g びっくりするほど胡散臭い
「妹さんの体質については正確には見鬼とは違うようだ。このあたりのことはまた詳しく話すとして、ぼくらは帰って八束山に向かうよ。間宮くんは病院に泊まりかい?」
「はい、今晩は泊まりますけど……」
「じゃあこれ。念のため持っておきなさい」
エレベーターが一階に到着した。
師匠がポケットから取り出して千鳥に握らせたのは、スプレータイプのボトルだ。よくよく見てみると『除霊スプレー』と書いてある。
びっくりするほど胡散臭い。
「妹さんと一緒にいるなら彼もついているから大丈夫だろうけど、なにか異変があれば使って」
「あの、師匠さん、効くんですかこれ……」
「効くと思えば効く」
「プラシーボ効果じゃないっすか」
はっ、と綾人は友人の両肩を掴んだ。
いまこそ師匠の教えのなかでもかなり実用的なものを千鳥に伝えるときだった。
「千鳥。こういうのはな、気持ちが大事なんだよ」
「ビビリに言われたくねぇよ」
「ご尤もです! でも強い気持ちをもってすれば意外と物理技も効いたりするんだ。師匠なんかは怒鳴って幽霊退散させたりするし、巽だって飛び蹴りで除霊したことあるんだぞ!」
「へぇぇ……」
信じてないなこれ。
千鳥は微妙そうな顔をしていたが、なんだかんだで面白そうに笑いながらスプレーを観察している。その様子からは、香波のことに関する大きな不安は感じられない。我が友人ながら肝が据わっている。
「今日はありがとうございました。香波のこと、これではっきりして良かったです」
「ああいうのは本人も周りもうまく付き合っていくしかない。なにか困るようであれば言ってきて」
「はい。……師匠さんも、綾人も、危ないことはしないでくださいね」
師匠は応えなかった。
綾人は誤魔化すように笑って、ロビーで見送る千鳥に手を振った。
八束山。
鹿嶋市屈指の心霊スポットを抱く深淵の山だ。その山を、師匠をして高位と言わしめる『おじちゃん』でさえどうにもできない、よくないものが越えてやってこようとしている。
控えめに言っても危険でないわけがなかった。
お化け屋敷へ戻る道中、師匠は手短に、千鳥には割愛した香波の体質について教えてくれた。
「見鬼は万能じゃない。例えばそこに男の子の霊がいるとしても、彼がなぜ死んだのか、どうして成仏できずにいるのか、なにに拘っているのか、ぼくらの知らない情報をこの目で読み取ることはできない。強烈なメッセージを発して無理やり脳みそに割り込んでくるような一部の例外を除いてね」
一部の例外。
――廃ホテルで視た夕焼けの窓辺や、先日視たような森のなかの映像のことだ。
「確かにそうですね。昔テレビで見てた霊媒師さんなんかは、なんでもかんでも霊視できてるからよっぽど凄いんだろうなぁって思ってました」
「まあ世のなか広いし、見鬼と同時にそういう情報を読み取る人もいないことはないだろう。だが基本的に、『彼岸のものを視る力』と『場所やものに灼きついた記憶を読み取る力』は全くの別物だ。根本的に体質が異なる。なぜなら見鬼とは即ち『そもそもその存在が彼岸に寄っている』体質であることに対して、読み取る力のほうは完全に『此岸のものを視る』力だからだ」
「……俺たちは彼岸のものを視ていて、彼らは此岸のものを視ている、っていうことですね?」
「ざっくり言うとね。そして、通常の視覚に依らずに此岸側の目に見えない情報を視覚的に認識する能力を、色々ひっくるめて『透視』という。わかりやすく言えばサイコメトリ。超能力の一種だ」
「ちょ……」
思わず師匠の横顔を凝視してしまった。
これまたオカルト的というか、胡散臭いというか――いや一般人から見ても『見鬼』の時点で十分胡散臭いのはわかっているのだが――馴染みのない単語が登場したものだ。
「胡散臭いって顔してるけどブーメランだよ」
「なんで見えたんですか」
師匠こそ透視能力でもあるんじゃないだろうか。ブーメランなのは充分承知しております。
「我々にも身近なポルターガイスト現象の一部はサイコキネシスが原因であるという説もある。超能力と心霊現象は、場合によってはかなり近い分野にいるんだよ。日本では超能力――超感覚的知覚、あるいはPKはイカサマとする風潮が強いが、欧米では大学に研究所を設置しているところもある歴とした学問なんだ。事実サイコメトリによる警察協力、考古学研究などの実績もある。まあ否定派からすればそういうものも全てイカサマ出鱈目になるんだろうけどね」
確かに、たまの特番で透視能力者が行方不明者を捜索するような番組を見かけたことがある。
「……えぇと、じゃあ、香波ちゃんは……」
「『おじちゃん』以外のものは視えていないみたいだったから、彼女が見鬼かどうかは今後もう少し気をつけてあげたうえで判断したほうがいい。――現時点では透視能力の持ち主であることだけは確かだ」
帰りの車のなかで、綾人はワシダに連絡をとった。幸い彼はすぐに通話に応じてくれたので、香波のことなど詳細は伏せて、師匠が青木ヶ原樹海の捜索を勧めているということだけを伝えておく。
彼のほうも、母親の実家近辺の山林を捜したあとは真っ先に山梨へ向かう計画でいたそうだ。
師匠は運転席から綾人を通じてあれこれ指示をした。
まず可能な限り同行者を捜すこと、二人一組で行動すること、装備を整えてから遊歩道を外れること、樹木等を傷つけたり溶岩を持ち帰ったりゴミを捨てたりしないこと、スマホアプリのほか方位磁針も持参すること、日のあるうちにきちんと遊歩道に戻ること。
綾人から話を聞いたワシダは実家近くの捜索を打ち切り、明日にでも発つという。
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