7 ステラ・スコープ
なんなの、この状況……。
サッカー場は、男女が交代して悪ガキコンビが周りを巻き込んで大暴れ。
トモは、チーム相手に大奮戦。
真夕ちゃんは、男子たちの動きを眺めてる。
でも、三人のクラスメイトがいないことを誰も気付かない。
校庭と校舎の間には、階段がある。
そこに、私と山城君、それと何故か磐城さんが、師匠を前に座ってる。
師匠がサッカー場に乱入してきてから、こっちに引っ張り出されたけれど、もう何が何だか分からない。
まるで、魔法がかかったように……。
「師匠、ごめんなさい。約束を、破っちゃって……」
師匠が見つめる目が、氷みたいに冷たい。
心臓が、掴まれたみたいに痛い……。
代わりに師匠の口から出たのは、特大のため息。
「触ったこと自体には、問題ありません。むしろ、遥海さんが触ってなかったことに驚きですから」
ガマンっていうか、昨日の今日まで忘れてましたけど……。
「和泉さん、やっぱり魔法使いになってたのね。完全に自業自得ね」
「凛音さんも気づいてたんですね、遥海さんが魔法使いになっていたのを」
「そりゃ、気付きますよ。今朝凛音に絡んでたとき、目の色が黒からだいだい色に変わってたんだもの。あれって、魔法使いの目でしょ?」
マジ? 私の目って、あの時から変わってたの?!
「ついでに言えば、昨日触ったばかりなのに、いきなり攻撃的になるんだもの。いくらなんでも、早すぎるよ」
「私もまだ時間があると思っていました。まさか、ここまで侵食が早いなんて」
侵食が、早い……?
「師匠、さっきから何の話をしているんですか? 私、魔法の呪文とか唱えていませんよ」
「あの石塚に封印された魔法は、自覚がなくても使えるんです。遥海さんが魔法を使った時、強く願うような心当たりはありませんか」
「で、でも、あの魔法を使った時、は……」
階段から落ちて無事だったのは、『死ぬのは嫌』って思ったから?
水を浴びずに宙に止まったのは、『濡れたくない』って思ってたから?
磐城さんにボールを蹴ったのは、『ぶっ飛ばしたい』って思ってたから?
もしかして、昨日の夜、魔法を使えなかったのは、ピンチじゃなかったから。
あの時魔法が使えたのは、私がそう強く思ったから?
「そして、その魔法は遥海さんの心、つまり願いや思い出を『代償』を払います。心がなくなると、魔法が空いた部分を埋めていきます」
ちょっと待って……、『侵食』とか『代償』とか、さっきから何で師匠は怖い言葉ばかり言ってんの!
「それじゃあ、磐城さんや真夕ちゃんの名前を忘れてたのは……」
「魔法を使った代償です。魔法を使うほど遥海さんの心が消えて、磐城さんにボールを当てるような別人になります」
やめて、やめて。これ以上聞きたくない。
「もしこのまま無意識で魔法を使い続ければ、遥海さんの“心”は完全に消えて、魔法に身体を乗っ取られます」
師匠の言葉が、私の心臓を握りしめてきた。
「そ、そんな……」
「周りの人間、クラスメイト、家族、誰も心がないことに気づかない。“和泉遥海”っていう形のロボットに成り果てます」
心が、消える?
それって、今までの想いや願いが、全部なくなるってこと?
トモとバカ騒ぎした思い出も、真夕ちゃんと友達になったことも、お姉ちゃんとケンカしたことも、そして、『竜姫伝説』を知って叶えたかった夢も……?
「……嫌よ」と、思っていたことが口からこぼれおちた。
「そんなの、絶対に嫌! 私の願いを叶えたかったから魔法を探していたのに!」
言葉を吐けば吐くほど、口の中から血が出そう。
「それでも、魔法は捨てたくないんですね?」
「魔法は捨てたくありません。でも、自分の心も失くすのは、もっと許せない!」
胸の奥から出てくる言葉を出しきったから、息を全部吐き出す。
魔法使いが残したもので、魔法が使えるようになる!
魔法に自分の心が乗っ取られるのは、絶対に止めなきゃ!
師匠はまじまじと私を見つめて、大きく息をついた。
「でしたら、話は簡単です。その魔法――〈ステラ・スコープ〉を遥海さんのものにするしかありません」
「〈ステラ・スコープ〉……?」
そういえば、あの石塚の文字にも、〈ステラ・スコープ〉って書いてあった。
「〈ステラ・スコープ〉は、“星の魔法”とも呼ばれてていて、魔法の力を人に貸して力を高める魔法なんです。遥海さんは、魔法の適性がある人に〈ステラ・スコープ〉を与えるんです。そうすれば、魔法の力で心が消えることを止められます」
人に、魔法を貸すんですか?
