走・凱編 音

続いて、おんのことに触れようか。


かいのパートナーの一人であるおんは、そうのグループも含めて成体の雌としては一番年下で、前のボスの末娘でもある。それが影響しているわけではないんだろうが、何と言うか、独特の空気感を持った雌だった。


たくと同じようにおっとりした感じでもありつつ、輪をかけてのんびりしていると言うか、波長が他と違うと言うか、<ド天然>と言うか、およそレオンとは思えない振る舞いをするんだ。


特に、花に興味があるのか、気になる花があると、ずっとそれを眺めてたり、匂いを嗅いだりしてる。獲物になりそうな動物が近くにいても、そちらにはまったく興味を示さない。


さらには、身を隠して気配を消すということもしないので、獲物に近付くこともできない。


正直、レオンとして生きていくには致命的な<欠陥>だな。


一応、狩りには行くこともあるものの、当然のことながら実際に獲物を仕留める役には立たないので、かいは、彼女を連れていく時には<囮>として使う。


敢えて獲物に彼女の存在を察知させることで動きを誘導するんだ。この辺りはたくと同じだな。レオンとしてはおよそ常識はずれな彼女のこともちゃんと役に立ててくれてる。


しかしその一方で、おんは、実は決してレオンとして弱いわけじゃない。それどころか、せんと比べても引けを取らないくらいに強いんだ。なのに、性格がそれだから強さが非常に分かりにくい。


だが、以前、他の群れから巣立って新しくボスの座を射止めようとしていた若い雄がそうに戦いを挑んだ時、その戦いに割って入ったことがあった。


まるで、


『彼に挑むのなら、先に私を倒してからにしてね』


とでも言わんばかりに。


そして彼女は、その若い雄を不規則な動きで翻弄して背後を取るとそのまま押し倒し首筋に食らいついた。


もっとも、本気ではなかったが。


だが、若い雄にしてみれば自分がまったく敵わなかったのだから、大人しく引き下がるしかなかったようだ。


とまあ、そんなこともあって、おんとしてはそうが本命だったらしい。なのに、当のそうけい以外に興味を示さず相手にもしなかったので、仕方なくかいに乗り換えたという感じみたいだな。


人間の場合、彼女の判断に眉を顰めるのもいるだろうが、野生の場合はまず自分の遺伝子を残すことが第一なので、おんかいに乗り換えたことは責められるべきものじゃないと俺は思う。少なくとも俺は彼女を責めるつもりもない。


むしろ立派だと思うよ。


ただ、およそレオンとしては常識はずれな振る舞いには、なかなか戸惑わされるが。


かと言って、めいの息子のえいのように、自分の種としての本来の生き方を捨てるわけでもないようだ。たぶん、俺達が誘っても応じることはないだろう。まあそれは、俺達がそもそも彼女と親しくしてないからというのもあるけどな。


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