d 優しい革命

「おじいさんの言う『ゴホウ』は『護る法』じゃなかった可能性が高いね。おじいさんとおばあさんは仲が悪かったりしたのかな?」


 かなり不躾な質問だった。

 一瞬ぽかんとした水田だったが、すぐに勢いよく首を横に振る。


「な……仲良しでしたよ! ばあちゃんの入院中、じいちゃんはほとんど毎日お見舞いに行って、亡くなったあとはものすごく落ち込んで一回り小さくなっちゃって……」

「呪詛の効力を確かめるために様子を見に行っていたとか、呪い殺した自責の念で落ち込んだとかじゃなかったんだね?」

「当たり前でしょ!!」

「あなたの当たり前なんか知らないよ」


 綾人は巽と顔を見合わせた。

 ――だいぶ怒ってる……。

 普段から人を煙に巻く言い方の多い人ではあるのだが、ここまであからさまに失礼な物言いをすることは滅多にない。流れからして女性に累の及ぶような呪詛であるようだから、事前にきちんと情報を伝えられなかったことが余程腹に据えかねているらしかった。


「えーっと師匠、おじいさんは本当にお守りだと信じていたということにして、続きを教えてください!」


 でなければ話が進まないし水田も怒って出て行ってしまいそうだ。

 綾人がわざとらしく口を挟むと、そのわざとらしさをじろりと一瞥しつつも、師匠は小さく息を吐いた。


「……投稿された内容によると、犠牲になった子どもの数が多いほど効果は強くなる。この箱が近くにあるだけで女性と子どもは内臓が千切れて死ぬそうだ。特性を考えると、恐らく箱との距離の近い者から複数名が、数日のうちに凄惨な死を遂げる」

「し、師匠それで怒ったんですね」

「数日のうちに古瀬が変死しないことを祈るほかないね。――保管方法としては、女子どもを絶対に近づけないこと、暗く湿った場所に安置すること。箱の力は年を経るごとに弱くなっていくので、最後は然るべき神社に持って行って処理を頼むこととある。最初にコトリバコを部落に伝えた男が作ったのが最も強い『ハッカイ』で、これは男が持ち去った。当時その部落で作られた箱のほとんどがすでに処理されているが、いまだ『チッポウ』二つがどこかに残っているという」


 水田家は、祖父母が他界してはいるものの、同居する母や里帰り出産した姉とその子どもは健在だ。投稿内容にあるような女子どもの死が起きていない。

 この箱が埋まった庭で生活した人々に影響がないのだから、ちょっと見ただけの姉御がすぐに被害を受ける可能性は少ないだろうが、なんだか胸の悪くなる話だった。


「師匠。でもそれって掲示板に書き込まれた話なんでしょう。実体験っても、本当にそんなものが存在するんですか」


 怪訝そうな巽に、師匠は「そう」とうなずく。


「そこだ。――コトリバコを伝えた男は隠岐での反乱から落ち延びてきたという話だったが、その戦というのは明治元年に起きた隠岐騒動なのではないかという説が主流だ。隠岐を実効支配していた松江藩に対して島民が反乱を起こし、八十日間の短い自治を勝ち得たという騒動で、確かに時代と場所は一致する。だけどね、軽く資料を当たってみただけだと、女子どもを根こそぎ死なせるような呪詛を行うほどの血腥い話ではないんだよね。地元では『優しい革命』『無血革命』とすらいわれている」

「じゃあ、一体なんでその男はこんな物騒な呪詛を知っているんです?」

「それが解れば苦労しないよ。……箱に関する呪詛というものにはいくつか類型があるし、後発や偽のコトリバコに関する情報もあるが、本物は本家の投稿だけだろう。現存するとされるチッポウ二つの行方はわからないし、ハッカイを持って去った男がどこかでそれを使ったような感じもない。隠岐騒動説も若干怪しい。実体験だという書き出しではあるが、ああいう掲示板においては様式美みたいなところもあるし」


 パチン、と扇子が鳴った。

 舌を回すうちに気持ちが落ち着いたのか、師匠の目元はまた涼やかないろに戻っている。


「『コトリバコ』は創作。そう考えたほうがいい」


「なーんだ……。じゃあこれは、誰かが真似て作っただけの箱なんですね? 効果もないみたいだし」

「最後まで聞きなさい、秋津くん」


 失礼しました。


「創作だと考えたほうが幸せだ、という話だよ。そうでなければぼくらはこの箱への対処法を持たない」

「でも、年を経るごとに効果は弱まるんですよね? 最初に作った箱のほとんども処分されてるって、さっき師匠言ったじゃないですか」

「大事なところを聴き飛ばすんじゃないよ。――箱の処分は、『ある神を祀る神社』に頼むこと」


 ね、と同意を求められた水田も首肯する。


「そしてぼくらは、その神社が判らない」


 成る程それは大問題だ。

 付け加えられた水田の説明によると、どうもメジャーな神さまの系列ではなさそうで、ネットでもその神社は特定されていないのだという。


「例え効果を弱められても、最後の最後に打つ手がないんすね」

「そういうことだ。だから『コトリバコ』なんて創作であればいいし、存在しなければ万々歳だし、この目の前の小箱は贋物であればいい。――万が一実在する箱だとしても、重要な部分はぼかしてあるから、記事の内容だけでは呪詛を完全に復元することは不可能だ。ついでに本家のコトリバコは二十センチ程度の大きさという描写があるがこれは小さすぎる。そういうことから見ても……」


 そこでようやく師匠は手を伸ばして、ビニール袋に包まれている小さな小箱を掴んだ。

 指先を角に当てて持ち上げると、二、三度振る。からから、と内部で軽いものが転がる音がした。


「良くて本物の『護法』。悪くてもごく最近何者かによって作られた贋物のゴホウ。ということでいいんじゃないかな」


 ――ちょっと待て、と、綾人は改めて師匠の手のなかの小箱を見やる。

 コトリバコを作るとき、箱の中を家畜の血で満たしたあと、何か入れると言っていなかったか。子どものへその緒だとか、人差し指だとか。


 その贋物、ということは。

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