e お話に上がりましたお化け屋敷でございます


「あはは、実はこの件でけっこうフォロワー減ってるから、本当に力になってもらえるならちょっと助かるなぁ」

「えーっ、ガチじゃないですかそれ!」


 視えていない組の呑気な談笑を左耳で流しながら、右耳に呼び出し音を聴く。

 スマホにかけたら出ない可能性もあったので、今日初めて綾人はあのお化け屋敷の固定電話に電話をしていた。


『はい。古瀬でございます』

「秋津です!」

『秋津くん? どうしたんですか、固定電話に連絡なんて』


 古瀬というのは、師匠がたまに配る名刺に書いてある偽名だ。そのまま姉御の呼び名になることもある。

 応答してくれたのは高倉の声だった。

 師匠に取り次いでもらうようお願いすると、ややあって気だるげな声が応える。


『なんだい、電話なんてして珍しい。今日はチドリクンとやらと夕食なんじゃなかったの』

「あのすいません可及的速やかに視てほしい案件があって。今からそっち行っても大丈夫ですか」

『面倒くさそうだから却下』

「ちょっとおおおお」


 師匠は本当に電話を切った。

 がちゃん、と無情な音を立ててホーム画面に戻ったスマホを唖然として見下ろしていると、今度は電話がかかってくる。

 大方、高倉あたりに叱られてかけ直してきたのだと思う。


『で、一体どこで何をやらかしたんだ。電車で来れそうかい』

「できたらあんまり乗りたくないんですけど……」

『高倉を向かわせる。位置情報を送りなさい』

「うっ……ありがとうございます。あと、もし姉御もいるなら、外してもらったほうがいいかもしれないです」

『成る程ね。わかった、帰しておこう』


 一度は見捨てられかけたものの、なんだかんだと面倒見のよい師匠に涙目になりながら電話を切った。

 帰しておこう、ということは姉御が来ていたのだろう。ちょっと申し訳なかったが、自死と思しきものが憑いているワシダをそのまま連れて行って、姉御に何か影響があればと考えたらぞっとする。

 綾人の通話が終わったと見て、千鳥とワシダがこちらを向いた。


「車で迎えにきてくれるみたいです。ワシダさん、急にすみません。すっごく怪しいけど怪しい人じゃないので……」

「いや、大丈夫。気にしてくれてありがとうな」


 ネット上でのつながりがあるとはいえ初対面なのだから、ワシダはもう少し綾人を怪しんでもよさそうなものだが、そういった発想はないらしい。

 一度電話を切られた綾人を間近に見ているので、疑うのも馬鹿らしいと判断したのかもしれないが。


 なおもテーブルの下から覗く女性に凝視されていることなどつゆ知らず、千鳥は腕時計を見て眉を寄せる。


「今からだったら、おれ終電なくなっちゃう。綾泊めてな」

「おう泊まれ、ぜひ泊まってくれ、一人じゃ寝れん!」


 むしろこの状態の千鳥を間宮家に帰す方が心配だ。相方の申し出を有難く思いながらうなずいていると、ワシダがなにやら嬉しそうにしている。


「すごい。動画で見てた通りの堂々ビビリ発言だ。なんか感動する」


 誰のせいだと思ってんだこんちくしょー!




 ファミレス近くのパーキングで高倉と合流すると、彼は顔色ひとつ変えずに「おや」と一言つぶやいた。

 どの程度を感じ取っているのかはわからないが、ワシダが何かくっつけていることは判別できたのだろう。

 逆に高倉を見て「執事……本物?」と興奮している千鳥とワシダを後部座席に乗せ、白いマークXは鹿嶋市へ向けて走りだす。綾人は怖くて後ろを振り返れなかったが、バックミラーにちらちらと女性の爪先が絶えず映っているのだけは確認できた。


「あれ、もしかして鹿嶋市に向かってます?」


 カーナビの表示を見たワシダに、高倉は「ええ」とうなずく。


「鹿嶋市って心霊スポット多いですよね。なんだ、それならあとで八束トンネルやお化け屋敷に向かってもいいかも」

「八束トンネルは存じ上げておりますが、お化け屋敷というのは?」

「全国的には知られてないんですけど、地元では有名だそうですよ。なんでも古びた洋館が住宅街の真ん中にあって、庭の草木は伸び放題、住人はいるようなんですが謎めいていて、夜な夜な白い着物姿の女性が徘徊しているとかしないとか」

「あ、おれも学部の友だちから聞いたことあります! 二階の部屋から人影が見下ろしてるって話。昔は近所の肝試し企画に使われることもあったって」

「そんなに有名だったんですか。知りませんでした」


 助手席の綾人はそっと頭を抱えた。

 これから向かおうとしているのがそのお化け屋敷だと知ったら、ワシダと千鳥はどんな反応をするのだろう……。


 ハンドルを握る高倉は、それはもう楽しそうに微笑んでいる。

 後部座席の二人の間に女性の爪先が揺れている以外は、車内はたいへん和やかな雰囲気だった。鹿嶋市内の大通りから徐々に住宅街へ逸れていくと、高倉は丁寧な運転で徐行し、一軒の屋敷の前に車を停める。


 車を降りたワシダは、夜空を従えて聳える陰鬱な洋館を見上げた。

 次に千鳥がすすすと綾人の横にぴたりとくっつく。首吊りの女は今度はワシダの肩に戻ったので、綾人はほっと息を吐いた。


「おい綾、ここもしかして」

「あの執事さん、もしかしてここは」


 綾人と高倉は同時にこっくりとうなずく。


「……例のお化け屋敷なんだ」

「先程お話に上がりましたお化け屋敷でございます」


 千鳥からエルボーが入った。聞いてねぇぞコラ、といった辺りだろう。

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