エピローグ
「ねぇ、紡は進路どうするつもりなの?」
一週間後、まだ学校の一部は青いシートで覆われ、修理が行われている途中だが学校が再開された。赤崎先輩としては戦いが終わってしまえば学校を再開しても問題ないと言う判断なのだろう。
ちなみに学校が再開される前、メイド姉妹がわざわざ僕の家に来てダッフルコートを返してくれた。どう見ても同じものを買い直したようにしか見えないダッフルコートだが、受け取りを拒否しようとしたら物凄い顔で睨まれたので受け取ってしまった。
久しぶりに会った生徒たちは夏休み明けの学校のようにそれぞれ休みの時に何をやっていたか報告し合って非常に騒がしかったが、僕だけはその会話に入る事なく教室を抜け出して屋上で呆けていた。
そんな僕の所に針生も教室を抜け出してきたのかやって来て何時ぞやの時と同じように僕の座っていた場所を奪い取った。そして聞いてきたのが今の言葉だ。
進路か……。僕としては学校が卒業できるかどうかすら怪しい状態で今後どうするかなんて考えた事がなかった。
「私はこのまま月星大学に進学するつもりよ。内申点も問題ないし、他の大学を受けるよりも楽だしね」
急に声がした事で後ろを振り返ると鷹木まで屋上に来ていた。鷹木は針生の反対側。そう、僕を挟み込むような位置に座った。左右に女性に座られて非常に気まずいので逃げたい所だが、僕が逃げ出さないように警察が両隣を防いでいる感じだ。
鷹木は大学に進学するのか。針生にしろ鷹木にしろ頭は良いので外部の大学でも十分受かるだろうが、鷹木は内部進学をするのか。
「あら? 鷹木さんも月星大学に行くの? 私もそのつもりだから大学に行っても一緒ね」
針生も内部進学か。将来が決まっているのは羨ましい。僕なんて今からどうするかを考えなければいけないのだ。どうすると言ってもまずは出席日数を確保するのが最優先だが。
「まだ決まってないなら紡も一緒に進学しましょうよ。勉強なら私と鷹木さんが教えてあげるし」
学年のトップクラスの二人に勉強を教えてもらえるならこんな有難い事はない。だが、大学に行ったとして僕は何がしたいのだろう。
アルテアが元の世界に戻ってしまった夜の事を思い出した。あの日、寝る前に僕はアルテアが生活していた部屋に入った。部屋は綺麗に片付けられており、アルテアはあの日が最後の戦いになるのではないかと分かっていたかのように思えた。
母さんと一緒に買いに行った服はどこにもなく、畳まれた布団の上にあったのはアルテアが夜に着ていたパジャマだけだった。僕がパジャマを片付けようと持ち上げるとパジャマの下には手紙が置いてあった。
手紙を手に取り、内容を確認するとそれはアルテアからの手紙だった。最後、出かける前にアルテアは準備に時間が掛かっていたが、もしかしたらこの手紙を書いていたからなのかもしれない。
手紙にはこの世界で生活した思い出やお礼の言葉が並んでおり、最後は僕に向けての言葉が綴られていた。
『――愛してる』
と。
嬉しかった。ただ、嬉しさの反面、アルテアが居なくなってしまった事が思い出され悲しくなった。歯を食いしばり、必死に堪えようとしたが、涙を止めるのは無理だった。
自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込むと枕に顔を埋め号泣した。泣きながら寝落ちしたのはこの時初めてだった。
その日の夕方ごろに目が覚めた僕はアルテアが居るのではないだろうかと思い、アルテアが使っていた隣の部屋に行ってみたが、やはりアルテアは居なかった。
居ないのが分かっているのにどうしても確認してしまう僕は女々しい男なのだろうか。
母さんの容体も気になるので居間に降りると母さんは従僕化されていたのが嘘のように今までの母さんに戻っていた。
「紡ちゃん、おはよー! お母さんはお腹がペコペコだよ」
二度とあんな姿の母さんは見たくなかったので、元に戻って本当に良かった。母さんの要望に応え、僕は台所に行くと鶏の唐揚げを作り始めた。
