ドラゴンだけどお兄ちゃん!

黒瀬ゆう

第1話 池のほとりで

俺は今、妹のソフィアと一緒に八百屋にきていた。


「すいませーん」

「へいらっしゃい! おっ、仲良し兄妹じゃねえか。おつかいか?」


 おじさんはいつもどおり、元気な商売人だった。頼りがいがありすぎて、八百屋の店主というより戦士でもやってそうだ。

 そんな印象をそのまんま言ったら、元々戦士だったって返されたけど。体は職業を表す……。


「まあね。早速だけど、リンゴ2つとレタス1玉、あとは……なんだっけ?」

「キャベツも」

「そうそう、キャベツ! それも1玉で」

「あいよ!」


 ソフィアの手助けで忘れずにすんだ。相変わらずなんか抜けちゃうなぁ。

 親父さんはすぐに注文の品を持ってきて、バッグに入れてくれた。……あれ?


「以上だな。代金は……」

「ちょっとまってください。リンゴが多すぎです」


 ソフィアの指摘どおり、2個どころか4個になってた。2倍増しは多すぎる。


「そいつはサービスだ。いつもご贔屓にしてもらってるからな。2人で食いな」

「ええっ、でも」

「ありがとうございます!」


 ソフィアが何か言う前に、さっさと元々の代金を払ってしまう。

 そのままさっさと八百屋をあとにした。


 帰り道、溢れそうなくらいのリンゴを1個手にとって、ソフィアに差し出した。案の定渋い顔をされた。


「お兄ちゃん……」

「人の好意はしっかり受け取らなくちゃ。俺たちは子どもなんだし」

「でも……」


 そうだよねー。君は謙虚で礼儀正しい子だもんねえ。その反応、お兄ちゃんはしっかり予想してました。


「気になるなら、そうだなー。お礼として今度肩もみでもしてあげたら?」

「そんなのでいいのかな?」

「君に肩もみされたら大喜びだと思うよ」


 娘に肩もみしてもらってる気持ちになれてハッピーなんじゃない。あの人の娘はもう大きくなっちゃったし。昔を思い出してほっこりと。


「じゃあ今度いっしょにかたたたきしてあげよ!」

「あれ、俺も?」

「お兄ちゃんもリンゴもらってるじゃん。いっしょにお礼しようよ」

「……そうだなー。そうしよっか」


 好意には甘えるが、それでお礼をしないってのも違うよな。たしかにそうだ。

 二人で肩もみってのもなんかおかしな気がするが、そんなのは知りません。子供二人に肩もみされるなんて、おじさん感涙で溺れ死ぬんじゃないの。


 こうしておつかいを済ませて、俺は暇になった。ソフィアはお友達と約束があるので出かけていった。

 暇すぎて家事を手伝おうとしたけど、たまには遊んでこいと断られた。

 でも今日は遊びたい気分ではない。だから森に行くことにした。

 いつものコースをたどって池を見つける。少し暗めの森だが、池のあたりは日当たりが相変わらず良い。


 池に映る自分の姿も、いつもどおりだった。

 ちいさなドラゴンの姿。全身が赤い鱗に覆われていて、背中からは羽が生えている。ちょっとだけ立派になった気がする。成長期ですね。


 五年前からずっとこんな体で生きている。なんでこうなってるのか、未だに検討がつかない。

 これで昔の知り合いに会っても、俺だと気づいてもらえないだろう。それどころか珍獣として捕獲されそう。……多分会えないだろうけど。


 思うにここは、世界そのものが違う気がする。この世界には魔法とか魔物とかのファンタジー要素が存在して、機械などの科学的要素が存在しない。と断じるのも早計かもしれないけど、少なくとも今まで聞いたことがない。

 逆に、高校生までの人生でファンタジー要素が実在するなんて話も聞いたことがない。


 つまり、知っている情報だけで考えれば、違う世界に来ていると考えるのが一番、短絡的だけど現実的だった。


 あー、人間の体が懐かしい。今は歩くのが大変で大変で仕方ない。日常の殆どの場面で飛んでる。

 そう、俺は飛べるドラゴンだった。羽をバタつかせても飛べるし、魔力という不思議パワーを使って飛んだりもできる。基本は魔力を使って低空飛行をしている。妹と手をつなげるし、無駄に土煙を出さなくて済む。


 普通に歩くこともできるけど、四本脚じゃないと難しい。四本脚だと獣気分がマックスになるので気に入らない。のでずっと飛んでる。

 冒険者という、実質なんでも屋のお仕事をしている父からは、「魔力の無駄使い」とバッサリ言われてしまった。そんなの気にしないもんね。ドラゴンは魔力をいっぱい持ってるらしいし! 使い切った時の症状を起こしたことないし!

