前のエピソード――ビアンカ編　分の悪い賭け

來（きたる）が亡くなろうとそんなことなどまったくお構いなしなのは、素戔嗚（すさのお）も同じだった。

素戔嗚（すさのお）に対処するために待機しつつ、彼が草むらで眠っている間はいつものように柵の点検をしていたビアンカも、今日はどこか元気がない。＜非常時＞ともなれば軍人らしく冷淡な対応もできる彼女ではあるものの、本質的には心根の優しい、繊細な女性だからな。

それでなくても、折れず引かず攻撃を仕掛けてくる素戔嗚（すさのお）の姿に、テロリストの少年の姿を思い出してしまっていたのにな。

テロリストの少年の件については、彼女自身の命を守るため、仲間の命を守るため、やむを得ず引き金を引いただけであって、もちろん彼女に責任はない。死亡したテロリストの中に十代になったばかりの少年がいたことに批判が集まったりもしたものの、その際の映像などを詳細に確認した上で検証した結果、

『対応に違法性はない』

とされて不問に付されたし。けれど、当のビアンカ自身にとっては今なお＜トラウマ＞になっているようだ。

そしてそんな彼女のトラウマを、執拗に攻撃を仕掛けてくる素戔嗚（すさのお）が掘り起こしてしまった形だな。

だから久利生（くりう）は、

「対応はドーベルマンMPMに任せてしまってもいいと思う」

と提案してくれたが、

「いえ、やらせてください。私自身が素戔嗚（すさのお）に向き合いたいんです」

ビアンカ自身がそう告げて、続けて対応することになった。代わりに、これまで以上に濃密に＜久利生（くりう）との愛の時間＞を過ごすようにしたそうだ。

それを『不謹慎！』とか『何を考えているんだ！？』的なことを言う人間（地球人）もいるだろう。しかし幸い、ここ＜惑星朋群（ほうむ）＞には、自分じゃ何もしないクセに好き勝手なことばかりを言う輩は、少なくとも今のところはいない。だとすれば、ビアンカの＜心＞を守ることをためらう必要も理由もない。彼女がそれを必要としているなら、そして久利生（くりう）が応えてくれるなら、任せるだけだ。

幸い、ビアンカに多少余裕がなくなっても、モニカや灯（あかり）だけで補うことができる程度にはルコアも安定してきているしな。

そもそも、もしそうじゃなかったら久利生（くりう）が、『自分が素戔嗚（すさのお）の対処をしたい』というビアンカの志願に対して許可を与えていなかったはずだし。

素戔嗚（すさのお）の相手をすることで都合よくビアンカのトラウマが克服されるとは思わないものの、しかし何かのきっかけにはなるかもしれないという想いもある。

人生というのはとにかく自分の都合よくはいかないものだ。しかしその都合よくいかない中でも努力することを忘れないことが必要だと俺も思う。