魔王の側近の錬金術師が(見た目だけなら)子供な転生者の件

PeaXe

プロローグからやらかすやつ


 魔王とはどんな存在か?


 まず思い浮かぶのは、王道RPGに敵として出てくる、悪の帝王ポジションな奴。

 僕はそうだった。

 けれど、記憶上二回目となる小学校一年生、最初の授業で当てられた隣の席のA君曰く。


「魔法使いの王様です!」


 と、目をキラキラさせて答えていたのを見るに、この世界『ノードゥス』において、僕の考えは異常らしい。


 少し遅れたけど、ここで自己紹介しておこう。

 僕は銀箭 昴ぎんせん すばるにして、ラウルス・スキエンティア=ヒュドランゲア。うむ、いつ聞いても長い。ラウルでいいよ。

 名前が二つある理由だけど、実は僕、前世があります! 日本人だった記憶があるんだ~。

 中二病じゃないよ?

 だから親しい人には呼ばれ慣れた昴って呼んでもらうけど、普通はラウルスと呼んでもらうんだ。昴だったことを忘れたくないからね。

 ショッピングモールの立て籠り犯に肉壁にされた経験なんて貴重だよね! 二度となりたくない!! 絶対ならないだろうけど!!! 詳しい説明は省くけどさ、気が付いたらこの世界で赤ん坊になってたって言ったら、大抵の人は最終的な結果が分かるんじゃないかなぁ。


 ああ、魔王の話だったね。


 魔王が悪なんてありえない! それは魔法を極め、魔法界の頂点に立つ者の名誉ある称号なのだから。それがこの世界の常識。

 尊敬と畏怖の対象なのだと教師に熱弁され、洗脳に近い形で「魔王サイコー」を叩き込まれた僕も、まぁ魔王様とやらに憧れを抱くようになった。


 要するに魔王とは、魔法を極めに極めた人外のこと。仙人のイメージで固定されるわけだが、誰もが魔法を使えるらしいこの世界では誰もが初めに設定する将来の夢として有名だ。絵本にも教科書にも、おそろしく美化されていると思われる姿絵があって、むしろ今代の写真まであって……仙人なお爺ちゃんのイメージぶっ壊れたよね。どう見たって若いんだもの。

 魔法は使えて困ることはなく、もしかすると魔王になれる可能性くらいなら僕にもあるかもしれない。

 うん、目指すよね!


 意気込んで壁にぶつかるの早かったけど!


 忘れもしない……。中学に入った瞬間から、小学校ではそこそこ上位の成績だった魔法実技で、天才にこれでもかと実力差を見せつけられたのだ。

 というか、僕そこの女の子を泣かした奴じゃないよ? むしろその子嘘泣きの達人だよ? 何の努力もしないし成績か家柄が良い人の腰巾着だよ? それとその子が君に使ったポーションとか、僕が作った物を盗んで使っただけだよ?

 今度あえて失敗作のポーション無防備に置いとくか……。と不穏な思考抱いたよ! 結果、不味くて効果もいまいちな失敗作は罰ゲームの定番になるわけだけど、わざわざ僕に製作依頼する事無くない? 誰でも作れる上に、意外ともらえる経験値多いのに。

 人間には無害だけど、モンスターに投げたら毒判定とか出るのに! 弱いモンスターなら一発退場するのに!!


 まぁ、うん。何にせよ、僕は下位とも上位とも言えない成績でウロウロしつつ、比較的得意だった錬金術の学科、専攻がある高校に進学することに決めた。まだ中一だけど。

 ……僕は魔法を人並みに使えるけど、誰もが使える生活魔法や錬金術の過程で使えそうな魔法以外は極めないようにすると、後は早かった。小学校からコツコツと幅広い才能に費やした時間と経験値を、一気に錬金というスキルにシフトするのだ。そりゃもう成長に時間はかからなかった。

 そのせいか何なのか。

 驚いたことに、僕の成長が中学一年で止まってしまったのだ!

 父親に似て高校生にならないと背が伸びないと教えられていたのに! 神様ってば酷い!!


 元々ある一定以上の魔力量を持っていれば、成長が止まって不老─不死ではない─となる。これは知ってた。でも錬金術って、術って付いてるけど魔法じゃなくてスキルなんだよね。

 魔力というエネルギーを使って、周囲の自然現象を人工的に作り出したのが魔法。人が自分で修練した技術がスキル。魔法と違って、スキルは魔力を使わない事が多いのだ。


 ……心当たりが無いわけでもない。

 錬金術の中には、錬成した物体に魔法効果を付ける技術があり、それには付与するための魔法を使えなければならない。より効果の高いものを望めば、それだけ上位の魔法を使えなければならないわけだ。

 僕はというと、この錬金術を使うのが楽しすぎて、途中で極めるのをやめた魔法を修練し直したから、多分それのせいで魔力量が上がって……あ。

 うん、間違いなくこれだね!


