受け継がれるもの
溢れる涙と震える声。
テレビでよく見た『感動の再会』には、いつだってそれがあった。
しかしながら、ここはテレビとか小説の中のようなファンタジーワールドのくせに、そんな明るい雰囲気などすぐに崩壊した。
「すばるんでいい?」
「昴と呼べ」
それが、感動の再会から五分経った時点での会話(?)だった。
醤油からある意味手作りした僕特製の肉じゃがは、王公貴族に大好評だったようだ。献上に値する出来で良かったよ! 未成年でクビキリとか怖いわ!
魔王様優しいから処刑とかそもそも無いけど、周りが怖いんだなこれが。ほらぁ、大臣さんっぽい人がこっち睨んでるじゃないですか。
うん、怖い。目をそらしておこう。
さて、ここで一つ問題が。
あまりにも前世で作っていた肉じゃがの味の再現率が高いせいで、王子こと前世の親友である桜海は予想以上に気が緩んだらしい。前世で、おふざけで付けた渾名を呼びやがります。連呼します。
思わぬ再会に最初は許してしまったが、これ以上あの締まりの無い呼び方は伝染させてなるものか!
王子を殴った僕は悪くない。
鏡を見る。
前世で黒かった髪は白髪に。
焦げ茶色だった瞳は濃い緑に。
けれど顔立ちはよく童顔やら女顔などと言われた頃と全く同じ。
少し大きめの目は眠そうに臥せられ、ふわふわとした髪は前髪以外四方八方に跳ねている。ぷっくり膨れた唇と、白に近い肌に差す頬の赤が女性らしさを強調させていた。
見た目十歳程度だし、きちんと見れば男だって分かるくらいにはなってるけど、制服が無ければ少女である。今だって、髪型からボーイッシュな女子生徒くらいに見えるよ……。
珍しく泣いたせいで目元が腫れてないか見に来たけど、鏡に映った僕はいつもと何ら変わり無い姿だった。白地に紺と金のラインが引かれたブレザーに、左の生え際に差した三本の青いピン。
うん、いつも通り。
僕はトイレから飛び出した。
何とか落ち着いた頃、僕達は互いの近況を報告しあった。何せ前世ではお互い死んでいる。じゃないと僕も桜海も、ここにはいない。
死因なんてものは聞かなかった。気分が悪くなるだけだ。今こうして生きているのに、死ぬ感覚を思い出すのは不毛。ぶっちゃけ記憶が曖昧だしね! 転生してから色々ありすぎて、前世の記憶とか薄れたんだよ、色々と。今世の僕の脳みそは、意外と単純なようなんだ。
錬金術などという超絶興味深い趣向に出会った瞬間、脇目も振らず没頭した。あれ意外と根気とかいるけどね! 魔法が至高とされている世の中で、ただ一人小さい頃から錬金術に没頭したのだ。おかげで前世の記憶がほとんど消えかけたんだよねぇ。多分、幼い脳みそに溜めておけない量の記憶が、注視していない内に抜け落ちちゃったんだと思う。僕日記とかつけないし、余計に拍車がかかっただろうね。
場所は変わって桜海の私室。何やら煌めくシャンデリアがあるんだけど。しかもシックなデザインと色合いで纏まっているから、高級感を感じさせつつも上品な部屋となっている。というか天井高い! 解放感が半端無い! 床全部ふわっふわの絨毯だし……えっ、靴汚れてると思うんだけど、入って良いの??
そう頭の中では混乱していたけど、悲しいかな僕は感情が表に出にくいんだ。
無表情で遠慮なく外靴で踏みつけた。
親の前で明らかに感動の再会をやらかした僕達だけど、当然の事ながら今世で会ったことはない。
……のだが。
実は桜海、度々城を抜け出しては何日か帰ってこない事があったらしい。一週間もの間いなくなった時はさすがに看過されず、城内外関わらず常に護衛という名のストッパーがつくようになったとか。今日は僕がいるから例外だって。
「で、そのいなくなった一週間を、お前と二人で過ごしてた事にしようかと」
「うわぁ、犯罪の片棒を担がされてるような気分」
からからと朗らかに笑う桜海。僕は反対に眉を寄せるけれど、彼はお構いなしに話を続けた。
お互いに変装と偽名を使っていた設定だってさ。面白いことにその一週間って、僕も行方不明になってたんだよねぇ……。僕はお忍びじゃなくて、親公認の薬草集めに行ってただけたけど。途中で護衛さんとはぐれちゃったんだよー。お互い無事だったから良かったものの、護衛さんは即日解雇されるし。良い話し相手だったんだけどな。薬草の採取ポイントも教えてくれるいい人だったんだよ?
それにしても、運命の悪戯ってこういうことを言うのだろうか。都合良すぎない?
