來編 遠い未来

正直、この時のビアンカの判断を、


『有り得ない!』


『男にとって都合のいい話!』


と憤慨する人間もいるだろうとは思う。


が、それはあくまで地球人類のメンタリティによって成立している人間社会でのみ通用する話だというのを忘れちゃいけないだろうな。それが気に入らないからといって、じゃあ、どういう解決を図る? って話だよ。


アラニーズ、クロコディア、透明人間。


そもそも生物としての成り立ちからして地球人類とはまるで違う。その大前提からしてまったく異なる相手に、地球人類の常識を当てはめること自体、<傲慢>ってものじゃないか?








新暦〇〇三十三年一月二十三日。




なんて、<地球人類の常識>などどこ吹く風と、人間の姿を持った我が子を育児放棄しなかったきたるは、ベテラン母として赤ん坊を育て始めた。


とは言え、それでも普通のクロコディアの赤ん坊とは違うわけで、戸惑うところもあるだろう。


特に、基本的には水中が普段の生活圏になるクロコディアと違って人間の赤ん坊は、水中での生活に適した体をしてないからな。


だから、溺れたりしないかっていうので俺達はハラハラし通しだった。


特に、ビアンカと久利生くりうは、実質、初めての子育てということもあって、それこそ気が気じゃなかったと思う。食料を得るための狩りはドーベルマンMPMに任せ、交代で付きっ切りできたると赤ん坊を見守る。


それこそ最初の頃は、きたるが赤ん坊を抱いたまま水中に消えたりすると、ビアンカは


「ああっ!」


と声を上げて池に飛び込みそうになり、普段は冷静そうな久利生くりうでさえ、


「っ!!」


息を詰まらせて身構えた。


経験者としての立場で見ると、新米親達の様子は実に微笑ましいな。


なのに、当のきたる自身は平然としたもので、しかも赤ん坊の方も、人間の感覚では乱暴にも見える扱いにもさほどぐずるでもなく、水中に没しても水を飲んでむせるでもなく、実に<普通>だった。


ひかりあかりじゅんまどかひなたれいがそうであるように、パッと見は人間に見えても、その身体能力や備わった本能はやはり元々の種族のそれを強く受け継いでいるということなんだろうな。


実に頼もしい。


で、きたる久利生くりうの赤ん坊の名は、


未来みらい


に決まった。名付けたのは父親である久利生くりうだ。


いささか安直かもしれないが、文字通りこの惑星せかいの未来を築いていく子だからな。しかも父子合わせて、


『遠い(遥偉)未来』


か。なるほど。


ちなみにエコーで確認できてたとおり、男の子だ。


少々目付きが悪くて愛想はなさそうだが、意志の強そうな子だった。そしてその印象どおり、力強く乳を飲み、しっかりと母親にしがみついて、母親と同じく油断なく周囲を窺う姿がすでに頼もしい。


きっと力強くこの世界を生きていってくれるだろう。


一方、きたるの方も、クロコディアとして何人もの子を育て、生き抜いてきた。


それで満足のいく生涯だったかどうかは、俺には分からない。他人がそれを勝手に推し量るのは傲慢な行為だと思う。


本当のところは彼女にしか分からないとしても、きたるの佇まいは、とても気高く、力強く、存在感に溢れていた。少なくとも自分の人生を悲観して嘆いてウジウジとしているような印象ではまったくない。


たぶん、最後の子になるであろう<未来みらい>が本来のクロコディアの姿でなくてもそれを気にしてる様子もない。


だとしたら、それでいいんじゃないかな。


きたるはカッコいいね」


未来みらいを抱いて池の浅瀬に立ち、周囲を睥睨するかのように視線を巡らせる彼女の姿を見て、久利生くりうが呟いた。するとビアンカも、


「はい。カッコいいです」


しみじみと頷く。




こうして、遠い未来に向けての新しい一歩が刻まれた。


その中で、<未来みらい>を抱いたきたるは、遠くを見据えていたのだった。




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