5話 君が男だったら惚れてしまう
放課後になり、僕たちは近くの商店街パークス・アベニューにやってきた。パークスアベニューの中には肌の色が違う人が散見され、異国に迷い込んだような印象を受ける。
「この近くにおすすめの場所がある」
そういって連れ来てもらったのは、ホテルに併設されたカフェだった。カフェの中は黒と茶色を基調とした色でシックにまとめられ、左手にはホテルのカウンターと2階に上るための螺旋階段が目に入った。
螺旋階段は金属で出来ており、ヒールで階段を上るときには小気味よい音を立てて、旅の気分を盛り上げるに違いない。スーツに身を包んだお姉さんが会釈をして、僕たちをテーブルまで案内してくれた。
「お洒落な場所だね。高くないの」
「高くない。ここのパフェが絶品、ほっぺが落ちる。食べるときには、ほっぺを抑えて」
天子が両手でほっぺたを抑えるしぐさをする。
「注文は任せて」
天子が机に置かれたハンドベルを小気味よく鳴らして、店員を呼ぶ。
「スペシャルパフェ2つ、お願いします」
むふふと笑いながら天子が注文する。真帆の話では、記憶をなくす前の僕は「パフェ」が大好物というはなしだったけれど、実際のところどうなのだろうか。
テーブルに届いたパフェは、スペシャルという名前に相違ないものだった。マンゴーやイチゴが何層にもわたり、中央のアイスクリームを取り囲むように配置されている。アイスクリームと果物の間には、艶やかに光る色とりどりゼラチンが宝石のように敷き詰められている。パフェグラスの底にはほどよくフレークが入れられており、全体のバランスを整えている。完熟した果物の匂いが鼻腔を刺激し、体中の細胞が目覚めるのを感じる。
「食べてみて」
天子が僕に細長い木製のスプーンを渡す。アイスクリームが舌の上でとろけ、ゼラチンとマンゴーが甘さにアクセントを加える。幾重にも甘さの波が押し寄せて、舌を喜ばせる。体が次を求めてパフェにスプーンを突き刺す。
「これはすごく美味しいね」
表現できない美味しさを前にして、ただただ美味しいと感想を伝えるしかなかった。それを聞いて天子が満足したように、スプーンを走らせる。
「んにゃー」
天子が一口食べて猫のような声を出す。
「猫みたいだね」
思わず本音を口に出す。
「食べ物の前、人間は動物に戻る」
天子が続けてもう一口食べる。
「ほほがとろけるとはこのことを言う。食べ物の前には何物も無力」
頬を抑えた天子が、とろけた顔を見せる。
「こんな素敵なところを教えてくれてありがとう。妹もここに連れてきたいな」
「妹がいる。是非、来てみて。きっと喜ぶ」
天子が少し偉そうにいう。
「あちらの男たちが君に目線を送っている、気づいている」
天子が僕に目配せをして奥の席に座っている2人の男性を指し示す。確かに、こちらの様子をずっとうかがっているように、ちらちらと視線を送ってくる。
「モテる女の子はつらい」
天子が茶目っ気たっぷりにからかう。この場合、私というより天子に視線を送っている気がするけど。男たちは僕たちが顔を向けて話をしたことに気づいたようで、ぼくたちのテーブルのほうに向かってきた。男たちは体の筋肉を強調するようなぴちっとしたシャツを着ており、半袖、半ズボンのサーフスタイル。いかにも金髪のチャラ男風、もうひとりは黒髪だが、細すぎる眉が顔に馴染んでいない。
「ここのスペシャルパフェ美味しいよね?」
黒髪の男が話しかけてくる。僕と天子は聞こえないふりをして、お互いパフェへと視線を落とす。男は気にした様子もなく続けて話しかけてくる。
「俺と君ってさ共通点多いよね。金髪で、日本語が話せて、これって奇跡でしょ」
僕たちはパフェを口に運び無言を貫こうとするが、なんだかおかしくて笑ってしまう。男たちは手ごたえを感じたのか、畳みかけるように話す。
「運命を感じた女の子たちが無視して会話が続かないんだけど」
金髪が歌うように黒髪に話しかける。
「それって相手も運命感じて緊張しているんじゃない」
黒髪が金髪に向けて合の手を入れる。男たちが定番の文句を言うようなよどみのない口調で話し、僕たちの隣の席に座ってきた。黒髪が僕の手をいきなり握る。金髪は天子に向かって口を開けて「あーん」をやろうとしている。馴れ馴れしいにもほどがある。
男の手を振りほどき、天子の腕をつかみ席を立とうとする。
「会計は払い済みだよ。どこへなりともお供します」
黒髪がうやうやしくお辞儀をする。
「ありがとう。僕たちこの後予定あるから」
お金を出してもらったのは悪いが、これ以上は関わりたくないと思い、お店から出ようとする。
「僕っ娘ですか。激レアじゃん。安心しな、俺のテクニックの前では女になるから」
黒髪が後ろから声を変える。金髪が店を出ようとする僕たちの前に立ちはだかり、無理やり天子の手を握る。僕は男の反対側の腕をとり、関節技をきめる。転生前に学んだ戦闘技術がここで生きるとは、世の中何が生きるかはわからない。
「痛い、痛い。あ、これもいいかも」
金髪が甘い声を出す。
僕は気持ち悪くなり、金髪を黒髪のほうに力の限りなげ、天子の腕をとり外へと逃れる。いくつかの路地を抜けて、大通へとでる。近くの停留所にバスが停まっているのを見つけ、急いで乗り込む。席に着くと同時に、ほっと一息つく。お互いの顔を見ると笑いがこみあげてきた。
「急に腕を掴んでくる、怖かった」
天子が大きく息を吐きながら言う。そして、天子が両腕を見せる。男に掴まれた手とは反対の腕が赤くなっている。
「赤いリング」
「ごめんね。腕痛かったよね」と僕が謝罪をする。
「こちらこそ、守ってくれてありがとう。武道を習っていた?」
「習っていたというか、男として生きるうえでの嗜みというか」
先ほどの興奮からか、つい男だと口を滑らせてしまう。
「ふふふ、君は男なのか」
「いやー」
歯切れの悪い返事をしてしまう。
「君が男だったら惚れてしまう」
異世界から日本に転生した記憶が戻ったのですが、神様、性別が違います 涼月 むゆか @muyuka19
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