來編 待って!

新暦〇〇三十三年一月十七日。




正直、相変わらずあかりのネーミングセンスは独特だが、まあそれはそれでいいだろう。彼女は<地球人>じゃない。地球をルーツとしたネーミングに拘る必要もないしな。


何より、ビアンカも久利生くりうも反対しなかった。なら、それでいいじゃないか。


そうして出来上がった<ビクキアテグ村>での初めての命がいよいよ誕生しようとしている。


落ち着きなく池の中でぐるぐると回転するきたるだが、それでももう分かってるだけで五人目の子供だ。俺達が把握してないだけで他にも子供を生んでる可能性すらある彼女にとっては慣れたものだろう。


今はただ見守るしかない。


そして、生まれた瞬間に救出するんだ。


「ウウウウウウ……っ!」


きたるが唸り声を上げる。体に力が入ってるのが分かる。いよいよだな。


あかりとビアンカと久利生くりう、テレジアとグレイ、そして、応援として駆け付けたモニカとハートマンも、池を取り囲むようにして配置に付く。


アリスシリーズとドライツェンシリーズは、コーティング用の樹脂の原料になる物質がここでは確保できないことで、一部、防水されてない部分もあるが、なに、人命優先だ。池に飛び込んだことで故障したとしても、修理すればいい。ロボットはそのためにいるんだ。


ロボットに感謝しつつ、しかし<道具>としてわきまえて付き合っていかないといけない。


それを疎かにすれば、死ぬということがないロボットを庇うために人間の命が危険に曝されるという本末転倒なことが起こる。このことについてもきちんと伝えていかないとな。


と、今はそれどころじゃないか。


水面がさあっと赤く染まる。


「ググググウウウッ!」


きたるが呻きながらいきんだ。あかりとビアンカと久利生くりうがぐっと身構える。


ビアンカと久利生くりうは、どのようにして赤ん坊を救出するか何度もシミュレートしたそうだ。あかりも一応は参加してたものの、彼女には瞬間的に本人の体が動くように対処してもらった方がおそらく確実だということで、敢えてその手順は必ずしも守らなくていいということにしている。そもそもあかりには軍人としての感覚が身に付いてないからな。咄嗟に想定どおりに体が動くわけじゃない。


もっとも、肉体的には人間と変わらない久利生くりうはともかく、アラニーズであるビアンカも、人間にはできない動きができるようになっているから、その辺りで完璧なシミュレートは難しいだろうが。


それでもとにかく、久利生くりうきたるの気を引いて、その隙に赤ん坊を救出するという手順は変わらない。


だが―――――


だが、ぐうっと力を入れたその直後に「ハア…ッ!」ときたるが息を吐いたのを見計らって、久利生くりうが気を引きビアンカが体を前に出そうとしたのを、


「! 待って!」


あかりが制した。


「え…!?」


一瞬、体が固まるビアンカの視線の先で、きたるが水の中から我が子を救い上げると、そのまま、ペロペロと舐め始める。


しかもその表情は、穏やかなものだったんだ。


別に驚いてる風でも、警戒してる風でもなく、クロコディアの母親として普通のことをしているだけなのだった。


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