5 東三小5年2組

「よう」 


 魔法使いになった次の日の水曜日。


「おはよう……、なんだか浮かない感じだけど、大丈夫?」

「別に、気にすんな……」


 いつもの東三小の下駄箱で山城君とばったり会ったけど、昨日みたいな苛立ちは向けられなかった。

 なんだか、テストが悪い結果になると分かっている時みたいな諦めたような顔。


「母さんに、和泉が魔法使いになったって伝えたよ」


 下駄箱から取り出した上履きが、右手から落ちた。

 少し頭に血が上る感じになるけど、「し、師匠はなんて?」って食いついてみた。


「やっぱりかって笑ってたよ。魔法について話すから、学校が終わったら和泉を連れて神社に来いって」

「よ、よかったー。私はてっきり破門かなって……」

「破門の方がヤバいからだろ。和泉、まさか俺が帰ったあとで魔法は使ってねーだろうな?」


 さっさと教室に向かう山城君を追っかけようとして、ギクッと足を止めちゃった。


「つ、使わなかったって。お姉ちゃんがいたんだから」


 振り返った山城君が私をじっと見たけど、「だったらいいけど」って言ってまた前に向き直った。

 おかげで、少しホッとした。


 正直に言えば、魔法は『使わなかった』んじゃなくて『使えなかった』。

 山城君が帰った後、こっそり自分の部屋で魔法を試したの。

 コップに入れた水を浮かそうとしたり、座布団で空を飛ぼうとしたり、指先に光をともそうとしたり。

 でも、一つも成功できなくて、しまいにはベッドの上から飛び降りて空中散歩をしようとして家を揺らしちゃった。

 部屋に突撃したお姉ちゃんのチョップでさすがに止めたけど、やっぱり魔法を使うにも何か呪文とか必要になるのかな?

 でも、階段から浮いたり、水が空中で止まったりしたときは、呪文なんて使ってなかったはず。


 なんで、あの時は魔法が使えたの?

 石段から落ちたとき、山城君に水をかけられたとき、私何かしたっけ?


「おい、少し離れろよ」


 ムッとした声で、私は現実に戻った。

 いつの間にか山城君の隣まで並んでいたみたい。心なしか、山城君の足が段々と速くなっている。


「いいじゃん、このまま行っても。偶々下駄箱で会っただけなんだから」

「いいわけないだろ! お前と一緒に教室に行くと」

「おっ、とうとう仲良く登校か、ご両人!」


 突然飛び込んできた冷やかしが、山城君の言葉を遮った。

 話しているうちに5年2組の教室に到着していたみたい。

 男の子共がニヤニヤしながら山城君をはやし立てて、女の子のみんなは冷ややかな視線を私に向けてくる。


「……こうなるんだから」


 山城君がガックリと肩を落としたから、私は苦笑いで答えるしかない。

 夏休みが明けてから1か月、もう5年2組の朝になっている。ウワサを広めた犯人探しはもう諦めて、気にせず教室へと足を踏み込んだ。

 いつか深空お姉ちゃんに告白したい山城君は、東三小のノイズにうんざりしているけれど。


「護、いってることが違うじゃねーか。この新婚さんよ」

「ったく、こりゃ放課後はトモのところでヒローエンか!?」


 相変わらず陸奥むつひろ鹿嶋かしまたつきの悪ガキコンビが、無言の山城君を囲っている。

 そういえば、夫婦のウワサを最初に話したのもこの2人からだったんだ。


「……なによ、朝から見せつけて。バカじゃない?」


 それで、クラスの女王様こと磐城いわき凛音りおの呟きが、私の耳に届く。

 教卓を囲んでいる女の子のグループの中心からこっちを睨んでいるけど、今さら気にしない。

 磐城さんって隣の1組にも顔が利くから、巻き込まれると面倒だし。


 そして、みんなの視線をスルーしながら自分の席に着けば、先に座っていた日向ひゅうが真夕まゆちゃんと河内かわち智弘ともひろが苦笑いしていた。


「朝から災難だな、ハル。護と一緒だなんて」

「どうでもいいって。むしろトモこそ心配してんなら、私に近づかないほうがっ! だから、頭を掴まないで!」

「いいじゃんか、ハルの頭を叩くと朝が来たって思うし」


 ニッと笑うトモは、まるで太陽だ。時々変に人を惹き付ける月みたいな山城君とは大違い。

 でも、流石に朝頭を撫でるのはやめてほしい。目覚まし時計か、私は。


 トモこと智弘は、幼稚園に入る前から家族ぐるみで一緒の幼馴染み。

 スポーツ万能で太陽みたいに明るい、山城君とは別ベクトルでクラスの人気者だ。

 おまけに私にしょっちゅう絡んでくるから、磐城さん達に睨まれやすくなっている。


「河内君ったら……、女の子の髪は命だからメチャクチャしないでって言っているのに」


 眉がハの字になった真夕ちゃんが、筆箱から櫛を取り出してサッと髪を梳かしてくれた。

 クシャクシャになった髪が元に戻ると、真夕ちゃんの目がキラリと光った。


「遥海ちゃん、もしかして深空さんの新しいシャンプーを使ったの? それも、ハクワンの最新作『スポーツケア さくらの香り』ね」

「さすが、真夕ちゃん! お姉ちゃんが部活でもらったシャンプーなんだけど、髪の感触と香りだけで分かっちゃうなんて!」

「昨日だって神社にダッシュだったんでしょ。なら、深空さんが遥海ちゃんの髪を気にしてくれたのかなって。遥海ちゃん、ガサツなところがあるから」


 きれいな顔でこぼれた笑みはうれしいけど、ガサツはやめて。心にグサッてきたから。


 真夕ちゃんは、私が一年生からの親友。

 たまに言葉がキツイけど、頭が良くて少しのことでも色んなことを見抜いちゃうの。

 おまけに、墨みたいに長くてつやのある黒髪とミルクみたいに白い肌は、お姉ちゃん以上の美少女。

 キツイ言葉が、タマにキズだけど。


「そういや、昨日も神社に行って大丈夫だったのか? 帰りの会で、大隅が破ったらお説教だって言ってたけど」


 真夕ちゃんの言葉に、トモが心配そうに尋ねた。


「大丈夫だって。暗くなる前に帰ったから」

「そういう問題じゃなくて、不審者がうろついているのに不安じゃなのか?」

「不安は……、ないかな。昨日も山城君いっしょだったし……」


 ぽつりといった言葉に、真夕ちゃんの顔がこわばった。

 後ろでざわめきが聞こえて、嫌な予感がしたから振り向けば、ズカズカと磐城さんが近づいてくる。


「和泉さん、昨日も山城君と一緒だったって、昨日大隅先生からあれだけ家に早く帰るって言われたのに、結局神社に行ったのね」


 フランス人形みたいに可愛い顔を苛立たしさマックスにして、私に詰め寄ってくる。

 、ホントに面倒くさい……。そんなことまで突っかからなくても。


「行ったよ。昨日は、師匠が教えてくれる日だったから。それに師匠は、昨日の不審者騒ぎを知っていたし、夕方まで一緒にいてくれたんだから」

「師匠師匠って……、山城君のお母さんに馴れ馴れしいね。和泉さんが来てから、山城君のお母さんは迷惑じゃない?」


 迷惑? その言葉には、さすがにカチンときた。


「師匠は迷惑してないよ。勝手に巻き込まないで!」

「勝手に巻き込んでるのは、和泉さんの方でしょ! 毎日毎日神社に通って、学校じゃあ所構わず竜淵神社の伝説で盛り上がってうるさいんだから!」


 磐城さんがジロリと私を睨んで、不意に視線を私からずらす。

 背中で真夕ちゃんがビクッと震えたのが背中から伝わって来た。

 半歩カニ歩きをして真夕ちゃんを見えなくして、思わず目に力をこめる。


「学校で騒いだからって何よ、神社に通ったって何よ。磐城さんには関係ないことでしょ!」

「そんなに騒ぐんなら、あんたは日向さんと一緒に」


 それ以上、しゃべるな!!


 咄嗟に磐城さんのワンピースの襟をつかんで、磐城さんの言葉を止める。

 周りで悲鳴と驚きが響き渡って、トモがを叫んでいるけれど、そんなのは構わない。


 だって、コイツは真夕ちゃんの……!


 襟を握りしめて離さず、ギロリと磐城さんを睨みつける。

 ワタシの視線を睨み返していた磐城さんだったけど、不意に目が丸くなっていく。


「和泉さん、なんだか目がおかしくない?」

「目?」


 至近距離からまじまじと瞳を覗き込んできたら、さすがにたじろいだ。


「だって、目が」

「その辺にしたらどうだ、磐城」


 磐城さんの言葉が、横から割り込んできた山城君に遮られた。

 思わず手を離すと、磐城さんが下がってムッとした顔になる。


「山城君……、一番の原因は和泉さんでしょ! 邪魔しないで!」

「今一番うるさいのは、磐城だろう。うちの神社のことで、これ以上騒がないでくれないか?」

「で、でも……」


 山城君の落ち着いた声に、ついさっきまで興奮していた磐城さんは押し黙った。

 流石、山城君。保育園の頃からの幼なじみを黙らせる方法は分かっている。


「お前もお前だぞ、和泉。母さんだOK出したからって、学校で騒いだらアウトだろうが」


 しょんぼりした磐城さんを鼻で笑おうとした直前、山城君がこっちに振り向く。

 ワタシを見下ろす視線は、冷凍庫並みに冷え冷えしていた。


「わ、悪かったよ、騒ぎすぎて。でも、学校でも自由にするぐらいいいでしょ、別に」

「よくないだろ、朝からケンカなんて。おまけに、昨日の先生との約束を破っちゃ」


 山城君から視線を逸らした途端、このクラス唯一の大人が目に入って、ギクッとなった。

 いつの間にか教室に入っていたクラス担任の大隅先生に、悪ガキコンビはゲラゲラ笑い、トモと真夕ちゃんは苦笑い。

 そして、さっきまで大騒ぎの中心だった私は、山城君と磐城さん共々ピシリと固まった。


「和泉さん、磐城さん。休み時間に職員室に来るように」


 朝の挨拶は、公開処刑の宣告で始まったのだ。

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