4話 金髪のマッドサイエンティスト、その名は天子
朝起きて一階に降りるも、家の中には真帆の気配がない。「真帆」と呼んでみても返事はなく、昨日の夜「朝練があるから、6時には家を出るね」と言っていたことを思い出す。
顔を洗い、お腹がすいたので冷蔵庫にあるグレープフルーツを一つ取り、朝ごはん代わりにに食べる。口いっぱいに広がる酸味と少しの甘さが刺激となり、頭が少しさえていく。昨日は、学校のことを考えてしまい中々寝付けなかった。
僕が通っている学校は、それなりの進学校らしく、ほとんどの生徒が大学に進学するそうだ。元来、ほとんど勉強なんてしたことがなかった僕は、これから高校と大学の7年間も勉強しないといけないことを考えると不安になってしまう。それに、勉強だけではなく同年代の子たちと一緒にやっていけるのか不安もある。
この世界の基本的な知識は得ているが、最新の事情に詳しいわけではない。いつの世も「流行」というものがあり、特に僕たちみたいな若い子はそれに敏感だ。前の世界でも当然あり、僕の住んでいた村は小さかったが、村の若者たちは町に出かけるたびに、町の流行を聞いてきては、それを持って帰ってきた。
僕の家はお金がなかったので、お金のかかるファッションなどには疎かったが、伝え聞く「流行のお芝居」に関しては、よその子たちには負けない自負があった。幼いころより父や母より物語を読み聞かせられてきた僕たち兄妹は、他の子たちに負けないほどの知識があり、「物語」への飽くなき探究心は誰にも引けを取らなかった。
そんな僕は、町から帰ってきた大人たちや友人を捕まえては、町で流行の演目や曲を聞いたものだ。新しい物語を知るたびに、胸を高鳴らせその世界に思いをはせた。この世界でも年頃の子というのは「物語の流行」に敏感なのだろう。僕の部屋には小説やマンガがあふれるほどある。カナイが言うには、この世界には一生をかけても読みつくせないほどの物語であふれかえっているそうだ。
僕の部屋にある小説の数々はどれも可愛いイラストがあしらわれており、ライトノベルという、いかにも流行に敏感なうら若き乙女が読みそうなものだった。僕が集めた珠玉の小説たちは、これからの学校生活を助けてくれることに間違いない。学校で話題に困ったら話を振ってみる小説のタイトルをメモ用紙に書いて、感想もばっちり書き込みずみだ。
昨日はあまりにも眠れなかったので、既に何冊かは読破済みだ。何ならすぐに貸せるようにと、朝起きてすぐにカバンに忍ばせた。不安が渦巻いていた心も、流行の最先端を取り入れることで、学校生活が円滑に進む期待へと変わるから不思議だ。
〇
学校に着くとすぐに職員室へと向かった。職員室までの道はポケットに忍ばせたカナイに案内してもらう。職員室のドアの前に立ち、勢いよく「おはようございます」と戸を開ける。
「姫野先生はいますか」
戸の近くにいた若い男の先生が「姫野先生、生徒が呼んでいますよ」と対応してくれる。奥の席にいた男性が、隣の女性教師との話を切り上げ、こちらに向かってくる。
カナイに聞いていた通り、端正な顔立ちの男性だ。肩にかかるくらいまでに伸びた髪の毛は、手ですきたくなるような、滑らかさがある。中性的にも感じられる不思議な出で立ちをしており、こちらに向かってくるときの笑顔が中々に素敵だ。きっと、女性徒に人気のある先生なのだろう。
「おはよう、体は大丈夫なのか。それにしても、入学式の後に交通事故なんて災難だったな」
姫野先生が笑顔で話しかけてくる。この人懐っこい笑顔で、幾多の生徒が虜になったことは容易に想像できる。
医師のアドバイス通りに記憶障害が起こったことを話す。もちろん、ほんの小さな記憶喪失が起こったとだけを伝える。先生は私の話を聞いてひどく驚いており、問題が起こってからは不味いということで、クラスの生徒には情報共有だけは行わせてくれと許可を求めてきた。秘密にすることでもないと思い、それについては承諾する。記憶以外は大丈夫なのかと聞いてきたが、「大丈夫です」と小気味いい返事を返す。
僕が職員室を出ようとしたところ先生に呼び止められ、頭をさっと撫でられる。
