どうしても必要だからって(やってる訳でもない)

新暦〇〇二一年六月十七日。




はるかちからが亡くなったことで不要になった池だが、ワニ人間クロコディアがいなくなったことで居心地が良くなったのか、魚が急に増えた。


さすがに河にいるような大型の魚は入ってこないものの、人間が食べる分には手頃な大きさの魚が住み着いたので、せっかくだから釣り堀よろしく小さな漁場として残すことにした。埋め立てて普通に二人のための<墓>にしようかとも思ったんだが……


人工の池でも、長くそのままにしておけばそれもやがて自然の一部になっていくということか。


で、調査が休みの日には、俺はそこで釣り糸を垂らすことが多くなった。しかも生きていく為に必死にやる漁じゃなくて、殆ど余興だから、これじゃ本当に<釣り堀>だな。


でも、なんだかこうしてるとホッとする。


ボケッとするのもよし、考え事をするのもよし、釣れても釣れなくてもよし、だったんだが、思った以上によく釣れてくれる。


するとあかりも、俺の真似をして釣り糸を垂れるようになった。


じゅんと一緒に。


「こうやるんだよ、じゅん


と、釣竿を握らせて自分の真似をさせようとするんだが、もちろん、ボノボ人間パパニアンとして育てられたのじゅんに<釣り>というものが理解できる筈もない。


ただ、ボノボ人間パパニアンもある程度は道具も使うので、道具を使って何かをしようとしているというだけなら理解はできるようだ。


とは言え、長時間、ぼんやりと待つというのはさすがに飽きてしまうのか、しばらくして釣れないと釣竿で水面を叩いたりして遊び始めてしまう。


だが、俺は敢えてそれをやめさせたりはしなかった。


「あ、こらこら、ダメだよ!」


じゅんを諫めようとしたあかりについて、


「いい、いい、好きにやらせてやれ。これは元々のボノボ人間パパニアンの習性じゃないんだ。やり方が理解できなくて当然だからな」


って感じで、逆に制した。


どうせ、どうしても必要だからってやってる訳でもない釣りだ。ボノボ人間パパニアンにとってはそれこそ何の意味があるのかさっぱり意味不明だろう。こっちの思う通りにやってくれないからってそれで目くじら立ててじゅんを叱るのは筋違いだと思うからな。


野生のボノボ人間パパニアンは、通常、魚は食べない。不定形生物を警戒してか、水辺には積極的には近付かない。わざわざ水辺に行かなくても、水は十分に手に入るからな。<森殺しフォレストバスター>のおかげで。


じゅんも、あかりが傍にいると思うからこそ本来はあまり近付かない水辺に来てくれてるんだ。それだけでも十分、こっちに合わせてくれてるからな。


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