外伝 小さな獣と大きな<それ>

彼女が殻を破って初めて見たのは、大きな影だった。それは動いていて、そして力強かった。だから彼女はすぐにそれを自分を守ってくれる<仲間>だと認識した。


それは彼女の歩く速さには合わせてくれなかったから、彼女は取り残されまいと必死に追いかけた。だけど疲れた時には、それの体に乗って運んでもらった。それは彼女がそうやって乗り込んでも決して疎んだりしなかった


それが何を考えているのか彼女には分からなかったが、彼女にはどうでもよかった。とにかくそれの傍にいると安全だった。


大きな獣が激しい気配を向けて飛び掛かって来ようとしても、それが傍にいると近付いてはこれなかった。何故か分からないが、獣達はそれのことを恐れているらしい。


彼女は、腹が減ればその辺りにたくさんいる虫を捕らえて食べた。いずれ体が大きくなってくれば鳥や小動物も食べられるようになるだろうけれど、小さく非力な今の彼女では、それが精一杯だった。


喉が渇けば、朝露に濡れた草を舐めて潤した。小さな体は水が少なくても困らなかったから助かった。


疲れて眠くなれば、それの体にある隙間に潜り込んで寝た。すると危険な敵はまったく近付いてもこれなかったから彼女は安心して寝ることができた。


彼女の体は日に日に強くなり、それの後を追うのも大変じゃなくなった。時にはそれを追い越して、前を走ったりもした。するとそれも、彼女を追いかけるようについてきてくれた。


彼女は疑わなかった。それと自分が<仲間>だということを。


だけど不思議なことに、それは、彼女と違って餌を全く食べなかった。自分は腹が減ると虫などを捕らえて食べすにはいられないのに、それはそんな様子も見えなかった。ただ黙々と密林の中を、不思議な形をした四本の脚で滑るように歩いた。


それがとても異様なものだということに、彼女は気付かなかった。生まれてからずっとそばにいるから、確かに手や足の形は自分と違うし、自分にはついている尻尾も付いていなかったが、やっぱりそれは彼女にとっては<仲間>だった。


何故ならある時、彼女が少し体が大きくなって力も付いて、自信も出てきたことで少しそれから離れて小さな動物を獲物として追ってた時、突然、彼女の前に大きな獣が現れ、獣の目は彼女の姿をしっかりと捉えていて、彼女は死を覚悟したのに、これまで自分が捕らえてきた獲物と同じように今度は自分がこの獣の餌になるんだと悟ったのに、「パン!」というこれまで聞いたことのない音が響いた瞬間、獣が「ギャン!」と声を上げて逃げ去ってしまったということがあったからだ。そして彼女は、それが自分を守ってくれたからなのだと悟ったからだ。


その後も彼女は、それと一緒にいた。いつかは別れる時が来るかもしれないけれど、少なくともその時までは、彼女はそれと一緒にいようと思うのだった。


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