松山演芸場にて ―著作権の噺―
流々(るる)
演目 著作権
年寄ほどネットを使うべし、という話は本当ですな。
ネットと言ったって港に干してある網じゃありませんよ。インターネット、というやつです。
こんな
ツイッターやインスタなんてものを使うと、世界中の人に情報を発信できるんですよ。あんたもやってごらんなさいよ。え? 発信する情報がない?
そこはね、自分で、つ・く・る・の。
誰でも小学校で作文を書いたでしょ。あの頃を思い出して、小説を書いてみるんですよ。なーに、小説って言ったって大げさに考えることなんてありません。心にうつりゆく
平気、平気。それこそネットの小説サイトやらを見てごらんなさい。これは面白いっ! ってものから、よくこの程度で公開できるねぇ? なんて
うまく書けたらコンテストに応募することだってできるんですよ。一歩間違えたらあたしだって明日からは文豪、なーんて呼ばれてるかもしれない。夢のある世の中じゃありませんか。
と言うことで、今日も縁側に座って日向ぼっこしながら庭にある柿の木なんぞ見てるわけです。少し色づいて来たな、もう秋だねぇと目を閉じて、頭ン中に浮かんだ情景から文章を捻りだし、よしっこれだ! と眼を開けると――
「何だいお前さん、ビックリするじゃないか。いつからそこにいるんだい、足音もさせずに」
『すいません、ご隠居。ちょっと教えて欲しいことがありまして』
あたしを驚かしちまった手前、バツが悪いのか、しきりに右手で顔を拭いています。
「教えて欲しいこと? 遠慮せず言ってごらん。あたしで分かることは教えてやろう」
『ありがとうございます。で、ちゃ――じゃなく、ちゅ――でもない。そうそう、ちょ――さくけんって何です?』
「チョー策軒!? あぁ著作権かい。お前さんのイントネーションは独特だねぇ」
そう言われたのにどこ吹く風といったすまし顔で、縁側にちょこんと座ります。
礼儀作法も知らない奴め、仕方ねぇなと思いつつ話を続けましょう。
「著作権というのは知的財産権の一種でな、音楽や文芸などのように作者の思いを表現したものに――」
『いや、ご隠居……』
「対する権利で、このうち作者の権利は財産的権利と人格的権利に分類され――」
『ご隠居っ!』
「ん? どうした」
『あまり難しいことは……。おいらにも分かるようにお願いします』
「そうだったな。まぁ簡単に言うとだな、何かを作った人が持つべき当然の権利だな」
『う-ん、なんか分かったような分からないような』
また顔を右手で拭いています。
どうやら癖のようですな。
「で、お前さんは何だって著作権のことなんか聞いてきたんだい?」
『それがですね、その著作権とやらを安い金で奪っちまうなんて話を耳にしたもんで』
どうやら何かのコンテストで、そんなことが起きてるらしいと言うんです。
そこでパソコンを持ってきて検索してみました。
「よし……はい入力、と。あぁこれだね。どれどれ……何だいこりゃ!」
画面に表示された募集要項には、堂々と「大賞、佳作受賞作品の著作権は○○市に帰属するものとし」と書かれているじゃありませんか。
「いくら賞金を出すからと言ったって、こりゃ坊ちゃんじゃなく赤シャツがやりそうなことじゃないか」
『なんです、その坊っちゃんやら赤シャツってーのは』
「お前さんに説明すると長くなるが、要はひどいやり方だってことだよ」
『ご隠居がそんなに怒るんなら、よっぽどひどいんですね』
「あぁ。こんな条件は見たことないよ。ほら見てごらん。ネットに出ている他のコンテストでは、著作権は作者に帰属し、使用優先権または独占使用権を持つとしているだろ」
『……やっぱり、よく分かりません』
「とっても面白い作品だからアニメ化しよう! ってなったと考えてごらん」
『うわぁ、アニメ化されたら超うれしいですよね』
「そうじゃろ。エンディングの字幕にも名前が載るし、使用料としてお金ももらえることになる」
『テンション上がっちゃいます。何買ってもらおうかな』
「ところが著作権が市に帰属してたら、作者の名前が出ることもなくお金ももらえん」
『えっ自分が作ったものなのに? そりゃひどい』
「もしホーリーウッドなんぞで映画化されたりしたら、数千万や億単位の金を手にし損なうのさ」
『うひゃーっ! おいらなら立ち直れない』
「きっと二次的な利用のことなんか考えていないのだろうけれど、そもそも作者から著作権を奪うなど、とても文学を愛する者のやることとは思えん」
『ひどい話だと言うことがよく分かりました』
これだからお役所仕事は……と言われてしまうだろうに。
ちょっと考えれば分かることだと思うんですがねぇ。
『ご隠居、これってコンテストだから審査員がいるはずですよね。その人たちはどう思ってるんですかね』
「まぁ、そんなことは気にしちゃいないんだろ」
『自分が応募する立場だったら、って考えたらいいのに』
「そもそも応募要項なんて見ちゃいないんだよ」
『そんなもんですかね』
「要項を見ていたとしたら、ショートショート講座なんて開設しないだろうよ。もし知っていて講座を開いたのなら、文学の価値を分かっていないということだな」
『それはそれで悲しいです』
「応募作だって全部読むことなんてしないだろうし」
『え、そうなんですか?』
「最終選考に残すものを選ぶのは審査員じゃなく、下読みと呼ばれる人たちが担当するのが一般的なのさ」
『市役所の職員が読んで、選ぶんですか!?』
「さすがにそこまでひどいとは思わんが……そう思われても仕方ないかもしれん」
お互いに黙ってしまい、柿の木を見上げていました。
その向こうに見える空にはいわし雲も浮かんでいます。
『歴史あるコンテストなのにずっと同じ条件だったんでしょうか』
空を見上げたままつぶやく声が聞こえてきました。
「どうじゃろうなぁ。以前のことは分からんが、ずっと同じだとしたら驕りが見えるのぉ。この賞を取ったということで拍が付くだろ、くらいに思っていたのかもしれん」
『なんだかなぁ』
「せめて審査結果発表の時に、著作権は作者に無償で譲渡します、くらいのことを言ってもらいたいもんだがね。一度決めたことを自ら覆すのは難しいかもしれんが」
『とかくに人の世は住みにくい、ってことですかね』
「おや、しゃれた言い回しを知っているじゃないか。ところでお前さん、名前は何という?」
すると大きく伸びを一つ、そしてこちらにすまし顔を向けました。
淡灰色のまだら猫がミャアと一声、『名前はまだない』
おあとがよろしいようで。
松山演芸場にて ―著作権の噺― 流々(るる) @ballgag
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