の月経の予定日にそれが来なかったんだ。


で、データを見たシモーヌが、


「たぶん、妊娠ね。ただし、これはあくまでデータ上、その兆候が見られるというだけの話。さすがにエコーでも現状ではたぶん見えないから、それが確認できてやっと確定だから。今の時点で喜んでもぬか喜びになるかもだから、浮かれないこと」


と告げるが、


「うん、うん」


「分かってる。分かってるよ」


ビアンカとあかりが、嬉しさを抑えきれずにニヤケる。シモーヌも、神妙な顔付きをしつつも、表示されるデータを前に、


「私も、研究者としては大変に興味深いというのは正直なところかな。アラニーズとしての生殖機能も有した上で、人間の体を再現しただけの部分が妊娠するというのは、驚きよね。


ただ、妊娠という現象自体を人間(地球人)は神秘的なもののように捉えすぎだけど、クローンを育てるための<人工子宮>はすでに技術として完成したものになってるからね。科学的にはそのメカニズム自体は判明してるから、つまるところ、必要な条件さえ整えてあげれば当然それが再現されるのも分かりきってることなのも事実。『<再現性>こそが科学』だと、先人達も言ってきてるしさ。


要するに、その機能さえあるなら、人間(地球人)を再現した方の体で妊娠したって何の不思議もない。ってこと」


どこか嬉しそうにそう言った。


あらたの子を得られなかったうららと、愛する久利生くりうの子を宿したらしいビアンカ。実に対照的で皮肉なこの二つの出来事さえ、生きていれば普通に起こることだ。誰もがすべて自身の望みを叶えられるわけじゃない。そもそも、群れでイジメられていたとはいえど普通の健康なパパニアンとして生まれることができたうららに対して、ビアンカは、地球人としての記憶と人間性を持ったままアラニーズとして生まれてしまうという大きな試練があったんだ。


もっとも、うららも、自身の母親が群れの中での地位が低い、いわば<カーストが低い母親>から生まれたというだけで最下層に追いやられたという試練を受けてわけで、『どちらがマシ』なんてものでもないと思う。


地球人はよく、


『自分の方がより不幸だ!』


などと、<不幸自慢>という形でさえマウントを取ろうとしたりするが、それ自体、


『不幸であるからこそそうせずにいられない』


というものなんだろうな。だからこそ、俺は、自分の家族や仲間達にただ不幸なだけでいてほしくないんだ。


不幸自慢をせずにいられないような境地でいてほしくないんだよ。


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