懐かしいな。あの時はまだ、肉眼で薬草か毒草か見分けられなかったんだよ。あの時ほど鑑定スキル様を尊敬したことはない。
「昴、よく醤油を作ろうと思ったよな」
「まぁね。作り方は何となく知ってたし、材料と時間があれば何とかなりそうだったから」
「ははっ、お前らしいや! おかげで美味しい卵かけご飯にありつけた……感謝してもしきれない!」
いそいそと海苔無しのおにぎりを無駄に豪華そうな皿に四つほど乗せて、品の良いミニテーブルへ運ぶ桜海。妙にそわそわしている辺り、このおにぎりはこっそり作ったやつだな? じゃないとすんなり出てこないもんね?
この世界にも米はある。パンにすればもちもち触感になるし、リゾットにするのも良いお米という穀物が。ただ、炊くっていう発想は無かったみたい。お米の味を強調するおにぎりは、最初は不評だったね。そりゃぱさぱさのお米で作っても美味しくない調理法だもの。長細くない形だったから油断したんだよねぇ……懐かしい。
今はどうかって? 見ての通りだよ!
ふっくらつやつや。香り、甘み、食感共に絶妙なのだ。炊きたてのご飯をすぐ握って、中に入っている物の時間を停止させる棚に保管してあったらしい。溜め込まれた甘みをたっぷり含んだ真っ白な湯気がほわほわと昇っていく。
元日本人としては、これ以上に食欲を刺激される香りはないっ!
ともかく美味しいお米が出てきたので、自作のお箸をスタンバイ。交換会開くつもりだったから、肉じゃが以外持ってきてないんだなこれが! すんなりご飯が出てくるとは思わなかったし、というか王族に謁見するとは思えなかったから主食無かったんだよ……。桜海グッジョブ。炎の魔法で温めた肉じゃがをお皿の横に置き、口から溢れ出しそうになる唾を飲み込んだ。
要約すると、お腹減ったんだよ! もう待ちきれないんだよ!! お腹と背中がくっついて、お腹の虫が潰されそうな勢いなんだよー!
食べて良い?
良いよね!
ぱくり。
せっかく出した箸ではなく、軽く濡れたハンカチで拭った手で直接掴んで口へ運ぶ。作りたてのあっつあつを頬張った。
はふほふと熱を逃がそうと息をはいて、ゆっくり味わう。元々おかずと一緒に食べるためか塩気はそこまで利いておらず、僕が作ったやや味が濃いめの肉じゃがとは相性抜群。
そして、食べて、わかった。
こ、これは!
「今年出したばっかりの新品種、オータムマーチじゃん」
「一口でわかんのかよ?!」
心中の歓喜が声に出ていかない! 無表情な上、特に感情のこもっていない言葉が出ていく。これでも物凄く喜んでるんだけど……今なら世界を破壊するとかも出来ちゃいそうなんだけど……あ、やらないよ?
ところで、桜海ってばなんでそんな目を見開くかな。顔怖いよ?
「おま、そんな舌肥えた奴だっけ」
「貧乏とはいえ貴族だからね。少しは良いもの食べてきた自信あるよ? というか、自分で作った物の味が分からないとか、そんなのヤダ」
「へっ?」
「最近出回ってるお米で美味しいやつは、僕が作ったやつだね。……もしかして、知らなかった?」
「……マジで」
「まじまじ」
目をまん丸にした桜海が、次の瞬間には懐疑的な視線を寄越してきた。
失礼な。ちゃんと僕が直接品種改良したお米だというのに。栽培したのも出荷したのも販売したのも僕じゃないけど、元となる種は僕の手作りである。
もちろん、本来の品種改良の方法など知るわけがない。手っ取り早く錬金術で品種改良したんだよね~。元来のお米はパサパサしてたし、なら不味いお米と美味しいお米を入れ換えたらどーよ! と。
そこで皆様ご存じ錬金術の出番です! 醤油造りでも非常に役立った錬金術は、簡単に言えば『過程に存在する時間を短縮する術』なのです! あとは、精霊基準での同レートアイテム交換が出来る優れもの♪
今回使ったのはこちら、等価交換! 美味しくないお米から、美味しいお米を作っちゃえ~と、軽い気持ちでやったんです。
お米が半減しました。
備蓄倉庫にあったお米が、一気に減ったんです。
いや、いいんだよ? 精米してない種の状態で、次の田植えには絶対間に合うくらい時間が空いてて、次の収穫時に使える種の量を確保できれば。小麦が主流の穀物だったわけだし、僕が錬金術楽しーなーって倉庫一杯のお米を全部使っちゃったとしても、冬とか越せるだろうし。そもそも、美味しくなくて良いからお米がたくさんほしい、ってごねたの僕だしね?
