4 物語のはじまり

「……やっちゃった」


 山城君と一緒に帰ってみたら、案の定私の家から光が漏れている。

 やっぱり、先に誰か先に帰ってたんだ。


「……だからさっさと帰れって言ったんだ、このスットコドッコイ」


 魔法を使わないようにって理由で、神社から家まで一緒についてきてくれた山城君が、私の家を眺めながら笑っている。

 結局クラスメイトや先生にも会わなかったし、魔法も使わなかった。


「さーて、どうするんだ? このまま本当のことを言うか? それとも、イイワケをしてごまかすか?」


 めっちゃ楽しんでる……。

 横目でニヤニヤしている山城君を睨みながら、私は正面の玄関に忍び足で近づいた。

 とにかく、ぱっぱと謝って切り抜けちゃお。


「言っておくけど、魔法のことは話すなよ。俺だって使い方が分からないし、多分魔法を知ってる母さんには今日は会えないぞ。何が起きても俺は知らねえからな」

「分かってるって。師匠には、明日謝るから」


 本当は、いの一番でお姉ちゃんに伝えたかったんだけど。

 でも、師匠とも会えないし、魔法のことも詳しく分からない。嬉しさに騒ぎたい気持ちを抑えておこう。


 抜き足、差し足、忍び足……。

 よし、玄関にたどり着いた。カギはかかっていない。

 そっと玄関を開けて、私の身体がすり抜けられる程度の隙間を作る。このままそっと台所まで近づこう。

 幸い、今電気が灯っている部屋は、台所だけ。そっと息を殺しながら様子見をすると、台所の方から人の気配は……、ない?


「家族なんだから堂々入ったら、遥海」

「ひゃい!」


 突然後ろから声をかけられて、変な悲鳴を上げちゃった。

 心臓が口から飛び出しそうになって、背中から玄関に張り付くと、深空みそらお姉ちゃんが塀の陰から姿を現した。


「お、驚かさないでよ、お姉ちゃん! 心臓が止まるかと思った!」

「だったら、コソ泥みたいな動きをしない。警察のお世話になりたい?」


 暗がりの中でお姉ちゃんがスッと横を通り過ぎ、玄関の灯りを入れた。

 パッと玄関の周りが明るくなって、女優さんみたいにきれいな深空お姉ちゃんの顔が私を見下ろしていた。


「また神社で長居したでしょ。今日は遥海が夕食当番だって言ったんだから早く帰ってって、あれだけ言ったのに」

「本当にごめん! 完全に忘れてた!」


 もう言い訳なんて無用だから、きれいに身体を直角に倒して謝る。

 目をつぶっている間静かだったお姉ちゃんは、不意にハアッとため息を漏らした。


「もう……。今日のところはここまでにしてあげる。早く上がって、もう夕ご飯は作ってるから」

「えっ、あ、ありがとう!」


 よく見たら、エプロンの下はお姉ちゃんが通っているかご中こと姫名ひめな市立しりつ籠畑かごばた中学校のセーラー服を着たまま。

 多分、帰って私がいないことに気付いて、着替えないで夕食を作ったみたい。

 本当に、ごめんなさい。


「護君、ごめんね。毎度毎度、遥海が面倒かけちゃって」

「えっ、大丈夫です。いつものことなんで」


 山城君がびっくりしたように返したけれど、さっきと変わってメチャクチャおとなしいくなってる。

 ああ、またか……。


「もうこんなに暗いんだし、まだ夕ご飯は食べてないんでしょ。だったら、うちで食べていく?」


 えっ、ええっ?! 何言ってんの、お姉ちゃん!


「ちょっと、待って! なんで山城君と一緒に食べなきゃいけないの。師匠が晩御飯を用意してくれてんでしょ」

「えっ、いいんですか?」

「山城君も、何しれっとOKしてんの。遅いんだから、早く神社に帰っていたっ!」


 私の頭にお姉ちゃんのチョップが振り下ろされたから、頭の中に鈍い痛みが走る。


「人のうちに上がりっぱなしな上に、こんな遅くまでいた遥海のせいじゃない」


 お姉ちゃんがジロリと睨んでいて、ぐうの音も出ない。

 があったからだけど、家の決まり事を忘れてた私が一番悪いわけだし。


「ここで話すのもあれだから、早く上がって。昴さんには、こっちから連絡を入れておくから」

「そ、それじゃあ……」

「ちょ、ちょっと!」


 私が文句を言いいだす前に、山城君がお姉ちゃんにつられる形で玄関をくぐる。

 一瞬こっちと目があっけど、勝ち誇ったような目つきでメチャクチャ腹立つ!

 ムカムカしたまま玄関を力任せに閉める。またお姉ちゃんに叱られた。


「護君、遥海の調べものってどこまで進んでるの?」


 お姉ちゃんお得意のハンバーグを食べ終えて、食器を片付けている途中で深空お姉ちゃんの話でお皿を洗っている手が止まった。

 私達と背中合わせでテーブルを片付けている、夢中でハンバーグを食べていた山城君も箸を止めた。


「まあ、ボチボチってところですかね……」


 不思議そうに聞いてくる山城君は、少し恥ずかしそう。


 まあ、正面に深空お姉ちゃんがいるんじゃ無理もないか。

 暗闇のせいでよく見えなかったけど、あれだけ忙しかったのにさらさらした長い髪は乱れていないし、籠中一の美人さんは笑顔が素敵。

 東三小にいたころでも、私に男子どもが深空お姉ちゃんのことを聞いてきたぐらいだし。まるでアイドルか舞台女優さんみたい。


 私と言えば、目はクリクリ、動物園のタヌキ顔で、ショートボブの黒髪はツンツンしている。

 舞台は舞台でも、お笑いライブの芸人の方が似合ってる。


「深空さん、土曜日と日曜日はそいつに気を付けてください。今日『竜姫伝説』がらみの神社や遺跡を教わってたんで、絶対に町の中動きまくって絶対に警察のお世話になるんで」

「なっ……! 5年生にもなって、迷子にならないよ!」

「和泉が不審者になるっていってんだ。神社に潜り込んだり、遺跡から出られなくなったり」


 失礼すぎる。深空お姉ちゃんも、クスクス笑わないで。


「大丈夫よ。今週の日曜日は雨で外は出れないし、土曜日は家の掃除とか洗濯とか、遥海は大忙しだから」


 あっちゃー、改めて言われると、とんでもないことになったな。

 その日の当番を忘れた分は、別の日の当番と代わる約束。今日の場合は、夕食当番の代わりに土曜日のお姉ちゃんが当番の朝の洗濯をしなきゃいけないんだ。

 おまけに元々の当番の家の掃除にスーパーの買い出し……、考えるのはやめよう。頭が痛くなる。


「……一日中この家にいっぱなしでしたら、心配ないかな。でも、あまり目を離さないでください。『竜姫伝説』の主人公並みのウリボウなんで」

「遥海は主人公って、それじゃあ山城君は役人の少年ね。いつもお姫様を追っかけているから」

「『竜姫伝説』の主人公は姫様じゃなくて青年ですし、第一そいつのせいでクラスが騒ぎまくるんで追いかけてるだけなんで」

「お話通りじゃない。うちのクラスメイトもウワサになってるよ。早く夫婦になれって周りがうるさいし」


 うわっ、山城君が思い切りこっちを睨んでる。

 お姉ちゃんもクスクス笑ってないで止めてよ。ホント、山城君をからかうの上手ね。

 でも、こっちに八つ当たりになるようにするのはやめて。


「それぐらい仲良くていいってことでしょ。それに、遥海が元に戻ったのは昴さんや護君のおかげなんだから。私が籠中に行ってから、本当に遥海って暗かったんだから」

「今思えば、そっちの方がまだ気楽でしたよ。母さんに頼まれて、和泉に授業をお願いした俺がバカでした……」


 ありゃ、山城君、かなりげんなりしちゃって……。

 でも、あの時の山城君の言葉のおかげよ。あの時、山城君が声をかけてくれたおかげなんだから。


 私達のお父さんはお医者さん、お母さんは小学校の養護の先生。私達が寝る頃に帰ってくるなんてしょっちゅうだし、登校時間に帰ってくることもよくあること。

 それでも寂しさがなかったのは、お姉ちゃんと一緒だったから。一緒に帰って、宿題やゲームで一緒にワイワイして、一緒にご飯を食べて、一緒にお父さんとお母さんの帰りを待つことができた。

 でも、籠中に進学してからは忙しくなって独りぼっちになる時間が長くなったの。


 広い家の中、ずっと誰かを待ち続ける寂しさは、宿題よりも嫌いな時間にしちゃった。


 そんな日がこのまま続くんだって思っていた放課後、山城君が突然頭を下げてきたんだ。


「母さんが神社で『竜姫伝説』の授業をするんだけど、人がほとんど来てねえんだ。頼む、和泉! 授業に出てくれないか?」


 幼稚園から魔法やファンタジーが好きで、この世界の魔法も知りたかった私は、空っぽの家にいるよりはマシと思いながらその授業に出た。


 そして、私は『竜姫伝説』の魔法にかかった。

 ヨーロッパや中国みたいな遠い世界にしかなかった魔法が、この町にもあったんだから!


 もしかしたら、『竜姫伝説』の魔法も本当にあるんじゃないかな。

 もし魔法使いになれたら、この寂しい気持ちも吹き飛ばせるんじゃないかな。

 私だけじゃなくて、みんなの憂鬱な気持ちも変えられるんじゃないかな。


「大丈夫よ。人の噂も七十五日。夏休み明けで騒いでるだけだから、すぐに忘れられるから」

「だったらいいんですけど……。これ以上大事になったら、さすがに俺も手が付けられませんよ」


 ちらっと、山城君がこっちに目をやった。

 分かってる、分かってる。魔法を使ったらお姉ちゃんに迷惑がかかる。どんな魔法なのか分からないのに、深空お姉ちゃんを傷つけなんかできない。

 だから、こうやって一緒にいるんでしょ。


「いつも通り、いつも通り。周りが変わっても、護君はいつも通りが一番素敵よ」


 お姉ちゃんのほころんだ笑顔に、山城君は顔を赤くしながらはにかんだ。

 もし魔法が使えるんだったら、まずは山城君の背中を押すのに使おう。




 山城君、お姉ちゃんが好きみたいだし。

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