明編 実際の事例
新暦〇〇二九年四月十六日。
以前にも話したと思うが、エレクシア達はロボットだから、データさえ保存されていればそれを引き継ぐのは簡単にできる。
それこそ、数十年分の経験値さえ、ほんの数分で。しかも、メイトギアが実用化されてから延々とそのデータを引き継いで蓄積してきたんだ。これが何を意味するか、勘のいい人間なら分かると思う。
数千年生きて経験を積み上げてきてるのと同じだってことだ。
ロボットであるが故に完璧に人間を理解することはできないだろう。人間の<心>についても、当然、百パーセント解析できてるわけじゃない。
ただ、どのように接すれば人間がどういう反応を返すかという点については、それこそ、
『無数のパターンを<自分の目>で見てきてる』
んだよ。ボディは違っても、そこに蓄えられたデータは、実際にメイトギアが経験してきたものだ。
こういう点では、人間は決して敵わない。
いくら健康寿命が二百年を超えたと言っても、その間に経験したものを完全にそのままで引き継ぐことはできない。
実はかつて、脳に電子デバイスを埋め込むことでロボットのように他人の経験をそのままコピーするという研究が行われていたこともあったらしいんだが、
『他人の記憶が自分の中にある状態に、多くの人間の精神は耐え切れない』
という結果に終わったそうだ。自我が保てなくて破綻するらしい。中にはそれらを統合して<新しい人格>に昇華していける例もあるにはあったが、あくまで例外的な存在でしかなかったんだとか。
その点、ロボット、と言うかロボットを制御しているAIには、<精神>というものがない。<自我>がない。ないが故に、自分と自分以外の区別は、あくまでデータ上のファイリングでしかないんだという。だから自分の中に自分以外の<記憶>あっても、それはあくまで、
<別のフォルダに収納されていたデータ>
でしかないから、明確に別物として扱い、かつ客観的に利用できるんだ。
で、メイトギア達は、歴代のメイトギア達が蓄えてきた経験値をほぼそのまま引き継ぐことができてる。
もちろん、極めてプライベートな情報についてはトリミングされて削ぎ落とされてはいる。個人名とかについては残ってない。が、
『子供に対してこういう風に接したら、こういう反応が返ってきた』
『こういう接し方をしていたら、成長した子供がこういう性格になった』
というデータが、それこそ数千万件分蓄えられているんだよ。決して単なる<統計学上のデータ>じゃない、実際の事例の。
これはもう、人間のどんなベテラン親だって全く敵わない。
さりとて、ロボットには<心>がないから、ロボットに任せきりにはできないそうだ。どこまで行っても最終的には人間の親が子供の心を育てる必要があるんだと。
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