9 〈ベテルギウス〉
帰りの会が終わってすぐに大隅先生から呼び止められて、
「山城君のお母さんにも伝えたけど、お話が終わったらすぐに家に帰ること。それと、山城君と磐城さんとまたケンカしないように」
って言われた。
がんばってみます、できる限りですけど……。
ハルと真夕ちゃんを校門で別れて、そのまま竜淵神社にダッシュ。
神社の境内に躍り出ると、先に神社で待っていたのは師匠と山城君。
そして、今日初めて境内で会う人が1人。
「遅すぎ、大隅先生に捕まるなんて自業自得じゃない」
磐城さん、嫌味を言ってるつもりかもだけど、師匠のチョップが落ちたら台無しでしょ。
山城君も、何苦笑いしてんの。
「これから〈ステラ・スコープ〉を本格的に使って分けるのですから、ケンカしないでできませんか」
「ムリです!」「ムリね」
仲良く同時に叫んだから、思いきりグッとなった磐城さんと睨みあった。
師匠が特大のため息をこぼしてるけど、もう手遅れよ。
「どうしてこうも貴方達は……」
「母さん、さっさとはじめよう。和泉と磐城の仲直りなんて、宇宙の果てまで往復旅行しても無理だから」
「これも、何かの縁ですか……、まあなるようになるしかありませんね」
師匠が何かぶつぶつ言ってるけど、〈ステラ・スコープ〉のことならさっさと話して。
これ以上、磐城さんと一緒にいたくないし。
師匠の魔法をまとめると、
・ほとんどの人間や生物には魔力がある。
・魔法は、自分の魔力をエネルギーに相手の魔力に働きかけるもの。
・石や水みたいな魔力を持たない物には、自分の魔力を魔法に乗せて働きかける。
・魔法を使うには杖や鏡といった魔導具が必要で、魔法名を唱えて発動できる(でも、簡単な魔法だったり、熟練の魔法使いだったりしたら、唱える必要はないみたい)。
・魔法の強さは、自分の魔力量と使う魔導具、発動する魔法の難しさ、魔法をかける相手に左右される。
みたい。
なんとなく想像してみたけど、結構難しそう……。
「でも何を言っても、魔法は基礎の積み重ね。少ない魔力量で生まれても、魔法の訓練を繰り返せばバケモノみたいに強くなれます」
「女の子に向かって、バケモノって……」
「失礼、失礼。他にいい表現がなかったので、つい……」
さすがに、心のダメージも考えてよ。笑ってますけど、誤魔化せてませんよ。
それと、山城君と磐城さん。顔を背けてるけど、笑ってんのがバレバレ。
「私達が使う魔導具が、〈ステラ・スコープ〉。形は杖や剣、鎧と様々ですが、最大の特徴は“魔法使いの成長に応じた適応能力”。他の魔導具が成長や目的に応じて変える必要がありますが、〈ステラ・スコープ〉は術士の成長によって能力や形を変えていきます」
なるほど、なるほどって、何度も相槌を打つ。
ちなみに、『竜姫伝説』の時みたいにノートと取ってはいけないって師匠から言われてるの。
理由は、2つ。
1つは、魔法のことは絶対にバレちゃいけないため。
魔法のことを書かれたメモやノートを誰かに見られないように、魔法や〈ステラ・スコープ〉のことは全部耳から覚えること。
でも、『竜姫伝説』の講義で師匠から私の記憶力については、お墨付きをもらってるから大丈夫!
もう1つは、魔法を習えば自然と思い出せるようになるみたい。
魔法は、身体の中にある魔力を使うもの。箸で食べ物を掴めるように、文字が読めるように、日常で身についていくみたい。
だから、私は師匠の言葉を一つ一つ聞き忘れないようにしている。
なんだか、気持ちが前のめりになっちゃいそうだけど。
「遥海さんの〈ステラ・スコープ〉は、〈アルデバラン〉。〈アルデバラン〉の起動方法は、『紡げ――〈アルデバラン〉』です」
「つ、紡げ、〈アルデバラン〉……って、わっ!」
師匠の合言葉を繰り返したら、いきなり鋭い風が私の目の前に集まって来た。
これって、今日の昼に初めて〈アルデバラン〉を起動したときと同じだ!
