対談《君とお前》

じんむ

第1話 対談《君とお前》

  締め切られた卵色のカーテンは、窓から差し込む太陽の光を映していた。

  あちらこちらに向いた机の上には椅子がひっくり返っている。


  教室には二人の男子生徒がいた(仮にモデルAとモデルBとしよう)。この雑然とした閉鎖空間に、一点の秩序を求めたのか二人は机と椅子を向かい合わせで並べてみた。しかしどうにも釈然としないのは机が揺れるからだろう。何せ二人は机はしっかり腰を据えるものだと教えられてきた。


 しかし現実は不安定に揺れている。彼らの中で机の定義が曖昧になった瞬間だった。しばらく考え込む二人だったが、モデルAは人差し指を立てると突然膝をついた。


「高さだよ」

「高さだって?」


 モデルBが聞き返すと、モデルAは口の端を吊り上げた。


「ああ、高さだ。ねぇ君、何かいらない紙を持ってきてくれないかい?」

「要らない紙な」


 モデルBが机の脚に立てかけていたカバンからプリントを取り出し、モデルAに渡す。モデルAは受け取ると、丁寧に折りたたみ、鉄の床と鉄パイプ脚の間に入れ込んだ。


「よし、これで大丈夫」

「だな」


  二人ともすっかり満足し、机の中にしまわれていた椅子を引いた。

  机が机であることを確認すると、モデルAとモデルBは向かい合う形で席に着く。モデルAは脇に置いたカバンから、モデルBはポケットから端末を取り出すと、しばらく熱心に見つめる。

  話を切り出したのはモデルAだった。


「ところで君は一体何故そこにいるんだい?」

「なんだ、居ちゃ悪いか?」


 モデルBは顔を上げずに答えた。


「いやそうじゃない」

「だったらなんだよ?」


「そうじゃなくてね、君と言う存在は何故君の意思で動くことができているのか、という事を聞きたかったんだ」

「どういうことだ?」


「例えば、だよ。僕はこうして今しゃべっているのは、僕が喋ろうと思っているからだ。でもじゃあ一体どうやって僕は喋ろうと思って、こうして喋っているのだろう?」

「それは脳が命令してるからじゃないのか?」


「いや違うね。確かに最初僕もそう結論付けたよ。これは脳の仕業なんだって。でもそれだと矛盾が出てくるんだ」

「矛盾?」


「そう。その考えだともし自らの脳をコピーしてクローン人間を作ったとしたら、自分は二つの身体を意識することにならないか?」

「そうはならないだろ。別々のクローンと自分は既に別の脳なんだから」


「そうだよね。そう、その通り。でもこれこそが僕の言う矛盾なんだ」

「どういうことだよ?」

「おかしいとは思わないかい? 脳が今こうして喋らせているというのなら、喋っている自分は一体何なんだ?」


 モデルBはようやく端末から顔を上げる。


「何が言いたいんだ?」

「つまり脳とは別に意思という概念に僕たちは動かされていると言いたいのさ」


「意味が分からん。意思は脳が作ってるものだろ?」

「だとすれば同じ自分の脳が二つあった時、自分は二つ意思を持つ事が出来るね」


 モデルAが笑みを浮かべると、モデルBは無言で端末をポケットにしまう。

 しばらく黙りこくるモデルBだったが、ふっと口元を緩めた。


「そもそも前提が成り立たない」

「前提?」


 モデルAが聞き返せば朗々モデルBは語り始める。


「まったく同じ脳が二つはそもそもあり得ない。何故かってそいつは二つある時点で同じものとは言えないからな。具体的に例を挙げるなら、まず場所が違う。同じ場所に同じ人間が存在する事はできない」

「確かに場所は違うとしてもそれは確かに同じ脳だよ。意思をも脳が司っているという君の主張に沿うのなら、例え場所に差異があっても二つの意思を持つ事になるはずだ」


「なんていうかなー、まったく同じ構造の脳が二つあったとしても二つある時点で別々になるんだ。脳ごとに意思が存在してるから同じ構造のもう一つの脳は確かに同じ考えをするだろうけど、自分が二つめの意思を認識することはない」

「だからそれこそが意思というまったくの独立した概念の証明にならないかい?」


 モデルAが端末を机に置くと、左右の手を握ったり開いたりする。


「今、僕は手を動かした。端末を置いた。そして喋った。この一つ一つ全てが脳の仕業だと君は言う。確かにそれは間違っていない。何せ脳が神経を介して身体中に信号を送っているからね。しかしそれはあくまで機能的な見方だ。もし脳だけがすべてを司っているのなら僕たちはロボットと変わらないという事になる。でも僕も君も人間だ!」


 モデルAが立ち上がると、椅子が床のメッキを削る。


「まぁそう熱くなるなよ」

「僕は、冷静さ」

「どうだかな。ただ暑いと言えばちょっと部屋暑くなってきた気もするな。とりあえず窓開けないか?」


 なるほど確か言われてみればとモデルAは努めて冷静に外側へと歩を進めた。

 卵色のカーテンを滑らせ窓を開けば、花が散り始めた櫻の大木が視界に飛び込む。


「さしずめ八分咲きってところか?」

 

  モデルAが魅入っていると、モデルBが隣に立つ。


「そうだね。にしても、櫻を見ていると昔の事を思い出すなぁ」

「へぇ、なんだよそれ。聞かせろよ」


 男子生徒二人の間を薄桃の花弁が通り抜ける。花弁は宙を右へ左へとさ迷い続け、やがて目的地の一つを見つけるのだ。

 机の端末に腰を下ろした花弁。次はどこへと向かうつもりなのだろう。

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対談《君とお前》 じんむ @syoumu111

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