走・凱編 ギフト

新暦〇〇二九年六月二十二日。




「え…? これを私に、ですか……?」


シモーヌ、メイフェアと共にコーネリアス号に来たビアンカに、俺は<ビアンカ専用ローバー>をお披露目した。


カーゴスペースでボディ上部を跳ね上げて<主人>を待つローバーを前にしたビアンカが、言葉を失う。


それから、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「ビアンカ……」


隣に立ったシモーヌが、彼女の体を撫でる。もっとも、クモ人間アラニーズとして立ってるビアンカと並ぶと、彼女の人間部分の腰の辺りまでしか届かないが。


それでも、ホッとするのはホッとするんだろうな。


「どうして私なんかのためにここまでしてくださるんですか……? 私、人間じゃないのに……」


涙を零し、桜色の<服>の裾をぎゅっと握り締めてビアンカが言う。それは、彼女の本音だった。クモ人間アラニーズとして生まれ、いくら『あなたは人間です』と言われても本心では納得できなかった彼女の。


だから、メイフェアが掲げたタブレット越しに俺は言った。


「ビアンカが自分をどう思ってるのかは、俺には分からない。俺は俺であって、ビアンカじゃないからな。


だが、何度も言うように、ここじゃ俺の方が異端なんだ。ビアンカはむしろこの惑星せかいじゃ普通なんだよ。だからこれは、異端である俺の側からビアンカ達に歩み寄るための<挨拶>だと思ってくれたらいい。


受け入れてもらえなければそれはそれで構わない。ただ、俺自身としては、ビアンカとも一緒に生きていたい。同じこの惑星せかいに生きる者同士としてな。


ビアンカ。君は素敵だよ。俺は君を美しいと思う。それが俺の単なる主観でしかなくても、正直な気持ちなのは確かだ……」


無論、最初から生理的な嫌悪感がまったくなかったかと言われればないわけでもなかった。危険な猛獣であるヒト蜘蛛アラクネに対する警戒心の影響もそれなりにあったのは事実だ。


けどな、そういう認識はビアンカのことを見ているうちに更新されていったんだよ。相手を知ることで印象が変わっていくというのも、人間なら持っていて何の不思議もないものだろう? だから俺は、今、素直に彼女を美しいと思えるんだ。


「私は…ここにいていいんですか……? 皆さんと一緒にいていいんですか……?」


両手で顔を覆い、何度もすすり上げながらビアンカは言った。これまでにも見た姿だけれど、何度でも俺はそれを受け入れる。彼女の<ひととなり>を知るからこそ、な。


「もちろんだよ。むしろ俺の方からお願いする。俺達と一緒にいてくれ。君はもう俺達の仲間だ」


歯の浮くセリフでも、こういう時なら素直に言える。何しろ正直な気持ちだからな。


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