案の定、手を伸ばしたら風が止んで、手のひらにはあの杖が握られている。
「うっかりで発動とは……、流石です。言葉だけで発動するのですから、まだ発動にはムラがありますね」
「い、以後気を付けます……」
呆れた師匠に、少ししょげちゃう。
せめて、学校や人がいるところで魔法のことはしゃべらないよ言うにしよう。
「この不安定な状態を抑えるのが、〈ステラ・スコープ〉を頼れる人に渡すのです。護君、こっちに」
「……分かってるよ。俺が、最初の相方ってことだろ?」
面倒くさそうに山城君が立ち上がって、私の方へ歩いてくる。
ふと、山城君の歩みが止まった。山城君がふと後ろを振り向いたら、磐城さんが山城君の腕をつかんでいる。
「磐城……、を……」
「ごめん、その……」
山城君の身体の陰で城さんの顔は良く見えないし、何か話してるみたいだけどよく聞こえない。
代わりに、なんだか胸がチクチクするけれど。
「……悪い、母さん、和泉。それじゃあ〈ステラ・スコープ〉の渡し方を教えよう」
しばらくしてから磐城さんが手を離したみたい。
まっすぐに私達の方に歩いてくる山城君の後ろに、本殿の階段に座った磐城さんはこっちを見据えている。
「……いいでしょう、それではまず遥海さん、〈アルデバラン〉を護君に向けて呼びかけてください」
「は、はい!」
師匠に指示されるがまま、〈アルデバラン〉を山城君に向ける。
山城君は、ギュッとくちびるを結んだまま私を見据えている。
「『〈アルデバラン〉の名の下に和泉遥海が命じる。星の運命を紡ぐ者、ここに至れり』!」
「あ、〈アルデバラン〉の名の下に和泉遥海が命じる。星の運命を紡ぐ者、ここに至れり」
握ったところから杖が暖かくなって、杖の先端の水晶が光りだした。
「『紡ぐ者の運命を、鏡に映せ。月の向こう側に、運命を導かん』」
「紡ぐ者の運命を、鏡に映せ。月の向こう側に、運命を導かん」
段々と水晶の光が環をなして、私と護君の間で広がっていく。
「『〈アルデバラン〉――リスタート!』」
「〈アルデバラン〉――リスタート!」
〈アルデバラン〉の名前を叫んだ直後、私達を包むほどに大きくなった光の環が固まって、内側が虹色に光っている。
虹色の光の間から山城君が見えるけど、なんだか虫メガネで世界を見つめているようなカンジ。
「護君、すぐに〈ステラ・スコープ〉が出てきます。普通は1人1つだけど、たまに複数個の〈ステラ・スコープ〉が出てくるから、その時は自分が取りたい〈ステラ・スコープ〉を取ってください」
師匠の言葉通り、虹が渦を巻いて杖のものと似た水晶が山城君の方に寄って来た。
それも、2個も。
「……護君、決めるのは一度きりです。よく考えて、選んでください」
後ろで師匠が何かつっかえそうに伝えたけど、山城君は速攻で片方の水晶を選んだ。
もう一方の水晶が虹の中に消えて、山城君が手にした水晶は光を増していく。
「遥海さん、その〈ステラ・スコープ〉の名前は〈ベテルギウス〉。〈ステラ・スコープ〉の登録は、〈アルデバラン〉の持ち主が認めなければ渡せません! リスタートって唱えて!」
「あ、〈アルデバラン〉の名の下に和泉遥海が命じる。〈ステラ・スコープ〉――〈ベテルギウス〉リスタート!」
【〈ステラ・スコープ〉――〈ベテルギウス〉=起認準備】
【登録術士001=死亡確認/コード初期化=開始】
【コード初期化=完了/登録術士002?=魔力測定中……】
【魔力測定=完了/登録術士002?=???/汝ノ名ヲ申セ】
「護だ、山城護」
【登録術士002=マモル・ヤマシロ/魔力情報登録=確認】
【〈ステラ・スコープ〉――〈ベテルギウス〉=起動】
あの言葉がまた、私の中で繰り返す。
とたん、光の環が虹と一緒に砕け散って、山城君との間から消えてなくなる。
代わりに、山城君の手の中に握られた水晶が風を巻き込みながら形を変えていく。
私が、初めて〈アルデバラン〉を握ったときみたいに、風が止んだ。
風が消えて、城君の手に握られていたのは、1メートルぐらいの長い直剣。
レイピアみたいな西洋の剣じゃなくて、博物館とかで見るようなお侍さんが生まれる前の時代にあった直剣だ。
「〈ステラ・スコープ〉の中で、最大の攻撃力を持つ〈ベテルギウス〉。魔法使いの心の強さで強さが変わる魔法を使るんだ……って、あれ?」
初めて見る〈ステラ・スコープ〉なんだけど、なんで私がそんなに詳しくしゃべれるの?
「〈アルデバラン〉は、他の〈ステラ・スコープ〉をまとめる役目。誰かに〈ステラ・スコープ〉を預けて初めて情報が開示されます。もちろん、〈ステラ・スコープ〉をもった人も同じです」
「確かに……、頭の中にこの〈ベテルギウス〉の話が流れ込んでくる……」
〈ベテルギウス〉をまじまじと眺めていた山城君は、境内の林に転がっていた石を拾い上げて宙に投げる。
天を突くように山城君が振り上げた〈ベテルギウス〉の先が、石を真っ二つにした。
でも、2つに割れた石は地面に落ちないで、宙に浮かんだまま。
さっき割ったときに、石に魔法をかけたんだね!
「すごいじゃん、山城君。〈ベテルギウス〉を受け取ったばかりで、魔法を使えるなんて。魔法の知識はないって言ってたけど、才能はあるんじゃない?!」
「そうか? 試しに『浮かべ、石』って念じたけれど……」
剣の周りをくるくると回り続ける2つの石は、なんだか地球の周りをまわる月みたい。
って、月は1つしかないから違うか。大昔に信じていた、地球を中心に太陽や月が回っているって話みたいかな。
「それに、俺は和泉が〈ステラ・スコープ〉に飲み込まれないようにって、母さんから頼まれただけだ。魔法が完全に使えるようになったら、さっさと返すからな」
「なんでよ、このまま魔法を……磐城さん?」
離れた本殿の階段に座っていた磐城さんが、積み上げたランドセルを乱暴にひったくった。
「……凛音、帰るから」
小さく言うなり、磐城さんがツカツカと私達の傍を通り過ぎていった。
「おい、待てよ磐城」
「いいんでしょ、山城君。2人で魔法使いになれば。和泉さんも、楽しそうなんだし。それに……、私は魔法使いと一緒にいられないから」
「磐城……」
別に、どうだって……。
山城君の寂しそうな横顔は、消え入りそうな磐城さんの声のせいなのかな?
師匠とすれ違って、そのまま鳥居の向こう側へと消えていく磐城さんの背中を見ようと顔を上げた時。
「残念です、明日からエマさんが魔法を教えるのですけど」
師匠の言葉が、磐城さんの動きを止めた。
ゆっくりと師匠の方に振り向いた磐城さんは、目を大きく見開いている。
「私は大学の仕事で忙しいので、その間はエマさんが魔法を教えます。でも、磐城さんが来ないって伝えたら、さてどうなるんでしょうか……」
「えっ、エマさんが来るの?! ホントに、ホントウに来てるんですか!」
あれ、磐城さんよね……? あんなテンション高かったっけ?
「ええ、ちょうど今日籠中の転入手続きをしたばかりです。今は、ちょっと私用で神社にはいませんが」
「それを早く言ってくださいよ! だったら、余計に準備をしなくちゃ。昴さん、ありがとう! 山城君、また明日ね! それと、和泉さん、それ以上山城君とベタついたら明日からボコすからね!」
ぱあっと明るくなった磐城さんが、そのままダッシュで階段を駆け下りていく。
私には悪口か、そのまま心臓破りの階段で転がってボロ雑巾になればいいのに。
にしてもさっきの磐城さん、どっかで見たようなかんじだったけど……、気のせいかな?
でも、磐城さん以上に気になるのは……。
「エマさんって、誰?」
さっきから出てきている『エマさん』のことを聞こうとしたら、なんだか山城君が気まずそうに視線を逸らした。
「山城エマ。魔法使いで、その……、俺の姉さんだ」
「……えっ、エエ――――ッ!!」
今日一番の絶叫が、竜淵神社を飛び越えて夕方の姫名中に響き渡った。
魔法使いは、鏡の向こう側に星を見る。 吹雪キコト @kikoto25
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法使いは、鏡の向こう側に星を見る。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます