J.R.R.TolkienのThe unexpected Journey中の詩「ドワーフの歌The Dowarven Song」の周到なる韻律について、かつその和訳を試みたことに関して
2)外国言語あるいは時代が異なる言語で書かれた詩に関するコメント、原詩の概要と背景および前提などについて
2)外国言語あるいは時代が異なる言語で書かれた詩に関するコメント、原詩の概要と背景および前提などについて
この原詩の和訳を後に試みようとは思うが、私の詩的センスを鑑みるに鑑賞に耐えるものにはなる見込みは薄い。
また英詩あるいは外国語の詩をその意味する真実ごと日本語に移すことは不可能である。多大に訳者の日本語センスと人生観が字句・行間に置き換わるものである。アングロサクソン方言に特有な韻律も訳すことは出来ない。これは我が言語が膠着語族の範疇に入り、文法が頗る異なることが原因である。しかし有名なる文学者が訳した海外の詩は、鑑賞することとは別に、原詩に含まれた真実の思想を反映していないかもしれないという事実があることを、この論文の趣旨の一部として強調しておく。
どうしてこういう横道に逸れるかというと、我が国内に類似の例があるからである。その例を古きに求むれば、全て漢字で書かれ長らく宮中の一部の人のみに伝わっていた万葉集の詩歌を十一世紀に村上天皇勅令によって源順(みなもとのしたごう)等、平安朝の梨壷に所在した天才歌人達が訓をつけたことを挙げたい。
あまりにすばらしい訓であったために後世の本居宣長、斎藤茂吉などの文学者がその文学性に心酔し褒め称えた。あるいは、原本の万葉集自体が素晴らしい歌集であるなどの、可能性を事実とした説も存在する。しかし漢字で書かれた原歌の本当の読みと意味は作者に聞かねば分からない。どうして宮中にこれだけの歴史的な詩歌を保存、蓄積出来たのかも謎なのである。
また日本語であるとされながら、何故枕詞が単に修飾し意味のないものとされ、『難訓歌』が残されているのか、という根本的な疑問があることが説明されていない。
能書きが長くなった。
突拍子もなく万葉集の例を引いたのは、この論文が私の全くの道楽で脱線も含まれる自由さを満喫していることもあるが、ここで記したようにある仮説を証明されないうちは確かに仮説としておく注意深さと認識が、文学上で『真実を追究する人』には非常に重要となると考えたからであり、人間感情そのものを表現する詩とその作者の存在・人生を愛する者として、常に頭の隅に置いておきたいと思うからである。文学とは一見情緒的で曖昧なものとして見えるが、真の文学は過剰なほどに厳格である。
さて、人間感情を表現すると書いたものだが、詩には一般的に抒情詩と叙事詩があるとされる。叙事詩はオッデセイのようにストオリイ中心に展開し、多分、今論じているTolkinの詩は叙事詩に入るだろうか。
だが最初の一節は嘆きにも聞こえるドワーフの嘆きから始まる。次は私の拙い意訳である。
「霧山*の冷気をさらに越えたところにドワーフの故郷がある。
「深く古い洞窟にある我等の住居。
「(放浪している)我等は夜明け前にここより遠く離れ(故郷に近づか)なければならぬ。
「呪文に守られて蒼く光るかつて我等が所有していた黄金を求めて。
Tolkinの作品「The Hobbit:The unexpected Journey」では、過去に突然ドラゴンに襲われて逃散せざるを得なかったドワーフ族の長、トーリンと仲間が集まり、魔法使いのガンダルフ、その身軽さと冒険心を買われたホビットのビルボを加え、ドワーフのかつての都、エルボーアとその黄金を取り戻しに行く。
この物語に横たわる背景と前提を分析しよう。
これはおとぎ話だが、そこには厳とした「善なる王国」という社会制度への憧れがある。
民主議会政治を選んだはずである現代人が、古き過去の王政をなぜ顧(かえり)みるのだろうか。善政を敷く王の下に人々は喜んでその命を投げ出すのだろうか。また、悪なる帝国への憎悪、人間、ホビット、ドワーフ、エルフなどの善なる「人種の共存」の憧れ、異形なる姿をしたトロル、オークなどが持つ他民族を虐殺してもよしとするイデオロギーへの反発、主従・盟友の誓いの「少人数による」社会的契約への主張、などが私が感ずるところの前提である。
「善なる王国」に対する概念は「自由主義」、「直接民主制」であろうか。マルクス等が夢見た「共産主義」もその対語に入るかも知れない。しかし21世紀の今、確かに我らが選んだ主義はひと塊の信者には有効で、大方の人間たちにとっては「失敗」であるということが分かっている。ならばあなたは「善なる王国」の奴隷階層になりたいと思うだろうか?
