自称「神」は、人生最後に褒美をくれるそうです
春日千夜
自称「神」は、人生最後に褒美をくれるそうです
死の寸前。走馬灯のように一生の記憶が流れるって話がある。地球に隕石が衝突し、見事死ぬ事になった俺は、それが本当なんだと実感した。――いや、実感していた。
「ねーねー。でさ、どの日が良い?」
やたら距離感の近い、自称「神」の少年。こいつが突然、俺の走馬灯に割って入ってきた。
いやもう、びっくりなんてもんじゃない。この神(仮)が言うには、一日だけ過去に戻してくれるらしい。
「あのさ。チビ神」
「なに?」
「一日だけ戻っても、どうしようもないんだけど」
俺が言うと、神(仮)は呆気にとられたような顔をした。
「なんでなんでなんでなんでー!」
「なんでって言われても」
いやむしろ、なんでそんなに驚く。
「一日だけ戻っても、その後生きられないんだろ?」
「そうだよ。だって君は、ここで死ぬんだから」
「なら、いちいち戻る必要はない。どうせ死ぬんだ。悲しいだけだろ」
自分で言うのも何だが、正論だと思う。そんな不思議な力をマジで持ってるなら、地球滅亡の方をどうにかしてほしい。
ていうか、本当に神ならそんぐらいしろ。だから俺はこいつを、神だなんて信じられないんだ。
俺がそんな事を考えていると、神(仮)は不思議そうに首を傾げた。
「君、生きたかったの?」
神(仮)の言葉に、俺は返す言葉が見当たらなかった。だって俺は……。
「君さ、地球滅亡のニュースが流れる前に、死のうとしてなかった? ていうか、むしろそれ知って喜んでたよね? 楽に死ねるって」
ぐうの音も出ない。神(仮)の言う通り、俺は三日前に自殺しようとしていた。
人生に疲れた俺は、駅のホームで電車が来るのを待った。そこへ、ニュースが流れた。
突如現れた巨大隕石が、三日後に地球に衝突するというニュース。地球滅亡の話は政府発表のもので、当然駅は大混乱になった。
それで俺は、飛び降りるのをやめて家に帰った。どうせ三日後に死ぬんだから、この腐った世の中が滅ぶ瞬間を見てやろうと決めたんだ。
だから俺は……。こいつの言う通り、生きたいなんて思ってない。
「そうだな。俺は生きるつもりはない」
「ならいいじゃん。最後ぐらい、たった一日でも楽しかった日を満喫して死になよ。ご褒美だと思ってさ」
目の前にいる神(仮)は、楽しそうに笑う。褒美か。……褒美、ねえ。
「なあ。それならさ、流行りの異世界転生とかの方がいいんだけど」
「そんなの無理無理。あれは君たちの妄想の賜物だよ。そんな事、実際にするわけないでしょ」
「……だよな」
褒美に自分の過去へ、一日だけ戻れる。そう言われても、ここ数年はブラック企業でこき使われる日々だった。それより前はイジメが続いてて、楽しかった日なんて俺には……。
「……あ」
「お、何か思いついた?」
「いや、でもな……」
なんでこんな時に、そんな昔の事を思い出すんだろう。それに楽しかったかと聞かれたら楽しいが、思い出すだけで胸が苦しくなる。
でも神(仮)には、そんな俺の胸中は関係なかったみたいだ。
「じゃ、その日に行ってらっしゃーい」
「は? おい、待てって!」
抵抗虚しく。俺の体は光に包まれて、視界が真っ白になった。
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草の匂いが、ぶわっと鼻腔に入って。いや違う。草その物が、鼻の穴に入って。俺は咳き込みながら慌てて顔を上げた。
「マジかよ……」
殴られた頬が痛い。そして俺の身体は小さい。
間違いない。本当に過去に飛ばされた。小学三年の、あの夏の日に。
「おい、聞いてんのかよ!」
背中に固い物が当たって。俺は再び草むらに顔を突っ込んだ。
くっそ。中身は大人だけど身体は子どもって、なかなか辛いもんだ。一矢報いてやりたいが、貧弱な小三の俺はもう体力の限界だ。
でもこれがあの日なら、この後女神がやって来るんだ。
「アンタたち、何やってんの!?」
「やべっ!」
走り出す悪ガキども。やっぱり来た。俺の女神。
「大丈夫?」
サラサラの長い髪。化粧なんかしてないのに、滑らかな白肌に大きな目。セーラー服越しにも分かる、胸の膨らみ。
間違いない。彼女だ。
「大丈夫です。ありがとうございます」
起き上がって答えた俺に、女神はさっと歩み寄って、膝や手の傷に絆創膏を貼ってくれた。
中学三年の彼女と、俺はこの時初めて会った。そして小さな恋をして。その日のうちに恋は終わった。
だからこれは、幸せな俺の過去。でも同時に、辛い俺の過去。そしてこの日に帰れたなら、俺にはやらなきゃいけない事がある。
この日彼女は、泣いている俺を慰めようと日暮れまで話を聞いてくれた。そして俺を送った帰りに、暴漢に襲われて死んだ。だから俺は彼女を、いち早く家に帰さないといけない。そうしないと、彼女は死ぬから。
「いつもいじめられてるの?」
「いえ、違います」
過去とは違う言葉を、俺は次々に並べる。彼女に生きていてほしいから。その一心で、心にもない事をいくつも話す。
「ぼく、塾に行かなきゃいけないので。帰りますね」
嘘だ。家に帰ったって、酔っ払いの母親がいるだけで。俺には塾に行く金も、夕飯すらない。
精一杯の俺の笑顔。彼女は心配そうにしながらも、頷いた。
「そう。分かった。でもこれ、あげるから」
渡されたメモには、彼女の携帯番号。
「いつでも連絡ちょうだい。私は、君みたいな子を放っておけない」
「ありがとうございます」
込み上がる涙を堪えて礼を言うと、俺はランドセルを掴んで走り出した。メモは途中で細かく破いて捨てた。母親に見つかったら、彼女が何をされるか分からない。
家に帰って、空腹に耐えて。そうこうしていると、また白い光に包まれた。
>>>>
「おかえりー。楽しかった?」
「まあな」
不思議なもんだ。すごく気持ちがスッキリしている。あの日彼女が助かっても、どうせここで死ぬのに。
「なんか良い顔になったじゃん」
「そうか?」
神(仮)は、何だか嬉しそうだ。そうだな。最後にこいつを本物だと認めてやってもいいかもしれない。
「ありがとな。神さん」
「お、素直になったね。じゃあ特別にサービス」
「は?」
白い光が、再び俺を包む。
「優しい人間は嫌いじゃないんだ。異世界では、あの子と幸せにね」
「何だそれ。出来るのかよ」
笑いながら言った俺に、神は微笑んだ。人生最後の褒美は、満更でもなかった。
自称「神」は、人生最後に褒美をくれるそうです 春日千夜 @kasuga_chiyo
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