ソロモンの腐刻画
安良巻祐介
日曜日の美術館なのに、音楽も流れておらず、等間隔のスツールの上にも、誰の影も見えなかった。
ひとつのエッチングの前で、他の絵の気配は呑まれてしまって、感ぜられない。
崩れた岩が、玉座のような形になっている場所、古い石の円盤が置かれ、真ん中に美髯を蓄えた男の顔がある、これが王であるとガイダンスの無彩色な声が言った。
円盤は折に触れて託宣をしたという。
その託宣に釣られて千人万人の人間が右往左往踊り狂い、そこに、数多の伝説が生まれた。
ある時は、一人の子どもを、二人の母親が引き裂いた。
ある時は、十戒の神殿と称して、淫蕩な黄金の宮が造られた。
ある時は、誰も棲めない、青黒い銅の大伽藍が建てられて、無数の影がその中に巣食った。
ある時は、遠方の女王を迎えると言って、近隣の森から見たこともない貌をした巨大な獣が連れてこられ、贅を成した歓待の果てに、燦爛と祝い殺された。
ある時は……と、吟遊の徒が吟った、その顔には、耳も目も鼻もなくて、穴だけがある。…
全ての出来事に、深い意味があるような、或いはそうでないからこそ、何かしらの象徴となるのか、ともかく、円盤は偶然の玉座で回り続け、その奇怪な、新たに古びたレコオドの
ガイダンスは、それきり何も喋らなくなった。
銅版画は、いつの間にか、何を描いてるのだかわからない、胡乱な抽象画に化けていた。
回廊はただの穴になって、日曜日は月曜日に脅かされ、蟻地獄の中に引きずり込まれたような、あるいは暗い地下室で飼われるような、沢山の、勿論もう生き返りません、淡々とそう告げられてから、逃げるように部屋の扉を閉じた。
ソロモンの腐刻画 安良巻祐介 @aramaki88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます