終話

 事件から数か月後、俺は緑玉館を引き払う準備をしていた。


 色々あってこの館は俺が相続することになった。体よく大いに曰く付き物件となった館を押し付けられたような気もするが、悪い話ではなかった。

が、一人で住むには不便すぎる立地のため、遺産相続など一通りが済んだのを機に、一度町に降りて一人暮らしをすることにした。


 黄瀬さんは警察に犯行について明白に語っているらしい。

 いずれも裁判も始まるのだろう。その結果を考えると胸が痛まずにはいられない。どんな事情があれ、彼は彼の理由で人を殺めた。それは紛れもない事実だ。


 宗司は会社の不正や、過去に傷害事件を起こしていたことがどこからかリークされ、大騒ぎになっているらしい。事件の後魂が抜けてしまったようだった俺は特に何もしていないが、否が応でも近藤真白の笑顔が頭をよぎった。


 あの日、爽やかだった5月の風は、うだるような蒸し暑さへと変わっていた。山の中もあって蝉の音が五月蠅かった。

 様々な思いのある緑玉館を眺めていると、ふと郵便受けに何かが入っていることに気が付いた。郵便はもう止めたはずだったのだが、不審に思い手に取るとそれは一通の手紙だった。それも思いのほか分厚い。


「……なんだこれ」


 あて名は「葉山悟」、差出人は「K」。中身は、手紙と高校のパンフレットのようだった。


 拝啓 以下省略。

 お元気ですか。ダーリンは相変わらず素敵です。

 地元の名家トラブルの当事者ということで、さぞ地元には居づらいでしょう。そこで助け舟です。

 心機一転、東京で楽しいスクールライフを送りませんか。

入学手続き学費住居等は心配いりません。すべて私が手配済みです。引っ越し業者にはすでに話を通して、送り先を変更してもらっています。

 新しい住居の地図等は別紙添付です。

 是非、前向きにご検討を♡

                                   敬具

 


「……ん?」


 何だろう、差出人も察したし、話も分からないではないが、何かがおかしい。日本語とか、送り先が変更してあるとか、手配済みとか。

 猛烈な嫌な予感がした、文章だけなら笑い飛ばしたいがそれができない何かがそこにあった。具体的に言うと、彼女ならやりかねないという確信があった。


「すみません、引っ越し先の確認をしたいんですけど!」


 手紙を読み終わる前に、即座に思い当たる所に電話をかけた。下手なホラーよりも怖い展開だった。


「え、あ、東京? 一週間前に変更した、俺が? えっ、あ、はい。はい。」

「俺が転校? 転校することになっているんですか!? 俺が手続きをしに来ている? えっ、あ、はい。東京でも頑張って? いや、そうじゃなくて」

「明日から住む予定の葉山なんですけど、あー、解約済みと。解約金も払っているんですね、へー」


 俺は空を見た。入道雲に青い空、予備校のポスターに使えそうな見事な青空だった。空って青いんだな、と至極どうでもいいことを俺は思った。


「……東京もありか」


 確かに地元にいづらいのは事実だし、高校に愛着もない。一度、環境を変えるのは悪い話ではない。

 というか、もう変えざるを得ないところまで来ている気がする。


「和泉の彼女、怖すぎだろ……」



 俺はまだ知らない、紹介された高校には和泉も近藤さんもいることを。

 俺はまだ知らない、ミステリー研究会なる部活にノリで入った結果、事件に巻き込まれまくり、縄抜け脱出技術や毒物の見分け方を近藤さんに叩き込まれることを。


 俺はまだ知らない、この先の生活が案外かけがえのない宝物になることを。


 16歳の真夏、俺は目の前の人生最大の無茶ぶりに頭を抱えていた。


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ダーリンは名探偵 石崎 @1192296

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