またTolkienは孫たちに物語るために書き進めたと伝わっているのであるが、老境の彼が、幼い子らを前にして感ずる自らの青春への回帰、なされ得なかった冒険、献身、果たされなかった誓約などへの後悔が実はこの物語の底にはあるのではないだろうか。Tolkienは第1次世界大戦に従軍している。そこで見た相容れない人たち(敵)の虐殺と人間性への冒涜などからの呪文が色濃く影響していないか。
現在、人口に語り継がれる伝説や物語は、一見不可解なものが多いが、民族・宗教・人種ごとに培われた時代ごとの精神性があり、我らが相互に理解し得ないものも含んでいるということは、今なおある民族紛争を見ても真実であろう。
人間、エルフなどの民族の風習、身体的な特徴の優劣が存在すると主張する他に、社会の発祥から存在する主従関係の自然さ、逆に言えば支配・被支配という関係をポジティブに維持する、という属性を考えれば、生まれながらの『家』の格差も、一つの重要で失うべきでない社会特性であるということも語られているのではないか。これはローマのような奴隷制の上に成り立っていた平民制・貴族制民主主義をも肯定している様にも思える。
よく出来たおとぎ話に社会学、経済学を適用すべきかは碩学の意見を待ちたいが、その統合された世界を維持するために、原作が意図しなかった語られていない何かを想像させる。それがこの物語への感銘や研究を生むのだろう。
Tolkinは中世の世界観を基にしてアーサー王物語、北欧神話などから逸話を取材し、ちりばめ、悪を討つには武力を以ってするも可なりという男性社会に根付く闘争精神理論も楽天的に容認したように思える。
作品中にオークの首を切り取る描写がある。映像化によって子供の心を傷つけることも彼が生きた時代には想像し得なかったか、そのような映像化は社会的に許されないはずだという楽天さがあったと想像する。
私の経験を述べてみれば、子供の頃に万屋錦之介(その頃は中村錦之助)の「宮本武蔵 一乗寺の決闘」の映画にて決闘の場面で武士の首を斬り飛ばす(遠近法を活かした映像のトリックだが)のを見て、吐き気がしたことを覚えている。それまで見たことのない描写に子供心は深く傷ついたように思える。しかし、その後成長するにつけ、「椿三十郎」に続く映画を見続け、いつしか残酷場面に何とも覚えることがなくなった。今は血なまぐさい映画が氾濫している。
トリック、特撮も科学というならば、そのの発展とともにやはり時代は『悪く』なっているのであろうか。
この物語に語られる戦争と、現在、各地に起こる民族紛争、憎悪は共通するところがあると思われ、それゆえにこの作品の価値は計り知れない。遠い未来に、人類を超えた存在によって人間が強さ・弱さの両面を持った生物であったと驚嘆の目で見られるには、この作品をもってなるべしと考える(この文は私の諧謔あるいは詭弁ととらえるべし)。
詩文に戻ろう。
詩の二節目からは今はなき古きドワーフの社会の回顧が歌われる。
「深い山の底で力強く打たれる金槌の音、人間やエルフの王に送られた宝飾の数々、そこにはドラゴンの吐く火が二つに分かれ搦む文様もあった。銀のネックレスや花文様の王冠。しかしそれらは長く忘れ去られてしまうほど空虚な時間が流れた。それらの財宝の歌が歌われたが誰も耳にすることもなくなった」(これは正しくないかもしれない~詩行を無視した意訳である)
そして中盤に突如、ドラゴンの襲来に関しての節が始まる。
「高みの松の森はざわめき、
「風が何かを悼むように吹き起こり、
「深紅の劫火の火炎は広がる。
「木々は松明のように煌々と燃え上がった
「荒れ野(Daleという町の名)では警鐘が鳴り続け
「人々は蒼ざめて空を見上げた
「ドラゴンの怒りは業火よりも恐ろしく
「都市の塔を崩し高貴な家々をもなぎ倒した
ここまで読んで気づかれた読者がいると思うが、上の訳は物語の背景などを考慮し、可能な限り意味の正確を期して行ったものである。しかし敢えて言えば、原詩にあった詩的な要素は皆無になっている。詩心があれば誰でもこのぐらいの散文詩は書けるであろう。だが、これを日本語の様式に当てはめようとすると全く別物になってしまう。少なくとも何の先行知識がない人が読んだ場合、訳された詩に訳した人の感性を感じるだろう。この稿の最後に、私なりの原詩を基にした『創作』を披露することにするが。
* Tolkienの物語にはMisty Mountain、Daleなどの普通名詞が固有の地名・名詞になっているものが多いので読者が混乱しない様に注釈する。
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