來編 新しい命

きたる……」


明らかにクロコディアの姿をしていない我が子の姿を見ながら、それでもきたるは平然と世話をしていた。


我が子の体に着いた粘液を舐め取っていく。


すると赤ん坊の方も手足をばたつかせながら「みいみい」と声を上げている。


すごく元気そうだ。


「どういうことだ……?」


思わず声を上げた俺に、シモーヌが、


「もしかしたら、私達と一緒に暮らしたことが影響してるのかも……


彼女は、ひかりあかりがまだ赤ん坊だった頃の姿も見ているし、人間の姿に対してあまり強い違和感を持っていない可能性が……」


と。


言われてみれば、なるほどそうかもしれない。彼女にしてみれば俺達も<仲間>だった。その仲間と同じ姿をしているこの赤ん坊も、<我が子>だと認識できてもそんなに不思議はないんだろう。


「そうか…よかった……」


あかりが呟いて、その場にホッとした空気が流れる。


ビアンカは涙ぐんで口を覆ってるし、久利生くりうも安堵した表情で妻と子を見守っている。


シモーヌも涙を拭っていた。


きたるが母親として我が子を育てるというのなら、俺達はそれを手伝うだけだ。


たぶん、これまで育ててきた子供達といろいろ違う部分もあって戸惑うこともあるだろう。人間のように道徳や法律で縛られているわけじゃないから、自分の手に負えないとなればカッとなって手に掛けようとしてしまったりすることもあるかもしれない。


だが、そういう部分は俺達がフォローすればいい。


だから俺は言った。


きたるには育てられないかもしれない子を迎えることを決めたのは俺達だ。だったら、きたるがこの子を結果として育てられなくても、それを責めるのは筋違いだと思う。


この子は俺達みんなで育てよう」


その言葉に、


「もちろん! 最初からそのつもりだよ!」


あかりがドン!と胸を叩いて応え、


「はい、私もそのつもりでした」


ビアンカが涙ながらに応え、


「僕はそれこそこの子の父親だからね。育てる義務がある」


久利生くりうはそう言って微笑んだ。


特にビアンカにとってはいろいろと複雑な想いもあるだろうに、そういうこととは切り離して、きたるの赤ん坊を、


<自分が守るべき対象>


と考えてくれることには本当に頭が下がる。


普通に考えれば他の女性が産んだ<惚れた男の子供>なんて、憎悪の対象になってもおかしくないし、実際にそれで子供を傷付けようとした女性、だけじゃなく時には男性もいたりするそうだが、逮捕されたりということはあるそうだ。


それを思うと、ビアンカは立派だよ。


とは言えそれも、久利生くりうがちゃんと彼女を愛してくれてるからというのもあるかもしれないが。


実際、きたるが妊娠したことで求めなくなってからは、ほとんど毎日、久利生くりうに愛してもらっているそうだ。


それがゆえの精神的な余裕があるんだろう。


いずれにせよ、新しい命を迎えたきたるは、穏やかな表情でさっそく赤ん坊に乳をやっていたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る