 とはいえまだまだ発展途上。ここから先どんどん錬金術を極めていくわけだから、自然と魔法も極まっていく。まぁ、元々攻撃に使うような魔法は正直苦手分野なので、実は魔王になるという夢は早々にくじけていたわけだが。魔王になるのにモンスターの一定討伐数がいるとか魔法闘技大会で一定回数優勝しなきゃいけないとか聞いてない。

 人を傷つけるのダメ絶対。


 そんなわけで、見た目は超子供な僕だけど、中学一年を異世界でやり直してます。

 お父さん、お母さん、こっちの世界には魔法があるよ。錬金術とか使えるよ。別に鉄を金に変えられるわけじゃないけど、魔法薬とか楽に作れるよ。薬草と水を適当に書いた円に乗せて魔力を流せば、って、あ、普通に魔力使うね、錬金術。

 まぁともかく。


「僕は何でここにいるんだろう」


 豪華な黄金のシャンデリア。

 鮮血の如く真っ赤なカーペット。

 宝石の散りばめられたフッカフカな玉座が三つ。

 その右側に座るのは、今代の魔王らしい、見た目二十代前半の女性。

 左側に座るのは、その伴侶と思われるやや老け顔の男性。

 中央にはいかにも退屈そうにしている、見た目だけなら僕とほぼ同い年の少年。


 ……僕は何でここ(玉座の間)にいるんだろう!


 魔王ってあれだよ? 現人神とかの前に、王様だよ? 魔法に関しては実力主義なこの国の女王様だよ?

 何で! 僕が!! ここにいるの!!!


 とか内心荒ぶるけど、さすがに目上の人の前で暴れられるはずもなく。僕は大人しく片膝を付いて頭を下げる。

 おっかしーなー、ここには学年全員で社会見学に来ただけだったのになー。先生ったらさっさと僕を憲兵的な人に預けてどっか行っちゃうんだもん。酷い。泣きそう。泣かないけど。


 恭しく一礼した僕に、魔王様の視線が刺さる。

 うぁ、逃げたい。切実に。

 遠くなりそうな意識をひっ掴んで、離さないよう顔を引き締めた。笑顔でも貼り付けとけば心象も悪くないはず!


「お前が、新たに不老となった者か」

「はい。ラウルス・スキエンティア=ヒュドランゲア。山奥から勉学のため降りてきた者です」

「あぁ、あの変わり者の辺境伯か。なら最年少で不老となったのも頷ける。それも、お前自身には魔王になる気が無いと来た。それでよく不老の域まで達したものだ」


 ほう、と感心する声がそこかしこから聞こえた。玉座の方からも、周りで立ってる大臣さん的な人達からも。

 というかちょっと待て。辺境伯、だと? お父様もお母様も全く全然これっぽっちもそんなこと言ってなかったんだけど! あの人達貴族だったの?! たしかに住んでたお屋敷ってばちょっと広かったし妙に躾が厳しい気もしたけど、使用人もいないし子沢山だから広いだけだと思ってたよ!

 しかも魔王様の声に納得の色が濃いとか……まさか相当な実力者だったりします?


「これは良い酒の肴になりそうだ。お前もそう思わないか?」

「元々良い肉を仕入れたところだったから、ちょうどよかったよね」

「さすが! 愛してる!」


 世界の中心で愛を叫ぶ……じゃないけど、玉座の間に響く程度には大声で愛を叫んだ魔王様。野性味を含んだ美女が頬を赤らめて叫べば、ロマンスグレーも目一杯優しく微笑んで答えた。うむ、甘い。そして熱い。


 感情が表に出ないと両親にも友人にも前世で保育園の先生にも「頭の中はフリーダムだよね」と言わしめた僕が言うのもあれだけどさ、この人達超フリーダムじゃない?

