6 知らない『誰か』

 結局、休み時間に職員室でみっちり小言を受ける羽目になって、3時間目の鐘が鳴ったときにはもうフラフラだった。


 昨日の帰りの会で早く帰るっていったのにって、大隅先生は何度も繰り返していた。

 でも、『最近“変な格好の不審者”が街中に現れている』って言われても、事件も起きてなければ不審者も捕まってもいない。

 昨日も目撃情報があったけど、煙に巻かれたように消えたって、今日の朝の会で大隅先生の口から聞いたばかりなのに。


「冗談じゃないって……、なんで凛音まで……」

「自業自得じゃん、勝手に騒いでんだから」

「どの口が言ってんの! そもそもアンタが神社に寄り道したのが悪いんじゃない!」


 磐城さんが噛みついてくるけれど、私は鼻で笑った。

 こんなのと関わるなんて、体力の無駄。今は体育の時間で、ミニサッカーではしゃぐんだから。


 ミニサッカーは、前の授業で教わったルールで競技する。

 男の子の方は地区のサッカークラブのメンバーの取り合いで忙しいけれど、私達女の子にサッカー経験者はいない素人ばっか。

 だから、運動神経が抜群な子の差で勝ち負け、戦い方を予想していく。


「両チーム、礼!」


 大隅先生の掛け声とともに、2つのグループに分かれた女の子達が礼をする。

 運動神経の抜群な女の子は、相手グループが少し多い。でも、一番嫌なのは相手チームに磐城さんがいること!


「大隅先生もイジワルだね、わざわざあいつとぶつけることなんてないのに」

「同じグループにならなかっただけマシじゃないの?」


 同じグループになった真夕ちゃんがなだめているけれど、チラリと相手チームを見れば、磐城さんがグループ仲間に耳打ちをしている。

 さすがに露骨な嫌がらせはしないけど、絶対に何かあるね。


「それじゃあ、ゲームスタート!」


 大隅先生のホイッスルが校庭に響き渡って、私達は転がるボールを追いかけた。


 ふとサッカー場の外を見てみると、男子達は場外で好き勝手していた。

 悪ガキコンビは走る私達をだらしない顔で眺めていて、トモはどこかワクワクした目で見ている。

 こんの男子どもは……何、この刺すような気配は?


 気配を探ってみると、山城君がじっと私を見つめている。

 また私が魔法を使うとかって、心配しているの? いくら何でも、そこまで……。


「遥海ちゃん。前、前!」

「へっ?」


 真夕ちゃんの叫び声で前を向いたら、相手チームの女の子が迫って来た。

 思わず横に避けたからぶつからなかったけれど、勢い余って前につんのめった。

 転ばなかったけど、ぶつかりかけた女の子は何事もなかったように私から離れる。


「ち、ちょっと、今ワザと私の前に立ってたでしょ! 今のアウトじゃない?!」

「よそ見して走ってたあんたが悪いんじゃない」


 別の女の子がすれ違いざまにささやいてきた。

 言い返せないから、走り出した。まだ、ボールはどっちのゴールに入っていない。


「遥海ちゃん、そっちにボールが行ったよ」


 誰かが蹴って私の方に飛び出してきたボールを、足でキャッチ。

 このまま、ゴールまで一直線……。


「ジャマ!」


 いきなり大柄な女の子がボールを奪い取ろうと……、違う! 私の身体目がけて突進してきた!

 あ、危ない!

 とっさにスピードを上げたから大柄女の子の体当たりは避けられたけど、すれ違った瞬間に忌々しそうにこっちを睨んでいたのが見えちゃった。


 さっきの女の子といい、この女の子といい、どっちも磐城さんのグループ。

 だったら、間違いない。磐城さんがグループで嫌がらせをかけてきている。

 しかも、当の本人は別の手下と組んで大隅先生の意識を逸らそうとしている。


 汚いな、こいつら!


「こんのっ!」


 今度は、地区バスケのクラブにいる二人が、私めがけて突っ込んでくる。その後ろには、もう一人運動 神経のいい女の子が迫ってくる。

 ヤバイ、この三人は、相手チームの要注意人物。私一人じゃあ、何もできないし、パスできるグループ仲間はいない。

 どうする、どうする……あっ、真夕ちゃん!


 周りを見渡したら、パスできそうなところに真夕ちゃんがいた。けれど、真夕ちゃんの後ろには磐城さんがニヤニヤしている。

 そして、磐城さんの近くには、さっき突進してきた大柄女の子。

 まるで、真夕ちゃんにパスをするなら、今度は真夕ちゃんを狙うぞと言わんばかりに。


 瞬間、頭がカッと熱くなって、身体がみたいに軽くなった。


 こいつら、真夕ちゃんまで!

 もう、許せない!

 だったらが……、一人でゴールを決める!


