明編 デリカシー

単体の戦闘力ではボクサー竜ボクサーヒト蜘蛛アラクネでは勝負にならないが、群れとなると話は違う。体の大きなヒト蜘蛛アラクネは(あくまでマンティアンに比べてだが)死角が多く、<数の暴力>が相手だと不利という面がある。


もっとも、人間の感覚で『死角を狙えば余裕』みたいに考えると痛い目を見るだろうがな。ヒト蜘蛛アラクネ胴体部に生えている細かい毛は実は空気の動きを感知するセンサーの役割もしているそうで、そういう意味での死角はないんだ。


『巨体故に反応が遅れる位置がある』


という意味での死角があるというだけで。


だから群れで同時に襲い掛かるボクサー竜ボクサーには対処しきれない場合があるというだけだ。


また、マンティアンが相手だと単純に身軽さの点で不利になる。巨体の割に体重は軽いから比重という点では実はマンティアンよりも軽かったりするものの、単純に重量が大きい分、最初の動きだしで差が出るというわけだ。


実際にマンティアンとヒト蜘蛛アラクネが戦ったという事例は確認できていないので、正確な予測はできないものの、シミュレーション上ではほぼ互角と出ている。その時々の微妙な差異で結果が変わるだろうというものだ。


ただしこれらは、あくまでヒト蜘蛛アラクネでの話。ビアンカが人間としての感覚を持っているなら現在の自分の体には慣れていないだろうし、そうなると明らかに不利だろう。下手をすると単体のボクサー竜ボクサーにさえ後れを取る可能性もある。


なので俺は、


「ドローンを接近させて、人間の存在を意識させられないだろうか? 彼女としても人間がいるのなら接触したいだろうし」


とエレクシアに提案してみた。


「了解しました。ドローンを接近させます」


だが、その推測は完全に裏目に出てしまった。


彼女は確かにドローンの接近に気付いた筈なのに、それを避けようとするかのように移動したんだ。


「…あ、そうか。自分の姿を見られたくないのか……!」


迂闊だった。彼女に人間としての感覚があるのなら、完全に怪物同然の今の自分の姿を他人に見られたくないという心理が働いても無理はない。


ヒト蜘蛛アラクネに人間としての感覚はまったくないので、人間の体にも見える部分の全てを曝け出していてもなんとも思わない。胸や下腹部に当たる部分がどれほどリアルに再現されていても、それを恥ずかしいとは思わない。


しかし人間としての感覚があれば、ドローンのカメラに自分の体を晒すのは耐えがたい恥辱だろうな。


加えて、怪物のような体を見られるのも苦痛に感じるか……


これはデリカシーがなかったな。


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