「寝ぐせがついていると、かわいい顔が台無しだよ」
爽やかな笑みを浮かべて僕の頭をなでてくる。普通の女子だったなら「キュン」とするところなのだろうが、気持ち悪さを感じてしまう。「はぁ」と気のない返事をして職員室を出る。
カナイがポケットの中で、「あの先生はにおうなー。汐はどうおもう」と話しかけ来る。匂うといわれても、女好きな面が見れたくらいで怪しさは特に感じなかった。詳細を聞きたい気持ちもあったが、流石に校内で話しかけるのは不味いので、無視をする。カナイが不満そうな顔をむけるが「ごめんね」と小さく声をかけて教室までの道を急ぐ。
何人かの生徒に「おはよう。体は大丈夫なの」、「授業でわからないことがあればいってね」、「交通事故の影響は大丈夫」と心配するような声をかけられた。「全然平気だよ」なんて言葉を返す。クラスの女子のほとんどがメイクをしているようで、この世界の女の子はメイクをするのが普通だったことを思い出す。
周囲を見渡すとすでに教室には数人のグループが出来ているようで、集まって談笑をしている。誰に話しかけていけばいいのかわからない僕は、持ってきた小説を広げて読むことにした。表紙のカバーを取り外し、堂々とタイトルまで見えるようにしたのだから、この本が好きな人は話しかけてくるだろうという作戦だ。声に出して読んだり、上に思い切り持ち上げて読んでみたりしたが、誰も反応してくれない。唯一反応してくれたのは、隣の席の女の子で「汐さん、それは止めといたほうがいいよ」と忠告めいたことを言われただけだ。
先生が教室に入ってくると早速、私の状況について説明してくれた。
「皆さんにお知らせがあります。今日、久しぶりに登校してくれた汐さんですが、交通事故にあったため、少し記憶が混乱しているそうです。記憶喪失まではいかないけれど、皆さんでサポートするように」
先生の説明の後に、教室がざわつき始めた。いたるところで、「大丈夫かな」なんて声が聞こえてくる。
休み時間になるとクラスの女の子たちがやってきて、記憶についていろいろと尋ねてきた。僕は「数日の記憶が亡くなった程度だよ。だから、高校は今日が初登校の気分」と答える。最初は純粋な心配や気遣いで聞きに来ていた女の子たちも「周囲で巻き起こった非日常」に酔いしれるように、「記憶を無くしたことに気づいた時の感情」や「家族の反応」なんてことを聞き始めた。
僕はいいかげん疲れてきて、昼休みになると、クラスの女子たちを振り切るように外の広場に出る。
「真帆のことどう思う」
突然後ろから聞こえてきた会話に驚き、耳を澄ます。二人の男女が廊下を歩きながら会話していること声が聞こえてくる。
「入学式の時にばっちりとメイクしていたときはイケている娘だと思ったけど、正直ありえなくない。寝ぐせも直さずくるし、今朝なんて教室で小説を音読していたんだよ。記憶喪失だかしらないけどさ、ちょっと引くよね。男子としてはどうなのよ」
「パッとみ、可愛いじゃん。俺はイケるね」
男が笑いながら言う
「趣味悪い」
声の高い女が手を叩きながら笑う。
「ぶっちゃけ、入学式の時の記憶ないなら、告白されて付き合ったことにできないかな。1回だけでもやりてー」
「マジ、本能で生きすぎ。汐ちゃんが可愛そう」
女が笑いながらいう。
緊張の糸が解けるようにベンチに座る。先ほどまでの疲れが出たのか腰がずるりと下がり、顔が空へと向けられる。自然と吐いた溜息は空へと吸い込まれていき、体が少し軽くなる。一見平和そうに見える世界にも表と裏があるという、当たり前の事実を突きつけられる。
しばらく空を仰ぎ見て、ベンチから立とうとしたところで、奇妙な女の子が視界に映る。金髪のゆったりとした髪で、前髪が綺麗に切りそろえられた
「何しているの」
先ほどから、持っているりんごを落としては拾い、それを繰り返している少女に尋ねる
「りんごが、汚れていく」
夢中で奇行を続けている少女は気づいていない。
