翔編 この朴念仁……
などと考えるのは、『縁起でもない』と考える人間もいるだろう。しかし俺はそれを『縁起でもない』とは感じない。これまでにいくつもの死を見送ってきたからかもしれないが、なんだか、死というもの自体が自分にとって身近なものという実感が身に付いてきたのかもな。
もちろん、死は悲しいし辛い。できれば回避したいと思う。だが、それは不可能なんだ。
だったら、もう、そういうものとして受け止めてしまった方が楽なような気がする。少なくとも俺はそう感じてる。
人間も、ずっと昔にはそうだったのかもしれない。たとえば狩猟生活をしていた頃とか、戦国時代とか。
その頃だって、たぶん、幸せを感じてた者はいたんじゃないかな。寿命は短くても、いつ自分が死ぬかも分からなくても、それでも幸せを感じることはできてたのかもしれない。
なら、俺がそうなれたって不思議じゃない気もするんだ。
と同時に、家族が亡くなれば俺は凹んでしまうだろう。泣いてしまうかもしれない。けれど、それも込みで幸せになることはできるんだって今は思う。
生きよう。生きられる限りは。そして生ききって、満足して最後を迎えよう。
それでいいじゃないか。その上で、別れを悲しむのは何も恥ずかしいことじゃない。泣けるなら泣いて、泣いて、その存在がここにいたんだということを心に刻んで、送り出してやろうじゃないか。
……な~んて、ちょっとカッコいい風に言ってみたところで、実際にその時がきたらみっともなくうろたえたりもするんだろうけどな。
ただ、避けることができないものなら、やっぱり心構えだけは作っておきたいじゃないか。
それがあるとないとじゃ、かなり違うような気がするんだ。俺としてはね。
と、シモーヌのぬくもりを感じながら思う。
「何を考えてるんですか…? こんな時まで……」
瞳孔も虹彩も網膜も透明なのになぜか光を捉えられているという彼女の瞳は、いや、彼女の<目>は、ファンデーションとウイッグで光を遮られた頭の中が透けて見えているから、薄暗い部屋の中だとそれこそ真っ黒な穴にも見える。
だから、人によったら不気味にも感じるかもしれない。でも、もう、俺にとってはそれが彼女なんだよな。
彼女も最初はそれを気にしていた。俺とはっきりと目を合わせようとはしていなかった。でも俺が気にしてないのを察してくれたのか、いつしか平気になっていったようだ。
そんな彼女に見詰められ、俺は、
「ごめん、家族のことを考えてた……」
正直に応えると、
「ほんとに、ムードも何もないですね。この朴念仁……」
ちょっと怒ったようにそう言いながら唇を触れさせてる彼女を、俺も受け入れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます