來編 情けない男

『たくさんの仲間を喪ったコーネリアス号で平然と生きていられるほど、本当の僕は強くないんだ……』


それが、久利生くりうの本当の姿だった。


けれど彼は、代々、軍人をはじめとした優秀な人材を輩出してきた久利生くりう家に生まれた者として、久利生くりう家に相応しい者として、自身を徹底的に律することを心掛けてきたそうだ。


それこそ、本人ですら覚えていないほど幼い頃から。


彼にとっては当然の在り方だった。恐怖も不安も痛みも苦しみも押し込めて。


久利生くりう家の久利生遥偉くりうとおいとして相応しくあろうとしてきたそうだ。


そんな生き方がどれほどのものかは俺には分からない。少なくとも両親が生きていた頃には、怖い時は『怖い』と言って、悲しい時には泣いて、大きな胸と力強い腕に縋ってしまえばよかった俺には、な。


たぶん、何事もなければ、生涯、エリート軍人・久利生遥偉くりうとおいとして自身の務めを果たしたであろう彼も、ただの生身の人間だったんだ。


弱い部分もある。


たくさんの仲間を喪ったコーネリアス号は、彼にとってはとても辛い場所だったんだ。


けれど、本来の久利生遥偉くりうとおいとしてはそんなことを口にすることは許されなかっただろう。『その条件を飲もう』と口にしてしまったのも、<軍人?久利生遥偉くりうとおい>としての反射的なそれだったらしい。


だが、皮肉なことに、二千二百年の時間を経たことで、なにより<人間>ではなくなったことで、彼はもう、


久利生遥偉くりうとおいを演じる』


必要がなくなったんだ。


それは同時に、彼が自らを徹底的に抑えて律していくための<タガ>を失ったことも意味している。


自分を支えるものを失ってさえもそれまでと同じでいられるほど、人間という生き物は強くない。それは、彼も同じ。


「ごめん……ビアンカ……こんな情けない男で……」


困ったように微笑みながら、隣に控えていたビアンカを見た久利生くりうの目に光るものが。


なのに、そんな彼を見たビアンカは言ったんだ。


「少佐。なにをおっしゃってるんですか。私は言ったはずです。私はあなたを幸せにしたいって。少佐がたくさんのことを我慢してたことくらい、私だって知ってますよ。そういうものを背負い続けようと努力を続ける少佐だからこそ私は好きになったんです。


大丈夫です。これからは私が一緒に背負います。私とあかりが少佐を支えます。だから一緒に幸せになりましょう」


するとあかりも、


「弱っちいのがなんだって言うんだ! 生き物なんてみんな弱っちいもんだよ! 怖かったら逃げるし嫌なことがあったら逃げるんだ。逃げたい時は私も一緒に逃げてやる!


だけど、逃げられない時は一緒に戦ってやる! だから何も心配するな!」


と。


まったく。ここまで言ってくれる相手に好かれるとか、羨ましいぞ、久利生くりう


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