アルテアが居る時に作ってあげればと思わない事もないが、今となっては仕方がない。
食事中、今回起こっていた事を母さんに説明する。怪我をしたのは戦いをしていたためだと言う事、アルテアが居なくなってしまった事、そして、父さんも居なくなってしまった事。すべてを。
母さんは聞いているのかどうかも分からないような感じで食事を終えるとすぐにお風呂に行ってしまった。こういう所で動揺をしない母さんは流石だと思った。が、
「紡ちゃん! ヒック……。大変よ! ヒック……。アルテアちゃんがパンツ忘れて行っちゃった ヒック……」
どうやら母さんはお風呂場で泣いていたようだ。目を真っ赤に腫らし、嗚咽している。だが、その手にはアルテアのパンツが握られ、こちらに見せてきている。
純白に小さいリボンが付いているパンツは紛れもなく僕がアルテアにパンツを見せてと言った時に見せてもらったパンツと同じの物だ。
アルテアもこんなものを忘れて行くなんてと思いながらパンツを手に取ると涙が溢れて来そうになる。
「紡ちゃん。女性のパンツを手に取ってそんな顔をするのは止めて。母さん自分の教育が信じられなくなるから」
本気でそう言っているのだろう。母さんの嗚咽はいつの間にか止まっている。別に女性のパンツなら誰のでも良いと言う訳ではないのだが、確かに傍から見ればヤバイ人間だと思われても仕方がない。
でも、アルテアが何か残してくれていったと言うのは少し嬉しい。これは家宝として大事に取って置こう。
「えっ!? それはちょっと……。母さんもアルテアちゃんは好きだけど、家宝にするのはちょっと引いちゃう」
むっ。家宝にするのは駄目か。それなら大切にしまっておくか。
と思っていたのだが、僕は思いついた。パンツをアルテアに返しに行けばいいのではないかと。アルテアがこっちの世界に来れたんだ。僕だってアルテアの居る世界に行く事ができるはずだ。
そのためには時間が必要だ。アルテアの世界に行く方法を探さなければいけない。なら僕も高校が卒業できるなら大学に進もう。そして大学にいる間にアルテアの世界に行く方法を探し出すんだ。
「ハァ、馬鹿な事を考えるわね。パンツを返すために異世界に行こうだなんて。でも、面白そうね。私も手伝うわ。でも、その前に卒業する事と大学に受かる事が先決ね」
「あっ! 私も一緒に手伝うわよ。針生さんだけ抜け駆けなんてさせないからね」
どうやら二人とも手伝ってくれるようだ。まずは卒業と大学への合格。それができたらアルテアの居る世界に行く方法を探し出すんだ。決して簡単な道じゃないのは分かってる。けど、僕には一緒に方法を探してくれる仲間がいる。何年かかろうが、おじいちゃんになってしまおうが僕はもう一度アルテアに会いに行くんだ。そして、アルテアに会ってもう一度、もう一度だけでも二人で笑い合うんだ。
「それからこれ。受け取って」
鷹木はラッピングされた小さな箱を僕に差し出してきた。僕の誕生日はまだ先だし何だろうと思いながら受け取る。
「なんで抜け駆けするのよ鷹木さん! わ、私からもこれ」
そう言って針生も同じようにラッピングされた箱を僕に渡してくる。取り敢えず手に取るがやはり僕にこれを受け取るような心当たりはない。
二人が立ち上がったので僕もつられて立ち上がり、二人の顔を見ると、
「「バレンタインデーのチョコレートよ」」
鷹木は笑顔で。針生はそっぽを向いて言ってきた。戦いをしている最中にバレンタインデーは過ぎてしまっていたのだが、落ち着いた所で僕に渡してきたのだろう。
女性からバレンタインデーのチョコレートを貰えるなんて思っても居なかったのでこれが義理チョコだったとしても純粋に嬉しい。
お返しをどうするか僕は塔屋を降りながら考える。僕が降りてしまったので慌てて針生が追いかけてきたのだが、針生のスカートがその時、また捲れてしまったのは内緒の話だ。
Side by Cide ~ハウンターたちによる如月の宴~ 一宮 千秋 @itaki999
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