8 許されない過去

 人を助ける魔法――〈ステラ・スコープ〉を貸せる人を探す。

 魔法が使えて、魔法の秘密を守ってくれる人に。


 でも、そんな人ってこの町にいるのかな?

 東三小の中でも、いるかどうか分からないし。

 そもそも、どうやって魔法のことを伝えて渡したらいいんだろう。


 ファンタジーだと、偶然誰かがトラブルに巻き込まれて、魔法で助けて、お礼に協力するって流れかな。

 それじゃあ、魔法使いになってほしい誰かがトラブルに巻き込まれるまで放置して助けて、〈ステラ・スコープ〉を貸す?

 私と約束して、魔法使いになってよ! みたいな?


 ……悪徳商法のやり方だよね、完全に。

 それに、〈ステラ・スコープ〉は人の心を代償に使う魔法。下手に心がきれいな人に渡して心を失くすわけにはいかないし、魔法を悪用する人に渡すなんて論外。

 どうしたらいいんだろう……。


 それでも、やっぱり魔法ってすごい。

 体育の時間が終わると、師匠の言った通り誰も覚えていなかった。

 魔法で催眠をかけて、私達がみたい。

 もちろん、私の暴走も書き換えられてるみたい。合流しても、真夕ちゃんやトモも朝と変わらなかった。

 おかげで、4時間目の授業も給食の時間も変な目を向けられなくて良かった。


「ハル、どこか気分の悪いところでもあるのか。体育の時間からなんか変だぞ」

「まさか磐城さんに変なことをされたの? 正直に言って」


 でも、幼なじみと親友には、私の悩みなんてお見通しだったみたい。

 長い昼休みの時間に入ったら、私は真夕ちゃんとトモに東三小の体育館通路に連れてかれちゃった。

 東三小の校舎と体育館をつなぐ通路は、校庭から見えないから、ちょっとしたナイショ話にうってつけの場所なんだ。


「べべ別に、なな何でもないってー……」

「こっちに視線を合わせろ、ちゃんと喋ろ。ハルが嘘をつけないことは、幼稚園の頃から知ってんだ」


 目を逸らしたからって、両手で顔を戻さないでよ、真夕ちゃん。

 じっと2人から見つめられたら、私が心配しちゃうよ。


「……あのウワサ、山城君が磐城さんに頼んで流したって」

「ウワサって、遥海ちゃんと山城君が付き合ってるウワサのこと?」

「私が神社に来れなくしたかったみたいだけど、完全にムダだったみたい。白状して、これ以上しないと思うけど」


 暴露話で笑ってごまかしたけど、じっと見つめる二人の答えは……。


「やっぱり~、あの2人が裏で糸を引いてると思ってた~」


 真夕ちゃんが、ホッと息をついた。

 近くで顔を近づけられたから、真夕ちゃんのシャンプーのいい匂いが私の顔をくすぐっちゃう。


「わたし、てっきり磐城さんにイヤがらせされてるのかなって心配だったんだから」

「イヤがらせって、あんな根性なしなんかに負けないって」

「そりゃそうだろ。熱くなると見境なくなるし、もしかしたら暗がりで磐城を暗殺しちまうかもだし」


 私ってそこまでブッソウなの、トモ?

 確かに、サッカーで取り巻きを使って真夕ちゃんを狙ってたから、思わずカッとなっちゃったけど。

 おかげで、魔法に乗っ取られそうになったし。


「でも、よかった~。磐城さんと大ゲンカなんてしなくて~」

「心配するなよ、日向。磐城さんなんかに、ちょっかい出させないっての!」


 よかった。今のところ、2人には山城君と磐城さんの関係がばれていない。

 安心そうに抱きつく真夕ちゃんと、ため息をつくトモの顔を見てほっとした。

 秘密を共有している山城君と磐城さんは、悟られないようにいつも通りの関係を続けてる。

 少なくとも、竜淵神社以外で話はしないこと。師匠との約束だし。



 でも、山城君はともかく、磐城さんなんかと話なんかしたくない。

 だって磐城さん、真夕ちゃんをいじめてたから。



 真夕ちゃんの家は、“筒井筒つついづつ”っていうカフェで、真夕ちゃんのお母さんが淹れるコーヒーが名物のお店。だからなのかな、真夕ちゃんにはいつもコーヒーの匂いがついていた。

 そのせいで、2年生の時から女王様で何人も手下を従えていた磐城さんに目をつけられて、真夕ちゃんをいじめてたんだ。


「日向さん、臭いよ。あんたみたいなの、ムカツクの」なんて言いながら。


 追い詰められた真夕ちゃんは、見る見るうちに暗くなっていくのが分かってた。

 分かってたから、私は止まらなかった。真夕ちゃん1人に磐城さんグループが囲んでいたところで割り込んで、真夕ちゃんを引っ張り出したの。


「行こう、日向さん。こんな奴らなんか、日向さんと一緒にいるんじゃないって」


 自分が思ったらすぐに行動していたから、トモと4年生だったお姉ちゃんと話をして、『真夕ちゃんをいじめから助ける会』を結成。

 別の学校にいた保健室の先生のお母さんも力を貸してくれたから、すぐに学級会で話題になって真夕ちゃんへの嫌がらせがなくなった。

 ムカついた磐城さんは私を捕まえて文句を言おうとしたけど、私ともみ合いになって、そのまま中庭の池に仲良くドボン。東三小の児童が注目して、私と磐城さんの両親が学校に来て大目玉だったんだけど。

 そのおかげで、磐城さんのグループは解散。逆に磐城さんが1人だけってことが多くなって、3年のとき別のクラスになって大人しくなったみたい。


 正直、ざまぁみろってとこかな。でも、4年生になってまたグループを作りだしてきているから、懲りずに突っかかってきたら返り討ちにしてやるけど。

 真夕ちゃんは私と一緒にいて、トモとも仲良くなったの。でも、自分の臭いにビンカンのまま、お姉ちゃんに時々シャンプーや制汗剤を聞いたりしてる。

 それに、磐城さんを怖いって思うのは、まだ残っている。5年生で同じ2組になってからは、私がフォローしているから、まだ問題はないけど。



 許されない過去がある以上、真夕ちゃんに磐城さんを近づけさせないんだから!!

 だったらなおさら、人の心を使う魔法なんて使ってほしくないかな。



「にしても、あんなウワサまで流して、護と磐城は何がしたかったんだ?」


 トモが軽く頭をひねったけれど、そんなことは私も知らないって。

 あっ、そういえば……。


「前に師匠から聞いた話なんだけど、磐城さんも神社に通ってたみたい」

「初耳だな、磐城もハルと同じファンタジー好きだなんて」


 ムカッ。あいつと一緒にしないで、トモ。

 でも、本当に詳しいことは知らないかな。

 あの後師匠は「魔法のことで準備があるから」ってどこかに行っちゃったから。

 かといって、学校だと磐城さんや山城君に聞けないし、うーん。


「智弘、いつまで待たせるんだ?」


 悩んでいると、私達じゃない声が割り込んできた。

 声がした方を見たら、体育館の陰からワルガキコンビの鹿嶋君がひょっこり顔を出してる。


「早く行こうぜ。お前がいないと、サッカーが始まらねーんだ」

「わりー、今行くから」


 そういえば、今日のサッカーの続きに後から合流するって、教室から出る時に言ってたっけ。

 トモに悪いことしちゃったかな、私のせいでこんなことに……。


「ハル、何かあったら俺に相談しろよ。磐城を返り討ちにしたって、いいことはないからな」


 こっちを見下ろして、ニッと笑った横顔は、私の心配を吹き飛ばしてくれる。

 でも、トモが走り出した瞬間、私の頭がグシャリとなったから、さすがにイラっとした。


「頭を叩くなっての! 私は、トモの目覚まし時計じゃない!」


 笑顔で走り出すトモの後ろ姿を睨みながら、こっちも自然と笑っちゃう。

 魔法のことも、〈ステラ・スコープ〉のことも、トモと一緒にいると忘れちゃいそうだよ。


「ホント、女の子の髪は命なのに……」


 真夕ちゃんがポケットから櫛を取り出して、そっと私の髪をとかしてくれる。


「ごめんね、真夕ちゃん。ホント、乙女心がまるで分からないんだから」

「いいの、いいの。遥海ちゃんの髪って、綺麗だから」


 ええっ、私の髪が綺麗って……。


「そんなの、言い過ぎだよ。お姉ちゃんの方がずっと綺麗だって」

「深空さんの髪も、自由な感じでいいよ。でも、私的には強そうな遥海ちゃんの髪が好きかな」


 あわわっ、真夕ちゃん抱きつかないでよ。

 恥ずかしいって!


「それに……」


 それに、なに?


「真夕ちゃん、抱きついたまま寝ないでよ。私は枕じゃないって」

「わわっ、ごめん! ちょっと気持ちよすぎたから、つい!」


 目を開けて、ウサギみたいにジャンプした真夕ちゃん。

 たまにワケわかんないことするけど、真夕ちゃんも好きだよ。


「でも、ありがとう。少し元気をくれて」

「もうっ、自分で抱きつきすぎって言っといて……!」


 恥ずかしそうに私の腕の中で身をよじってるけど、真夕ちゃんの匂いっていんだから!


 この2人には、やっぱり魔法に巻き込ませない。絶対に!!

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