晴編 雨

新暦〇〇三十二年十月十日。




今日は朝から雨。


せいは、めいかくが住処としている<鵺竜こうりゅうの亡骸>から少し離れた場所にある、岩と岩が重なり合った場所の隙間を仮の寝床として利用していたようだった。


これは若いマンティアンによく見られることだ。つがいになれば子を産み育てるのに適した住処を見付けようとするものの、独り身のマンティアンはあまりその辺りに頓着しない。雨露さえ凌げればそれでいいようだ。


なお、めいかく以外のマンティアンのつがいは、せいが利用しているそれと同じようでいながらもっと広い空間がある場所であったり、倒れた木が折り重なり簡易のテントのようになった場所などを住処としている。その中でめいかくは、別格の好物件を確保した感じだな。


しかし、せい自身はそんな両親の住処を羨ましがる風でもなく、岩の隙間で雨を凌ぎながら、彫像のように動かなかった。その姿に、何とも言えない『美しさ』さえ感じる。


ある種の詩的な雰囲気も放っているな。


かんの子との一件は幸い双方とも無事に済んだものの、これから先は分からない。改めて覚悟し直さなければとも思う。


生きるというのは、死に向かって止まることなく歩み続けること。


これは、変えようのない真理。


その中で俺の血を受け継いだ子達が自らの命を懸命に燃やし続けている。


そうだ。せい達は決して自らの境遇を嘆いてはいない。たとえ同じ血を受け継ぐ者と命のやり取りをすることになろうとも、それを悲しむことも悔いることもない。


俺達<人間(地球人)>とは違う、命の在り方。


この事実を、俺は、心に刻まなければいけない。


が……


「きゃーっ!」


「きゃーっ!!」


せいを写しているタブレットを眺める俺の周りを、まどかひなたうららが走り回っている。雨だから家の中で遊んでるんだ。


で、ガン!とテーブルに衝撃が。


うららがぶつかったようだ。


するとテーブルに置かれていた飲みかけのコーヒーが入ったカップが床に落ちる。


「わーっ!」


「ごめんなさーいっ!」


ひなたまどかがそう声を上げて、うららも伴って、家の窓から外へと身を躍らせた。叱られると思ったのだろう。普段はこの程度では叱ったりしないが、たまに、虫の居所が悪いとつい声を上げてしまうこともあるからな。


まあ、そういう時は後で俺の方も謝るんだが。


今日は雨で、家の中で遊ぶのを許可したのは俺だ。それでちょっと失敗したからといって怒鳴ったりするのは違うと思う。ちゃんとコーヒーを飲み干さなかった俺にも非はあるし。


窓から飛び出したまどかひなたは、そのまま自分達の家の窓に飛び込んだ。うららも一緒だ。優に五メートルは離れているというのに、すごい身体能力。これを磨いてもらいたいから、家の中だからといって大人しくしてるようには言わないんだ。


ほまれ達もそうだったが、ある程度の年齢になると、放っておいても落ち着くしな。


それに、たぶん、子供のうちに思いっ切り発散しておいた方が、落ち着くんだろうな。


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