でも罪悪感が半端なかった。
桜海は未だ疑うような目で僕を睨みつける。けど、僕はそんな視線には慣れっこなので、気にせずもぐもぐと食べ進めた。美味しいなぁ、僕はいっつも塩加減か水加減を間違えちゃって、不味くなるんだよねぇ。おかず作りなら誰にも負けないのに~。
想像通りのほんのりとした甘み。舌にまとわりつく粘りけがありつつ、歯切れの良い絶妙な炊き加減。噛めば噛むほど口の中は甘さで満たされる。
ここで肉じゃがを一口。
「……~~っ!」
甘くなったそこへやって来た塩気に、思わず声なき叫びが溢れる。つゆの染みたほくほくのジャガイモとしんなりした玉ねぎが、先にいたご飯と混ざり合った。ただそれだけなのに、ご飯の甘みと肉じゃがの塩気が複雑に絡み合う。感動が背筋を走る感覚にゾクゾクしながら、食べ進めた。
胸がポカポカする。染み入る熱が嬉しくて、その場で踊り出しそうになる。それほどまでに美味しくて、衝動を抑えようとすればするほど身体が打ち震えた。
品数としては最低値だけど、本当に久々の和食だ。和食を食べたくて、ここ最近は試行錯誤ばっかりしてたから、ご飯と合わせて食べるとか、お味噌汁を作るとかもしてなかった。実質、食事として和食を食べるのは、この世界に生まれてきて── 初めてである。
あ、まずい、涙出そう。
「……お前、食べる時だけは分かりやすいよな」
桜海が何やら高級そうなハンカチを差し出してきた。
ふわり、と目を細めるその姿は、前世で一緒に食べていたときによく見ていたことを思い出す。そっか、そうだった。桜海は、こんな表情で僕を見てたんだ。すっかり、忘れてた。
もう二度と会えないからって、忘れようとしてたのかもしれない。記憶を頼りに前世の味をがむしゃらに追っていたけれど、思い返せばこの親友を忘れようとして、無理を重ねていたのかも。
受け取ったハンカチに、黒っぽい染みが出来る。ちゃんと洗って返さなきゃね。だってとってもお高そうなハンカチなんだもの。
桜海が言った通り、僕は普段感情が表に出にくい。心の中では表情豊かなのにね。でも物を食べる時だけは例外で、よほど不味い物でない限りは大体にこにこしているそうな。
自覚はない。……ないけど……よくお弁当のおかず交換やらパンを一口をくれるっていう提案はそのせいかなぁ?
みんな笑顔でくれるから何かな、って思ってたけど、前世から引き継がれたものは案外多いらしいね。
僕は前より随分と美味しく感じるおにぎりを、もう一口頬張る。
また、口元が綻んだ気がした。
「ところで桜海」
「どうした、昴」
「あそこにいるの、誰?」
「え、誰って?」
「ここに来る途中から、妙に熱烈な視線を感じててさ。気になってたんだよね」
おにぎり一個を隅々まで堪能した僕は、自前のハーブティーをわざわざティーカップに移して飲んでいた。和食にハーブティーってどうだろう、と思ったけど、実は何ちゃってハーブティーで、緑茶風味である。合わないわけがない!
そんなお茶を一服しているときに、泣き腫らした目を濡れタオルで冷やしながら、僕は部屋にある唯一の扉を一瞥した。
扉の裏から感じる気配は、知らない人のものだった。部屋へ来る途中にチラ見した限りではスカートだったし、女の子だと思う。派手な飾りが付いていないメイド服だったから、城で働いている女性の召使いさん、かな。そこまで細かくは見てないや。
使用人の類は噂話が好き、と同級生の子に聞いたことがある。まぁ、王子と同い年の顔馴染みなんて、そう見る機会がないと考えたのだろう。
ただ、これ以上の登城は勘弁願いたい。僕は、覚えている礼儀作法は最低限、着ていく服もない貧乏貴族の上、実家から遠く離れた全寮制の学校に通う、ただの貧乏学生なのだ。今日は制服だけど、二回目があれば私服という名の豪華な服が必要になってしまう。まぁ王族にお呼ばれするなんてそもそもありえな……あっ、桜海なら呼びそう!
そ、それはともかく、みっともなく泣いた姿を見ず知らずの人に覚えられるのは何か、嫌だ。
指摘すると同時、僕の言っている意味がわからなかったらしい桜海は目を瞬かせ、首を傾げた。しかし扉の向こうからがたん! と大きな音が響き、桜海がハッとなる。
途端、桜海の目に苛立ちがこもった。
……ん?
「誰だ!」
「ひぃぇっ」
また、がたん! と音が響く。しかも甲高い悲鳴のおまけ付きだ。
桜海は眉間にシワを寄せ、いつになく不機嫌そうに目をつり上げる。張り上げた声には常にない怒気が染み込み、誰が聞いても彼が怒っていることを理解させられた。近くにいる僕は鬼の形相まで付いてきたものだから、余計に恐ろしい。
……そこまで怒らなくてよくない?
怒りを露にしたまま、桜海は扉を開け放つ。
そこには、メイド服を着た少女がいた。栗色のボブヘアは所々跳ねていて、黒いキャスケットと白いエプロンには何故か猫のアップリケが施された少女だ。
勢いよく開け放たれた扉にビクつきながら、少女は目を縦横無尽に泳がせる。口元は歪な弧を描きながらも引き攣り、胸の前で組んだ手は意味もなく指を絡めあい、すぐにでも逃げたい衝動からスカートが揺れていた。
彼女は、同い年のようだった。
えーっと……誰?
僕は首を傾げた。
魔王の側近の錬金術師が(見た目だけなら)子供な転生者の件 PeaXe @peaxe-wing
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