送る人(最後だからこそ丁寧に)

『事前のお申しつけの通り、蘇生措置は行いませんでした』


それが、エレクシア、セシリア、イレーネに与えていた指示だった。ひそかふくが心停止しても、蘇生措置は行わないと。


彼女達はもう十分に長く生きた。健康寿命が二百年を超えた人間から見れば僅かな時間でも、彼女達にとっては長い時間のはずなんだ。


しかも、健康な状態で老化抑制処置が行えるのならともかく、今の俺達にその技術はない。治療カプセルを使えば多少は寿命を延ばすこともできたかもしれないが、たぶん、十年と変わらないだろう。


だが、彼女達の時間感覚からすれば、そうして引き延ばすことが本当に幸せなのか分からない。


ここまで生きられただけでも、恐らく彼女達の常識からすればおかしいくらいだろうし。


だから、延命の為に治療カプセルを使うことはやめようと、俺達は取り決めていた。


たぶん、大切なのは長さじゃない、質なんだ。


そう思うようにしてる。


もっとも、その判断が正しいのかどうかなんて、俺には分からないけどな……


単に、


『俺はそう思う』


というだけの話だ。


もしかしたらもっと長く生きたいと思ってたかもしれない。しかしエレクシア達に訊いてもひそかはそんなことは言ってないそうだし、ふくもそれを窺わせる様子はなかったそうだ。


だからこそ正しいかどうかの判断はつかないし、そもそも、


『正しいかどうか』


すら、関係ないんだろうな。




ふく……今までありがとう……




俺が幸せを感じられてたのは、ふくもいてくれたからっていうのも間違いなくあるよ。


感謝の気持ちを込めて最後に彼女の体を抱き、唇にキスをする。


そんな俺の姿を、ひそかも見てた。ヤキモチを妬いて邪魔をするでもなく、ただ静かに。


その姿が少し寂しそうに見えるのは、人間の勝手なセンチメンタリズムなんだろうな。


とは言え、ボノボ人間パパニアンには仲間の死を悼むメンタリティも少しはあるらしいから、可能性としてはなくもないのか。


それがどちらにせよ、静かに見てくれてるのなら、どっちでもいいじゃないか。


むしろまた涙も出てこない俺の心理状態の方がどうなんだろうな。じんの時も、ようの時も、そうだった。胸にぽっかりと穴が開いたような感覚があるだけだ。


ようの時は、やっぱりあかりの様子に貰い泣きしてしまったってことなんだろうって改めて思う。


エレクシアに墓の用意をしてもらっている間に、セシリアがふくの遺体の処置を行う。人間が亡くなった時にも行う処置だ。


便が漏れ出てこないように肛門に綿で栓をし、既に漏れ出た尿を綺麗に拭き取り、さらに全身を綺麗に拭き、毛並みを整える。


この間も、万が一の甦生の可能性も考慮してバイタルサインは常にモニタリングし、その可能性がない不可逆的な変化が生じていることを、セシリアはすべてのセンサーをフル稼働して確認する。


埋葬してから甦生して、土の中で窒息死なんてことがあったらシャレにならないからな。


その様子を、俺とシモーヌとあかりは、ただ黙って見守ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る