とうとうリンゴもその繰り返しに耐えかねたのか、地面に落ちると同時に半壊した。りんごをなんども落としているのだから当たり前だとおもい、ショックで顔が引きつっている少女に先ほどよりも大きな声で「なにをしているの?」と呼びかけてみる。
少女が驚きの表情を一瞬浮かべるが。すぐに何事もなかったように顔を整える。
「ニュートンのりんご、知っている?」
僕はうなずく。
「リンゴが落ちるのを見て重力を発見した。その
少女が腰に手を当てて、知的な笑みを浮かべる。
「私の実験の様子を君も見ていた、違う?りんごが落ちるのをみてどう思った?」
「この奇行を繰り返す少女は、りんごに親でも殺されたのかなと思った」
「ふふふ、面白い」
「何がわかったの?」
少女が薄ら笑いを浮かべながら「お昼御飯が汚れていく、悲しい気持ちを思い知った」とだけつぶやいた。この娘は「もしかしなくても、やばい娘」なのかもしれないと思い、その場を立ち去ろうとする。少女は僕を逃すまいと、肩をがっつりと掴む。
「えーと、何か用でしょうか」
「お昼ご飯のりんごが半壊した」
女の子が詰め寄る。顔が少し近いんだけど。
「お腹空いて大変ですね」
後ずさりしながら答える。
「そうね、このままだと何も食べないで死んでしまうかもしれない」
「大変ですね。ご友人から分けていただくのはいかがでしょうか」
「君は、お昼休みにりんご、何度も落とすような子に友達がいると思う?」
少女が自嘲気味に言う。奇異なことをしていることはわかっているのかと感心してしまう。
「出会ったのも何かの縁。お昼ご飯を一緒に食べる、シャレ乙」
「僕のご飯を一緒にシェアしようという誘いにしか聞こえないのだけど」
「私はジャイ〇ンではない。もちろん私のものも一緒に食べる」
半壊したリンゴを人にあげるなんて、ジャイ〇ンよりよっぽどたちが悪いと思うけどなと思いながら、この感じだと休み時間中ずっと付きまとわられそうな気もするので、了承をする。
「僕の名前は
「
天子が右手を出し、握手を求める。
「よろしく」
差し出された手を握り返す。
「安心して、私は頂いたものにたいして文句を言わない。ちなみに、今日のご飯はなに?」
よっぽどお腹が空いていたのだろうか、今にもよだれを出しそうな顔をして聞いてくる。
「おにぎりとたくあん」
「男っぽい弁当」
天子が笑みを浮かべる。
「おにぎりはあれだぞ。ただのおにぎりではなくて、ポーク玉子だからな」
「最高」
満面の笑みを天子が浮かべて、返答する。
「ちょっと待って、リンゴを洗ってくる」といい、天子が校舎に走って消えた。ポケットで寝ているカナイに「弁当を食べるか」と尋ねるもカナイは眠そうな目をこすりながら、「私は寝るから、大丈夫」とだけ答えて、再び眠りについた。夜の神様ということもあり、日中はどうしても眠くなるそうだ。今日は初登校ということもあり付き合ってもらったが、悪いことをしたなと思う。
しばらくして、天子が手提げ袋を引っ提げて戻ってきた。
「バナナ、好き?」
バナナも昼食として持ってきていたそうで、バナナを1本僕に分けてくれた。
僕も天子におにぎりを渡す。天子が嬉しそうに隣でおにぎりを頬張る。食べている間も「ぐー」とお腹が鳴り、よほどお腹が空いていたのだなと思い、手に持っているおにぎりを半分に分けて、天子に渡す。
天子が「本当にいいの」と何度も聞き返す。「バナナがお腹にたまっているから、お腹いっぱいで食べられない」と言い訳じみた言葉を返す。「ありがとう」とお礼を言い美味しそうに食べる。なんだか、それを見ているだけでこちらも本当におなか一杯になってくるから不思議だ。
「家庭の味って感じ、美味しい。母親が握った?」
「僕が作ったんだよ」
胸を張ってこたえる。
「こんなに美味しく握れる、すごい才能を持っている」
天子が感心して頭をうんうんとうならせる。
「美味しい握り飯をご馳走、お礼をしたくなるのが人情。今日の放課後空いている?」
「用事はないかな」
「付き合って、美味しいものを食べさせる」
天子が親指を突き出して、整った顔を柔和に崩す。
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