 四六時中飛んでやる。動くときは。


 閑話休題。

 池のほとりで丸まる。この姿になってからというもの、これが一番寝やすい格好になっていた。

 草のもさーっとした感じも慣れたものだ。最初は土汚れとか色々気にしたけど、今じゃもうなんのためらいもない。


「……ふぁ~」


 風を浴び、木々のさざめきを聞いているうちに、眠くなってきた。

 

 *


 …………なんかされてる気がする。

 尻尾がやたらつんつんされている感覚がある。枝かなんかでやられてる?

 興味本位かな……人をつっつく子供がまだうちの村にいましたか。いいねそういう好奇心に任せた行動嫌いじゃない。

 でも珍品扱いされるのはちょっと嫌なので、言うべきことは言うことにする。


「おーい、人はつっつくものじゃないぞー」

「わあー!?」


 どしゃーっと草むらに倒れる音がした。

 はははこやつめ。俺が動かない置物だとでも思ったのか。

 鮮やかな驚きっぷりに笑いを抑えられない。


「くっ……ぷくっ、くふっ……」

「あわわ、あうぇっ、あわわわわわ」


 つんつんしてたらしき少年は、今まで見たことないくらい慌てていた。

 無理抑えられない。


「あはははははっ! 面白い驚き方だ! すごい! あはははは!」

「ひいーっ!? 食べないでくださいお願いしますごめんなさいー!」

「あっっはははははぁ!」


 めっちゃ面白い。こんなにビビり散らかされたの初めてかも。状況的に俺の悪役感が半端ないけど、ソレも含めておもしろい。

 腹筋が痛くなってきた。


「はあ……はあ……」


 笑いすぎてスタミナを使いきってしまった。草むらに倒れ込む。


「あわわわわ」

「あー……面白かった。てか、まだビビってたの」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「そんなにキツく言ったっけな?」


 軽めのつもりなんだけど、この図体だとちょっと怖いのかもしれない。

 ここまでビビる人は初めてなので、ちょっと困惑してきた。


 ……そういえば、この子誰だろう。

 ソフィアと同年代くらいに見えるけど、見覚えがない。だいたいの子の顔は知ってるつもりだったんだけどなあ。


 それと、あまりのビビリっぷりに気づかなかったけど、腰に小さな剣を二本差していた。おもちゃかなと思ったけど……この剣から<<変な感じ>>がする。


 そういう剣に、俺は心当たりがあった。


「ねえ、その剣、もしかしてミスリルで出来てるんじゃない?」

「ひぇいーっ! そそそそうです!!」

「やっぱ?」


 以前に同じ感じがする剣を見たことがある。父が使っているものだ。彼が持っているものよりは全然大きいが。

 手入れしているときに、近くで見せてもらったことがある。その時に感じた変な感覚と今の感覚は似ていた。


 ミスリルというのは魔力を帯びた金属だそうで、切れ味が良いらしい。並の魔物ならバッサバッサ切り放題なんだと。

 試しに手をちょっと切ってみたらするりと切れた。鱗の硬さに自信があっただけに驚いた。ドラゴンの鱗も切れるんだなって。

 あと父にめちゃくちゃ怒られた。


「ま、まさか既に冒険者さんをお食べに!?」

「ちげえよ。人食趣味はないですー。……もしかして村の子じゃない?」


 村人なら、俺が人を食わないことは小さい子でも知っている。それを知らないことといい、ミスリルの剣を持っていることといい、外から来た可能性が高そうだ。


「あわわ、あがが……」

「そろそろ落ち着いてくんない?」


 流石に笑えるレベルを超えてきたため、落ち着かせにかかる。

 こういうときは怖くないようなことをしてやればいいはずだ。ほっぺをぷにってみたり頭をなでてみたり。

 ギャップ萌えを狙っていけ。


 どうでもいいけど肌はぷにぷにでした。

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