 おーい、真ん中で退屈そうな王子が鬱陶しそうにお二人を睨み付けてるんですけどー。

 と思ったら、少年は睨むのをすぐにやめて小さくため息をついた。それからすぐに目を瞑ってしまう。これくらいは日常茶飯事らしい。口を挟む前に諦めたようだ。

 その様子を察してか、魔王様がハッとなり、少年の手を取ると、綺麗な微笑みを浮かべる。


「もちろん、お前の事も愛してるからな? ヴェディ」

「知ってる。俺が真ん中な時点で知ってる」


 あぁ、普通魔王様しかいない玉座に座っていて、両親の間に挟まれているだけでとっても愛されているのは伝わってるよね。しかも肌で感じるこの魔力。さすが魔王の息子。この時点でかなり魔力量が多いらしい。僕みたいな変態じみた魔力の鍛え方をしていなければ、これはこれで天才レベルである。

 あと数年で不老になるね! 確実に! 今から同年代の不老な知り合いゲットだよー。


「ああ、すまない。ヴェディはわけあってずっと休学していたのだが、来週から晴れて君と同級生になるんだ。色々とよくしてくれると助かる」

「そうなんですね。了解いたしました。学校案内から生活魔法の指導、錬金術と……そうですね。肉じゃがの作り方までならお教えしますよ」

「……肉じゃが、だと」


 えっ、反応するのそこ……ですよねー。

 怖い顔の少年というか王子に、僕は精一杯の笑顔で応対する。眉間のシワがとんでもないことになってる彼は、ギロリ、と僕を睨み付けた。

 平常心、平常心!


「僕の得意料理です。息抜きと疲労回復、友達作りに、今では錬金術の基礎も学べる優れもの! いかがです?」

「……」


 懐からサッと取り出したのは、昨日作りすぎて今日の昼にでも誰かに分けようと持ってきた肉じゃが。うん、持ってきてたんだよ。収納魔法って便利だよねぇ。

 一応、お貴族様にも大人気な味付けなので、王様とそのご家族にも出せる。とは、何故か僕を勧誘しに来た宮廷料理人の弁である。失礼だったかなー。無礼千万だ! とか言われて首刎ねられないよね?


 すすっと寄ってきた召使いさんに、肉じゃがの入ったガラス瓶を渡す。さすがに異世界には良いプラスチックの保存容器なんてものは無かったので代用したんだけど、案外使えたのだ。割れやすいけど、そこは割れないよう工夫するしかない。


 あ、これって献上品扱いになるのかな? 一晩経って味染み染みになってるはずだし、前世とほぼ同じ味付けに成功した自慢の品ではあるけど、そうなるとちょっと不安だ。

 うむむ。


「肉じゃが……ふむ、良い香りだ」

「これは、なるほど。最近開発されたというセーユを使っているんだね。嗅ぎ覚えがある香りだよ」


 はい、醤油です。親に醤油の事を伝えたら何かこうなりました。いちいち自分で作るのめんどいから、両親に頼んでレシピを売ったんです。多くの試作を経て、今では数種類の醤油……もといセーユの開発にこぎ着けました。後は美味しい生魚と切れ味ほど良い包丁があればがあれば完璧です。この世界の刃物は切れすぎるんだ……。

 この世界、何故かお米はあるんだよねぇ。不人気だけど。


 お米があるでしょ。

 卵もあるでしょ。

 なら醤油があれば卵かけご飯作れるじゃないですかー。

 日本人は黙ってこれでしょ!

 僕はあんまり食べたことないんだけどね、幼馴染に言わせればそうらしい。


「む、芋がしっとりホクホクしているな。しかも汁の味をよく吸っている!」

「ふむ、これは……あぁ、僕の知っているお酒では合わない気がするなぁ。こんなに美味しいのに。ワインでも合うかどうか」


 あれ、肉じゃがに合うお酒に赤ワインとかあったような。前世とはワインの味や質がが違うのだろうか? 僕お酒飲んだことないけど。未成年だったからね。

 って、何か王子様ってば更に表情険しくない? 気のせい?


 じゃ、ないですよね! 嫌いな味だった?! その怖い顔でゆっくり近付いてこないで! どうせ近付くならパッと来てくれない? 心臓に悪いよー!


 カツ、カツ、カツ。

 ゆっくりと、けれど確実に近付いてくる王子。

 僕の目の前までやって来ると、そっと愛想笑いを浮かべたままの僕を覗きこんだ。えっ、ちょ、近すぎません? 比喩でもなんでもなく、目と鼻の先に王子の綺麗な顔が!

 女の子だったらドキドキしすぎの心不全引き起こしてるとこじゃないかな?!


「お前」

「はひっ」

「名前」

「ラウルス・スキエンティア=ヒュドランゲアですっ」


「違うだろ」


 ……へっ?


「昴、だよな?」

「……えっ」

「俺だよ、俺」

「えっ、やだ。おれおれ詐欺?」

「失礼な! 桜海! 汐谷 桜海しおたに さくみ!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「さっく?」

「すばるん!」

「桜海?!」

「昴!」


 僕達はガバッと抱き合った。


 速報です。


 ── うちの王子様が、前世の幼馴染だった。


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