 ボールを蹴って、一気にダッシュ。目の前のバスケコンビははさみうちの合間を、ぬうように走り抜ける。

 バスケコンビがアッと驚く間に、二人の後ろにいたもう一人が突っ込んでくる。


 この女の子を抜かせば、目の前にゴール。まだ他のチームが回ってこないから、ボールを入れるまで余裕だ。

 でもなんでだろう、みんながとってもゆっくり見える。

 まあ、ワタシには問題ないか。


 焦った女の子は、ボール目がけて蹴りを入れてくる。

 でも、ワタシが足でボールをさばいたから、キックはたちまち空振りした。

 そして、三人を置いていって、目の前のゴールにボールを蹴り入れた。キーパー担当の女の子は立ち尽くすままで、後ろからボールが転がってようやく気が付いたみたい。


「す、すげえ!」

「まじか、あいつ! あんなプレイできんのか!」


 とたんに、場外の男の子たちが騒ぎ出した。

 サッカークラブの男の子が目を丸くして、そうじゃない男の子も騒ぎ立てている。

 女の子はほとんどが信じられないような目を向けて、磐城さんなんかあんぐり口を開けたまま。真夕ちゃんだけが、ワタシに駆け寄って来た。


「遥海ちゃん、ナイス! でも、どこでそんな技術を覚えたの?」

「えっ?」

「だって、サッカークラブの男の子もできない動きだったよ」


 ええと……、何て言ったらいいんだろう?

 ただ、目の前を行こうと動いただけなのに。


 というか、今そんな動きをしていたの?

 駆け寄って来たの目には、そう見えたみたい……。



 ………………あれ、今なんて思ったの?



「ほら、反撃しよう、反撃!」


 大隅先生の笛が鳴って、試合が再開した。

 ワタシも慌てて元の場所に戻っていく。「遥海ちゃん!」って、後ろからみたいだけれど、置いていってしまう。



 ………………でも何でだろう、何か忘ているような?

 さっきの女、名前、なんだっけ……?



 そして、再び転がって来たボールは、別の女の子がパスをしながら反対側のゴールへと向かっていく。

 けれど、動きはまるでカメみたいに鈍い。ダッシュで迫って、パスする間にボールを横取り。

 周りの女は棒立ちになっているし、男はシンと静まり返ったまま。


「このっ……、させないっての!」


 ただ一人だけ、が鬼の形相で追いかけてくるけれど、どうせ近づいても嫌がらせぐらいだし。


 面倒くさいな……、ここでか。


 ボールを止めつつくるっと回れ右をして、正面にウザイ女を見据える。

 狙うは、顔面。威力は、最大出力。女はきょとんとしているけれど、もう遅い。


 これで吹き飛べ……。


「和泉――――、やめろ――――!」




 ……山城、くん?




 山城君の声に、はハッとなって顔を上げた。

 直後、操られたかのように私の足がボールを蹴り飛ばした。


「……えっ?」


 地面から離れたボールは、キョトンとした磐城さんの顔へと向かった。

 その速さは、野球のピッチャーが全力で投げたボールに似ている。


 だめ、間に合わ……!




「いきなりピンチじゃないですか」




 突然降って来た声といっしょに、磐城さんの目の前の影が割り込んだのは、まさにボールが直撃する直前。

 殺人級速度のボールは、影に当たってシャボン玉みたいに弾けた。でも、その人は倒れなくて、肩で整えた黒髪を軽く揺らすだけ。


「し、師匠!」


 ウソ、なんで師匠がここに!

 いつからいたの?!


「まさかここまで侵食が進んでるなんて。さすがは遥海さんって言ったところでしょう」

「えっ、師匠、なんで……!」

「大丈夫ですよ。ほら、みんな私達のことを気にしてませんし」


 な、なんでみんな、普通にサッカーを続けているの?

 いつの間に弾け飛んだボールは復活しているし、大隅先生もクラスメイト達も、目の前に師匠がかのようにサッカーを続けている。

 いいえ、


 この異常事態に気付いているのは、目の前の師匠と、私と。


「す、昴さん、やっぱり和泉さんの目って!」

「母さん、学校が終わるまで待っていてくれって言ったはずだぞ!」


 師匠に助けられた磐城さんと、サッカー場に乱入してきた山城君だけ。

 2人を置いて、師匠はゆっくりとこっちに近づいてくる。

 まるで、私が知らない魔法使いみたいに。


 そういえば、朝の会の大隅先生の話してたんだ。

 最近現れる”変な格好の不審者”が、”煙のように現れては消える”って。

 まるで、魔法みたいに。


 そして、私の目の前に立った師匠は、冷たい目で私を見つめている。


「話をしましょうか、貴方が『何者』になっているのか」


 まるで、知らない『誰か』を見つめているような。

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