「でも、魔法って人の心を奪うものじゃ……」
「人の心っていうのは、自分の胸の中だけにあるものじゃなくて、人とのつながりで生まれるものです。〈ステラ・スコープ〉を多くの人と共有すれば、心も共有できて自分だけ奪われることはありません」
共有して生み出せる魔法……。
なんだか『竜姫伝説』に出てくる、少女の踊りと青年の笛で目覚めた竜を鎮めた力みたい。
「兎にも角にも、まずは〈ステラ・スコープ〉の持ち手が一番最初に持たなければいけません。遥海さん、手を前に」
振り返ってみたら、見守るように山城君と磐城さんがじっと見つめている。
私が手を前に伸ばすと、師匠がそっと手を重ねた。
その手のひらからは、どことなくあの石塚に似た温もりが伝わってきて――
「〈プロキオン〉の名の下に山城昴が命じる。星の運命を紡ぐ者、ここに至れり」
【〈プロキオン〉登録術士001=魔力確認/〈アルデバラン〉=起動準備】
「契約の下、21の星の力を示せ。紡ぐ者、虚空の先に手を伸ばす」
【登録術士002=死亡確認/コード初期化=開始】
「無限の空は深く、悠久の海は遥か。人の光は辿る心に、人の魂は紡ぐ手に」
【コード初期化=完了/登録術士003?=魔力確認】
「〈ステラ・スコープ〉――〈アルデバラン〉リスタート!」
【〈アルデバラン〉=封印解除】
これ、何なの……?
頭の中に、言葉が流れ込んでくる……!
心なしか、私と師匠の間に風が舞ってる。
【魔力確認=完了/登録術士003?=???/汝ノ名ヲ申セ】
「な、名前……?!」
「名前を呼んでんの! 自分の名前を伝えて!」
【再/登録術士003?=???/汝ノ名ヲ申セ】
磐城さんと頭の中の言葉が重なって、目が回る。
ええい、もうヤケクソよ!!
「は、遥海。私の名前は、和泉遥海!」
【登録術士003=ハルカ・イズミ/魔力情報登録=確認】
【〈ステラ・スコープ〉――〈アルデバラン〉=起動】
一瞬、私の前に風が集まった。
感じたこともないような空気の集合で、思わず目をつむる。
でも、この言葉。どこかで聞いたような……?
「いつまで目を閉じてんだ? もう目を開けてもいいぞ」
護君の声で、おそるおそる目を開けてみる。
風は止んで、私の手にはバトンみたいな魔法の杖が握られていた。
「こ、これって……」
「〈ステラ・スコープ〉〈アルデバラン〉。すべての〈ステラ・スコープ〉を束ね、他者に貸す能力をもちます」
チアリーディングのバトンのてっぺんにはリング、その中にオレンジ色の水晶玉が浮かんでいる。
師匠の言う通り、これから私が使う魔法の杖ってことね!
「そのアルデバラン〉で、他の〈ステラ・スコープ〉を遥海さんが任せられる人に与えてください。それが、この魔法の支配を止められる唯一の方法です」
人に魔法を貸せば、魔法に乗っ取られることはない。
そっと振り向いたら、クラスメイトのみんながサッカーの点数を競い合ってる。
あの中には、真夕ちゃんやトモ、そして1年生のときから一緒にいるみんながいる。
それだけじゃない。校舎の中には数百人の東三小の児童がいるし、校庭の向こう側の籠中にはお姉ちゃん達中学生がいる。
その中から、〈ステラ・スコープ〉の魔法を貸せる人を探す……。
それも、私の心が消えないようにって頼める人を。
「もちろんですが、魔法のことは、貸した人以外に話してはいけません。もし無関係の誰かが知ってしまったら、遥海さんはこの町から消えなければいけません。『竜姫伝説』の青年と同じように」
師匠の言葉がズンッと重くて、ズボンを握りしめなきゃ震えそう。
でも、それでも――
「そういうことですから、護君、凛音さん。学校にいる間の遥海さんのサポートをお願いしますね」
って、ええっ!! 待って、待って待って待って!!
「……分かったよ」って山城君はムスッて応えてるし、「えー……」って磐城さんまで!
「待ってください師匠! 山城君はともかく、なんでコイツまで協力しなくちゃいけないんですか」
「あれ、凛音さんも『竜姫伝説』と魔法について詳しいと、護君から聞きませんでしたか?」
ええっ、初耳なんだけど!
振り向いてみたら、山城君と磐城さんは揃ってそっぽ向いている。「……護君」って師匠が低い声で聞いたから、山城君は観念してギギギッって顔を向けた。
「……無茶いうな、ただでさえこの2人の仲は猿と犬より悪いんだし、この上協力しろなんて、ふざけるなって」
「凛音も、山城君に同意よ。よりによって和泉さんが〈ステラ・スコープ〉を継いだって、正直殴ってやろうかなって……」
とたんに、2人が同じタイミングでにらみ合った。
「大体、山城君が悪いんじゃないの! 魔法使いになってほしくないから和泉さんを神社に近づかないように、陸奥君たちに『2人は付き合ってる』ってウワサを頼んだくせに!」
「和泉があそこまで『竜姫伝説』にのめり込むなんて思わねえよ! おまけに『夫婦になった』って盛ったのは、お前が勝手に和泉にムカついて……!」
ちょっと待って、それじゃあクラスの騒ぎって2人の自作自演?
もしかして、今朝メチャクチャ疲れているように見えたのは、神社引き離し作戦が失敗したから?
あんぐりと口がふさがらなくなったけど……。
なんだろう、胸の奥にチクッと何かが刺さったような。
「なーんだ、山城君と磐城さんの方がよっぽど夫婦っぽいじゃないの」
思わず出た言葉に、顔を見合わせて言い争っていた2人が、ムッとしたままジロリと睨んできた。
正面から見たらメチャクチャ怖いけど、なんだかお腹の底から笑っちゃいたい。
「2人の自業自得です。罪滅ぼしに、〈ステラ・スコープ〉を遥海さんが完全に扱えるまで、一緒に行動するように」
一番のため息をついた師匠に、二人ともぐうの音も出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます