ALOISE(アロア)

十八谷 瑠南

第1話

私は一生忘れない。あなたと出会った日のこと。あなたが初めて笑顔を見せてくれた日のこと。あなたが私の絵を書いてくれた日のこと。あなたが初めて泣いた日のこと。あなたが死んでしまった日のこと。私は一生忘れない。




アロア 

教会の大理石の上で冷たくなっている親友を見つけた時、アロアは生まれて初めて後悔という感情を知った。

なぜあの時声をかけなかったのだろう。なぜ無理矢理にでも一緒にいなかったのだろう

なぜ彼に冷たくあたる父を止めなかったのだろう。

ああ・・・違う。

「私のせいだわ」

親友の亡骸の横でアロアは小さくそうつぶやいていた。その日からアロアは泣き続けた。泣いても何も変わらないとわかっていたのに、涙を止めることができなかった。

幾日か経った頃、後悔の気持ちを抱いたまま家族や村の人に一言も告げずにアロアは生まれ故郷を出て行った。

あてもなくふらふらと。




アロアは、ふと気が付くと大きな街の人ごみの中に立っていた。

どうやってここまで来たのか思い出せない。なぜなら彼女の頭の中は後悔でいっぱいで今にも破裂してしまいそうだったからだ。

だが、後悔の念だけで歩き続けることも限界がきたようで、アロアはその場に倒れこんでしまった。もう足も腕も動かすことができない。

(あの子も死ぬときこんな気持ちだったのかしら。)

そう思うと少しだけ嬉しかった。彼と同じように死ぬことで自分の罪は少しでも許されると思ったから。


ロッシュ

 (こんな村失くなってもいい。)

ロッシュは風車小屋から青空の下に広がる小さな村を見下ろした。ほんの一か月前までここはロッシュと彼の親友達にとってかけがえのない大切な村だった。

しかし、親友の1人が死に、もう1人の親友はそのことに罪の意識を感じて村を出て行ってしまったことで、ロッシュはこの村が、人が、とても退屈なものにしか見えなくなった。

彼はまだ受け入れられずにいたのだ。親友を失ったことも、ロッシュに何も告げずに出て行ってしまった親友のことも。

ふと後ろを振り向いて風車小屋を眺めた。風車小屋は真っ黒に焼けて、ボロボロになっていた。この火事が親友であるふたりの人生を狂わせたことをロッシュはわかっていた。

(俺は、あのふたりに何もできなかった・・・。)

風車小屋から下り、ロッシュは、墓地に向かった。そこには、小さいが立派な墓がたくさんの色とりどりの花に囲まれて建っていた。

「ごめんな。ネロ」

ロッシュは、そこで初めて親友のために泣いた。

   

アロア

そんな簡単に許してもらえるものでもないか。

アロアはベッドの上でそう思った。街で倒れた後、誰かに運ばれこのベッドの上に寝かされたようだ。窓の外からあたたかい風が入ってきてカーテンを揺らした。今すぐ立ち去りたいという気持ちはあったが、体が動かない。その時、扉が開く音がした。

「あら、目が覚めたのね。よかったわ」

扉の前には、優しい青い瞳でこちらを見つめるシスター姿の女性が立っていた。彼女の手元にはおいしそうな料理がのったお盆があった。

「・・・ここは?」

アロアは言葉を発して驚いた。声が、ガラガラだったからだ。よくよく考えれば言葉を発したのはいつぶりだったか。

「ここはね、教会よ。ま、今はそんなことより、なにか食べないとね」

シスターは持っていたお盆をベッドの側にあった戸棚の上に置き、椅子に座った。

「まずは食事をとって」

食器に伸ばしたシスターの腕をアロアは掴んだ。

「いらない」

相変わらず声はガラガラだった。青い瞳がじっとアロアを見た。

アロアはその瞳を同じ青い瞳で見つめ返した。いや、睨みつけた。

「食べないと死んでしまうわよ」

アロアはシスターの腕を掴んでいる手の力を強めた。シスターはふっと微笑んだ。

「全く痛くないわ。力が全然入らないのでしょう?断るなら、しっかり話せるようになってから断りなさい」

正直、アロアはとてつもなく目の前の食事が食べたかった。そんな自分が情けなくて、枯れたと思っていた涙がぽろぽろ出てきた。

「食べたいと思う気持ちがそんなに嫌?」

アロアは驚いて、シスターを見た。自分の心の中を見透かされたように感じた。

「いいから食べなさい」

限界だった。アロアはシスターの腕から掴んでいた手を素早く離し、食器に手を伸ばした。とにかく無我夢中で食べものを口の中に運び、コップいっぱいに注がれていた水をのどに流し込んだ。小さな村のお嬢様として育ったアロアにとって、食事のマナーというものは叩き込まれていたはずだったが、今のアロアは食事のマナーというものからは程遠い食べ方をしていた。

そんな彼女をシスターは笑顔で見つめた。

食べ物をいくら口に運んでも涙が止まることはなかった。ただただ自分が情けなかった。



アーサー

手が今にもかじかんでしまいそうだったのでアーサーはコートのポケットに手を突っ込んだ。結局、ここの店でも相手にされなかったなと思いながら青く澄んだ冬空の下に浮かぶ街並みを見廻した。街は空の色と反対に灰色に荒んで見えた。ふと路地裏を見ると子供がゴミを漁っている。

(この街はだめだ。いやもう国自体がだめだ。)

「全部あいつのせいだ」

思わず声にだしてつぶやいていた。

「おい、お前止まれ!」

はっと我に返り、声のする方を見た。声をかけて来た男は青空と同じ色の服を着ており、その上には分厚い白いコート。黒く光ったズボンを履き、そして手には大きな銃。行きゆく人々は皆薄く灰色のような服を着ていたためか、その格好はとても高貴なものに見えた。相変わらず派手な軍服だ。

何か用か?と言いかける前にアーサーは敬語というものの存在を思い出した。

「国王軍の方が僕に何かご用ですか?」

ひどく棒読みな問いかけになったが、アーサーは気にしない。

「お前、この辺りでは見かけない顔だな?親はどうした?」

にやついた国王軍の男の顔を見て、雑用を押し付ける孤児でも探しているのだとわかった。

王国の西側を旅している最中に国王軍が孤児を捕まえては、雑用させているのをアーサーは何度も目撃していたからだ。そして、雑用を終えた子供たちに報酬を与える代わりに暴力を振るっているところも何度も見た。

「僕の親は」

適当な言い訳を考えていた時、男がアーサーの担いでいる荷物をじっと見つめていた。

その様子を見てアーサーは自分の情報がすでに出回っていることを察した。

「お前、まさかそれは剣か?」

アーサーは、今まさに問われたその荷物を両手でつかみ、勢いをつけて男の顔面にむかって殴りつけた。男が顔を押さえ、よろめいて倒れたのを見ると、その場から走って逃げた。

「だれかそいつを捕まえろ!」

後ろでそう叫ぶ声を聞きながらとにかく走り出していた。

(捕まるものか。これだけは絶対に渡さない。)

なんとか路地裏に逃げ込んだものの空腹と疲労で走る気力はもう残ってはいなかった。

腹が空いた。ここ何日か何も食べてない。

アーサーは路地裏の壁にもたれて座りこんだ。

それにしてもここが大きい街で助かった。少し路地裏にいけば隠れるところがたくさんある。国王軍が私の情報を知っている以上下手に大通りは歩けない。

ふうっと息を吐いてアーサーは目を閉じた。そのまま深い眠りに彼は落ちていった。





「見つけたぞ」

低い声が聞こえ、アーサーは目を覚ました。

(しまった。眠ってしまっていたのか。)

アーサーの目の前に曲がった鼻から血を流している男が立っていた。

男の背後には、同じ服を着た男達が数人立っている。

(仲間を呼んだか。)

アーサーは立ち上がろうとしたが、足に力が入らず立ち上がることができない。

男がアーサーの服を掴んだ。

「お前、王命で出ていた盗人だな?何でも城から高価な剣を盗んだようじゃねえか」

男はアーサーを地面に叩きつけ、足で踏みつけた。

「王命では、生きたまま捕えろとでている」

にやついている男の顔をアーサーは睨みつけた。彼にとって踏みつけられることは死よりも耐え難い屈辱的なことだったからだ。

「だが、その王命には続きがあって、ただし、抵抗する場合は腕を切ろうが足を切ろうが構わないと。見ろよ。この俺の鼻」

男は曲がった鼻をアーサーの目の前に見せつけた。

「こんなに曲がちまったんだぜ?だからちょっとぐらいお前の鼻も曲げちまっても王様でも文句は言わないってことだ。わかるな?」

アーサーは確信した。

(父は、私がどうなっても構わないのだ。自分のためなら。)

突然、腹にものすごい衝撃が走った。痛みで思わず吐いていた。吐くものなど元々胃にはなかったから血が地面に飛び散った。

見上げると悪魔のような顔をした男がアーサーを見下ろしていた。後ろに立っていた男たちがアーサーの両腕を掴み、鼻が曲がった男の前に彼を膝まずかせた。

「それじゃあまずはさっきのお返しといきますか」

アーサーは目を閉じて思った。

(ガウェイン。貴様ならどうする?)

その時、なにか物がぶつかる音が聞こえた。

アーサーは瞼をゆっくり開けると、鼻の曲がった悪魔が倒れていた。

(何が起こったのだ?)

倒れた男の後ろに少女が立っていた。少女はアーサーをじっと見つめて何か呟いた。

アーサーには、少女が涙を流したように見えたが、見返す間もなくそのまま意識を失ってしまった。




 敬意、思いやり、そして責任。全てお前は持たなくてよい。お前だけに許されているのだ。王である私の息子だけに。

人生で唯一王である父親から受けた教育がこれだった。

この教えがアーサーに沁み付き、アーサーは人に敬意を持つどころか見下し、馬鹿にし続けていた。そのためだろうか、目が覚めた時、手当をしてくれたであろう少女に対して発した一言はひどいものだった。

「貴様、その汚い手で私に触れたのか?」

少女はアーサーが目を覚ました時、顔に笑みを浮かべ駆け寄ろうとしていたが、その一言に驚いたのか、笑みを浮かべたまま立ち止まっていた。アーサーはさらに言葉を続けた。

「汚い下民が私に触るなど屈辱的だ」

アーサーは言葉を止めない。

「全く下民に手当されるくらいなら死んだほうがましというものだ」

少女は何も言い返してこなかった。その様子を見てアーサーは思った。

(私はまた傷つくような言葉を発しているのだろうか。)

一年前に三人の友人ができたことで、彼は自分の言葉が人を傷つけていることを少し自覚し始めていたが、幼少期から父親の教えを守って生きてきたため、この沁み付いた教育は彼からそうそう離れなかった。

しかし、そんな彼の言葉にも少女は笑みを崩さない。それどころかアーサーに話しかけた。

「ねえ、お腹空いてない?」

そう言って少女は部屋の奥に駆けて行った。アーサーはきょとんとした表情で少女を見つめていたが、急にものすごい空腹感に襲われた。

そうだ。私はここ何日も何も食べていなかった。

少女がお盆いっぱいの食事を持って戻ってきた時、アーサーは、そのお盆をひったくるように奪い取り、夢中で食べ始めた。裕福な暮らしをしていたアーサーにとって少女が出してくれた食事はあまりにも貧相なものであった。いつもの彼なら少女に罵詈雑言を浴びせるはずだが、今の彼はそれどころではなかった。

そんなアーサーの姿を見ても少女は笑みを崩さない。

「私、仕事がまだあるの。そのまま食べてくれていいから」

そう言って少女は部屋から出て行ってしまった。アーサーはひたすら食べ物を口に運んだ。時折むせながらも、手は食べ物を口に運ぶことをやめない。お盆いっぱいにあった食事はあっという間になくなってしまった。

コップにたっぷり入っていた水を飲み干し、ソファーに倒れこんだ。ふうっと目を閉じ、このまま眠ってしまおうかとアーサーは思ったが、ふと、少女が出て行った扉を見つめた。アーサーは起き上がり、少女の出て行った扉を開けた。

そこは、外に繋がっているのではなく、別の建物に繋がっていた。

アーサーは廊下を歩き、その建物の中に足を踏み入れた。

そこは、教会だった。

街の人だろうか、数人が椅子に座り、祈りをささげている。少女は、教壇の上に立ち、老人や子供と会話をしていた。その姿を見つめていたアーサーと少女は目が合い、先程と同じように笑みを浮かべた少女がアーサーの元に駆け寄ってきた。

「もう食べ終わったの?よっぽどお腹が空いていたのね」

「貧相な食事ではあったが、空腹を満たすにはちょうどよかった」

その言葉を聞いて、祈りを捧げていた数人が、アーサーをちらっと見た。

また、私はひどい言い方をしたのかもしれないとアーサーは思ったが、彼には何が良い言い方なのか悪い言い方なのかもはや分別がつかない。

しかし少女は相変わらず笑みを崩さなかった。

「そう?じゃあよかったわ」

よく見ると彼女は、シスターの格好をしていた。

「貴様、シスターだったのか?」

また、教会にいた数人がアーサーをちらっと見た。

「ええ。そうなの。あと少しだけ待ってくれる?もう終わるから」

少女は教壇に駆けて行き、また街の人たちと会話をし始めた。アーサーは教会の椅子に座りその姿を見ていた。

(気を失う前、たしかあいつが現れて・・・だめだ。思い出せない。

そういえば、なにかつぶやいていたような気もする。)

しかしそれがなんだったのかアーサーはやはり思い出せなかった。




1人、また1人と教会に来ていた人々は家に帰っていった。最後の1人が教会から出て行った時、少女はアーサーの元に駆け寄った。

「ここはお前の教会なのか?」

「ううん。ここは、私の恩人の教会なの」

「恩人?」

「ええ。私もあなたと同じように・・・」

少女は、じっとアーサーを見つめた。

「あなた、この辺の人間ではないわね」

「なぜわかる?」

「瞳の色が違う。この辺りの人は、瞳の色が青いの。あなたの瞳の色は金色だから」

アーサーは少女の瞳を見つめた。確かに少女の瞳は綺麗な青い色をしていた。

「そう言えば名前を聞いてなかったわね。なんて名前なの?」

アーサーは怪訝そうな顔で少女を見た。

「貴様のような下民に名など名乗りたくない」

アーサーはそう言ってから自分が失言したことに気がついた、というよりも思い出した。

以前同じ発言で、友人を酷く怒らせ、押し倒されたことを。

「あっそう。言いたくないなら言わなくていいわ」

少女は軽くそう返した。

「貴様、私の言葉に何も思わないのか?」

少女は不思議そうな顔をしてアーサーを見つめた。

「何を?」

「だから私の」

アーサーの背筋に寒気が走り、くしゅんとくしゃみが口から飛び出した。

少女はそんなアーサー見て優しく微笑んだ。

「ここは冷えるし、家に戻ってゆっくり話しましょう?」

そう言って、ドアノブに手を掛けかけた時、少女は思い出したように言った。

「あ、私こそあなたにまだ名前を言ってなかったわね」

少女はアーサーに振り返った。

「私の名前はアロア。よろしく」


ランスロット

 (アーサーは俺のことをどう思っているのだろう。

友を殺した裏切り者ってとこか。)

「騎士団長!ランスロット団長!」

ランスロットは、鬱陶しそうに声がする方を睨んだ。部屋の扉の前で、足を揃え、ピンと背筋を伸ばした背の高い男が立っていた。

見たことのない男だ。新しい伝令か?

しかし、彼の見事な背筋はランスロットの鋭い眼光に萎縮し、少し縮こまった。

「すみません。なにか考え事でも、されていたのですか?」

「別に何もない。何の用だ?」

男は失礼しますと言い、部屋に足を踏み入れた。暖炉の前で椅子に腰掛けているランスロットの側に寄り、また足を揃え、ピンと背筋を伸ばした。

「行方をくらましているアーサー王子のことですが、何でも西の果ての街の国王軍が目撃したとの情報が」

「目撃?捕まえられなかったのか?」

「目撃をしただけだという話です」

ランスロットはうーんとうなった。

「変な話だな」

背筋のまっすぐな男は不思議そうな顔をした。

「変な話・・・でしょうか?」

「報酬はでているのだろう?」

「はい。もちろん」

「じゃあ、やっぱり変だ」

「そうでしょうか。国王軍の者が、王子を捕らえるのは恐れ多いと思ったのかもしれません」

「お前、忘れたのか?逃亡者が王子であることは騎士団にしか伝えられていない。ど田舎の国王軍は何も知らないはずだ」

「では、王子が応戦して、国王軍が負けてしまい、見栄を張るために目撃しただけと嘘をついた・・・ということでは?」

「いや、絶対にそれはない」

「なぜです?一国の王子ですよ!そう簡単には捕まらないでしょう」

ランスロットは、ふと思い出した。初めてアーサーに出会った日のこと。アーサーの偉そうな態度に腹が立ち、少し肩を押しただけで彼が吹っ飛んで行ってしまったこと。

(まだほんの1年前のことなのに。)

ランスロットはそのことを思い出し、少し頬を綻ばせた。

「アーサーは、弱いんだよ。田舎の国王軍でも、簡単に捕まえられるくらいにな」

「え?」

背筋の良い男は驚いてまた、背筋が縮こまった。

「王子たるもの鍛えられているものだとばかり思っておりました」

「お前、何も知らないのか?」

「え?」

「この城で流れている噂も知らないのか?」

「噂ですか?その・・・恥ずかしながら、私、この城に友人というものがおりませんでして・・・」

ランスロットは吹き出した。

「なんだ、お前配属されたばかりなのか?」

「はい。王様のお眼鏡に叶いまして、1週間前に騎士団の一員にさせて頂きました」

「ほお」

「なので、噂というものは聞いたことがございません」

「そうか」

ランスロットは何か少し考えた後、椅子から立ち上がり、机に向かった。

「あの、ランスロット団長?」

「少し待て」

ランスロットは、机の上に無造作に積み上げられた紙やら本やらの中から真っ白な用紙をひっぱり出し、ペンを執った。

数分後、彼は、その用紙を封筒に入れ、男に差し出した。

「お前に仕事をやる」

「仕事ですか?」

「私への伝令ばかりでは面白くなかろう。これを届けて欲しい」

男は封筒を受け取った。宛先も何も書かれていない。

「これをどこに届ければよろしいのですか?」

「旧王族のグウィネヴィアに届けてくれ。」

「旧王族の方に・・・ですか?」

「ああ。私の古い友人だ。それから、このことは誰にも話すなよ」

「誰にも?」

「友人のいないお前にこそできる仕事だ」

男は少しむっとして、ランスロットを睨んだが、ランスロットに軽く睨み返されてまた背筋が縮こまった。

「ランスロット団長。この仕事をするには、条件があります」

「条件?」

男は背筋を真っ直ぐにし、ランスロットを見つめた。

「私に噂の内容を教えてくださいませんか?」

ランスロットはまた吹き出した。

「そんなことが条件か」

「はい!」

「あー悪かったよ。お前に友人がいないと言ったから落ち込んでいるのだろう?だが、大した噂ではないぞ」

「内容は関係ありません」

男はランスロットを睨んだ。さっきと違い、彼の目には光が宿っていた。

「皆が知っていて私が知らないというのが問題なのです」

ランスロットは、睨んできた男の顔が誰かに似ているような気がした。

気弱な男かと思ったがそうでもないようだな。

「いいだろう。噂ってのはな」

ランスロットは、じっと男の目を見つめた。

「現王であるウーサー王が偽王ではないかというものだ」


アロア

(似ている・・・というよりも、彼が生きていたらきっとこんな姿だったはず。)

アロアは目の前で雄弁を振るう少年をじっと見つめていた。

本当は泣き出したくて、問いただしたくてたまらなかった。

そんな気持ちでいたものだから少年が語った話は、アロアの耳にはほとんど入っていなかった。

「おい、貴様、聞いているのか?」

アロアは、はっと我に返る。

「え?ええ。聞いているわよ。だから、えっと、苦労したのよね?故郷を出てから、行く先々でひどい扱いを受けて」

少年はむっとした。

「だからそこからの話を今、していたのではないか」

「悪かったわ。少し考え事をしていたの。もう一回話してくれない?」

少年は舌打ちをしつつまた話を始めた。

「故郷を出た私にはどうしても守らなければならないものができた」

「守らなければならないもの?」

「これだ」

少年は、細長い荷物をアロアの前に置いた。

「これが?」

「これは、訳あって国王軍に狙われている。これを守るために私は用心棒を雇いたかった。だが、どの店でも私に用心棒を雇わせてはくれなかった。金ならあるというのに」

「まあ、素性のわからない子供に用心棒を雇わせたくはないわよね」

「大金をはたくと申し出たのに?」

「大金をはたく子供なんて尚更怪しいわよ」

アロアは少年の荷物を見つめた。縦に細長いその荷物はまるで槍か剣でも中に入って

いるようだった。

「ねえ、これ中身は何が入っているの?」

アロアが少年の荷物に手を伸ばそうとした。

「触るな!」

少年が叫んだ。

「これのために用心棒を雇いたいのに中身も見せてくれないの?」

「中身は誰にも教えない」

「そりゃますます怪しくて誰も雇えないわけね」

少年はむすっとしながらも話を続けた。

「だから、貴様に呼んで欲しいのだ」

「呼ぶって何を?」

「あの時・・・数人の国王軍に囲まれた時、私を助けてくれた奴を用心棒に雇いたい。そいつを、ここに呼べ」

アロアはきょとんとした顔で少年を見つめた。

「なんだ?貴様の知り合いなのだろう?」

「えっと、あの時あなたを助けた人を呼べと言っているのよね?」

少年は少しいらついたようにちっと舌打ちをした。

「さっきからそう言っている」

「あーそうよね。じゃあここにいるわ」

少年は、きょとんとした顔で目を瞬いた。

「だから、私なのよ。あなたを助けたのは」

「お前が私を看病したことはわかっている。そうではなく国王軍に囲まれた時、助けてくれた」

「だからそれが私なんだって」

アロアは少年の言葉を遮った。

「は?」

「私が、あなたを国王軍の連中から助けて、ここまで運んで看病した。以上」

少年はまた目を瞬いた。

「いや・・・不可能だ・・・!女のお前が数人の国王軍を倒すなんて。そして1人でここまで運んでくるなんて、絶対不可能だ!お前のような奴ができるのは看病くらいだろ!」

「と言われてもね。本当のことだから仕方ないわ」

「う、嘘をつくな!私を騙しているのだな。すべて自分の手柄にしようとしているのか!なんて卑劣な。これだから田舎者は嫌なのだ。いやらしい!」

「まあ、落ち着きなよ。今お茶入れるしさ、ちょっとゆっくり話しましょう?」

アロアは少年の暴言に全く動じることもなく部屋の奥に行き、ポットに水を入れ始めた。

「それよりさ、あなたいい加減名前・・・」

ふと少年の方を見ると、少年が何かぶつぶつ言いながら荷物を抱えて部屋を出て行こうとしていた。

「あ、ちょっと!」

追いかけようとしたが、アロアの肘が洗いたての食器に当たり彼女の行く先を粉々になった食器が塞いだ。

アロアが足元を見つめている間に扉が大きな音で閉まる音がした。


アーサー

アーサーは誰もいない夜の街をあてもなく走っていた。

(あの女・・・嘘まで付いて私に恩を売りつけたかったのだな。)

ある程度走るとアーサーは疲れて、俯き、膝に手をついて息を吐いた。

(こんなところにはいたくない。)

どの街に行っても相手にされず、冷たく扱われていたアーサーは、かつていた友が恋しくてたまらなかった。一年前、今と同じように城を飛び出したアーサーだったが、あの時は友が3人もいた。

(ガウェイン。貴様ならどうする?)

かつての友にアーサーは問いかけた。答えなど返ってくるはずもないのに。

「こんなところにいたんだな?探してたんだぞ?」

アーサーははっと顔をあげた。そこには、鼻に包帯を巻いた男が立っていた。

しまったとアーサーが思った時にはもう遅かった。頭に雷が落ちたような衝撃が走って、そのまま目の前が真っ暗になった。

   

グウィネヴィア

 渡された手紙を読んでグウィネヴィアは涙を流した。

(そうか。ガウェイン、ランスロット。あなたたちは、決めたのね。

アーサーを支えるって。

それにしても剣が見つかってよかった。

でも、あのアーサーがひとりで逃げるなんて・・・大丈夫なのかしら。)

「あの、グウィネヴィア様?」

グウィネヴィアは涙を拭った。

「ごめんなさい。つい涙がこぼれてしまって」

手紙を届けに来た背筋のよい男にグウィネヴィアは微笑んだ。男はグウィネヴィアの美しい顔に照れて背筋が縮こまった。

「ランスロット団長にご返事を書かれますか?」

「ええ。もちろん。でもその前に、城内が今どうなっているか教えてくれない?王子が逃亡して、荒れているのでしょう?」

「はい。城内は大荒れです。ただ、王子が逃亡したことは、城内の人間と王都の一部の貴族、そして騎士団にしか知らされておりません」

「じゃあ私は知ってはいけない情報だったかしら?」

「いえ!そのようなことは!グウィネヴィア様は先代の王のご息女でおありの旧王族の方ですから、むしろ知っていて当然というか、知っていただきたいというか、ええっと」

グウィネヴィアは吹き出した。

「わかったわ。わかったから。あなた、おもしろいのね」

「い、いえ、そのような」

男はさらに背筋が縮こまった。

「しかも城内では現王が偽王ではないかという噂も飛び交っていまして」

男はしまったという顔をした。

「し、失礼しました。王を侮辱するようなことを」

グウィネヴィアはふっと微笑んだ。

「大丈夫よ。本当のことだもの」

グウィネヴィアがあまりもあっさりそう断言するものだから、背筋の良い男は驚きすぎてなかなか言葉がでなかった。

「な、な、なにをおしゃって・・・ウーサー王が偽物なはずが。ただの噂ですよ・・・ね?」

グウィネヴィアはきょとんとした表情で男を見た。

「あら、ランスロットから何にも聞いていないの?」

「私は手紙を届ける役目を仰せつかっただけで」

「まあそうだったの?私のところに使いをよこすなんて初めてだったからあなたはかなり信頼されている部下なんだと思っていたわ」

「私はただ城内に友人がいないためこの仕事を任されただけです」

「へえ。最近配属されたばかり?」

「ええ。王様の御眼鏡に叶いまして・・・」

「ふーん」

男がじっとグウィネヴィアを見つめた。グウィネヴィアは、男と視線を合わさず、窓の外を見つめた。長い沈黙が続いた。時計の針の進む音しか聞こえない室内。男は相変わらずグウィネヴィアをじっと見つめ、グウィネヴィアは窓を見つめる。

遂に耐え切れなくなって口を開いたのは窓を見つめていた方だった。

「さっき言ったことは嘘よ。城内で流れている噂はデマだわ」

「しかし、先ほどグウィネヴィア様ははっきり断言されました。噂は本当だと」

「あれはつい会話の流れで・・・」

男がまたじっとグウィネヴィアを見つめ始めた。グウィネヴィアは、はあっと大きなため息をついた。

「もう。わかったわ。だからそんな怖い顔で睨まないで!」

「やはり噂は本当なのですね!」

グウィネヴィアは椅子に肘をついた。

ランスロットに怒られるわね。でも知っている仲間は多い方がいいし。

グウィネヴィアはちらっと男を見た。

こんなひょろっとしているけど一応騎士団だし、まあいいか。

「言っておくけど」

グウィネヴィアは男の目をじっと見つめた。

「この話を聞いた以上、命が狙われるかもしれないわよ?それでも聞きたい?」

男はグウィネヴィアから視線を外し、ぼそぼそとつぶやいた。

「王が偽物であることなどこの王国ではありえない。しかし」

男はにっと笑い、グウィネヴィアの目を見つめ返した。

「私はただ、自分が知らないことがあることに耐えられません」

グウィネヴィアはそのにやついた顔が誰かに似ているような気がしたが思い出せなかった。


アーサー

 (体が動かない。ここはどこだ?)

「この剣・・・」

「これは・・・」

「王の・・・」

真っ暗闇にいるアーサーの耳に話し声が入ってきた。重い瞼を開けると薄暗い闇の中に冷たい床と壁があった。体を起こそうとしたが、手と足が縛られていてうまく動けない。

アーサーは自分のまわりを見回した。

(荷物がない!)

「おい・・・気がついたようだぞ」

足音が近づいてくる。振り向くと鉄格子の中に数人の国王軍がいた。

いや、そんなはずがない。鉄格子の中にいるのは私の方だ。

「よう。起きたか?」

鼻に包帯を巻いた男がにやつきながら話掛けてきた。

(またこいつか。)

アーサーは舌打ちをした。その様子を見て男は顔を真っ赤にして怒った。

「お前・・・!俺達をこんな目に合わせてただで済むと思うなよ!国王軍を相手にしたこと後悔させてやる。死にたくなるくらいにな」

(俺達?)

アーサーは、国王軍の男達を見回した。よく見ると彼らは傷だらけだった。中には松葉杖をついている者もいた。

「あの女も捕まえて後悔させてやる」

(女?)

「だが、その前に、お前に聞きたいことがある」

男は鉄格子を開け、アーサーの目の前に彼の荷物を突きつけた。

「この中にすごいもんが入っていた。おい、持ってこい!」

男が一人部屋の奥から出てきた。彼の手には、鋭い刃の付いた大きな剣があった。

「王命で、城から大切な剣が盗まれたとは聞いていたが、まさか」

「選定の剣だ」

アーサーが男の言葉を遮り、睨んだ。

「汚い手で触らないほうがいいぞ。それは本物だ」


   グウィネヴィア

 「剣です」

グウィネヴィアの、まずは、あなたが一番疑問に思っていることを教えて?という質問に男は即答した。

「王を選ぶ選定の剣のことね」

「この国では、剣が王を選びます。だから選定の剣をウーサー王が持っている以上ウーサー王は本物です」

「偽物だとしたら?」

背筋の良い男はグウィネヴィアの問いかけに首をかしげた。

「剣が偽物?そんなこと絶対ありえません。剣は代々この王国の王になる人間にしか石から引き抜くことができない剣なんですよ。ウーサー王が剣を持っている時点で王に決まっているではないですか」

「偽物を作ることができれば騙せるわ」

「それも不可能です」

「なぜ?」

「剣を引き抜く話以前に、見つけ出すことができるのは選ばれた王だけだからです。そして剣には、代々王室の紋章が掘られていて・・・ってグウィネヴィア様はご存知のはずでしょう!」

グウィネヴィアはくすくすと笑った。

「ええ。全部知っているわ。先代の王が死ぬと王の剣は消えて、石に刺さった新しい剣が出現する。その剣を見つけ出し、引き抜くことができる者は次の王だけ。で、剣を見つけ引き抜いた王は、先代の王が残した紋章と剣の紋章を適合させて晴れて新王が誕生する。ぜーんぶ知っているわ?」

「ではやはり不可能ではないですか!ウーサー王は歴とした王ですよ」

「いいえ。偽物よ」

男は少しむっとしたが、あることに気がついた。

「まさか・・・先代の王から紋章を教えてもらいウーサー王が偽物を作らしたとか」

グウィネヴィアの顔から笑みが消えた。

「お前、私の父を愚弄するの?」

今までの鈴を転がしたような声とは正反対の低い声。男は驚いて頭を下げた。

「も、申し訳ございません!つい、口が過ぎました」

「父は、そのようなことをする人ではない。もちろん父の前の王もその前の王も。

剣に選定された王はみな王の素質というものを持っている方たちだもの」

男はおそるおそるグウィネヴィアの顔を見た。その顔には笑みが戻っていた。

「で、ではどうやって偽物を?」

「簡単なことじゃない?本物を見て作ればいいのよ」

男はぽかんと口を開けた。

「本物を?でも、剣を見つけ出すことができるのは選ばれた王だけなはず。一体どうやって剣を見つけ出したというのですか?」

グウィネヴィアは大きく伸びをした。

「ここから説明すると長くなるのよね。後の事はランスロットに聞いてくれる?ちょっと、疲れちゃったわ。眠くなる前に返事も書かないといけないしね」

(ここからの話は簡単に話していいものではないし。あとはランスロットの判断に任せるわ。)

グウィネヴィアは机に向かい始めた。

「まってください!あとひとつ・・・あとひとつ引っかかていることがあるんです!」

「何?」

グウィネヴィアは小さなあくびをしながら引き出しから紙とペンを取り出した。

「なぜアーサー王子はウーサー王の剣を盗み出したのですか?」

グウィネヴィアはその言葉を聞いて思わすペンを持った右手に力が入った。

「今、なんて?」

「ですからなぜ王子はウーサー王の剣を盗みだしたのですか?グウィネヴィア様の言うことが本当ならその剣は偽物のはず。王子は一体何をする気なのでしょうか」

「城内ではそういうことになっているの?」

「え?」

「アーサーがウーサー王の剣を盗んだことになっているの?」

「はい。騎士団への王命ではそう出ています。国王軍には王子の正体と選定の剣のことは公表しておりませんが」

その時ビリっと何か破れる音が聞こえた。

「あの・・・グウィネヴィア様?」

「アーサーの持っている剣は本物よ」

「え?今なんと?」

グウィネヴィアは椅子を回して男の方にゆっくり振り向いた。

「アーサーこそ剣に選ばれた王なのよ」

彼女の背後の机の上には黒いインクがにじんで破れている手紙があった。グウィネヴィアは怒りで体が熱くなっているのを感じた。

(ウーサー王はそこまでして今の地位を守りたいのか。)


   アーサー

「ひいつ!」

アーサーの言葉を聞いて、剣を持ってきた男は思わず剣を床に落とした。

床にキーンと甲高い音が響いた。

国王軍の男達は、ざわざわと騒ぎ出した。

「・・・呪われる」

「殺される・・・」

「・・・触ってはいけない」

アーサーの耳にそんな言葉が入ってきた。

「騒ぐな!黙れ!」

鼻に包帯を巻いた男は怒鳴り、落ちた剣を拾いあげた。

「まさか城から盗み出した剣が選定の剣だったとはな。田舎の軍に何も教える必要はないってことか」

「おい!触らない方がいいぞ!もしそれがあのガキの言うとおり本物なら」

「ああ。わかってるよ。選定の剣は選ばれた王以外が使おうとすると呪われる。だろ?」

鼻に包帯を巻いた男は右手で剣を掲げて見上げた。

「ちょっと見るぐらいなら呪われやしねえよ」

剣の刃はとても美しく輝き、鏡のように透き通っていたため、包帯を巻いた男の顔が刃に映った。剣の美しさに男はすっかり見惚れているようだった。

「返せ」

「すげえな。さすが王の剣だ」

「返せ」

「おい!次は俺にも触らせろ!」

「なんだよ。お前さっきまでびびってたくせに」

「返せ」

「王都に行ってもそうそう見られるものでもねえぞ!」

「王の騎士団でもきっと見たことないはずだ」

「返せ!」

アーサーが叫んだ。

男たちは一斉に鉄格子の中を見た。普通なら国王軍の男達の鋭い眼光に睨まれると、怯んでしまうものだが、アーサーは剣を奪われた怒りでいっぱいだったため恐怖など何もなかった。

「返せ」

鼻に包帯を巻いた男は剣を近くにいた男に手渡し、アーサーに近づいてきた。

「あれは王の剣だろ?」

「返せ」

「盗んだ物は自分の物だと勘違いでもしているのか?」

「返せ」

「嫌だね」

鼻に包帯を巻いた男の足がアーサーの腹をえぐるように蹴り上げた。ものすごい痛みが腹から全身へ走った。

「お前を騎士団に引き渡して、報酬をもらわないといけねえからな。殺しはしねえけど」

男はまたアーサーを軽々と蹴り上げた。アーサーは蹴られる度に息ができない。

「王様のものを盗んだ罰は受けないとなあ」

男がにやっと笑いアーサーを見下ろした。それは相手に恐怖を植え付けさせようとする顔だった。しかし、アーサーはそんなことに怯むような人間ではない。自分勝手に生きてきた人生だったからこそ、自分の思い通りにならないことは本当に腹立たしかったのだ。例え、相手の方が自分より強い人間だとしても。

「返せ」

鼻に包帯を巻いた男から笑みが一瞬で消えた。男は右手でアーサーの胸座を掴み、振り上げた左手で彼の顔を殴ろうとした。

しかしその時、ドンっという大きな音が響いた。

   

アロア

 扉を軽く押すつもりだったが、中から物騒な話が聞こえてきたため、アロアは勢い余って扉を強く押してしまった。扉は、そのまま客を招き入れるように開くのではなくドンっと大きな音を立てて倒れてしまった。倒れた扉の先には国王軍の派手な制服を着た男達が驚いてこちらを見つめていた。しかし、アロアには国王軍の男達など目に入らない。彼女の目には鉄格子の中で胸座を掴まれた状態の少年しか目に入ってこなかったからだ。

アロアは思い出していた。かつての親友が殴られた時のことを。

ただ彼が殴られているのをアロアは見つめることしかできなかった。怖くて国王軍に立ち向かうことができない自分が悔しくて悔しくてたまらなかった。

だからこそあんな思いは二度としたくないと思い、強くなろうと決めたのだった。

(ああ。私はこの日のために強くなったんだ。)

そう思った瞬間、アロアは地面を蹴っていた。

「自分が決めたことに責任を持ちなさい」

アロアは恩人の言葉を呟いた。

気持ちが、体が、軽くなるのを感じる。

自分で決めたことに責任を持つこと。

アロアは決断していた。

(ここにいる国王軍全員をやっつける。)

アロアの鋭い蹴りが国王軍の一人の顔面に入った。

「あ、あいつだ!あの時の女だ!」

顔面を蹴られ、倒れた男の横にいた男がアロアを指差して叫ぶように言った。

その指に向かってアロアは上から蹴りを入れた、アロアを指していたはずの指が、床を指していた。

「うわあああ」

男は自分の指をみて叫んだ。アロアの勢いは止まらない。後ろから襲ってくる男達にもアロアはすかさず蹴りを入れる。その姿はまるで踊っているようだった。

「押さえつけろ!」

誰かがアロアの腕を掴んだが、アロアの強さは脚だけではない。大きな扉を倒してしまうくらい腕の力も強かったのだ。しかし、ここにいる国王軍の男達は扉が倒れたこととアロアの強さを結びつける余裕はなかった。

アロアは掴んできた腕を簡単に振り払い、男の顔面を殴った。

その時アロアは、鉄格子の中にいる少年と目が合った。驚いている少年の顔がなんだかとても懐かしかった。

(本当によく似ている。)

アロアはまだ止まらない。立ち向かってくる国王軍の男達を次々と倒していく。

ふと少年がいる鉄格子をもう一度見た時、アロアの動きが止まった。少年がいなくなっていたのだ。アロアは周りを見渡して親友の面影を探した、彼女の視界の端に少年を引きずり、逃げようとする男の姿が映った。その姿を捉えた瞬間からアロアは地面を蹴って少年を助けるべく走り出していた。

少年は男に抵抗しようとして、男の腕に噛み付いた。そのことで怯んだ男をアロアは蹴り飛ばした。男はそのまま地面に倒れた。男の鼻には包帯が巻かれており、左手には大きな剣があった。

「本当だったのか」

アロアの足元から声が聞こえた。

「本当だったのよ」

アロアは微笑み、少年を拘束していた縄をほどいた。

「何度言っても信じてくれないから直接証明しに来たわ」

「それだけのためにか?」

アロアは少年をじっと見つめた。今にも問いただしたくなる。

(生きていたの?ネロ。)

アロアは下を向いて涙をこらえる。

(わかっていることだ。この人はネロじゃない。ネロはもう死んだ。もういない。)

「おい!何をしている?」

アロアは、はっと顔を上げて少年を見た。

「私を助けに来たのだろう?早くここから連れ出せ」

アロアは思わず吹き出した。

「な、何だ?貴様、気でも狂ったのか?」

(あのネロが暴言を吐く姿が見れるなんて。ネロじゃないけど。なんだか面白い。)

少年が怪訝そうな顔でアロアを見つめた時、倒れた扉の向こうから大勢の足音が聞こえてきた。

少年は舌打ちをした。

「応援が来たか」

「逃げましょ」

少年は男の左手から剣を取り上げた。二人がその場から立ち去ろうとした時、少年の足を倒れていた男が掴んだ。

「逃がさねえ・・・お前らを引き渡してやる」

少年は足を掴んでいる男の腕を何も言わずじっと見つめた。

そして無言のまま右手で握っていた剣を振り上げた。

「俺の腕を切る気か?無駄だ。選定の剣は王にしか使えな」

男の言葉を遮るように少年は刃を振り落とした。

アロアは黙ってその様子を見つめていた。

男は腕を引く暇もなく刃が落ちてくるのをぽかんとした顔で見つめていた。

刃が腕を真っ二つに斬った。かと思われた。

アロアは男の腕の上にある刃を見つめた。刃は確かに勢いよく男の腕に振り落とされた。

しかし腕はしっかり繋がったままだった。男は状況が飲み込めていないようで自分の腕をただ見つめていた。

アロアの横で少年がなにかつぶやいたが、近づいてくる足音のほうがアロアにはよく聞こえた。

(これ以上ここにいたらまずい。)

アロアは少年の足を掴んでいた男の腕を蹴り上げた。男は叫び声をあげて腕を押さえた。

その上更に、腹を一発殴ったため、男は低いうめき声をあげて気を失った。アロアは気を失った男を少し見下ろした後、軽々と男を担ぎ上げた。

少年はまた怪訝そうな顔をしてアロアを見つめる。

「貴様、そいつを連れて行く気か?」

何事もなかったかのように話しかけてきたので、アロアもそれに応える。

「人質にでも使えるかと思って」

「こんな奴、人質の価値もない」

「まあ気休めだと思ってさ。それに」

アロアはにっと微笑んだ。

「こいつを教会まで運ぶことができたら、看病しかできない女って思われなくて済むし」

少年はむっとした顔をアロアに向けた。


   アーサー

 おかしな光景を見ている。

シスター服の少女が気絶した大きな男を軽々と担ぎ上げて真夜中の街の通りを歩いている。アーサーは、ふと後ろを振り向いた。人一人歩いていない暗い道。冷たい風がアーサーの横を通り過ぎた。

(追っ手は来ていないようだな。)

やがてアロアと出会った教会に帰ってきた。ここで助けられてからまだ1日もたっていないのに、この教会がとても懐かしく感じた。

教会を見上げるアーサーは剣を持つ右手に力を込める。

(やっぱりだめだったか。)

アーサーは小さく息を吐き、異様な光景の影を追って教会に入った。


   アロア

 アロアはソファーの上に男を寝かせた。

「俺の時もこうやって運んだのだな」

「やっと認めてくれた?」

「貴様、何者なんだ?」

少年は、アロアを睨みつけた。アロアは少年を見つめ返す。

それは、懐かしい光景だった。

あの時もアロアはこうして恩人のシスターと見つめ合った。

「私ね、昔、親友を見殺しにしたの」

少年の体がびくっと動いた。

「見殺しにした?」

アロアは目を伏せた。

「彼が死んでから辛かった。自分を責めるしかなかった。気づいたら、故郷を出て色んな街を転々としていたの。でもこの街に着いた時に、遂に倒れてしまって。この前のあなたと同じよ」

アロアは少年に微笑んだが少年は表情を変えない。

「倒れた時に、ああやっと死ねる、私の罪はこれで償われるって思ったの。でも、結局死ねなかった。ここの教会のシスターに助けてもらったから」

アロアは思い出す。あの時のことを。




 行き倒れていたところをシスターに助けてもらい、数日が過ぎた。

アロアの体力はもう十分動けるまでに回復していたが、動く気力が彼女にはなかった。

ぼうっと窓の外を見つめていた時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「入りますよ~」

明るい声と同時に扉が開く。美しい青い瞳をしたシスターがアロアに微笑んだ。

「この前に比べて顔色がかなりよくなったわ。もう、どこにでも行けるわよ」

アロアはその言葉を聞いて思った。

(どこへ?どこへいけばいいの?)

「どこでもいいわよ」

アロアははっと顔を上げて、シスターを見つめた。

また心を見透かされた気分になった。

「なんならここにいてもいいわ。でも、あなた今、何もしたくない、そんな気持ちでしょ?」

アロアは俯いた。

「自分が嫌い?」

アロアは更に俯いた。

「少し昔の話をしましょうか」

シスターはアロアのベッドの横にある椅子に腰掛けた。

「昔ね、私ひどい過ちを犯したことがあったの。その時は本当に自分を責めた。今のあなたの様に自分が大っ嫌いだった」

アロアは俯いていた顔をゆっくり上げて、シスターを見つめた。

その時、アロアは初めてシスターの顔をしっかりと見たのだった。

美しい青い瞳に、白い肌、赤い唇、ただただ美しかった。アロアは思わずその顔に見惚れてしまった。シスターは顔を上げたアロアに優しく微笑む。

(それでどうしたの?)

「それでどうしたの?」

アロアは思ったことが口に出ていて驚いた。もしかしたらさっきの疑問も口に出ていたのかもしれない。

シスターは話を続ける。

「ずっと自分の犯した過ちから少しでも逃げたくてたまらなかった。でもね、私の過ちは大きすぎて逃げたくても逃げられなかったの」

そう言ったシスターの顔は笑っていた。

この人は、一体どんな過ちを犯したのだろう。

アロアはそう疑問に思ったが、なぜか聞いてはいけないような気がした。

「だからずっと自分を責め続けていた。死にたくなるくらい。でもね、ある日、ふと思ったのよ。過ちを犯そうと決めたのは自分だって。もちろん、初めからそれが過ちになるってわかっていたら、そんなことをしなかったわ。でも、結局過ちを犯したのは自分。それを決めたのも自分。そう思ったらなんとかなるような気がしてきたの」

「なんとかなるって?」

「責任を持つこと」

アロアはきょとんとした顔でシスターを見つめた。

「自分で決めたことに責任を持つこと。それが簡単にできるような気がしたの」

責任なんて重いものでしかないとアロアは思った。

ましてや目の前にいるこのシスターは逃げたくても逃げられない過ちを犯しているわけなのだから。

シスターはアロアの疑問に応えるように話を続ける。

「自分で決めたことって、自分でどうにかできると思わない?」

シスターのその問いかけがアロアの頭の中でこだまする。

アロアは何も答えない。

「ずっと自分を責め続けていたけど、それって結局責任を投げ出していたのよね。あなたもそうでしょ?」

アロアを見つめるシスターの顔には笑みはなかった。

アロアはどんな顔をすればいいかわからず、シスターから目をそらした。

「あなたがあなたを今責めていることは、現実から逃げているだけじゃないの?」

アロアは一度外した視線をもう一度シスターに向けた。

その時、心の奥に閉じ込めていた思いがアロアの口をこじ開けて飛び出した。

「私は」

アロアは自分の思いを心の奥に戻そうとしたが、止めることができない。

「親友を見殺しにした」

アロアの口から次々と言葉が飛び出していく。

「全部見てた。彼が独りになるのも。彼がやつれていくのも。彼が村の人から冷たくされているのも。彼が国王軍から殴られていたのも。父が」

アロアの青い目に涙が浮かぶ。

「父が、彼に冷たくあたるのを」

アロアは涙を拭った。

「全部見てた。全部知ってた。なのに私は、ただただ彼が好きなだけで、何もできなかった。それだけじゃない。私が彼に会えば会うほど、父の憎しみが増えると知っていたのに、何度も彼に会いに行った。彼が飢えるその日まで」

アロアは俯いた。

「私は彼を見殺しにしたの。自分を責めて当然でしょう?」

シスターの問いかけがまたアロアの中でこだまする。

自分で決めたことって、自分でどうにかできると思わない?

「私は何も決めてない。だから自分でどうにかできることなんて何一つない」

シスターは首をかしげた。

「そうかしら」

アロアは俯いていた顔を上げた。

「さっきも言ったけど、私は初めから過ちになるってわかっていたら、そんなことをしなかった。でも、結局決めたのは自分。あなたもそうなのよ。彼を見殺しにするつもりはなかったけど、決めたのはあなた。そして彼も、それを受け入れた。だから・・・二人で決めていたのね」

アロアはシスターに心の中で問いかける。

(何を?)

「彼がいない世界をあなたが生きること」

心の中が真っ白になった。

アロアの目に意識なくかつての親友の姿が浮かび上がってくる。


夕映えの大聖堂を見つめる彼の笑顔は悲しく、でも、優しくて美しかった。

その横顔に恐れを感じてしまうほど。

夕映えに照らされた彼がアロアを見つめる。

貧乏人だって時には生き方を選べるんだ。

他の人がけちを付けられないほどえらくなるんだ。

そう言いた放った彼は、アロアに微笑み、言葉を続ける。

えらくなるか死んでしまうかだよ。アロア。




(こんなことになるなんて想像もしなかった。

私たちは、あの時全く違う未来を描いて2人で生きて行こうと決めたのに。)

シスターはアロアに言い放つ。

「こんな結果を全く望んでいなかったと思う。でもね、自分で決めたことって案外そういうものなのよ。だからどんなに情けなくても、辛くてもそれが自分の決めた道であるなら逃げてはいけない」

シスターはアロアの手を力強く握った。

「自分で決めたことに責任を持ちなさい」

アロアの目の前からかつての親友が消えていく。

「大丈夫。自分で決めたことは自分でどうにかできるから」

「どうして?」

「ん?」

「どうして自分で決めたことはどうにかできると思ったの?」

「それは・・・」

シスターはアロアに向けていた暖かい眼差しを自分の膝に向け、ぼそっとつぶやいた。

「大人になればわかる」

アロアはきょとんとした顔をしたかと思うと、ふっと笑い、吹き出した。

「それ世界で一番卑怯な答えよ」

シスターも吹き出した。

「確かにそうね」

二人の笑い声が部屋中に響き渡る。

(でも、きっとそういうことなのだ。

現実から逃げていてはいけない。

私はずっと自分のせいにして、誰かのせいにして、現実から逃げていたのだ。

自分で決めたことをどうにかできると思い込むだけでもいい。

とにかく前に進まなきゃ。

いつまでも子供ではいられない。)




と、ここまで話終わった時、アロアは話が思い出話に脱線していることに気がついた。

(質問の答えになっていなかったわね。)

しかし、問いかけの主は真剣にアロアの話を聞き込み、何か考え込んでいるようだった。

「それで?」

「え?」

「それで、貴様はどうしたのだ?」

文句の一斉射撃を彼からうけると思っていたアロアは拍子抜けした。

真剣な眼差しで見つめてくる彼の隣で、国王軍の男はまだ伸びている・・・様に見えた。アロアは男を視線の端に捉えながら真剣な眼差しに応える。

「私は、シスターのおかげで彼のいない世界で生きていく決心をしたの。でも、今のまま誰も守れない弱い自分じゃだめだと思った。それで、シスターに体術や剣の使い方や銃の使い方まで教えてもらって」

「おい、ちょっと待て」

「え?」

「そのシスターは体術や剣の使い方や銃の使い方を知っていたのか?」

「戦い方だけじゃないわ。彼女は知識も教養もとにかく全て兼ね備えていたの。だから私は、戦い方だけじゃなくて勉強も教えてもらったわ。この国の歴史とかもね」

アロアは、少年の右手にある剣に一瞬視線を落としたが、すぐに少年を見つめ直した。

「で、ある日、シスターの知り合いが病気になったとかで彼女が長く教会を空けることになったの。それで留守の間この教会を預かって欲しいって頼まれてね。で、今に至る」

「貴様、そんな怪しい女と暮らして何も思わなかったのか」

「全く?」

「貴様こそ変な女だな」

アロアはくすくすと笑った。

「さて、次はあなたの番よ?私がここまで話したのだから、あなたもせめて名前ぐらいは教えてくれるわよね?」

少年は、剣をアロアの目の前に置いた。

「これがあなたの荷物の中身だったのね?」

その剣の刃はあまりにも美しく澄んでいたため、鏡のようにアロアの顔を反射した。

アロアは思わず見惚れる。

「選定の剣ね?」

「貴様、やはり知っていたのか」

「私の先生は何でも物知りだから」

沈黙が流れた。

アロアは剣の美しさにまだ見惚れている振りをして、少年が口を開けるのを待った。

「私の名前は」

少年がぼそっと喋りだした。

「アーサー。アーサー・ペンドラゴン」

アロアは、はっと剣から顔を上げた。

「アーサーってこの国の王子と同じ名前」

「私がそれだ」

「それ?」

「この国の王子だ」

アロアは思わず、ああと声を上げていた。

「なんだ、その反応は?」

「いや、なんか納得しちゃって」

(どうりで偉そうな態度だと思った。)

その時、ソファーで伸びていた男がわずかに動いたのをアロアは視界の端でしっかり捉えていた。


アーサー

「私も貴様と同じだ」

「同じって?」

「友を見殺しにした」

アーサーは剣を見つめる。刃に映る自分と目が合った。

「この剣を見つけるために、見殺しにした。この剣は、王である父のものではない」

「あなたの剣でしょ?」

アーサーはアロアを見つめる。

「なぜそう思う?」

「だってさっきあなた剣を使ったじゃない。選定の剣って確か選ばれた王にしか使えなかったはずよね?」

アーサーは表情を変えない。

「だからそう思っただけ」

「だが、貴様も見ていただろう?こいつの腕を斬ることができなかった」

「でも、剣を使うことはできた」

アーサーを見つめるアロアの顔が微笑む。

アーサーは話を続ける。

「私は、生まれてから一度も城から出たことがなかった。城に篭って、ただ、食事を食べ眠るだけの日々だった。そんな退屈な日々が一年前、城の中で白髪の老人に会ってすべてが変わった。そいつは、私がこの国の真の王だと言ってきた。頭の狂った老人なのかと思ったが、城の中でその姿を見たのは私しかおらず、城の中を捜索させても誰ひとり見つけることができなかった。しかし、数日経った頃、私以外の3人の人間の前にも現れた。1人目は、この国の騎士団の一員だったランスロット、2人目は、先代の王の娘であるグウィネヴィア、3人目は、国王軍のガウェイン。この3人には、私と共に選定の剣を探すように言った。そして、私たちは・・・」

アーサーの目にふと初めて4人が揃った時の光景が蘇った。アーサーの偉そうな態度にランスロットは怒り、グウィネヴィアは呆れ、ガウェインは笑っていた。

まだ一年前の記憶なのにもうずっと昔のことのようにアーサーは思った。

「私たちは、剣を探す旅に出た。もちろん、父は、私が外出することを許さなかったから、私たちは父に見つからないように城を抜け出した」

アーサーは、旅のことを思い出すといつも胸があったかくなる。

(本当に楽しかった。辛いこともあったはずなのに。)

「だが、この旅で剣を見つけることはできず、私たちは追ってきた騎士団と国王軍に捕まり、全員バラバラになった。私は城に幽閉され、ランスロットは、私たちを裏切り、父の権力で騎士団の団長になり、グウィネヴィアは、父の命令で城から追放され、別の城へ。だが、ガウェインだけは、諦めなかった。私がもういいといっても聞かなかった。そして遂に剣のありかを見つけ出した。でも、そのことが父に知られ、殺された。私の目の前で」

アーサーは黙った。アロアも何も言わなかった。

アーサーは刃に反射して映る自分の顔をじっと見つめ、口を開いた。

「ガウェインと剣のありかまで行き、引き抜くことができたが、父が騎士団と国王軍を率いてやってきた。私をかばうためにあいつは父の前に出た。そして、殺された。騎士団の団長になったランスロットに」

アーサーの目にはガウェインが殺された時の光景が焼き付いていた。

隠れた物陰から見ていた。かつて共に旅したランスロットがガウェインの首を斬るところを。ランスロットがその時笑ったのをアーサーは見逃さなかった。

沈黙が流れた。アロアは、ずっと下を向いていたが、やがて沈黙を破った。

「剣は?剣があった場所はどこだったの?」。

アーサーは剣の刃に触れた。

「城内にあった。父は、剣が抜けないからと剣のあった場所に城を建てて隠していたんだ。私たちの旅は何もかも無駄だった」


   アロア

 (言葉が出ない。悲しい話だったから。

でも、本当は思っていだ。ずっと。ウーサー王は偽の王じゃないかと。)

アロアはかつてシスターからこの王国の王は代々、剣が選定することを教えてもらっていた。そして、選定された王は必ず王国を繁栄に導くことを。

(この国は繁栄なんてしていない。していたらネロは飢え死にすることはなかった。)

アーサーからの話を聞いてアロアは確信を持った。

ウーサー王は偽王である。

しかし、そうすると数々の疑問も沸いてくる。

ウーサー王はどうやって選ばれた王しか知らない剣のありかを知ったのか。

そもそも自分の子であるアーサーが本当は真の王だと知っていたのか。

そしてアーサーはなぜ選定の剣で人を斬ることができないのか。

疑問は考えれば考えるほど増える。

しかし、その前にすべきことがあるとアロアは思った。

「アーサー、この話、あなたが王だと預言した老人とあなたと旅した友達3人の他に知っている人はいないの?」

「いないはずだ。父は知った人間がいれば普通は殺そうとするはず。グウィネヴィアとランスロットを殺さなかったのは、使い道があるからだ」

「じゃあ、あなたもこの話を聞いてしまった以上、国王軍に戻ることはできないわね」

アーサーは、アロアの言葉の意味が理解できず、きょとんとした顔をした後、驚いてソファーの上の男を見た。

「貴様、起きていたのか」

ソファーで伸びていた男の体がびくっと動いた。

「これからどうする気?」

男ががばっと体を急に起こし、隠し持っていた銃をアロアとアーサーに向けた。

鼻に巻かれている大きな包帯が少しずれた。

アーサーは持っていた剣を男に向けた。男は声を上げて笑い出す。

「馬鹿め。王子だろうが王だろうがお前はその剣で人を斬れないのだろう。俺の方が優位ってことだ」

アーサーはそれでも剣を下ろさない。

「アーサー、剣を下ろして」

アーサーは驚いてアロアを見る。

「貴様、こいつの言いなりになるのか?」

「そうじゃなくて。ここで私たちが戦っても何の意味もないってこと。ずっと私たちの話聞いていたんでしょ?」

アロアは男を見る。男は何も言葉を発さない。

「さっきも言ったように王はアーサーの秘密を知った人間を生かそうとしないはずよ。よっぽど使い道がある人間じゃないと生かさないみたいだしね?」

銃を持つ男の手が少し震えたのをアロアは見逃さなかった。

「本当はもうわかりきっているのでしょう?このまま私たちを殺すか、生かして国王軍に引き渡すとしても、秘密を知っているあなたは殺されるって」

言葉を発しようとした男を遮るようにアロアは言葉を続ける。

「私たちを殺して逃げたとしても無駄よ。王は絶対にあなたを見つけ出す。たとえ地の果てに逃げたとしても」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「王の秘密など知らない振りをすればいい」

「私たちと一緒にいたのだから知っていても知らなくてもきっと殺されるわよ」

男を支えていた何かが消えていくのがアロアには分かった。

男は銃を持った手をぶらんとぶら下げて力なくソファーに座り込んだ。

「じゃあ・・・俺はどうすればいい。死ぬしかないのか」

男は手に持っている銃を見つめた。

「簡単よ。アーサーを王にすればいい」

アーサーと男は驚いてアロアを見つめた。

「貴様、何を言い出す?」

「アーサーが王様になれば全部収まることじゃない」

ふたりのぽかんとした顔がアロアを見つめた。

「私、間違ったこと言ってる?」


   ランスロット

 (あまりにも情けない。国王軍ともあろうものが、一人の少女に敵わないなんて。)

ランスロットは、王国の西の果ての街にある国王軍の基地にいた。

負傷した国王軍の男達を見るとなんとも情けない気持ちが次から次へと湧いてくる。

「ランスロット団長!」

背筋の良い男がランスロットの側に駆け寄り、案の定背筋をピンと伸ばした。

「少女の素性が判明しました。この街の教会のシスターです」

ランスロットは大きなため息をついた。

(剣士でもなんでもないまさかただのシスターだったとは。)

「そうか。で、名前は?」

「アロアです。シスター アロア」

「その教会に行こう。そこにきっとアーサーもいる」

「あの、ランスロット団長」

「なんだ?」

「少女と王子とあともうひとり国王軍の男が人質として捕らえられていると聞きました。この場合、少女と国王軍の男は捕らえるのですか?それとも」

「王子以外は殺すようにと王命が出ている」

背筋の良い男の背筋が縮こまった。

「ランスロット団長・・・それでよろしいのですか?」

ランスロットは男を睨んだ。

(こいつは以前グウィネヴィアが話したことを言っているのだな。)

「王命だから仕方がないだろう」

「しかし、本当はアーサー王子こそ剣に選ばれた・・・」

「お前、余計なことはここで話すな」

ランスロットは、グウィネヴィアの手紙を思い出す。

(味方は多いほうがいい。と手紙には書かれていた。

確かにグウィネヴィアのその考えも一理ある。だが、俺はこの男をまだ信頼できていない。

グウィネヴィアの奴、口を滑らせたな。)

「失礼しました。団長」

「お前、まだ騎士団に友人はいないのか?」

背筋の良い男はきょとんとした顔をした。

「恥ずかしながら、なかなか騎士団の中に溶け込めずにいまして」

「グウィネヴィアから色々話を聞いたらしいな」

男は驚いてランスロットを見た。

ランスロットは小さく息を吐いた。

「外に出よう」


外は、まだ夜明け前だった。ふたりの顔に冷たい風が突き刺さる。

「なりゆきでグウィネヴィアは話してしまったようだが、俺はまだお前を信頼していない。だから全てを話すことはできない」

ランスロットの口から白い息が漏れた。

「まだ私は配属されたばかりですし、当然です」

「まあ、お前が今疑問に思っていることひとつぐらいなら答えてやる」

男は驚いて背筋が伸びた。

「よろしいのですか?」

「ひとつだけだぞ」

「はい。あの・・・選定の剣のありかのことです」

「ありか?」

「グウィネヴィア様のお話が真実であれば、ウーサー王は元々剣のありかを知っており、その剣を見て偽物を作ったことになります。しかし、剣のありかを知っているのは、剣に選ばれた王だけのはず。では、ウーサー王はどうやって剣のありかを知ったのですか?」

ランスロットは思った。

(そう。全てはそのことから始まった。)

「預言者だよ」

「預言者?」

「俺も知らなかったのだが、剣のありかは代々預言者が王になる人間に教えていたらしい。その預言者が教えたんだ」

「え?」

男は驚いて口がぽかんと開いたままになっていた。

「預言者はちょっとの興味本位のつもりだったんだろう。未来の王の父親に近づいたんだ。それが、親密になりすぎて、ウーサー王に見せてしまったらしい。選定の剣のありかを」

一年前、ランスロットの前に現れた預言者は言った。

自分で決めたことは責任を持つ。そのためには君が必要だ。と。

背筋の良い男は驚きの連続のせいで、言葉が出てこなかった。

「ウーサー王は剣を引き抜くことはできなかったが、石に刺さった剣を見ることはできた。それで偽物の剣を作ることができたんだ」

「そんなことが・・・」

ランスロットは空を見上げた。美しい星空が今のランスロットには不快だった。

「無駄話はここで終わりだ。そろそろ行くぞ。アーサー王子を迎えに」

   

アロア

「貴様、何を勝手なことを言っている?」

アーサーがアロアに吠えた。

「そ、そうだ。こんなひ弱な王子が・・・いくら真の王であろうが、王になれるわけがない」

「鼻男は黙ってろ!」

アーサーがまた吠えた。

「は、鼻男って・・・。誰が俺の鼻をこんなんにしたと思ってんだ!」

言い争いをする二人をアロアは笑みを浮かべながら見つめていた。

「なんだ。初対面なのにすぐ仲良くなれたじゃない?これなら大丈夫そうね」

鼻男とひ弱な王子がアロアを睨みつける。

「何が仲良しだ!それに私は王になる気など」

その時、ドアが強く叩かれる音が響いた。

3人は、一斉にドアを見つめた。

「追っ手が来たようね」

「どうするんだ?俺は・・・まだ死にたくない」

男は腰が抜けたようで、ソファーに座り込んだ。

アーサーは剣を握り締めドアに向かおうとした。

「アーサー」

アーサーは呼び止めたアロアを睨む。

「あなたは、逃げて」

「逃げる?出口はここしかないんだぞ?」

「教会に街の広場まで続いている地下通路があるの。それを使えばいいわ」

「地下通路!?」

アーサーと男は同時に驚きの声を上げた。

「どうして教会に地下通路が?」

「今わかった。きっとこの日のために作られたのよ」

アーサーの金色の瞳がじっとアロアを見つめた。

「貴様、それは」

「いいから、急いで教会に。早くしないと奴ら強行突破してくるわ」


   ランスロット

 ランスロットは、国王軍を引き連れ、教会の横にある小さな家の前にいた。

(アーサーがこの中にいる。)

この裏切り者が。

(最後に会った時、アーサーは俺にそう言った。それは、感情的でもなんでもなくただ静かにつぶやく様だった。)

「ランスロット団長!」

背筋の良い男がランスロットの前に駆け寄る。

「ドアを何度ノックしても出てきません。中にはいるようなのですが」

「強行突破だな」。

「了解しました」

男は大きく息を吸い、叫んだ。

「整列!」

おお!と言う掛け声とともに国王軍の男達が小さな家の前に整列をした。

「構え!」

整列した男たちは持っていた銃を構える。

背筋の良い男が息を吸い、次の言葉を吐こうとした瞬間、ドアが開いた。

銃口が一斉にドアの向こう側に向けられる。

そこには、シスター服の少女が立っていた。

「あの・・・何か御用ですか?」

(こいつが、国王軍を倒したシスターか?)

ランスロットは信じられなかった。

いくら田舎の国王軍といえど、日々厳しい訓練は受けている。そう簡単にはやられない。

背筋の良い男が少女に近づく。

「ここに城から剣を盗んだ盗人をかくまっているとの情報が入ったのだ。家の中を調べさせてもらおうか」

「盗人?いくら教会で働く私でも盗人など匿うほど慈悲深くありません」

「国王軍にも全く慈悲などかけないようだな」

ランスロットが少女に言い放つ。少女はランスロットに微笑んだ。

「ええ。国王軍は大嫌いですから」

背筋の良い男がふんと鼻で笑った。

「いいから、家を見せろ」

男が、家に足を踏み入れようとした瞬間、男の体が吹っ飛んだ。

整列していた国王軍もランスロットも一瞬何が起こったのかわからなかった。

ランスロットは少女を見つめ、目が合ったと思ったその時少女は扉の前から消えていた。


   アロア

 目の前にいる国王軍はまだ状況が把握できていないようで、銃を構えたまま引き金を引くことなく、アロアに次々と倒されていった。

当のアロアは驚いていた。ふたりだけ違う制服の人間がいることを。

(一人は、不意打ちで蹴り飛ばしたものの、もうひとりは・・・)

アロアは、国王軍の男たちの後ろにいる背が高くいかにも鍛え上げられた体をした男を見つめた。

(国王軍の派手な制服と違い、全身黒。

まさか騎士団までこの街に来ているなんて。)

アロアは必死に応戦したが、人数が多すぎた。

数人が家の中に入るのを許してしまったのだ。

家を調べた国王軍の男が叫んだ。

「家の中にいません!隣の教会にもです!」

それを聞いた騎士団の制服を着た男が叫んだ。

「街を調べろ!」

アロアは地面を蹴り、男に向かった。

勢いをつけて強烈な蹴りを食らわせたつもりだったのだが、男は腕でガードしていた。

男はにやっと笑って、アロアをそのまま腕で押し飛ばす。

軽く身をこなし、アロアは地面にうまく着地した。

国王軍たちは、命令に従い、街へ散り散りになって行った。

残ったのは、アロアと騎士団の男とアロアが倒した数人の国王軍、そして最初に吹き飛ばした騎士団の男。

意識があるのは二人だけ。そのうちの一人が問い掛ける。

「名前は確か・・・シスター?」

「アロアよ」

「シスター アロア。あなたは一体何者だ?これだけの国王軍を倒すなんて。しかも騎士団員もひとりやっつけちまった」

「まさか騎士団まで来ているとはね。城から逃げた盗人をそれだけ捕まえたいのね王様は」

「それほど貴重な剣が盗まれたからな」

「盗まれた?取り戻したの間違いじゃない?」

男の顔色が変わった。

「どこまで知っている?」

アロアは何も答えず、微笑んだ。


   ランスロット

 (選定の剣のこと知っているのか。アーサーはどこまで話したのだろう。

それにしても、このシスターはアーサーの話をすんなり信用したのか。)

「なぜアーサーをかばう?ウーサー王は真実を知っている者を絶対に生かしておかないぞ」

(ウーサー王は絶対に許さない。自分の王位が奪われること。そして、絶対に認めない。自分の王位が偽物であること。)

「なぜウーサー王をかばうの?」

問いかけに問いかけで答えられたランスロットは、アロアを見つめた。アロアの青い瞳がランスロットを捉える。

「この国は荒れ果てているわ。ウーサー王が偽王だってみんな本当はわかっているはず。なのに、みんなウーサー王をかばう。あなたも。なぜ?」

「ウーサーは王だ。誰がなんと言おうとそのことは覆らない。だから誰も逆らわない」

「アーサーは違う。アーサーなら覆せる」

ランスロットは吹き出した。

「そんなこと本気で言っているのか?」

ランスロットは大きな声で笑い出した。

「あいつは、そんなことしない。絶対に。父親のウーサー王が、怖くて逃げ出しただけだ。王になる覚悟も責任も持っちゃいない。逆に誰かに責任を押しつけちまうような奴だ」

アロアは何も答えない。

「あいつが王になるために城から逃げたとでも思ったんだろうがとんだ勘違いだったな」

「よく知ってるのね。アーサーのこと」

「これでも、元友人だからな。だから、おとなしく降参しろ。今なら見逃してやってもいい」

アロア

アロアは大きく息をすって吐いた。

「あなた・・・本当にアーサーの友達?」

騎士団の男の先ほどまで浮かべていた笑みが消えた。

「私は、アーサーが何か覚悟を決めているように見えたけど」

「なぜそう思う?」

「そう見えただけ」

騎士団の男はきょとんした顔をしたかと思うと、また笑い出した。アロアは不思議そうに男を見つめていた。なぜなら彼女には今、笑っている男とさっきまでアーサーを馬鹿にして笑っていた男とは別人に見えたからだ。

「そう見えただけでお前はアーサーをかばっているのか?王を敵に回してまで」

(まあそれだけじゃないけど。)

「とにかく私はアーサーを王にすると決めたの。自分で決めたことはちゃんと責任を持ちたいから」

騎士団の男が笑うのを止めた。

「その言葉・・・」

「団長!王子を発見しました!」

国王軍の男が叫びながら男に駆け寄って来た。男の視線が逸れたのをアロアが見逃さないはずがなかった。

アロアは地面を蹴って男に向かっていた。

先程とは違って男のガードが一瞬遅れた。

アロアの蹴りは見事男の顔面に入った。

男がその場に倒れる前にアロアは男に背を向け走り出していた。アーサーの元へ。


   アーサー

 (長い地下通路だった。真っ暗で、やっと地上に出られたと思ったらこれだ。)

アーサーは目の前で必死に命乞いをする男に呆れていた。

「助けてくれ!俺は本当に巻き込まれただけなんだ!同じ国王軍だろう?」

その様子を国王軍の男たちがにやつきながら見つめている。国王軍と言っても3人しかいなかったのだが。彼らは、街に捜索に出掛けて、偶然この広場に来た様だった。

1人が応援を呼びに行ったようだから、もう逃げ切ることはできないかもしれないとアーサーは思っていた。

(だからと言ってこの鼻男のような命乞いなど誰がするか。)

「王命では、盗人以外は殺せと言われてんだよ。王命だから仕方ないだろう」

男の顔が真っ青になった。

そんな男を見てそういえば、この男にも俺はそう言われたことがあったなとアーサーは思った。

「まあ、でも、土下座でもするなら少しは考えてやってもいいぞ?」

男は即座に手を付き、頭を地に擦りつけた。

「どんなことでもする。助けてくれ」

それを見た国王軍の男たちは、けらけらと笑い出した。

アーサーは大きなため息をついた。

「おい。鼻男やめろ。こいつらは貴様を生かす気などない」

男の動きがぴたりと止まり、地面に頭をつけたままぼそっとつぶやいた。

「誰のせいだと思ってんだ?」

男が立ち上がり、アーサーの胸座を掴んだ。

「お前のせいだろ!お前は殺されることはないかもしれねえが、俺は、殺されるんだぞ!命乞いぐらいなんだってしてやる!」

「なんだ?貴様、私にむかって無礼な!その汚い手を離せ!」

「嫌だね。どうせ殺されるなら一発殴らせろ。俺はまだお前の鼻を曲げてねえ」

男がアーサーの顔面に強烈な拳を食らわせた。アーサーはそのまま吹っ飛んだ。

その様子を見た国王軍の男たちは爆笑していた。

男は吹っ飛んだアーサーの元へ駆け寄り、また胸座をつかんだ。

「お前のせいだ。俺の人生を台無しにしやがって。全部お前のせいだ」

アーサーはそんな男の様子を見て、なぜか胸が痛くなった。哀れなのかなんなのか。

(この気持ちは一体何だ?)

胸座を掴まれていてもアーサーはひるむことなど全くなく男に問いかけた。

「貴様、聞いていたのだな?」

「何がだ?」

「あいつの話」

「あいつ?」

「アロアの話」

男は怪訝な顔をしてアーサーを見つめる。

「何が言いたい?」

「あいつが言っていただろう?自分で決めたことは責任を持つと。たとえ、それが自分の望んでいなかった結果になっても。貴様もそうだろう?これは、貴様が決めたことだ。私を何度殴ってもいい。だがそれは、自分の責任から逃げているだけじゃないのか?」

アーサーは自分の胸がどんどん痛くなるのを感じた。

(この痛みは何だ?)

男はアーサーの胸座から手を離した。

「俺は、ただ死にたくない。それだけだ」

男の中から必死に生きようとする気力のようなものが消えていくのがアーサーには見えた様な気がした。

アーサーは鼻から滴り落ちる血を腕で拭った。

胸の痛みは消えていた。


   ボーマン

 俺は村で一番貧乏な家の子供だった。だが、同世代の子供たちの中では一番背が高く、体が大きく、貧乏なことを馬鹿にされるようなもんなら力でねじ伏せてきた。だから、国王軍は俺にとって天職だったんだ。

気に入らない奴がいたら権力でねじ伏せることができる。

最高じゃないか。そうやって好き勝手に生きていく人生・・・を送るはずだったのに。

(どうしてこうなった?)

ボーマンの頭の中にアーサーの言葉がこだまする。

(逃げている?自分の責任から?自分で決めたことから?

俺は・・・ただ好き勝手に生きると決めただけだ。)

「鼻男、貴様これだけ殴る元気があるなら、逃げる元気も残っているだろう?」

(責任の取り方なんてわからない、でも、今は死にたくない。

これが俺の決めたことの結果なのか。)

「鼻男じゃない」

「は?」

(だったら、生き抜いてみせることで責任をとってやる。)

ボーマンはため息を付いてその場に尻餅をついた。

「ボーマン。俺の名はボーマンだ。へたれ王子」

アーサーが一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに、にっと笑った。

「頭が冷えたようだな。鼻男」

「お前な、いくら王子だからって少しは言葉を慎め。俺の方が一回りは年上なんだぞ?」

アーサーはむっとした顔をした。

「貴様、私は王子なのだぞ?なぜ貴様のような下民に言葉を慎まなければならない?」

(ああ。もうこいつとこんな会話をしても不毛なだけだ。)

「もういい。王子、なんか策でもあるのか?」

「策?そんなもの」

王子は背中にくくりつけていた剣を掴んだ。

「あいつらを追い払う。それだけだ」

(この王子は、本当にわかっているのか?今の自分の状況を。)

「お前な、その剣で人が斬れないこと忘れているのか?」

「わかっている。でも」

アーサーの金色の瞳が光った。

「いつか使えるようになる。それが今かもしれない。私は、諦めたくない」

(諦めたくない?何のために?)

二人の様子がおかしいとさっきまで喧嘩を見物していた国王軍が近寄ってきた。

アーサーは剣を掴む手に力を込める。尻餅をついていたボーマンも懐にある銃に手をかけた。

「アーサー!」

ボーマンとアーサーは驚いて、後ろを振り向いた。

アロアがこちらに向かって走ってくる。

「貴様!?」

「頭下げて!」

「は?」

アロアはボーマンとアーサーの目の前で、高く飛び上がり、アーサーの頭に手をついて飛び越えた。そのまま呆然とアロアを見つめていた国王軍の男達にアロアは鋭い蹴りを決めたため、国王軍の男たちは一瞬でその場に倒れてしまった。

アーサーとボーマンはぽかんとその様子を見つめていた。

(一瞬で、国王軍をやっつけちまった。このシスターは。)

「ふたりとも無事でよかった」

アロアは、額から落ちる汗を拭った。

「貴様・・・」

アーサーは握っていた剣から手を離し立ち上がった。

(この傲慢な王子でもさすがに礼でも言うのだろうか。)

「なに?」

「私の・・・私の頭を台にしたな!?」

ボーマンは、もはや呆れて言葉が出なかった。

「仕方ないじゃない?あの状況なら」

「私は王子だぞ!?あのような無礼許されるものではない!」

「あーわかったわよ。ごめんなさい。これでいいでしょ?」

「なんだその態度は!?貴様、自分のしたことがわかっているのか!?」

「あなたの頭を台にした」

「それはさっき」

「ぶっははははは」

大きな笑い声がアーサーの言葉を遮った。

アロアとアーサーがボーマンを見つめる。

「貴様、何を笑っている?」

ボーマンは、こみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。

「いや、悪い。悪い。さっきまで、殺されるかもとびくびくしていたのに、お前らの喧嘩を見ていたらアホらしくなってきて」

アロアも吹き出した。

「本当ね。こんなくだらないこと話している場合じゃないのに」

アーサーだけはむっとした顔をした。

「貴様ら、私は王子だぞ?無礼な振る舞いばかりして、それをくだらないとは何だ?全く・・・笑っている場合ではない。ここから早く脱出させろ」

いや、お前が突っかかったんだろとボーマンは思ったがまたややこしくなりそうだったので、何も言わなかった。


   ランスロット

「大丈夫ですか?団長」

ランスロットは、顔から滴り落ちてくる血を拭った。黒い服に血がじわっとにじむ。

「今すぐ後を追います」

「待て」

国王軍の男がランスロットを見つめたが、ランスロットは男の顔が半分ぼやけて見えた。どうやら左目の上を切ったようだった。

「ほっとけ」

「ですが・・・」

「もういい。捜索にでている軍をここに招集しろ」

男はランスロットの命令に何か言いたげだったが、軽く敬礼をし、その場を去った。

ランスロットは左目を押さえながら、遠くで伸びている男に声をかけた。

「おい、いい加減起きろ」

伸びていた男はすばやく起き上がると、ランスロットの元へ駆け寄り、背筋をピンと伸ばした。

「お前、途中から伸びた振りしてただろ?」

背筋の良い男はにやっと笑った。

「気付いておられたのですね?」

「俺に気を使ったのか?」

「団長は・・・やはり王子の」

ランスロットの大きなため息が男の言葉を遮る。

「帰るぞ。城へ」

ランスロットは立ち上がった。相変わらず血は止まらない。

「あのシスターは一体何者なんだ?」


   アロア

 (街を出るまでは気が抜けない。さっきの騎士団の奴らもすぐに追いかけてくるに違いない・・・なんて考えていたのに。)

「一体どうなってるんだ?」

ボーマンはそう言って不思議そうに首をかしげた。ようやく朝日が差し込んできた街を丘の上の茂みからひょこっと顔を出して3人は見つめていた。

「私もわからない。なんでこんなに簡単に街を抜け出せたのかしら?」

街を出るまでに少なくとも10人以上の国王軍に出くわすだろうと思い、三人は慎重に慎重に隠れながら街から抜け出した。しかし、広場で3人の国王軍を倒してから人ひとり遭遇しなかったのだった。

「今になって王子を捕らえるなど恐れ多いと思ったのだろう」

そうはっきり断言したのは他でもない王子本人だった。

ボーマンが王子の横で、はあと大きなため息をついて呆れていた。

アロアはなんとなくわかっていた。彼がきっと助けてくれたのだと。

「ランスロットのおかげだと思う」

ぼそっとアロアが呟いたと同時にアーサーが立ち上がった。

「貴様、ランスロットに会ったのか?」

「お、おいしゃがめ、王子!街を出たからってまだ隠れないと・・・」

「会ったのか?」

ボーマンの忠告も聞かず、アーサーは立ち上がったままアロアを見下ろしていた。

「会った。ランスロット団長って呼ばれていたからすぐわかったわ」

アーサーはぎゅっと拳を握り締めた。

「次は、私を殺しにでも来たのか」

アロアは首をかしげた。

「私には、ランスロットが悪い人には見えなかったけど」

アーサーがアロアを睨みつける。

「貴様に何がわかる?あいつは、俺の友を、あいつにとっての友を殺したのだぞ?」

「うーん。うまく言えないけど、悪い振りをしているというか・・・」

「振りだと!?振りで友を殺すのか!?」

アーサーが、アロアに怒鳴った。

「おい!静かにしろ!見つかるぞ!」

「鼻男は黙ってろ!」

「おい!その鼻男ってのやめろ!」

ボーマンまで立ち上がり、ふたりでギャーギャー言い争いをし始めた。

いくら街から少し離れた丘にいるとはいえ、これだけ騒いでも国王軍が来ないということは、きっともう撤退したのだとアロアは確信した。

(ランスロットは、まだアーサーの味方・・・かもしれない。アーサーは友を殺されたと騒いでいるけど。)


   アーサー

「ランスロットのことは置いといて、アーサー、あなたはどうしたいの?これから」

言い争いをしていたアーサーとボーマンはアロアを見下ろした。

アーサーは何か言おうとして口をつぐんだ。

(こいつらは、私が王になることを望んでいる。だが、私は・・・)

「お前」

ボーマンが口を開いた。

「さっき、王にはなる気はないって言っていたよな」

アーサーは、目を閉じた。

(私は・・・王になる気などない。)

アーサーはゆっくり瞼を開け、話し始めた。

「それは」

(あいつを殺すために・・・)

「王になる前に」

(この剣を・・・)

「この剣を」

(扱えるようになりたいと思っただけだ。)

「扱えるようになりたいと思っただけだ」

(彼らは、やっと見つけた私の用心棒だ。ここで離れるわけにはいかない。)

ボーマンは納得したようで、そうかと小さく頷いていた。しかし、アロアはぽかんと口を開けて、アーサーを見つめていた。

「なんだ?」

「いや・・・なんでもない」

アロアはそう言ってアーサーから目をそらした。

   

アロア

 (嘘だ。

私にはわかる。なぜならネロに似ているから。

顔だけじゃない。癖も仕草も全て。ネロは嘘を付く前、目を閉じる。

今さっきの彼のように。

まるで、昔から知っているみたいになんでもわかる気がする。

だからこそ私は思っていた。アーサーは覚悟を決めていると。

でも、嘘をついている以上、ランスロットの言う通りアーサーは王になる気なんてない・・・のかしら?)

「そういえば貴様に聞きたいことがある」

(でも、アーサーから過去の話を聞いた時)

「教会から逃げる前に、教会の地下通路はこの日のために作られたなど言っていなかったか?」

(私は、彼の横顔が覚悟を決めたネロの顔そっくりに見えて・・・

じゃあ一体何の覚悟を決めているの?)

「おい、聞いているのか!?アロア!」

アーサーの怒鳴り声でアロアははっと顔を上げた。

「え?何?」

アーサーはちっと舌打ちをした。

「だから、貴様は、さっき教会の地下通路は、この日のために作られたと言っていただろう?」

「俺もそれ、気になっていたんだよ。あれは一体どういう意味だったんだ?」

アーサーとボーマンにアロアはじっと見つめられた。

「それは・・・えっとなにか運命的なものを感じて咄嗟にそう言ってしまっていたの」

「運命的?」

そう尋ねたのは、ボーマン。

「そう。なんだか、こうなる運命だったのかな?て思っただけ。特に意味はないわ」

(もちろん嘘。

本当は、なんとなくわかっていた。全部仕組まれたことだって。

私がこの街でネロにそっくりな男の子に出会うこと。その男の子を教会から逃がすためにあの地下通路があったこと。

まるで未来を預言していたみたいに、全て準備されていたような・・・。)

アーサーの金色の瞳がじっとアロアを見つめた。アロアはアーサーに微笑み返す。

「全く、軽はずみな発言などするな!くだらん時間をとった。とにかく、この場を早く立ち去るぞ」

そう言って、アーサーはずかずかと丘の奥に続く森へと入っていった。

アロアは小さく息を吐いて、アーサーの後を追おうと立ち上がった。

「なあ」

アロアが声のする方を振り向くと、ボーマンが真剣な顔でアロアを見ていた。

「何?」

「お前、本当は地下通路のこと運命とかそんなあやふやな気持ちで言ったことじゃないだろう?」

アロアは何も言わない。

「本当はなにかわかっているんじゃないか?俺は、全て出来すぎだと思う。王子がこの街でお前のような人間に出会ったこと、あの地下通路、すべて元から仕組まれていたような気がするんだ」

アロアは微笑んだ。

「もういいじゃない。今はそんなこと気にしたって何の得にもならないんだから」

「だが」

「早く行こう。このままじゃアーサー遭難しちゃうわ」

「偶然じゃないこともある」

「え?」

「お前、俺を教会まで連れてきたのは、人質に使うためではないだろう?わかっていたんだな?剣の秘密を知った俺をあそこに置いてきたら、俺が殺されること」

「それは・・・」

「おい!貴様ら!何をしている!?」

遠くからアーサーの声が聞こえた。

「全く。王子一人で勝手に行ったくせにえらそうな」

「ただの気まぐれよ」

「え?」

「あの時、ここに残してアーサーの剣のこと話したらきっと殺されるだろうってわかった。国王軍は私の親友に暴力を振るっていた最低な奴らだから死んでもいいて思ったのに、なぜだろう、とりあえず助けようってそんな気になっただけ」

(私は一生国王軍を許さない。だけど、見殺しにするほど落ちぶれてはいない。そうなってしまったら国王軍と同じだから。)

「そんな気まぐれで助けたような連中だけど、一緒に行く覚悟はできた?」

ボーマンの青い瞳がまっすぐアロアを見つめた。

「俺はとにかく生き抜いてやる。それだけだ」

「おい!早く来い!」

アーサーの声がまた遠くから聞こえた。


   グウィネヴィア

「へえ。そんなことになったの?」

相変わらすピンと背筋を伸ばす男から、西の果ての街で起こった出来事を聞いたグウィネヴィアはにやつきながらそう言った。

「はい。そのため、王子を逃がしてしまった団長はひどく王からお叱りを受けている最中です」

グウィネヴィアは吹き出した。

「馬鹿ね。もっとうまいやり方があったはずでしょうに」

「やはり、団長は、王子の味方・・・なんでしょうか?」

「当たり前でしょう?」

グウィネヴィアに即答されて、背筋の良い男は背筋が曲がる暇すらなかった。

「え?」

グウィネヴィアは、男ににっと笑った。

「ランスロットは、あなたのことちょっとは信頼したみたいよ?」

グウィネヴィアの手元には、ランスロットからの手紙があった。

「本当ですか!?」

「だから、もう少しぐらい私たちのこと話しても大丈夫かと思ってね。ランスロットは騎士団でウーサー王に仕えてはいるけど、ずっとアーサーの味方なのよ。ただ、アーサーの今後のことを考えて、騎士団にいるだけ」

「今後のこと?」

「アーサーが王になる時のこと。敵の中に一人でも味方がいた方が今後何かの役に立てるってランスロットはそう言っていたわ。それがやっと今発揮出来るって感じね。アーサーをちゃんと逃がすことができたもの」

(ただそのために、1人の命を犠牲にしてしまった。)

「では、もしかして騎士団の間で流れているあの噂・・・もしかして」

グウィネヴィアは頷いた。

「あれは私達が流した噂よ」

「私達?」

「ええ。私達。預言者に集められた4人」

背筋の良い男はきょとんとした顔をしていた。

「本当にあなた、なにも知らないのね?一年前の第1回王子脱走事件」

「なんですかそれ!?教えてください。皆が知っていて私が知らないというのは本当に耐えることができないのです」

グウィネヴィアはにっと笑った。

「まさかグウィネヴィア様・・・?」

「続きは」

「待ってください!」

「ランスロットに聞いて」

背筋の良い男はため息をついて肩を落とした。


   ランスロット

 (偽物の王。本当はみんなわかっている。でも、逆らえない。剣が選んだと思い込んでいるから。剣の選ぶ王は絶対だ。)

ランスロットの目の前にある玉座に座っているウーサー王は金ピカの装飾に覆われていた。それは、ただ単に派手にしたいだけなのか何なのか、王の考えることはわからない。

そんな王の後ろにはいつも選定の剣が飾られていたが、今はもちろん飾られていない。

盗まれている様に見せ掛けるために。

そんな演出にランスロットはイラついていた。

(あの剣に惑わされる。偽物の剣に振り回される。)

そんな思いを全て飲み込んで、ランスロットは、ウーサー王の前にひざまずく。

「国王陛下、この度は、王子を見す見すとり逃してしまい、誠に申し訳ございません」

ウーサー王の黒い瞳がランスロットをぎろりと睨みつけた。

「貴様、真実を述べよ」

ランスロットはひざまずいて下を向いたまま何も答えない。

「貴様は、わざと王子を逃がしたのではないか?かつて王子と脱走した仲ではないか」

ランスロットは思い出していた。あの日、逃走したアーサーとガウェインを追って

そして・・・

「お忘れですか?陛下」

ランスロットが顔を上げて、ウーサー王を見つめた。

「かつて、共に逃亡したあの男を私が殺したことを」

「ああ。確かにそうだったな。あれは・・・くっはははははは」

ウーサー王が笑いだした。

玉座の周りに控えていた上官たちはそんな笑い声にも動じない。

いつもことだからだ。

(やはり・・・ウーサー王は狂っている。)

ウーサー王の巨大な笑い声が玉座の間に響き渡る

「あれは愉快だった!そうだったなあランスロットよ。貴様は、そういう男だった。忠誠は確かにあの時誓っておった。だからこそ、貴様を私の騎士団の団長にしたのだ。裏切るはずなどなかったな?」

「もちろんでございます。陛下、私は」

ランスロットは自分の体が震え出しているのがわかった。

「私は、陛下のためであれば友でも容赦は致しません」

ランスロットは震える体をウーサー王に気づかれる前に必死で止めようとした。

(この震えはなんだろう?怒りだろうか、悔しさだろうか、それとも恐怖だろうか。)


   ボーマン

 (それにしてもこんな事態になったのによく食べる王子だ。)

目の前に置かれていた色取り取りの食事が次々と、アーサーの口に放り込まれていった。

それをボーマンは呆れて見ていたが、横に座っていたアロアは、微笑んでいた。

(アロアは、どうして王子にここまで寛大でいられるのだろう。)

三人は、森を抜け、隣街まで行き着いた。

街に着いた途端、アーサーが腹が減ったと言い出したので、料理店に入り今に至る。

「でも、アーサー。あなたお金あるの?私、そんなに持っていないわよ?」

「ああ。金ならここに十分ある」

そう言ってアーサーは懐から財布を出し、机の上に置いた。

ボーマンは怪訝そうな顔をした。

「でも、それって王子の金イコールウーサー王の金ってことにならないか?敵の金で飯を食うなんて変な話だ」

ボーマンはそう文句を言った。

アーサーは持っていたナイフとフォークを置いた。

「この金は、父の・・・王の金などではない。死んだ友のガウェインがくれた金だ」

(そうか・・・って死んだ友達がくれた金ならもっとましなことに使えよ!)

「死んだ友達が残してくれたお金なら、もっとましなことに使いなよ」

ボーマンの本音がアロアの口から出ていた。

(アロアは、王子のわがままに優しいがちゃんとそういうことは言うんだな。)

「ここは私が払うわ。だからあんまり食べ過ぎないでよ」

ボーマンは思わずこけそうになった。

(やっぱり甘い。王子はつけあがるだけだ。)

「では、貴様が払え」

アーサーは、再びナイフとフォークを取り、食べ始めた。

ボーマンは、はあっとため息をついた。

「ちょっと待てよ王子。おかしいと思わねえのか?その金は、お前の友達が稼いだ金で、それをこんなことに使おうとして、で、アロアが払うって言ってくれたからってあっさり頼むって・・・お前、少しは遠慮ってものがないのか?」

「遠慮?なんだそれは?」

ボーマンはまたため息をついた。

「だから、お前は何も思わなかったのか?死んだ友達の金をこんなくだらない食事に使うってこと」

「思わなかった」

ボーマンはアーサーの即答に言葉が出なかった。

アロアが笑い出した。

「本当仲良いわね?」

「どこが!?」

ボーマンとアーサーが同時に声を上げた。

「アーサー、ボーマンの言っていることきっとそのうちわかる。だからその時までそのお金は使わないほうがいいわ」

「だと鼻男。少し黙っていろ」

アーサーは食事を再開した。

「アロア、ちょっといいか?」

ボーマンはアロアを外に連れ出した。

冷たい空気がボーマンの頬を突き刺した。料理店の外は、まだ昼間だったため、通りにはたくさんの人々が行き来していた。

「お前、王子に甘すぎるぞ」

「そう?」

「あのまま、放っておいたらあいつはどんどん付け上がるだけだ。あの性格の悪さで王になれるわけねえ」

「アーサーはたぶん本当はすごく優しい人なのよ」

ボーマンが目を瞬いた。

「な、何言ってんだ?どう見たって、王子には優しさのかけらもないだろ」

「まあ、見た目はそうなるんだけど」

「だろ?100人が見ても100人ともそう思うに決まってる」

「でも、違うのよ。ボーマン」

「その自信はどっからくるんだよ」

「それは」

「貴様ら!そいつを捕まえろ!」

アーサーの声がしたと同時に店の中から小さな少年が飛び出してきた。

少年は、アロアとボーマンの横を風の様に通り過ぎて行った。

二人はぽかんとその後ろ姿を見ていた。

「貴様ら何をやっている!?捕まえろと言ったろ!?」

「アーサー、一体何があったの?」

「財布を盗まれた。私はあいつを追う」

そう言ってアーサーが少年の後を追った。

「アーサー待って!私も行く!ボーマン、ごめん。剣・・・荷物お願い!」

そう言ってアーサーを追ってアロアも駆け出した。

「おい!俺、金持ってねえって!」


   アロア

 (しまった。アーサーを見失ってしまった。)

料理店のあった大通りからかなり離れた小さな広場にアロアはいた。

(アーサーはどこへ行ってしまったのだろう。)

アロアは、広場の近くにあった橋から流れる川を見下ろした。

(この感じ何だか似ているあの村に。

よく3人で川遊びしたなあ。

そういえばロッシュはどうしているんだろう。)

アロアの目にあの頃の3人が浮かび上がる。ぼうっと昔のことを思い出していたアロアはふと橋の下に目をやった。

そこには見慣れた人影が。

「ん?アーサー?」

アロアは、橋の下に駆け出した。

アーサーが壁を見ながら腕を組んでいた。

「アーサー!やっと見つけた!財布を盗んだ子供は?」

アーサーがアロアに振り返る。

「あのガキがここに逃げ込んだところを橋の上から見たのだが、ここで消えた」

「消えた?見間違いじゃないの?」

「いや、確かにいた、橋の上から見てすぐここに来たから、もし逃げたのなら後ろ姿でも見えたはずだ」

「それで?アーサーはその壁が怪しいとおもったの?」

「ここに隠し扉でもあるかと思ってな」

「隠し扉ねえ。それよりも私はあなたの足の下のほうが怪しいと思うけど?」

アロアはアーサーの足元にあったマンホールを指さした。

アーサーはきょとんとした顔をした。

「アロア貴様、何を言っている?こんなところ人間の入るところではないだろう」

「そうね。普通は入らないわ。でも、孤児の子供達にとっては、下水道の中は雨も風もしのげる場所なのよ」

アーサーは足元を見つめた。

「あいつは孤児だったのか」

「私の街にもたくさんいたし、アーサーも旅の途中で見かけたりしたでしょう?」

「この国の子供は他人の金を盗まないと生きていけないのか?」

(アーサー?)

アロアは足元を見つめるアーサーの顔をのぞきこんだ。

アロアは息を呑んだ。

(ああ・・・またこの顔だ。)

その顔は、覚悟を決めた顔だった。

アロアにはわかる。

かつてネロも同じ顔をしたことがあったからだ。おじいさんが死んでしまったあの日に。

アーサーは我に返って顔を上げた。

「あの金を取り戻す」

「え?」

「いくら金がない孤児だとはいえ、あの金は私の大事な金だ」

「ええ・・・そうね」

(アーサーはいつものアーサーに戻ったのかしら。)

「おい、マンホールなど汚くて触りたくない。貴様が開けろ」

(ああ、戻ったみたいね。)


   アーサー

 (こんなところ一日でもいや一時間でもいたら頭がおかしくなりそうだ。)

薄暗い下水道の中でアーサーはそう思った。アロアの持っている明かりだけが頼りだった。

「ひどい臭いだ」

下水道の悪臭に思わずアーサーはつぶやいていた。

「下水道だからね」

アロアはアーサーに素っ気無く答えた。

「なぜだ?」

「え?」

「なぜこの国は孤児が多い?」

アロアの足音が止まった。

「アロア?」

アーサーが振り返ると、アロアの青い瞳がまっすぐアーサーを見つめていた。

「王の政策のせいよ」

「父の政策?」

「アーサー、本当にあなた何も知らないの?」

アーサーは何も答えない。

「知ろうともしなかったの?」

(まただ。)

「この国の王子でありながら、なにも知ろうともしなかったのね」

(また胸が痛い。)

「私は・・・」

アーサーはわかった、今から発する言葉は何も意味を持たないと。だから口をつぐんだ。

胸の痛みはどんどんひどくなる。

(この痛みはなんだ?)

「だったらこれから知ればいい」

アーサーはぽかん口を開けた。

「今まで知らなかった分これから知ればいい」

アーサーの胸の痛みが引いていく。

「知らなかったことは仕方ないもの」

アロアがアーサーの横を通り過ぎる。

「何してるの?はやく行きましょ?」

アーサーは動かない。彼は、なぜか腹が立っていた。

何も言われなかったことに安心した自分に腹が立っていた。

「なぜだ?」

「え?」

「なぜ貴様は私を責めない?」

アロアはきょとんとした顔をした。

「なんだその顔は?」

「やっぱり。あなたは優しい人じゃない」

アーサーは目を瞬いた。

(優しい人?)

口を開けば暴言ばかり吐いてきたアーサーは今まで生きてきた中で優しい人なんて言われたことがなかった。だからこそ、アロアの言葉にアーサーは動揺した。

「なぜだ?私は、国の王子でありながら何も知ろうとしなかったのだぞ」

「でも、今、なぜ責めないって私に聞いたじゃない。それってちゃんと自分の責任を感じているってことでしょう?いちばん悪いのはね、アーサー。死ぬまで気づかないことよ。でも、アーサーはちゃんと自分の責任を感じた。それで十分優しい人だと私は思っただけよ」

「だが、私は気づいたところで」

王になる気はないという言葉をアーサーは飲み込んだ。

(結局のところ私は自分のことしか考えていない。)

アーサーは俯いた。

「私は優しい人では」

「見ればわかる」

アロアがアーサーの言葉を遮った。

「私にはわかるのよ」


アロア

(ネロに似ているから。

でも、きっとアーサーは私がネロの話をしても聞いてくれない、信じてくれない。)

「とにかく、先を急ぎましょ」

アロアは、アーサーから視線を外して歩き始めた。

その時、アロアはふと人の視線を感じた。

「アーサー!こっちに!」

アロアはアーサーを引き寄せると同時に闇を蹴った。なにかを蹴った感触があり、ぎゃあと低い叫び声が響いた。

アロアは声がした方に明かりを近づけた。

「さっき財布を盗んだ犯人ね?」

「いててて。何すんだよ」

暗闇から10歳くらいの少年が姿を現した。


   アーサー

「貴様!」

アーサーが少年に飛び掛かろうとしたが、アロアに止められた。

「待って、アーサー」

アーサーはアロアを睨んだが、アロアは気にしていない様だった。

「ねえ、この人の財布盗んだでしょ?返してくれない?」

「財布?俺、そんなもん盗んでないよ」

「貴様、嘘をつくな!」

アーサーはアロアの制止する腕を振り払おうとしたが、振り払えるはずがなかった。

「本当に?あなたじゃないの?」

「本当だって!」

「そうらしいわよ?アーサー、別の子供じゃないの?」

アーサーはイライラしながら、明かりに照らされ少年の顔を見つめた。

(確かに、財布を盗んだ子供はもう少し大きかった気がする。)

アーサーはぼそっとつぶやいた。

「こいつじゃない」

「そう?」

アロアはアーサーから制止していた腕を離した。

「人違いだったみたい。蹴ってごめんね」

少年は、にっと笑った。

「まあいいってことよ。財布盗んだことないっていったら嘘にはなるし。あ、でも今日は俺盗んでないよ?しっかし、俺達と同じ子供から財布を盗むなんて誰がやったんだろうな」

アーサーはむっとした。

「私たちが、子供だと!?」

アロアは吹き出した。少年はきょとんとした顔をした。

「え?大人なの?俺達のリーダーと同じくらいに見えるけど?」

「貴様らと一緒にするな!」

「アーサー、落ち着いて。それこそ大人気ないわよ。ねえ、あなた達のリーダーっていくつなの?」

「15」

「本当に同い年ね。私も15よ。アーサーも15でしょ?」

アーサーはふと思った。

(私は年齢をアロアに言った覚えがない。)

「ここには子供たちだけで暮らしているの?そのリーダーって人と一緒に?」

「そうだよ。リーダーは街中にいる俺みたいな親のいない子供を見つけて、ここでみんなで暮らそうって声掛けしてるんだ」

「じゃあ、ここには、たくさんの子供達が一緒に住んでるってこと?」

「街中の親無しの子供がここにいる。たまに、うわさを聞いて、ここまで自力でくる子供もいたからさ、お前らもそうなんだと思って後ろから声を掛けようとしたら、蹴られたんだよ」

そう言って少年は顔の傷をさすった。

「ごめんなさいね。後ろから襲われるかと思って」

「物騒な姉さんだなあ」

少年が視線をアーサーに移したかと思うと、じっとアーサーを見つめた。

アーサーは少年を睨んだ。

「なんだ?」

「俺、初めて見たんだ。金色の目!兄さん、すんごい目の色してんだな」

「こんな目の色した人間などどこにでもいるだろう?」

「そんなことないわよ?」

アーサーは思い出した。

あなた、この辺の人間ではないわね。

アロアと初めて会った時そう言われたことを。

「目の色などどうでもいい。私は一刻もはやく財布を取り戻したいのだ。奴はどこにいる?」

「どこにいるって言われても誰が盗んだのかわからねえよ。兄さん、その子供ってどんな特徴があった?」

さっきから兄さん兄さんと言われて、アーサーは若干イライラしていたが、それどこではないとさすがに思い、イライラを押し込めた。

「背は、貴様より高く、髪の色は黒だった」

少年は、はっとした顔をした。

「兄さん、面倒くさい奴に財布盗まれたんだな」

「面倒くさい奴?」

「リーダーより3つ年下のくせに、やたらリーダーに盾突いててさ、盗みも荒っぽいんだよ。俺達は、盗みはするけど人に暴力は振るわないって約束して」

「そんな話はどうでもいい。そいつの名前は?」

少年は口をつぐんだ。

「なんだ?一緒に暮らしているというのに名前は知らないのか?」

「違う。何があっても仲間を売るな。それも俺達の約束のひとつなんだよ。あいつは、性格悪いけど、一応仲間だからな。でも、お前ら同い年くらいの子供だしリーダーのとこに連れて行ってやってもいいぜ?話をきいてもらうくらいじゃ仲間を売ったことにはならないだろうしさ」

アーサーの横でアロアがつぶやいた。

「子供で良かったわね。アーサー」

アーサーはアロアを睨んだが、アロアはにやにやと笑っていた。


   ボーマン

 ボーマンは、目の前の皿を洗いながら大きなため息をついた。

お金を持っていなかったボーマンは、支払いの代わりに皿洗いをさせられていた。

何枚洗っても終わりが見えないこの単純作業に何度もため息が漏れた。

だが、そんな呑気な作業は、今のボーマンにとっては少しありがたいものでもあった。

(追っ手の国王軍どももここで俺が皿洗いをしているとは夢にも思わないだろうし、子供を追いかけて町中を走り回っている王子とアロアに比べたらここはとんでもなく安全だ。

あいつらは、犯人を捕まえられたのだろうか。)

そんなことをぼうっと考えながら、ボーマンは、洗いかけの皿を見つめていた。

「悪いな。兄ちゃん」

後ろを振り向くと、お店の主人が優しく微笑みながら立っていた。

「財布を盗まれたところもちゃんと目撃していたんだけどな、一応俺も商売人だからよお」

「いや、食べるだけ食べて勝手に出て行ったんだからこっちにも責任はあるからな」

「しかし、近頃、孤児が増えて本当困っていたんだよ。さっきみたいにお客に紛れて、財布を盗んでいく子供が多くてね。ほら、ここ厨房からお客の席が見づらいだろ?だから、俺もガキが入り込んでてもわかんねえんだよなあ」

ボーマンは厨房からお店の中を見渡した。

(確かに見づらい。しかも、お店は広く、アーサーの財布が盗まれた時はちょうど昼時ですごく混んでいた。)

「おじさん、この店改装とかした方がいいんじゃねえのか?」

「そんな金あるわけねえだろ。お国に納める金が高すぎて、何にも残りゃしないよ」

ボーマンは口をつぐんだ。

(国民が納めるお金は全て国王軍に渡される。俺たちは、人が働いて稼いだお金を何とも思わず受け取り、その分の働きをするわけでもなく、ただ孤児に暴力を振るって毎日を過ごしていた。その孤児が増えた原因は、国にお金を納める政策のせいであるのに。

でも、俺達にとっては最高の悪循環だったんだ。)

ボーマンは思わず洗いかけの皿を掴んでいた手に力が入った。

「兄ちゃん?どうしたんだ?」

ボーマンははっと顔を上げた。

「いや、何でもない」

「悪いな疲れちまったんだろ?もうその皿終わったら友達の後追いなよ」

ボーマンは手元の皿を見つめた。

「なあ、おじさん。俺にもう少し手伝わさせてくれねえか?」


   アロア

 子供たちをまとめるリーダーとはどんな子なのだろうとアロアは少しわくわくしながら、先を歩く少年の後に続いた。横にいたアーサーの顔は暗闇で見えにくかったが、イラついているようだった。

「まあ、アーサー落ち着いてよ。この子たちのリーダーに会って話を聞いてもらえたら財布もすぐ返してくれるって」

「私は被害者であるのになぜそこまでしないといけない?盗んだ者が悪いにきまっているだろう?」

「まあそれは確かにそうなんだけど、だからってここで返せと叫んでも財布は返ってこないんだから、仕方ないわよ」

アーサーの舌打ちが暗闇に響いた。


   

ボーマン

 「よいしょっと」

ボーマンは、軽々と机を持ち上げた。

「いやあ、本当にありがとね。兄ちゃん」

「これぐらいいって」

ボーマンはお店の机の配置を変えていた。子供たちのスリがここで多発していることを聞いて何か自分にできないかと考えた結果がこれだった。

「これでどうだ?厨房から結構見えるようになったんじゃねえか?」

「かなりましになったよ。あ、そこの机、こっちの奥に持ってきてくれるか?それがなくなれば入口がよく見える」

「了解」

ボーマンは入口の側にあった机を持ち上げようとしたその時、足元で何か光った。

「ん?なんだこれ」

ボーマンがかがんで光を放っている物に触ろうと手を伸ばした。

しかし、ボーマンが触れたのは、小さな手だった。

一瞬何が起こったのかわからなかった。

ボーマンは確かに床に落ちた物に触ろうとした。しかし、今彼の手の下にあるのは手だった。

「えっと・・・」

ボーマンはそのまま横に視線を移すと、机の下に隠れた黒髪の少年がボーマンの

手の下に手を伸ばしていた。

「うわあ!」

ボーマンと少年が同時に驚きの声を上げてお互いに手を離した。

「お、お、お前さっきのガキ・・・」

少年は、はっと我に返り床に落ちていた物を拾い上げ颯爽と店から抜け出した。

「待ちやがれ!」

ボーマンはすかさず立ち上がった。

「兄ちゃん、どうした!?」

「おじさん、さっきのガキが戻ってきやがった。店の片付けちょっと待っててくれ!」

ボーマンは、急いで店を出て、少年の後を追った。

(黒い髪、あの背丈、間違いない。さっき王子の財布を盗んだ奴だ。後ろ姿しか見ていないが、俺は、ガキをこき使っていただけあってガキの特徴は忘れねえ。)

「おい。待ちやが」

「待て。トリスタン」

ボーマンは驚いて横を見た。いつの間にか金髪の少年がそこに立っていたからだ。

金髪の少年は横にいるボーマンに見向きもせず、ただまっすぐ前を向いていた。その視線の先で、黒髪の少年が立ち止まってこちらを見ていた。

黒髪の少年はちっと舌打ちをした。

金髪の少年は、黒髪の少年の元へ歩み寄って話しかけた。

「お前、財布を盗んだな?」

黒髪の少年は何も答えない。金髪の少年は、顔を上げて、ボーマンを見つめた。

(こいつ、いつの間に・・・?)

ボーマンは思わず少年の顔に見とれた。金髪の少年の顔はとんでもなく美しかったからだ。光り輝く金髪に大きな茶色い瞳。

(少し王子に似ている?)

「すみません。僕の仲間があなた方に失礼をしたようで」

そう言われてボーマンはやっと我に返った。

「え、ああ。いや、いいんだよ。いや、よくねえか」

ボーマンは混乱していて意味のわからない答えを返していた。

それを見て金髪の少年がくすっと笑った。それから真面目な顔に戻ったかと思うと彼は黒髪の少年を見つめた。

「さあ、財布を返すんだ。いいな?」

黒い髪の少年はしぶしぶ懐から財布を取り出して金髪の少年に渡した。

それは、まさしくアーサーの財布だった。

金髪の少年は、ボーマンに歩み寄り財布を差し出した。

「これですよね?」

「え、ああ」

ボーマンはなされるがまま財布を受け取った。

「では、財布はちゃんと返しましたよ」

金髪の少年はそう言うとボーマンの横を通り過ぎた。

その時だった。少年がボーマンにつぶやいたのだ。

「それからアーサーによろしく」

その言葉を聞いたボーマンは驚いて少年を見た。はずだった。

「え?」

そこにはもう少年の姿はなかった。

「どうなってんだ?一体」

(王子のことをあのガキは知ってるのか?それに・・・)

ボーマンは、目の前に立っている黒髪の少年を見つめた。少年は逃げることなくじっとこちらを見つめていた。

(なんであいつ逃げないんだ?そもそも、王子とアロアはあのガキを追って行ったのにそのガキが目の前にいるし、もう一体どうなってんだ?)

「おい!」

混乱していたボーマンは、はっと顔を上げて声のした方を見た。

「お前ら、国王軍に追われているんだろう?」

ボーマンの体がびくっと震えた。

「どうしてそのことを?」

少年がにやっと笑った、その顔は、子供とは思えないほど酷く歪んで見えた。

「お前の仲間、今頃国王軍に引き渡されているぜ?」

ボーマンは、自分の体が緊張して強張っていくのを感じた。

さっきまでの余裕がなくなっていく。

自分の命が危険に晒されている状況を思い出したからだ。

「俺たちをはめたのか?」

少年がまたにやっと笑った。

(あの顔・・・嫌な顔だ。)

「ああ。金色の目をした盗人とその仲間を捕えろって国王軍に頼まれてな」

(国王軍に頼まれた?)

「財布を盗んで、お前らを俺たちのアジトまで連れてこさせてそこに閉じ込める

ってのが俺達の作戦だったんだよ。でも、まさかリーダーにまでばれていてるとはな」

「さっきのガキは、この事知らなかったのか?」

「だってこの作戦は俺たち兄弟で立てた作戦だからな」

「兄弟?」

「まあ3人中2人も捕まえることができたんだから十分だな」

「俺は、捕まえないのか?」

「リーダーに見つかっちまったし気分じゃなくなったんだよ。」

(俺は人の気分で最近助けられているような気がする。)

「お前、もうこの街から早く離れたほうがいんじゃねえか?」

そう言い放った少年の目にボーマンは見覚えがあった。

少年の顔は、人を完全に見下している目をしていた。

(あれは俺の目だ。

俺がガキどもに対して向けていた目だ。そんな俺が今はガキに向けられている?)

ボーマンは今、思い知った。自分が危険な状況に追いやられたことで、自分がどれほど弱かったのか、自分が今まで何をしてきたのか。

(俺は何してんだ?何やってたんだ?)

ボーマンは自分が今まで歩んできた人生がとんでもなく情けないものに思えてきた。

これは、貴様が決めたことだ。

アーサーの言葉がボーマンの頭によぎった。

私を何度殴ってもいい。だがそれは、自分の責任から逃げているだけじゃないのか?

(ああ、そうだ。これでいいんだよ。情けなくてもこれが俺の選んだ道。

俺はあの時生き抜くことで自分で決めたことの責任を果たすと決めたじゃねえか。それに)

「行き着く先なんてない」

(どこへ逃げてもウーサー王の追っ手からは逃げ切れない。俺が生き抜くためには、あいつらが必要なんだ。)

「おい!おっさん!なにひとりでぶつぶつ言ってんだ?」

(どいつこいつも生意気なガキばかり。)

ボーマンは少年に向かって怒鳴った。

「おっさんじゃない。俺の名前はボーマンだ」

少年はきょとんとした顔をした。

ボーマンはその顔を見てふんと鼻で笑った。

(ちゃんと見ればこいつもまだまだガキな顔してんじゃねえか。)

「おい、お前、捕まえた俺の仲間の所まで案内しろ」


   アロア

「あれ?リーダーいないみたいだ」

少年がそう呟いた。

アロアとアーサーの長かった下水道の旅が終わり、彼らのアジトに辿り着いた。

「何だ?誰もいないの?」

アロアが少年の後ろから部屋を覗き込んだ。

(丸い机?)

部屋の真ん中に置かれた大きな丸い机そしてそれを囲むたくさんの椅子。

「円卓・・・」

アロアの横でアーサーがそうつぶやいた。

「そうだよ。この机さ、リーダーの発想なんだ。まあ、中入りなよ」

3人は部屋の中に入った。

大きな丸い机ひとつとたくさんの椅子しかないその部屋はなんだかとても殺風景だった。

「こうして円卓を囲みながら座れば誰が一番偉いとか関係なくなるだろ?年も力の強さも頭の良さも全部さ。みんな平等に意見を言い合おうってリーダーが決めたんだぜ。ま、好きな椅子座りなよ」

椅子はどれも形、大きさがばらばらだった。アーサーはもちろん一番大きな椅子に座り、アロアは側にあった小さな椅子に座った。

少年は2人が座ったのを見ると部屋の鍵を掛けた。

「そのうちリーダーも戻ってくるだろうしゆっくりしていきなよ」

そう言って少年はアロアとアーサーに笑い掛けた。

アロアはそこで初めて少年の顔をしっかりと見た。

「ねえ、そういえばあなたの名前聞いてなかったわね?」

アロアの青い瞳が少年をじっと見つめた。

「あれ?俺、名乗ってなかったっけ?俺の名前はイズーだよ。よろしく。兄さん、姉さん」

少年がまたにこっと笑い掛けた。


   ボーマン

 ボーマンはきょとんとした顔の少年を見ていると自分の情けなさに思わず吹き出した。

(さっきまでこのガキの悪そうな顔にすらびびっていたんだよな俺。)

「何でだよ?」

ボーマンは少年を見た。

「何で逃げないんだ?」

「逃げられないから」

少年は、意味がわからない様だった。

「いいからはやく案内しろ。名前何て言ったっけ?トリタン?」

「トリスタンだ!」

思わず勢いで名乗ってしまったことに少年が驚いて今更ながら口を手で押さえていた。

「なんだ。お前やっぱりまだまだガキだな。だから国王軍につけこまれたんじゃないか?」

トリスタンは何も答えない。

「何か褒美でももらえるとか言われたんだろ?」

トリスタンはちらっと自分の掌を見た。彼の手の中で何か光った。

さっき店で落ちていたやつか?

「言っておくが、国王軍は約束なんて守らないぞ」

トリスタンが拳を握り締める。

「お前らは利用されただけだ」

トリスタンがボーマンを睨む。

「無駄だよ。お前らの望みを叶える気なんて少しもない」

「なんでお前にわかるんだよ!!」

トリスタンが搾り出すように叫んだ。

「あいつらは、俺達に父さんと母さんを会わせてくれるって約束した!」

「会えないよ」

ボーマンの即答にトリスタンの口はぽかんと開いたままになった。

「俺、元国王軍だからわかるんだ」


アーサー

 (円卓の机・・・あいつが前に話していた。)

アーサーは喜びで体が震えそうだった。

しゃべり続けるアロアとイズーには目もくれず円卓の机をじっと見つめた。

(マーリン。絶対にお前を殺してやる。)

アーサーはやっと見つけたのだ。ずっと探していた者を。


   アロア

「ねえ、もういい加減にしない?イズー」

先程までの会話がアロアのその一言でぴたっと止まった。

「あなたは私達をリーダーに会わせる気なんて全くないでしょ?」

イズーは何も答えない。

「国王軍と取引でもしたの?」

イズーは胸を押さえた。

(きっとどうしようもない約束をしたのね。国王軍どもは。)

さすがにあからさまにここまで誘いこまれたのだから、あのアーサーでも気づいているだろうとアロアは横に座っていたアーサーを見た。

そのアーサーの顔を見てアロアは思わず息を呑んだ。

円卓を見つめるアーサーの顔は今まで見たことのない顔をしていたからだ。

その時、扉が強く叩かれる音が響いた。

「俺は、会いたいだけなんだよ。父さんと母さんに」

イズーはにこっと笑った。

「ごめんね。姉さん。兄さん」


   ボーマン

「国王軍?お前が?」

「元だけど」

「そんな情報聞いていない」

そう言うと、しまったという顔をしてトリスタンはまた手で口を塞いだ。

「情報?」

トリスタンはボーマンをじっと見つめたかと思うと急に背を向け走り始めた。

「あ、おい待ちやがれ!」

ボーマンはトリスタンの後を追った。

「付いてくるな!」

「お前らのアジトに連れて行け!」

路地裏を曲がったところでボーマンの足が止まった。

そこは壁しかなく行き止まりになっており、トリスタンの姿はなかった。

ボーマンは肩で息をしながら叫んだ。

「おい!よく聞け!国王軍は絶対にお前らの得になるような働きはしない。むしろ利用するだけ利用してすぐに見捨てる奴らだ。まだ俺はこの街にいる!お前らがスリばっかり働くあの店にな!気が変わればそこに来い!いいな!」

ボーマンは壁に背を向けて一歩踏み出したところで足を止めてつぶやいた。

「お前は必ず気が変わるよ」

彼の足元には小さなマンホールがあった。


   アロア

 イズーの顔は真っ青だった。

その表情でアロアは部屋に入り込んできた人間は彼が予期した人間ではなかったこと 

を悟った。

アロア自身も国王軍が入り込んでくるものだと思っていたのだが。

(誰?)

部屋に入り込んできたのは、派手な制服を着て無駄に大きな銃を持った国王軍ではなく、そこにいたのはどこにでもいる街の人間だった。

(だけど・・・)

アロアは気になった。彼らは、入り込んでくるなり、アーサーをきらきらした目で見つめていたからだ。

(よく見たらちょっと泣いている人もいるし!一体この人達は?)

「お前ら何者だよ!」

イズーはそう叫んでいたが誰もイズーに目もくれない。

なぜなら彼らは、アーサーに釘付けだったからだ。

「遂に見つけました」

一般人の大群からそんな声が聞こえてきた。

「私たちの希望」

「私たちの救世主」

そして誰かが叫んだ・

「アーサー王子!遂に見つけましたぞ!」

その瞬間、大群が一斉にアーサーの名を叫んだ。

アロアはその光景を口をぽかんと開けて見つめていた。イズーも同じようにあっけにとられているようだった。

そして当のアーサーは、じっと睨んでいた円卓から目をそらし、アロアに問い掛けた。

「アロア、なんだこいつらは?」

今更そのセリフかとアロアは思った。


   トリスタン

「必ず気が変わるよ」

マンホールの下にいたトリスタンの頭の中でその言葉がずっと響いていた。

(もうあいつは行ったかな。)

じっと聞き耳をたて、外に誰もいないことがわかるとトリスタンはマンホールを押し上げた。このまま下水道の中を歩けば、アジトに着くが、今のアジトは国王軍で埋め尽くされているだろうし、後の事をトリスタンはイズーに任せていた。

外に出たトリスタンは大きく息を吸った。彼の顔は満面の笑みになっていた。なぜなら

もうすぐずっと会いたかった両親に会えるのだ。

彼は拳を開いた。

そこには小さな銀色のロケットに入った4人の幸せそうな家族写真があった。

「もうすぐだ」

トリスタンは意気揚々と路地裏を出ると街の大通りに出た。彼の中にはもうボーマンの言葉は全く残っていなかった。

大通りに出る直前でトリスタンの足が止まった。

目の前から数人の少年達がこちらに向かって走ってくる。

(あいつら・・・俺とイズーの計画に気づいて怒っているんじゃ・・・)

仕方ない、あいつらの親の分も国王軍に掛け持ってやるかとトリスタンはこちらに向かってくる少年達に手を振った。

「おい!お前ら・・・」

しかし、大きく左右に振っていたトリスタンの手が止まった。

「え?」

少年達の姿はボロボロだったのだ。顔はあざだらけ。足を引きずりながら走っている者もいた。

呆然と立ち尽くし少年達を見つめるトリスタンの服を一人の少年が掴み、叫んだ。

「てめえ、国王軍に何しやがった!」

「え?」

「てめえとイズー、国王軍が血眼で探しているぞ。あいつら、ガキに騙されたとか、喚いて俺達を殴りまくって、てめえらの居場所をかぎまわってんだよ」

「騙された?待て、何の話だ?」

「それはこっちが聞きてえんだよ!」

「おい!国王軍が来たぞ!!」

足を引きずりながら走る少年が叫んだ。

トリスタンの服を掴んでいた少年は、舌打ちをし、トリスタンの服から手を離した。

「仲間をこんな目に合わせておいてただで済むと思うなよ」

そう言うと、少年は、足を引きずる少年の体を支え、ふたりでトリスタンの横を通り過ぎた。

トリスタンはそこで、ぼうっと立っていた。

走り出す気にも歩き出す気にもなれなかった。

(どういうことだ?なんで国王軍はそんなに怒っている?イズーは失敗したのか?)

足音が聞こえてきた。

(あいつらが殴られた?)

トリスタンはまだ動かない。

(なんで?)

大通りから、国王軍が飛び出してきた。

「見つけたぞ!トリスタン!」

トリスタンはそこでやっと走り出す気になった。

気が付くと無我夢中で走り、先程の路地裏にまで来ていた。

トリスタンは再びマンホールの下に潜った。

頭の上で声がする。

「ちっ。見失ったか」

「あのクソガキ、俺たちを騙しやがって」

「まあまあ。騙しているのはお互い様だろ?」

そこでくくくと笑い声が聞こえた。

「うっせえな。俺たちは、騙しているんじゃねえ。ガキのやる気を引き出してあげたんだよ」

「ありゃ笑ったぜ。親に会わせてやるって言った時のあいつらの顔」

「犬みたいだったよな」

トリスタンは体中が熱くなるのを感じた。

彼の頭上では大きな笑い声が響いている。

「ガキは単純だと思っていたがまさか俺たちを騙すとはな。おい、新入り、あいつらは指名手配の盗人を街の広場に誘い出すって言ったんだよな?」

「はい!そうです!」

「土壇場で気づきやがったか」

「あんな忠犬がそんな土壇場で気づくとは思えねえな。広場に誘い出すのを失敗したんじゃねえか?」

「ま、それでも構わねえけどな。ガキを殴る口実が増えるだけだ」

トリスタンの頭上で響く笑い声が遠のいていく。頭上から何も音がしなくなってもトリスタンは動かなかった。彼の頭の中はひとつの疑問でいっぱいだった。

(広場に誘い込む?)

トリスタンの思考は少しずつ動き出した。

(イズーか?いや、直前まで俺たちは打ち合わせをしていたし、あいつが裏切るはずがない。そもそも、裏切るメリットなんてない。でも、あいつは気づいていたのかもしれない。国王軍が俺達との約束を守る気なんてないこと。)

そこでトリスタンは両手で顔を覆った。

(俺たちは父さんと母さんに会えないのか。)

しばらく時間が流れた頃、トリスタンは両手を顔から離し、下水道の奥へと歩き出した。

彼の行先は決まっていた。

アジトではなく、あの料理店だった。なぜなら、彼の中で再びボーマンの声が響き出していたからだ。

必ず気が変わるよ。と言ったボーマンの声が。


イズー

(まてまて。なんなんだよこいつらは。)

イズーは一体目の前で何が起こっているか理解することができなかった。

(ここに指名手配の盗人どもを誘い込んで、国王軍に引き渡す段取りだったのに。

誰だよこいつら!)

「王子!お会いしたかった!」

「アーサー王子!」

(王子ってなんだよ。)

イズーは一向に自分の現状を把握できない。。

(兄貴、しくじったのか?)


   アロア

「貴様ら、私を王子と知っているのか?」

一般人の大群はアーサーの一言でわっと沸いた。

「もちろんですとも王子。私たちは、あなたが城から脱走したとの情報を聞き、あなたの後を追ったのです」

「情報を得た?貴様ら何者だ?」

「私達は、反乱軍の者です」

(反乱軍!?)

アロアは驚いた。

(反乱軍がこの王国に存在していることは知っていたけど・・・まさか、こんな一般人みたいな人ばかりとは思わなかった。それに、反乱軍も国王軍と同じようにあまりいい噂を聞いたことがない。どうしここに?)

アロアはじっと反乱軍の大群を見つめた。

「共に参りましょう。王子」

「なぜ貴様らと行かなけれなならない?」

「王子こそ我ら反乱軍のトップにふさわしい存在だからです」

「つまり、王に対抗できる人間が私ということか?」

「その通りでございます!」

アーサーはふんと鼻で笑った。

「断る」

反乱軍の大群がどよめいた。

「なぜですか?」

(アーサー?)

アロアはアーサーの顔を見た。すると、アーサーもアロアを見た。

「え?」

アロアはアーサーに腕を引っ張られた。

「こいつは、貴様らより百倍は強い。弱い大群など引き連れたところで私に何の得にもならないではないか」

アロアはそんな言い方しなくてもと思ったが一般人の集団よりかは自分一人の方が強いだろうという自信はあった。

「確かにそちらのシスターは、王子を守るために果敢に戦われたこと知っております」

アロアは驚いた。

「どうしてそのことを知っているの?」

反乱軍と名乗る一般人の集団の一番前に立っていた男がにやりと笑った。

「我々の力はそれです」

「それ?」

「情報力ですよ。国王軍、騎士団、そして王族まであらゆるところに我々の仲間はいるのです」

「じゃあ今回のイズー達の計画も見抜いたの?」

「ええ。もちろん。国王軍どもには嘘の情報を教えましたから、ここには来ません」

「嘘だろ」

イズーは全身の力が抜けたように床に座り込んだ。

「おいアロア、私達は嵌められていたのか?」

「嵌められていたわよ」

「貴様知っていたのか?」

「この部屋に入ってからイズーの様子がおかしかったじゃない。普通誰でも気が付くわ」

「何だと?」

「まあ、おかしかったのはイズーだけじゃなかったものね」

「どうしてくれるんだよ!お前ら!」

突然イズーが反乱軍に叫んだ。

「もう少しで俺と兄貴は父さんと母さんに会えたのに。お前らのせいで台無しだ」

(違う。きっと会えなかった。もしイズー達の計画がうまくいっていたとしても国王軍達は子供達のためにそんなこと決してしない。)

アロアはイズーにそのことを伝えようとした。

「イズー聞いて。国王軍は」

「馬鹿なガキどもだ」

そうアロアの言葉を男が遮った。

「お前らは騙されたんだよ。国王軍は決してお前らに親を会わせるような真似はしない。俺達がここに来なきゃ、反乱軍の要となる王子は国王軍に引き渡されていた。お前らはいるだけで迷惑なんだよ」

男の言葉は止まらない。

「親がいないせいで、街中で盗みを働く上に簡単に騙され利用される。ん?まあでも、お前らのおかげで王子に会えたから多少の利用価値はあったのかもしれないな」

反乱軍の大群が声を上げて笑い出した。

床に座り込んでいたイズーはまっすぐその大群を見つめたが、彼の青い瞳が揺らいだのがアロアにはわかった。

アロアは怒りで体が熱くなるのを感じた。

拳を握りしめ、一歩近づこうとした時、アーサーがつぶやいた。

「利用価値?」

アロアは立ち止まった。その声は低く怒りに満ちている声だった。

アロアはアーサーの顔を見ることができなかった。とても怖かったから。


   アーサー

「王子、何か気に障りましたでしょうか?」

波乱軍の大群は、不安そうにアーサーの顔を見つめた。

アーサーは思った。こいつらもマーリンと同じだと。

「貴様らも奴と同じだ」

アーサーは反乱軍を睨んだ。

「消えろ」

反乱軍の大群はざわついた。

「し、しかし王子が我々に付いてくだされば」

「国王軍にも騎士団にも対抗できます」

集団の一人一人がいかにアーサーが反乱軍に必要な存在なのか言葉を発していたが、アーサーにはただの雑音にしか聞こえなかった。

「消えろ!」

アーサーが叫んだ。

反乱軍は言葉をぴたっと止め、一斉にアーサーを見たかと思うと皆、恐ろしいものを見たかのように青白い顔になっていった。そして逃げるように一人また一人と部屋を出て行った。最後の一人が出て行った時、アーサーがアロアに問い掛けた。

「一体何だったんだ、あの集団は。急におとなしくなったかと思えば部屋を出て行ったぞ?」

アーサーはアロアを見たが、アロアはアーサーを見ようとしない。

「おい、アロア聞いているのか?」

「ええ。聞いているわよ」

「ならなぜ私の目を見ない?」

「別に」

「もう大丈夫だよ!姉さん!」

アーサーがきょとんとした顔をしてイズーを見た。イズーの声を聞いたアロアはアーサーに振り返りじっとアーサーを見つめた。

「よかった。元に戻ったのね。アーサー」

アーサーは意味がわからない。

「どういうことだ?」


  アロア

 (さっきまでのアーサーすごく恐かった。今まで見たことのないような顔をしていた。

ネロでもあんな顔したことない。まるで)

「王様の顔」

アーサーが怪訝そうにアロアを見つめた。

「王様みたいだったの。さっきまでのアーサー」

「俺も」

床に座り込んでいたイズーが立ち上がった。

「なんかこの人に逆らったらダメだってそんな気分になったよ」

「それはそうだろう」

アロアとイズーはアーサーを驚いて見た。

「私は、貴様らよりもはるかに高貴な存在なのだから」

アロアは思った。

(あのアーサーは幻だったのかも。)


   ボーマン

「おい兄ちゃん、いい加減に仲間を探しに行ったらどうだ?」

ボーマンは料理店の前で待っていた。トリスタンを。

「兄ちゃんには、店内の配置変えてもらって感謝してるけどよ、そんな怖い顔で店の前にいられたら、スリのガキすらこの店に入ってこれねえよ」

「ああ、悪いなおじさん。でもあいつは絶対来るんだよ」

「あいつ?」

ボーマンはふうっと息を吐いた。

「まあ、でもここにいたら確かに商売の邪魔だな。中で待たせてもらうわ」

ボーマンが立ち上がり、店の中に入ろうとしたその時、待て!という声が聞こえた。

後ろを振り向くとそこには、トリスタンが立っていた。

「お前、いつの間に」

「気が変わった」

「え?」

「あんたの言う通り気が変わったんだ」

ボーマンはにやっと笑った。

「俺の言った通りだっただろう?」

トリスタンは何も答えない。

「まあいい。早く俺をあいつらの所に連れて行け」

トリスタンはボーマンに背を向けて歩き出した。

「おじさん!俺達の荷物取ってくれ!」

「あ、ああ!ほれ!」

ボーマンは荷物を受け取ると、トリスタンの後を追って走った。

   

トリスタン

「なるほどな。お前らはこうやって下水道の中にアジトを作って街中を移動していたんだな」

トリスタンは何も答えない。

「で、アジトに俺達を誘い込んで国王軍に引き渡すって作戦だった訳か」

トリスタンはまだ何も答えない。

「お前さ、それって仲間を危険に晒していないか?」

ボーマンの前を歩いていたトリスタンが急に立ち止まったので、ボーマンはトリスタンにぶつかりそうになった。

「お前が言うな」

トリスタンがそうつぶやいた。

「俺でも言えるよ。お前、仲間を」

トリスタンがボーマンの胸座を掴んだ。

「黙れ!国王軍が偉そうに何を言う!?」

「元国王軍な」

「うるさい!」

「図星だから怒っているんだろう?」

トリスタンは思い出していた。国王軍にぼろぼろにされた仲間達の姿を。ボーマンの胸座から手を離した。

「俺は、ただ父さんと母さんに会いたいだけなのに。なんで会えない?なんでこうなるんだ?」

(どうしてあいつらは俺達をこんな目に合わせるんだ?)


   ボーマン

 ボーマンは目の前で項垂れる少年を見て、初めて自分が今までしてきたことを恥じた。

なぜなら彼は、少年達に暴力を振るい、利用し、少年達の気持ちを踏みにじってきた。

今まさに、目の前にいる少年は、そうして国王軍にぼろぼろにされた完成形であった。

(今まで傷つけた人間の気持ちなんて考えたことがあっただろうか。いや、なかった。そんなこと考えていたら、俺は誰も傷つけられなくなる、騙せなくなる、踏みにじれなくなる、力で従わすことができなくなる。今、自分がひどい目にあっていることでやっとわかったんだ。)

「弱い人間の気持ちなんて誰も考えてくれない」

ボーマンはそうつぶやいていた。

それを聞いたトリスタンは目を見開いて怒鳴った。

「なんだと!お前」

「だから!」

ボーマンが怒鳴った。

「お前は、強い奴らの気持ちなんて考えなくていい」


   トリスタン

「ま、そういうことだよ。早くお前らのアジトに連れて行け」

そう言うとボーマンは何事もなかった様にトリスタンの横を通り過ぎて行った。

トリスタンはぽかんと口を開けてその後ろ姿を見つめていたが、はっと我に返った。

「おい!待てよ!」

ボーマンが振り返る。

「さっきのはどういう」

「お前は強い奴を傷つけてもいいって言ったんだよ」

「え?」

「その代わり、あいつらとは違うやり方でな」

あっけにとられているトリスタンにボーマンは言葉を続ける。

「お前は、忘れるなよ。弱い奴の気持ちを」

ボーマンは前を向いて歩き出した。

トリスタンはしばらく考えていた。

(俺は、あいつらに国王軍に何かしてやろうと思ったことがあっただろうか。いや、考えたこともなかった。ずっと怖かったから。怖くてびくびくしながら生きていたんだ。)

トリスタンはボーマンの背中に向かって叫んだ。

「おい!待てよ!お前道知らないだろ!?」


   イズー

 (とにかく計画はめちゃくちゃになった。俺達のプランはこれでおしまいだ。)

「もう父さんと母さんには一生会えないのかな」

イズーがそうつぶやいて、首から下げていたロケット見つめた。

優しい笑顔でこちらを見つめる両親の写真にイズーは胸が締め付けられそうになった。

目の前で会話をしていたアロアとアーサーはそんなイズーを見つめた。

「イズーのお父さんとお母さんはどこにいるの?」

イズーは俯いた。

「わかんない。みんなそうだ。国にお金が払えなくなると、大人は集められて大きなトラックに乗せられる。そしてそのままどっかに連れて行かれるんだ」

そしてイズーは力なく笑った。

「馬鹿だなあ俺。あんなにたくさんの大人がどっかに連れて行かれるんだから国王軍が俺の父さんと母さんの居場所を知っているはずがないのに」

「イズー」

アロアはイズーの側に駆け寄り、そっと肩を抱いた。

その様子をじっと見つめていたアーサーが口を開いた。

「父の政策とはそれか?」

イズーとアロアは顔を上げてアーサーを見た。アロアは頷いた。

「兄さん、さっきの奴らが言っていた通り本当に王子なの?」

アーサーは何も答えない。イズーは立ち上がりアーサーにしがみついた。

「会わせてよ」

アーサーはイズーを見下ろした。

「会わせてよ。父さんと母さんに」

その声は震えていた。

「会わせてよ!」

アーサーは何も答えない。イズーは床に崩れ落ち、嗚咽を上げて泣き出した。


   アロア

 (ああ。またこの顔だ。覚悟を決めた顔だ。)

アロアにはアーサーの横顔がネロの横顔と重なって見えた。

ネロの声がアロアの中で響く。

えらくなるか死んでしまうかだよ。アロア。

(ネロ・・・。)

アロアは俯いて自分の腕をぎゅっと握り締めた。

「私は貴様に両親を会わせてやることはできない」

アロアは顔を上げた。イズーも泣きながらも顔を上げていた。

「だが、こんな国にした原因を殺すことはできる」

(原因?)

その時、勢いよくドアが開いた。

   

ボーマン

 ドアを開けると、中にいた3人が一斉にこちらを見た。

「アロア、王子、無事だったか?」

「ボーマン!」

アロアが駆け寄って来た。

「どうしてここがわかったの?」

「こいつだよ」

ボーマンはにやっと笑ってトリスタンを部屋に引き入れた。

「貴様!」

アーサーが駆け寄って来た。

「兄貴!」

アーサーの後ろからそう声がした。

「イズー!」

トリスタンが怒りで顔が真っ赤になっていたアーサーの横を通り過ぎて部屋の中にいた

少年の元へ駆けて行った。

あいつがトリスタンの弟か。

「無事だったか。イズー」

「兄貴、一体何がどうなってんだ?」

兄弟が再会を喜んでいる姿を背にしてアーサーはむすっとした顔をボーマンに向けた。

「どういうことだ?ボーマン」

アロアもボーマンに詰め寄った。

「どうなってるの?」

「落ち着けよ。ふたりとも。それから」

ボーマンは二人に荷物を渡した。

「忘れ物だ」


   アロア

 それぞれ再会を果たした五人は円卓を囲んで話し合っていた。

「つまり全員の話を合わせると国王軍に私達を誘い込むようにイズーとトリスタンは言われた。で、ここに誘い込む作戦を国王軍に伝えたけど、国王軍の中にいた反乱軍にそのことが知られ、反乱軍が国王軍を騙して反乱軍がここに。イズーとトリスタンが裏切ったと思っている国王軍は関係のない子供達に暴力を振るいながら二人を探している・・・と」

「全部俺達のせいだ。俺達はやっぱりあいつらの言う通り邪魔な存在なんだ」

そう言って俯いたイズーをトリスタンが怪訝そうな顔で見た。

「邪魔な存在?誰がそんなこと言った?」

「ここに来た反乱軍の奴らだよ。俺達はいるだけで迷惑だって」

トリスタン椅子から立ち上がってイズーに向かって怒鳴った。

「そんなこと」

「あるよ!」

イズーの怒鳴り声がトリスタンの怒鳴り声を遮った。

「俺達が国王軍と取引しなきゃみんなは殴られずに済んだし、兄さんや姉さんだって巻き込まれずに済んだんだ。俺達はいるだけで迷惑なんだよ」

トリスタンを見つめるイズーの青い瞳が潤んでいた。トリスタンは力なく座り込んだ。

「ああ、全く迷惑な話だ」

全員がその声の主を見た。

「貴様らが全て引き起こしたことだ。仲間を危険な目に合わせたのも。私達を面倒なことに巻き込んだのも」

トリスタンもイズーも何も答えないで俯いた。アロアも何も言わなかった。なぜなら、アロアはアーサーがいつものアーサーと何か違うとわかっていたからだ。

ボーマンもそうなのだろうか。彼も何も言わなかった。

「確かに貴様らは邪魔な存在だな」

トリスタンが拳を握りしめたのをアロアは見ていた。

「だからと言って利用する理由にはならない」

(ああ、そうか。)

「私は、許せない」

(アーサーは怒っているのだ。)

「この街の国王軍も反乱軍も根絶やしにしてやる」

アロアはアーサーを見た。アロアにはわかった。その顔は怒りの顔だと。

(何があったか知らないけど、利用する人間をアーサーはとことん憎んでいる。)

けなされると思っていたイズーとトリスタンは驚いてアーサーを見つめていた。ボーマンは、はあっと大きなため息を吐いた。

「王子、お前なあ根絶やしにするとか言ってるけど、戦力になるのアロアと俺しかいないじゃねえか」

アロアはそれを聞いて驚いた。

「え?ボーマン手伝ってくれるの?」

ボーマンはむすっとした顔をした。

「そりゃここまで話を聞いたら手伝わない訳にはいかねえだろ?」

「ボーマン」

アロアがじっとボーマンを見つめた。

「な、なんだよ」

「私、ボーマンは元国王軍だから子供達の味方にはならないだろうって思ってた」

「アロア、嘘じゃねえよ。安心しろ。裏切ったりしない」

まっすぐ見つめ返すボーマンの目をみてアロアは思った。

(確かに嘘は付いていないみたいね。)

「まあボーマンが裏切ったとしても私一人で国王軍も反乱軍も倒すけど」

イズーが驚いてアロアを見た。

「姉さん、一体何者なんだ?」


イズー

 「帰ってこないのか?」

トリスタンにアロアとアーサーのことを説明していたイズーは一瞬アーサーが何を聞いているのかわからなかったが、リーダーのことだと少し考えてからわかった。

「本当はさ、リーダーってあんまりアジトにいないんだ。リーダーに会わせるって兄さんと姉さんに言ったのもここに誘い込むための嘘」

アーサーはそうかと呟いてじっと円卓を見つめた。

(兄さん、そんなにリーダーに会いたかったのか?)

「ねえ、それよりもあなた達の仲間こそ心配だわ。私達ここで結構話し込んでいるのに誰も帰ってこないもの」

「まさか、みんな国王軍に捕まったんじゃ」

イズーの顔が真っ青になった。

「兄貴、いつまでもここにいられない。早く外に出た方が」

「待て。今出て捕まったら俺達どうなると思ってんだ?あいつらはいつも俺達に容赦なく暴力を振るうだろ?あんなに怒らせたんだ。暴力だけじゃ済まないかも」

「でもこの場所あいつらは知っているんでしょう?」

イズーとトリスタンが同時にアロアを見た。

「ここに誘い込むって最初の話ではなっていたんだから、あいつらだってここを探しにくるわよね。普通」

トリスタンとイズーは大きく目を見開いたまま動かない。

「でもここに来ないってことは別の方法を見つけたのかもしれない」

「悪い言い方をすれば、もっとお前らを苦しめる方法を見つけたってことだな」

そう言ったのはボーマンだった。イズーは息を呑んだ。

(皆捕まってひどい目に合わされているのかも。俺達の代わりに。イズーは考えているだけでも怖くなった。)

「あいつらは、お前らに騙されたと思ってめちゃくちゃに怒っているはず。国王軍ってさめちゃくちゃプライドだけは高いからいつもいじめていたガキになめられるとすごくイラつくんだよな」

アロアとアーサーが嫌そうな顔でボーマンを見つめた。ボーマンはふたりの顔を見るとはっと我に返り、掌を振りながら否定した。

「ち、違うぞ。今はそんなこと思わないし、思ってもいないけどあの頃は自分に力があって、好き勝手できると思っていたんだよ。なんでも思い通りになるってな。自分より弱い人間を力でねじ伏せていただけなのに」

イズーは横に座っていたトリスタンがじっとボーマンを見つめていることに気が付いた。

(兄貴?)

「とにかく俺が言いたいのは、そんな自分が強い人間だと勘違いした野郎でも怒らせると結構面倒ってことだ」

アロアがうーんと唸った。

「じゃあここにいても仕方ないわよね。外に出て国王軍を倒しましょ?」

「姉さん、そんなあっさり」

「反乱軍はどうするんだ?」

「あいつらは、後回し。ただの一般人に見えたし。ほっといてもきっと何もできないわよ。情報収集はお手の物みたいだったけどね」

すっと立ち上がって行きましょと言うアロアを見てトリスタンはイズーに囁いた。

「おい、イズー本当にこの女強いのか?」

「うーん。でも、俺姉さんに思いっきり蹴られたし」

「そりゃお前が鈍臭いからだろ?」

「ち、違うよ。だって暗い下水道の中で俺、音もなく近づいたのにさ」

「イズー」

兄弟の会話を遮ったのはアーサーだった。

「貴様に頼みがある」

「え?」

アーサーがイズーの耳元で囁いたかと思うとそのままアロアたちの元へ行ってしまった。

「おい、何言われたんだ?」

トリスタンがイズーをじっと見下ろした。

「え?ああ、この街から国王軍を排除してやるからリーダーに必ず会わせろって。兄さん、そんなにリーダーに会いたかったんだな」

イズーがトリスタンの顔を見ると彼はじっとアーサーを見つめていた。

「兄貴?」

「リーダーに会ったんだよ」

「え?」

「そしたら財布を返してやれって言われたんだ」

「リーダー見抜いてたの?俺達の作戦」

「いや、見抜いていた様には見えなかった。ただあの王子の事を知っているって感じだった」


   アロア

「イズーに何言ったの?」

アーサーはアロアの目を見たが、目を伏せた。

「別に。何も」

(嘘だわ。私には全部わかるんだから。)

「ふーん。そう」

そのアロアの顔が気に入らなかったのかアーサーがむっとした。

「何だ貴様、その顔は?」

「別に何も」

アーサーはさらにむっとした。

「おい、お前ら遊んでいる場合じゃないぞ」

アロアとアーサーがボーマンを睨んだ。

「な、なんだよ?」

「やっぱりボーマンが一番変」

「は?」

「貴様、何か企んでいるのではないか?」

ボーマンは、ため息をついた。

「少しは俺を信用しろ」

「だってほんの数日前まで国王軍で子供をいじめていた人が、さあ国王軍を倒そうなんて言える?」

「お前と一緒だよ。アロア」

アロアがきょとんとした顔でボーマンを見つめる。

「気分だよ」

「気分?」

そう尋ねたのはアーサー。

「お前だって親友を殺したも同然の国王軍がほっといたら殺されるかもしれないって状態から気分で救ってくれたろ?それと同じだ」

アロアは小さくああとつぶやいていた。

「それはちょっとわかるかも」

「そう。気分なんだよ。だからさアロア、今はこんな気分だけど、もしかしたら、また前みたいにガキどもをいじめたいって気分になるかもしれねえ」

そう言ってボーマンはちらっとトリスタンとイズーを見つめた。ふたりは仲良くじゃれあっていた。

「でも、今はあいつらを助けたい気分なんだよ。正直、自分がこれからどうなるのかの

不安の方が大きい。でもだからこそ、自分が力の強い奴らに殺されるかもしれないことになってやっとわかったんだ。俺たちがいじめていた俺たちよりも弱い奴らの気持ち。だから今はあいつらを助けたい。本当に心からそう思えるよ。俺は自分がひどい目にあってやっとそう思えるようになるような人間だがな。それでも、そういうもんじゃねえのかな。気分だろうが何だろうが」

ボーマンは唇を噛み締めて俯いた。

(ああ、そうか。ボーマンはこんな単純に助けたいと思ってしまった自分が軽薄な奴なんじゃないかと不安なのか。)

アロアはふふっと笑った。

「でも、そういうもんでしょ?」

ボーマンが顔を上げてアロアを見つめる。アーサーもアロアに視線を移す。

「おかげで、今目の前にいるふたりは助かるかもしれないわけだし。人助けってそういうもんでしょ?自分がいかに軽薄でも誰かを助けたいってほんの少しでも思えたらそれでいいんじゃない?たとえそれが一時のものだとしても」

そう言ってアロアは、ボーマンの横を通り過ぎ、ドアノブに手をかけた。

「ここで話をしていてもらちがあかない。そろそろ行きましょ」

アロアは振り返ってボーマンを見つめた。

アロアの言葉を聞いたボーマンの瞳は少し潤んでいた。

アロアはそんなボーマンを見て微笑んだ。

まだ彼女の中では国王軍は許すことのできない存在であるが、ボーマンのような人間がいるのかと思ったら少し嬉しかったからだ。

「おい、アロア」

アロアとボーマンはアーサーを見つめた。

「貴様、私に嘘をついたな?」

「え?」

「こいつを教会へ連れて行くのは人質に使うためだと言っていたではないか。あれは嘘か?」

「今、そこを言うのね」

真剣に問い詰めるアーサーの顔がおかしくて、アロアはつい笑い出してしまった。

それを見たボーマンも吹き出した。

アーサーの何がおかしい!と叫ぶ怒鳴り声よりもふたりの笑い声の方が大きかった。


   ボーマン

 薄暗くて長い下水道から地上へ顔を出したボーマンの目に強い光が飛び込んできた。

「暗いところから出ただけで、こんなに外が明るく感じるんだな」

そう言ってボーマンはトリスタンとイズーを見た。明るい場所で見る彼らの顔は地下で見たときよりも不安そうに見えた。

(それもそうだ。あいつらは、自分たちのせいで仲間がひどい目にあっているかもしれない、そんな不安を抱えてんだから。それにしても)

「やけに静かじゃないか?」

「本当ね。いくら裏通りだからって静かすぎるわ」

その時、トリスタンが突然駆け出した。

「あ、待って!兄貴!」

イズーがその後を追う。

「ふたりともちょっと待って」

アロアもふたりの後を追って駆け出した。

「全く勝手なガキどもだな」

「王子」

ボーマンがじっとアーサーを見つめた。

「お前、あいつらのリーダーと知り合いか?」

アーサーの金色の瞳が光る。

「なぜそう思う?」

ボーマンは懐から財布を出し、アーサーに渡した。

「これ、あいつらのリーダーがお前に返してくれって。それからお前によろしくって」

財布を受け取ったアーサーの目が大きく見開いた。

「あのクソじじい」

ボーマンはアーサーが誰のことを言っているのかわからなかった。

「クソじじい?あいつらのリーダーはガキだったぞ?」

「そうか。お前にはそう見えたのか」

ボーマンはさっきからアーサーが何を言っているのかわからない。

「そう見えた?」

「いいから。行くぞ。鼻男」

アーサーはボーマンに背を向けて駆け出したが、ボーマンはその場に突っ立ってただアーサーの後ろ姿を見つめていた。

アーサーの背にくくりつけている剣が揺れる。

(剣に選ばれた王。とんでもなく強いシスター。孤児たちのリーダー。何かある。絶対に。) 

ボーマンは走り出す。アーサーの後を追って。

きっと今にわかるそう思ったから。


   アロア

 大通りに出たところで、ものすごい人の大群を大通りの先にアロアは見た。

トリスタンもイズーもその光景を見て足を止めている。まるで黒いかたまりが大通りの先にある広場を見つめている、そんな光景だったのだ。

そして、そのかたまりの先には大きな舞台があり、その上に人が数人いるのがここからでも見えた。

(あれはなんだろう? )

「あいつらだ」

そう言ったのはトリスタンだった。アロアはトリスタンのあいつらが国王軍を指すのか仲間を指すのかわからなかったが、目を凝らして見てわかった。

(両方だ。)

広場にある舞台の上に数人の子供達と国王軍がいたのだ。トリスタンとイズーは居ても立っても居られなくなったのか大群に向かって走り出した。

あいつらが大群の前で何をしようとしているのかわかったからだろう。

(まるで処刑台。)

アロアはそう思った。

「待って!トリスタン、イズー!」

「アロア!」

名前を呼ばれてアロアは振り向いた。アーサーとボーマンが息を切らしてこちらに駆け寄ってきた。ふたりも黒い大群のかたまりを見て足を止めた。

「あれは一体」

アロアはふたりの呆然とした顔を見つめた。

(このままただ向かってもきっと何もできない。)

「ねえ、ふたりとも私の話をちょっと聞いてくれない?」

   

トリスタン

 (嘘だろ。頼む。やめてくれ。やめてくれよ。)

トリスタンは黒い大群の中へ突っ込んだ。

黒い大群の正体は街の人々だった。

「国王軍」

「ガキども」

「処刑」

そんな言葉がトリスタンの耳に入ってくる。

トリスタンは大群をかき分けていく。まるで真っ暗な海をもがいているそんな気分になった。かき分ければかき分けるほど不安になる。自分が溺れていくような。

ようやくトリスタンは暗い海から脱出したがそこで見た光景にトリスタンは目を見張った。

広場には大きな舞台があり、その上にボロボロに傷ついた子供たちが横一列に並ばされていた。

国王軍の男が叫ぶ。

「こいつらは、街で悪事をはたらき、私達の生活を脅かす悪党どもだ!また、こいつらの仲間であるトリスタンとイズーはあろうことか国王軍を騙し、軍の任務を妨げたのだ!国王軍を騙すということは、王を騙すことに匹敵する。よって本来ならばトリスタンとイズーを罰するところだが、奴らを逃がしてしまったため、連帯責任として奴らの仲間を罰することにする」

トリスタンは理解できなかった。

(奴らの言っていることはめちゃくちゃだ。そこには論理も何もない。ただあるのは)

「俺たちを苦しめたいだけだ!」

トリスタンはそう叫んだが、誰ひとり聞いてはいなかった。なぜなら黒い大きなかたまりは、トリスタンの叫びをかき消すほどの歓声を上げていたからだ。

(どうして?どうして誰も止めない?そんなに俺たちは悪いことをしたのか?

ああ。そうか。)

トリスタンは黒いかたまりの表情を見てわかった。

(こいつらはただ単に自分より不幸な奴らを見たいだけだ。安心したいんだ。こいつらよりはましだって。)

彼らの表情は笑顔で満ち溢れていた。

トリスタンがぎゅっと拳を握り締める。彼の頭の中で一つの言葉がこだまする。

弱い人間の気持ちなんて誰も考えてくれない。

トリスタンの手に力がこもる。

だからお前は強い奴の気持ちなんて考えなくていい。

トリスタンは顔を上げて舞台を見上げた。

だからお前は強い奴を傷つけてもいい。

トリスタンは叫んだ。

「俺はここにいるぞ!」

 

 イズー

 (兄貴どうして?)

イズーはトリスタンが国王軍に向かって叫んでいるのをただ見つめていた。

国王軍の言葉をきいていなかったわけではない。だが、怖かったのだ。これ以上国王軍を怒らせたくない。そんな感情がイズーの体を捕らえて離さなかった。

   

トリスタン

歓声は鳴り止まない。トリスタンの叫び声はかき消される。

「俺はここにいるぞ!」

トリスタンは止めない。

「俺はここにいる!」

その声は歓声を覆うように響き渡った。黒いかたまりの大群が黙り込む。

そして、舞台にいた国王軍がトリスタンの存在に気が付き、見下ろした。

「仲間に手を出さないでくれ」

舞台の上にいる国王軍は何も答えなかった。

「頼む。あいつらに手は出さないでくれ」

国王軍はにっと笑ったかと思うと、トリスタンに言い放った。

「君は誰だい?」

トリスタンは思わずえっ?と声が出ていた。

「申し訳ないがこれは街の子である君には関係がないんだよ。そこで見ていなさい?」

トリスタンは男が何を言っているのかわからない。だが、次に男がささやいた言葉はトリスタンをパニックに陥れた。

「やめろ!やめろ!」

トリスタンは国王軍が何をしようとしているのか理解した。走り出し、舞台に駆け上がろうとした。

「お前ら、街の子を取り押さえろ」

数人の国王軍がトリスタンを地面に押し付けた。トリスタンは男の囁きが頭から離れない。

「そこでお前の仲間が傷つくところを見ていろ」

(あいつらは俺たちの仲間を痛めつけて絶望する俺たちの顔を見たいんだ。それがあいつらの復讐だ。)

「てめえらやめろ!俺の仲間に手を出すな!悪いのは俺だ!あいつらは関係ない!」

国王軍の男はにたあと笑った。

「街の子がおかしなことを言っているね。君には悪いけど、悪いことをしたら罰せないといけないんだ。これは仕方なくやっているんだよ」

そう言う男の手には剣が握られていた。

「お、おい何する気だよ」

「希望ある若者の腕を切り落とことは非常に残念だが罪人は腕を切り落とすのがしきたりだからねえ」

(腕を切る?)

「ま、まって」

国王軍の男はにやにやしながら横一列に並ぶ子供達の前にやってきた。

「さて、誰から切ろうか?」

子供たちは恐怖で声も出ない様だった。

「お、おいやめろ!」

子供たちは腕と足が縛られていて逃げることもできない。ただ剣を持った国王軍を見つめるだけだった。

「まあいい。じゃあ左から順番にいくか」

男が列の一番左にいる少年に近づいて行く。

トリスタンは言葉にならない叫びを上げた。

(やめてくれ。たのむ。やめてくれ。誰か・・・誰か助けて。)

「やっぱり国王軍は最低ね」

トリスタンの耳にそんな言葉が飛び込んできた。

顔を上げるといつの間にか横にアロアが立っていた。

「なんだ?このシスターは?」

トリスタンを取り押さえていた国王軍の1人がアロアに近づこうとしたその瞬間、

男の体が吹っ飛んだ。

「え?」

トリスタンは涙でぐちゃぐちゃになった顔をアロアに向けた。

「お、おいこいつ例の盗人の仲間じゃないか?」

「なに!?」

トリスタンの周りに数人の国王軍が寄ってきた。

舞台にいる剣を持った処刑人の男も何事かとこちらを見下ろしていた。

(ああ。大丈夫だ。)

トリスタンは今の自分がおかれている状況が理解できていない訳ではない。

(俺たちは助かった。)

だが、横にいるアロアを見ているとそんな気持ちがわいてくるのだ。

「アロア」

アロアの青い瞳が地面に押し付けられているトリスタンを見つめた。

「助けて」

アロアは目を閉じて大きく息を吸った。


   アロア

自分で決めたことに責任を持ちなさい。

アロアは何かを決断する時、いつも思い出す。恩人のシスターの言葉を。

大丈夫、自分で決めたことは自分でどうにかできるから。

大きく息を吐き、目を開けた。

アロアはトリスタンを取り押さえていた国王軍を蹴り飛ばした。地面に押し付けられていたトリスタンは口をぽかんと開けてこちらを見ていた。

アロアたちを取り囲んでいる国王軍たちも彼と同じような顔をして見つめていたが、状況を察したのか一斉に襲い掛かってきた。

「トリスタン!そのまま頭を抱えて伏せて!」

トリスタンは声を上げる間もなく頭を抱えて地面に伏せた。アロアは襲い掛かってくる国王軍どもを次から次へと倒していく。国王軍は、もはやアロアの敵ではない。アロアのひと蹴りで、ひと振りで吹っ飛んでいってしまうのだから。

さすがに尋常な強さではないと怖くなったのか15人ほど倒したところで国王軍は誰も襲い掛かってこなくなった。

アロアが国王軍を次々と倒している様子を見て驚いたのは国王軍だけではない。

黒いかたまりの大群も驚き、パニックになっていた。

「反乱だ」と口々に叫び、逃げ惑い始めたのだ。

そんなパニック状態に陥り、人々が逃げ惑う広場に男の声が響いた。

「おい!クソガキ!これを見ろ!」

アロアは声のする方を見上げた。舞台にいた処刑人の男が少年の首に剣を突きつけていた。

「少しでも動いたらこいつを殺す」

地面に伏せていたトリスタンもその光景を見ると立ち上がり、叫んだ。

「やめろ!やめてくれ・・・悪いのは俺なんだ。だからやめてくれ」

懇願するトリスタンを見て、国王軍の男はまた、にたあと笑った。

「俺たちをなめたらどうなるか教えてやるよ」

男が少年に突きつけていた剣に力を込めたのがアロアにはわかった。

「トリスタン大丈夫よ」

トリスタンは目を見開いてアロアを見た。

「あいつらが卑怯で卑劣なことはずっと前から知ってる」

アロアはそう言うとトリスタンに微笑んだ。

その時だった。銃声が響いた。


   ボーマン

 (後ろから人を撃つ行為は卑怯だろうか?なんて言ってられない。)

少年に剣を突きつける国王軍の男に向かってボーマンは銃口を向けていた。

男の手から剣が落ち、キーンという甲高い音が響いた。

(アロアの言った通りになった。)

あいつらは本当に卑怯。自分たちが危ない目に合うと思ったら絶対に子供を人質にする。

そうアロアは断言していたからだ。

(俺としてはちょっと複雑なんだがな。)

腕を撃たれた国王軍の男は気絶してしまった様でそのまま膝から崩れ落ちた。

ボーマンは子供たちの縄をほどき始めた。

「お前らとにかくこの街から逃げろ」

「で、でも国王軍が」

「きっとまた捕まっちまう」

子供たちは不安気な声を次々と上げていた。

「安心しろ。この街の国王軍は全員この広場に集まっているし、街の住民もほとんどここにいる。しかも、こんなことになってパニック状態だ。この混乱に乗じて逃げろ」

「でも、ここから奴らが追ってきたら?」

「大丈夫だ。あの姉ちゃんがやっつけてくれる。あと俺もな」

子供たちの恐怖でこわばっていた顔に少し笑顔が戻ってきた。

「トリスタンとイズーは?」

子供たちは舞台下を見下ろした。パニックに陥った人々の中に泣きじゃくった顔でこちらを見上げるトリスタンとその後ろで呆然と立ち尽くすイズーの姿が見えた。

ボーマンは思った。

(こいつらは、あいつらのせいでこんな目に合っているのに仲間のことを思っているのか。)

「あいつらは俺たちがどうにかする、お前らはいいから早く行け」

子供たちはしばらく舞台の下を見つめていたが、意を決したのか走り出し、舞台から下り、逃げ惑う人々の大群の中に消えていった。

「しっかし、お前、本当に何にも手伝わなかったな!王子!」

そう言ってボーマンは舞台裏を振り返った。

「あれ?」

だが、舞台裏に隠れていたはずのアーサーがいなくなっていた。ボーマンは辺りをきょろきょろと見渡した。

いつの間にかアーサーが舞台の真ん前に立ち、アーサーは真っ直ぐ逃げ惑う人々を見つめていた。

「おい、王子何してんだ?」


   アーサー

(あいつがいる。)

アーサーはパニック状態に陥った広場を見つめていた。

「マーリン」

逃げ惑う人々の中にいたひとりの老人がこちらを見つめていた。

「おい!」

アーサーはボーマンの声にはっと我に返った瞬間、老人の姿を見失った。

アーサーはため息をついた。

「何見てたんだ?」

「別に、何も。ガキどもは逃がしたのか?」

「ああ。みんな逃がした」

舞台の下では、やけくそになって襲ってくる国王軍をアロアが次々と倒していた。

「俺は、仕組まれていると思うよ」

アーサーは黙ってボーマンを見つめた。

「お前とアロアが出会ったこと。だっておかしいだろ?あんなに強いシスターと運良くお前が出会えるなんて。しかもアロアはお前にやたら甘いし」

アーサーは戦っているアロアに視線を戻した。

「ああ。そうだな」

ボーマンは驚いてアーサーを見た。

「王子、お前」

「いたぞ!捕まえろ!」

アーサーとボーマンが振り向くと、舞台裏から数人の国王軍が登ってきていた。

ボーマンは舌打ちをすると持っていた拳銃を構えた。

国王軍たちはじりじりとアーサーたちに近寄る。

アーサーも背にくくりつけていた剣の柄を握り締めた。


   アロア

 アロアの視界に国王軍に追い詰められているアーサーたちの姿が映った。

「トリスタン」

アロアは横にいたトリスタンを抱き寄せた。

「え?」

「つかまって」

トリスタンは訳もわからず、アロアにしがみついた。

アロアは右腕でトリスタンを抱え上げて勢い良く舞台に向かって走り出した。

「跳ぶわよ。トリスタン」

「お、おい嘘だろ」

後ろから国王軍たちが追いかけてきていたが、彼らの手がアロアに届く前にアロアは高く跳び上がった。

そのままふわりと舞台に降り立ったふたりを舞台の上にいた全員が呆然と見つめた。

追い詰められている状況にも関わらずボーマンは、はははと笑った。

「お前、本当に一体何者なんだ?」

アロアはボーマンに、にっと笑い、それからアーサーを見た。

「アーサー、選定の剣は使わないで。ここで使ったらまたボーマンみたいな人が増える」

アーサーはそれでも剣の柄から手を離さない。

「そんなにその剣が使いたい?」

「私はこの剣で殺したい奴がいる」

「王だろ?」

そう言ったのはボーマン。

アーサーは何も答えない。

「違うわ」

アーサーとボーマンがアロアを見た。

「そうでしょ?アーサー?」

アーサーはぎゅっと剣を掴む手に力を込めた。

「私が倒す」

アロアの一言にアーサーは目を見開いた。

「今、目の前にいる国王軍もアーサーの殺したい奴も私が倒す。だから今はその剣使わないで?誰にも」

アーサーの金色の瞳が光った。

「貴様には無理だよ。アロア」

アロアはその言葉の意味が理解できなかった。問い返そうとしたが、アロアたちの登場にかたまっていたっ国王軍が再び動き出した。

アロアとボーマンは国王軍に応戦する。アーサーは剣を引き抜こうとしている。

「アーサー、だめ!剣を使わないで!」

「なぜ?私は選ばれた王だぞ?」

アロアはアーサーの腕を掴む。

「その剣であなたは人を斬ることできない。そしてその理由をあなたが一番よくわかっているんじゃないの?」

アーサーは目を大きく見開き、アロアを見つめた。

「言葉通り、私が守る」

アロアは次から次へと襲いかかってくる国王軍を倒していく。

ボーマンも必死で応戦する。

「くそっ!」

「なんなんだよこの女は!」

アロアの強さを目の当たりにした何人かの国王軍はそう言って逃げ出し、少しずつだが形勢は逆転していった。

しかしその時、舞台の下から叫び声が聞こえた。

アロアは、振り返って舞台の下を見つめた。

「しまった!」

イズーを置いてきてしまった。

「イズー!」

トリスタンが叫んだ。イズーは国王軍の男に剣を突きつけられていた。

「お前らこいつの命が惜しくば降参しろ!」

アロアが脚に力を入れ、舞台から飛ぼうとした瞬間だった。アロアの体が飛ぶのをやめた。ある一点に彼女は釘付けになっていたからだ。

青い瞳に白い肌、赤い唇、自分と同じシスターの服。

(どうしてここに?)

混乱する群衆の中を街の大通りを歩くようにすたすたと進んで行く。

パニックに陥っている人々とぶつかることなく、彼女は進んで行く。

アロアは目を大きく見開いてその光景を見つめていた。

(ここにいたの?シスター?)

「やっと出てきたか」

アロアの横にいつの間にかアーサーが立っていた。

「マーリン。遂に見つけた」

アロアはその言葉に驚いてアーサーを見つめた。

「アーサー、なぜ?なぜシスターの名前を知っているの?」


   アーサー

 アーサーは黙ってアロアを見つめた。アロアは状況が理解できないという顔をしてじっとこちらを見つめていた。

アーサーはそんなアロアを見て確信した。

(アロアの命を救ったシスター。教会地下に作られた通路。やは全て仕組まれていたのか。

なぜアーサーがアロアの恩人の名を知っているのか彼女には訳がわからないだろう。)

アーサーは黙って舞台の下を見つめた。そこには剣先を向けられるイズーの元へ近づく老人の姿があった。


   ボーマン

 ボーマンは、まだ逃げ出さずにいた数人の国王軍を倒し、ふうとと息をついた。

「おい、見たか?お前ら、俺の勇姿を」

そう言って後ろを振り向いたが、誰もいなかった。

(って誰も見てねえし!)

するとアロアたちが舞台の下を見つめていることに気が付いた。

「おい!お前らなにやって」

3人の元へ駆け寄ったボーマンの目に国王軍に剣を向けられるイズーの姿が映った。

「イズー!」

次に彼の視界にイズーの側に近づくあの金髪の少年が映った。

(ん?あいつは確か」


   トリスタン

 トリスタンはほっとしていた。

なぜならリーダーが来てくれたから。

(リーダーならイズーを助けてくれる。国王軍なんて敵じゃない。

でも、なんでアーサーはリーダーの名前を知っているんだ?)


   アロア

 (アーサーどうしてシスターの名を知っているの?)

アロアはその疑問をのみこんだ。なぜならアーサーは、恐ろしい顔をして、シスターを見つめていたからだ。アロアはアーサーの顔から目をそむけ、シスターに視線を向けた。

(シスターどうしてここに?)

イズーの元にたどり着いたシスターは剣を振りかぶって襲いかかってくる国王軍に全く動じることなく、ふわりと身をこなし、軽く国王軍の体を押した。軽く押しただけのように見えただけだろうか、男はぶわっと体が浮き上がり吹っ飛んだ。

そんなシスターの足元にイズーは抱きついていた。

「リーダー!」

横にいたトリスタンがイズーに向かって叫んだ。

「え?」

アロアは舞台の下を見たがイズー以外に子供らしき人間はいなかった。

(イズーは確かリーダーは、私とアーサーと同い年くらいって言っていた。)

「トリスタン、あなたたちのリーダーどこにいるの?」

「ああ、ほら今イズーを助けた」

「イズーを助けた?」

アロアはイズーをもう一度見つめたが、イズーの側にいるのは、やはりシスターだった。

「どこにいるの?」

「あそこにいるじゃねえか」

そう言ったのはボーマンで、彼の指の指す方向にいるのはイズーと会話しているシスターだった。

「ほらあの金髪の」

「金髪?」

そう言ったのはトリスタン。

「リーダーは金髪じゃねえよ。俺と同じ黒髪だ」

「は?でもあそこにいるのは金髪のガキだろ?お前らぐらいの年の」

「リーダーは、俺より年上だし、どう見たってアロアよりも年上じゃねえか。むしろお前と同い年くらいの」

「何言ってんだ?トリスタン」

「私も」

アロアがふたりの会話を遮った。

「私も見えない」

ボーマンとトリスタンがきょとんとした顔でアロアを見つめた。

「私には少年なんて見えない」

舞台の下にいたシスターが顔を上げてこちらを見つめていた。

アロアとシスターは目が合った。シスターはアロアに優しく微笑み、視線をアロアの横に移した。

彼女の視線の先には、アーサーがいる。アーサーがどんな顔をしてシスターを見つめているのかアロアは見る勇気がなかった。

なぜならアロアはわかったのだ。

(アーサーの殺したい人ってシスターのことだ。いや、アーサーにとってはシスターじゃない。)

シスターの足元に相変わらずイズーは抱きついている。

(イズーにもシスターは別の姿で見えている。シスターはシスターじゃない。

あなたは一体何者なの?)


   アーサー

 (全てあいつのせいだ。

父が王になったのも。国が荒れたのも。ガウェインが死んだのも。

全てあいつのせいだ。

殺してやる。)

アーサーは背中にくくりつけていた剣を引き抜いて舞台から飛び降りた。

アロアが何か叫んだが今のアーサーには聞こえない。

アーサーは走った。イズーの横にいる老人の元へ。

そのまま勢いにまかせて老人に向かって剣を振り下ろしたが、老人は優しく剣を受け止めた。

「マーリン!貴様!」

アーサーは剣を老人の手から離そうとしたが、離れない。

老人は年甲斐にもなく今にも泣き出しそうな顔をしていた。

しかし、アーサーの目には映らない。

アーサーの目には憎い仇しか映らない。

老人が剣から手を離した。アーサーはそのまま剣を老人に振り下ろしたが、何も起きない。何も斬れていない。

アーサーは再び老人に向かって剣を振り下ろそうとしたが、イズーが老人の前に立ちふさがった。

「兄さん、やめて!どうしてリーダーにこんなこと」

アーサーの金色の瞳がじっと老人の瞳を見つめた。老人の黒い瞳がアーサーを見つめ返す。

老人は目の前に立つイズーを優しく後ろへ追いやった。

「リーダー?」

アーサーが鼻で笑った。

「イズー、貴様もこいつのせいでこんな目に合っているのだぞ」

イズーはきょとんとした顔で老人の後ろからアーサーを見つめた。

「兄さん、どうゆうこと?」

アーサーは老人を睨みつける。

その目はまるで汚いものでも見ているようなそんな目だった。

(この国が、こいつらがこんなにも苦しむことはなかった。この国は間違っている。全て、全て間違っている。)

アーサーの目に金色に輝く王冠を乗せた姿が浮かび上がった。

(ずっと恐くて、でも愛されたくて、自分を見て欲しかった。気に入られたかった。でも、本当はわかっていた。それは父の恐怖から逃げるための欲望だということを。わかっていた。私は単なる理由が欲しかった。単に愛されたいと思いたかった。だからガウェインやランスロット、グウィネヴィアと出会い、友人になりたいと感じたことは、私にとって人生で初めて何の汚れもない単なる理由を手に入れた時だったのだ。だが、そんな友人ももういない。その友人を私から奪ったのは?こんな国に変えてしまったのは?父を狂わせたのは?誰だ?)

「全て貴様のせいだ。マーリン」

アーサーは泣いていた。だが笑っていた。

アーサーの中が今までにないほどの怒りで満ち溢れていく。剣をもつ手に力が入る。

(今なら斬れる。)

アーサーはそう確信した。

アーサーは老人に向かって剣を振り下ろす。先程と違って剣が軽い。まるで自分の体のような。

(このまま斬れる。)

老人に向かって刃が伸びるように落ちる。剣はキーンという音をたてて何かかたいものを斬り落とした。

アーサーは人を斬ったことなどなかったが、人を斬った音ではないことぐらいわかっていた。

透き通るような刃が真っ二つになって地面に落ちた。老人も何も手を出していない。

アーサーは斬ったつもりだった。あまりにも剣が自分になじんでいたものだから、斬れるという自信があったから。

アーサーは何も斬っていない。

ただ、彼の手には半分に折れた刃がついた剣があった。

老人が落ちていた刃の半分を拾い上げ、アーサーをまっすぐ見つめた。

「剣は見ている。見ているのだぞ。アーサー」

アーサーは手から剣を離した。剣といっても折れた刃の半分が残っただけの剣だが。

老人は折れた刃の半分を持ち、すっと舞台の上に視線を移し、つぶやいた。


   アロア

 シスターが何をつぶやいたのかアロアにはわかった。アロアは小さく頷いた。

シスターはそのままパニックになっている群衆の中に消えていった。アロアは舞台の上で座り込んでいた。

(そうか、シスターこれがあなたの)

「おい、アロア」

ボーマンがいつの間にアロアの横にいた。アロアはボーマンに笑顔を作ろうとしたが、うまく作れなかった。涙が溢れてきたからだ。

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫。私は大丈夫」

それはボーマンに答えた訳ではない。自分に言い聞かせたのだ。

(偶然のはずがない。全てはシスターの)

「自分で決めたことって自分でどうにかできると思わない?」

(責任だったんだ。)

アロアはシスターが消えていった群衆を見つめる。

これが私の責任。

シスターは確かにそうつぶやいた。


   アーサー

 (ガウェイン)

本当にお前が王だったんだな。

(貴様なら)

いや、わかっていたよ。俺は。でもさ、こうやって剣を引き抜く姿を見てると、ああ、本当にお前は選ばれた王なんだなって。

(どうする?王の証、折れてしまったよ。

まただ。また胸が痛い。)

アーサーは俯いて落とした剣の柄を見つめた。柄から伸びる刃はその先にもっと長い刃がついていたことなど初めからなかったように光っていた。

(私は王などではない。私は選ばれてなどいない。いや、選ばれていたのかもしれないが間違いだった。アーサーは剣を拾い上げ、半分になった刃に自分の顔を映した。)

自分の泣き顔をアーサーは初めて見た。

(なぜ私は泣いている?

私は王になりたかったのか?

この胸の痛みは何だ?)

「兄さん?」

声のした方を見るとイズーがじっとこちらを見つめていた。そのきょとんとした顔を見ていると今自分がどこにいるのかアーサーは思い出した。

アーサーの耳に群衆の叫び声や怒鳴り声が入ってくる。

彼らは国王軍がアーサーたちと戦い初めてからパニックになって逃げ出したかと思ったが、いざ国王軍が戦って負けているところを見ると今までたまっていたうっぷんを晴らそうと国王軍に殴りかかっていた。

集団で囲み、ひとりの国王軍を袋叩きにしている連中までいた。

「この国はもう駄目だ」

アーサーがそうつぶやいた時、彼の中にガウェインとの会話が蘇った。




「本当にお前が王だったんだな。いや、わかっていたよ。俺は。でもさ、こうやって剣を引き抜く姿を見てると、ああ、本当にお前は選ばれた王なんだなって」

アーサーを見上げるガウェインの顔は誇らしげだった。

そんなガウェインの顔を見るのがアーサーは辛かった。

「この国はもう駄目だ。こうなってしまったらもう手遅れじゃないか?私が王になったところで国民たちは変われない。変わることなんてきっとできない」

引き抜いた剣を持つ手に力を込めた。

「貴様なら・・・?もし国を任されたとすれば、貴様ならどうする?ガウェイン」

剣を引き抜いた石の上でアーサーはガウェインに尋ねた。

石の下からアーサーを眺めるガウェインはにっと笑った。

「そうなったらお前に託すよ」

アーサーの金色の瞳がじっとガウェインを捉える。

「そりゃさ、お前は傲慢で我儘で自分勝手で?性格は最低だけどさ」

アーサーはむっとした顔をしてガウェインを睨んだ。

ガウェインは微笑んだ。

「でも、剣を引き抜いたお前は王に見えたよ。ああ、こいつが選ばれた王なんだってわかったような気がした。それで十分なんじゃねえの?見かけだけでもいい。そう思わせられたんだぜ?この俺が。お前の性格の悪さを知り尽くしているこの俺が。完璧な王なんていねえよ。それにまだ始まってもいねえじゃねえか」

この時の自分はどんな顔をしていたのだろう。本当は自分が王であることが不安でたまらなかった。

ガウェインはそんな私に言い放ったんだ。

「大丈夫。お前は絶対立派な王になるよ」




アーサーは刃に映った自分の泣き顔を地面に捨て、走り出した。


   アロア

 (私も国王軍が憎い。だからわかる。この人達を私は止めことなんてできない。でも)

「国王軍がみんな憎いんだな」

そうつぶうやいたボーマンの顔はすこし悲し気だった。

「この人たちの気持ち痛いほどわかる」

(それでもこんなの間違っている。)

「止めないと」

アロアが駆け出そうとしたその時、アーサーが舞台に上がってきた。

「アーサー」

アーサーは一瞬視線をアロアに向けたが、何も言わずそのまま舞台の真ん前に立ち叫んだ。

「やめろ!」

アロアはあっけにとられてその様子を眺めていたが、アーサーが街の人や国王軍に向かって叫んでいるのだとわかった。

「やめろ!」

(大きな叫び声。でも)

「やめろ!」

(誰も聞かない。聞こえない。)

その声はだんだんと小さくなっていった。

アロアは思い出していた。反乱軍たちに囲まれた時のことを。

(あの時のアーサーはとても恐ろしかった。恐ろしくて顔も見れなかったほど。でも、今は違う。弱々しくて恐ろしさも威厳も何もない。)

アロアは力なく座り込んでしまったアーサーの元へ駆け寄った。

「アーサー」

アーサーは何も答えない。

相変わらず舞台の下では、街の人々からの国王軍への復讐が繰り広げられている。

「全て仕組まれていたのだぞ」

アロアは何も言わずアーサーを見つめる。

「私と貴様が出会うように奴は仕向けた。自分の犯した罪の尻拭いのために」

「シスター・・・マーリンの犯した罪?」

「私の父を、間違った王を、王にしてしまったこと」

アロアはシスターの言葉を思い出した。

昔ね、私ひどい過ちを犯したことがあったの。その時は本当に自分を責めた。今のあなたの様に自分が大っ嫌いだった。

アロアはしゃがみこんでアーサーの顔を見ようとしたが、アーサーは顔を俯けて上げようともしない。

アロアは視線を舞台の下に移す。国王軍と街の人々との戦いは見ていて気分が悪い。

「私、自分で決めたのよ。シスターの元で学ぶこと。あなたに付いて行くこと。あなたを王にすること。全部自分で決めたこと。シスターは私にきっかけをくれたにすぎない。そもそも私の命の恩人だしね」

「お前の命を助けたこと自体仕組まれていたものだとしたら?」

アロアは笑った。

「それはそれでありがたいわよ。命を助けてもらったことに何の変わりもないから」

アーサーは何も答えない。そんなアーサーを見て、アロアは立ち上がった。

「アーサー、あなたは逃げている。かつての私のように。全て自分やマーリンのせいにして、大事なことから逃げている。自分で決めたことに責任は伴うものよ」

「私は、何も決めていない」

「本当にそう?じゃあ、どうしてあなたは責任を感じているの?」

アーサーは何も答えない。

「今は忘れているだけなのよ。そのうちきっと思い出す。思い出したら、教えてよ。アーサー」

アロアはそう言って舞台の下へ飛び降りた。


   ボーマン

 ボーマンはアロアが飛び降りた姿をじっと見つめていた。

(あいつは国王軍が嫌いだと言っていた。でも、きっと国王軍を助けるために今飛び降りたんだ。あいつはそういうやつだ。短い付き合いだがわかる。そして)

ボーマンは顔を俯けて座り込んでいるアーサーに近づいた。

「俺は自分が助かりたいがためにお前らに付いて来た。それだけだ。仕組まれたこととか何も関係ないしな。だからお前には王になってほしい」

ボーマンはアーサーを見下ろしたが、相変わらず俯いたままだった。

ボーマンは構わず話を続ける。

「でも。お前は王になる気なんてないんだろ?そして俺たちからも逃げる。そうだろ?」アーサーは何も答えない

「お前はそう言う奴だ。短い付き合いだがわかる。今の俺はトリスタンやイズーのおかげでこの国を変えたいって気持ちが強くなってんだ。でも、また心変わりするかもしれねえ。元の俺に戻っちまうかも。そうなったらアロアを裏切るかもな。だから、そうなる前に戻ってこい。王子」

そう言ってボーマンも舞台の下へ飛び降りた。

思っていた通り国王軍のために戦うアロアの元へ走るために。


   アーサー

 (ここはどこだ?いやどこでもいい。とにかくひとりになりたい。)

アーサーあなたは逃げている。

(ひとりになりたい?私は元々ひとりじゃないか。人に守ってもらおうなど思ったことが間違いだった。)

かつての私のように。

(それに今はもう守るものなんてない。行けるところまで行こう。)

全てマーリンのせいにして大事なことから逃げている。

(行こう。ひとりで。ひとりで行くんだ。)

自分で決めたことに責任は伴うものよ。

「うるさい!」

アーサーの怒鳴り声だけが響いた。周りには誰もいない。

(痛い。)

アーサーは胸を押さえた。

(痛みが消えない。この痛みは何なんだ。私は一体どうしたいのだ。)

アーサーは再び歩き出した。彼の遥か後ろには街が見えた。































   ロッシュ

 (この村を超えてさらにもうひとつ村を超える。あともう少しだ。

あいつのいる街まで!)

「なんだよ兄ちゃん、何かいいことでもあったのか?」

小さな村の宿屋のカウンターで考え事をしていたロッシュは、我に返ってカウンター越しに声をかけてきた男に、にやっと笑った。

「これからいいことあんだよ。それよりおっちゃん、今日部屋空いてるのか?」

「ああ。空いてるよ。一番小さくて一番狭い部屋だけどな」

「上等だよ!俺ァ金がもう底つきそうでさ」

「旅の人間がそんなお金なくて大丈夫なのか?」

「大丈夫なんだなこれが。この村を超えた先に俺の友達がいるんだよ。そいつに会いに行くまでの辛抱だからな」

ロッシュは一刻も早く会いたかった。かつての親友に。

そして一刻も早く伝えなければならないことがあった。

部屋は聞いていた通りベッドひとつで部屋のほぼ全てを埋め尽くしている狭い部屋だった。

「上等。上等」

ロッシュはそう言いながらベッドの上に荷物を置き、自分もベッドに倒れこんだ。

天井をじっと見つめた後、目を閉じた。

(何年振りになるんだ?

俺のこと覚えているかな?

それ以前にあいつ変わっちまって俺、わかんねえかも。

いや、それはないか。)

「早く・・・早く会いてえな。アロア」

ロッシュはそのまま眠りこんでしまった。




「ロッシュ・・・ロッシュごめんな。こんな父親ですまない」

(ああ。まただ。またこの夢だ。

なんで謝るんだ?謝ってももうどうしようもならないのに?

小さい、小さい男だ。

俺は、こんな男にはなりたくない。)




 ロッシュの目に天井が飛び込んできた。大きく息を切らしながら、ロッシュはまっすぐ天井を見つめた。

呼吸はだんだんと落ちついてきた。

「やっぱ夢だったか。そりゃそうだよな」

ロッシュは目を閉じた。

(大丈夫。悪夢を見た後はいつもいい夢が待っている。だから、眠ろう。今は眠ろう。)

ロッシュは再び深い眠りへと落ちていった。




「おはよう。あら、ひどい顔ね?」

宿屋の少女がふらつきながら廊下を歩くロッシュに声をかけた。

「え?あ、ああ。昨日ちょっと眠れなくてな」

「あなた、あの狭い部屋に泊まったお客さんでしょ?そりゃあんな部屋じゃ誰も寝れないわよ」

「おいおい、じゃあ、あの部屋売り物にするなよ」

少女はくすくすと笑ってカウンターに入っていた。そのままロッシュも支払いをしようとカウンターに向かった。

「本当に困るわね。かれこれ3ヶ月だよ」

「ひとり旅なのかね?」

カウンターの奥からそんな話声が聞こえてきた。

「なあ、あいつら何の話をしているんだ?」

お金を受け取った宿屋の少女がため息をついた。

「あれね。本当困っているのよ。もう3ヶ月間ずっと泊まっている人がいてね。まあ代金はもらっているんだけど。なんせ小さい村のこんな小さい宿屋でしょ?住み着くんじゃないかって母さんも父さんも気味悪がってるのよ」

「ひとりで3ヶ月もねえ」

「しかもこの辺りの人間じゃないみたいで」

「え?なんで」

「だってそのお客の・・・あ、今帰ってきたわ」

チリンと鈴の音が鳴って扉が開く音が聞こえた。

ロッシュは扉の方へ振り向こうとしたが、肘がカウンターに置いていた財布にあたり、チャリンと音をたてて財布から小銭が散らばった。

「おっと。やっちまった」

ロッシュは小銭を拾おうとしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

カウンターから少女が出てきて、散らばった小銭を集めるのを手伝ってくれた。

ロッシュは顔を上げて扉の方を見たが、例の迷惑なお客は去ったあとだった。

「あら、あなたお金持ってないんじゃなかった?それにしてはお財布ぱんぱんよ?」

少女が集めた小銭をロッシュの財布に入れ、ロッシュに差し出した。

「ああ、これな。これは、俺のための金じゃねえんだ。この先にいる俺の親友にいいもん食わせてやろうと思ってよ。そのための金なんだ」

「へえ、素敵。早く会いたいわね」

ロッシュはにやっと笑って財布を受け取った。

「ああ、もうすぐ会える」

(もうすぐ会える・・・と思ってたのに。)

「国王軍に反乱を起こした!?」

ロッシュの声は教会の中で響き渡った。祈りを捧げていた数人がロッシュを睨んだ。

「あまり大きな声をだすんじゃない」

「あ、すまねえじいさん。思わず驚いちまって。でも、なんで反乱なんか。二年前きた手紙にはここで元気にやってるって」

「そりゃあ反乱を起こしたのはつい3、4ヶ月前くらいだいからねえ」

「な、なんで反乱なんか」

「さあね。ただこの街の国王軍を全員倒してしまったんじゃよ」

「こ、国王軍を全員!?」

ロッシュの声がまた教会にこだまする。

「お、おい、じいさん!俺が尋ねてるのは、ここでシスターとして働いていたアロアって女の子のことだぞ?どっかのおっさんとまちがえてんじゃねえのか?」

「ああ。そうじゃ。アロアのことじゃ」

「え?でも、アロアは普通の女の子で」

「違うよ!」

ロッシュの後ろで少年が叫んだ。

「アロア姉ちゃんは本当に強かったんだ!僕が国王軍にいじめられているところを助けてくれたんだぞ!」

「俺もだ!」

教会で祈りを捧げていた別の少年もロッシュの元へ駆け寄ってきた。

「俺も、助けてもらった」

「私も!」

「僕も!」

「俺も!」

教会のあちこちでそんな声が響き渡った。

「あの子はな、この街でひどい目にあっている子供たちを助けていたんじゃよ」

「アロアが」

ああ。そうか。アロア、やっぱりお前はずっと後悔していたんだな。

「じいさん、今、アロアはどこにいるのか知らねえか?俺、どうしてもあいつに会わないといけねえんだ」

「残念だが、もうたぶん会えんよ」

「な、なんで?」

「ここの隣街で大きな騒動があったんじゃ。街の人間が国王軍に反乱を起こしたそうで、それを先導したのが」

「アロアなのか?」

老人は頷いた。

「しかも、王様の剣を盗んだ犯人を匿っているようでな。王命で指名手配もされておる」

「な、なんで!?」

「そもそもこの街の国王軍を全員倒したのも、その犯人を守るためだったようじゃ」

「犯人を守る?」

「なにか理由があったんじゃろな」

(理由って・・・一体。)




 ロッシュは街を後にした。ずっと会いたかった親友はもういない。

ロッシュは西へ戻ることにした。自分の村へ。

「え、親友に会えなかったの!?」

「ああ。もういなくなっててな。手がかりすら掴めなかった」

ロッシュは以前泊まった村の宿屋にまた訪れていた。カウンター越しに宿屋の少女と再会したロッシュは親友に会えなかった愚痴をこぼしていた。

「だから、俺、もう自分の村に帰ることにしたんだよ。まったく最悪だ。せめてあいつ手紙で知らせてくれればよかったのによお」

「それは残念ね。でも、どうして街から出ていったのかしら。西の果ての街なんて、ここ王国の西側で一番大きくて住みやすい街なのにね」

ロッシュは教会で出会った老人の言葉を思い出していた。

「そもそもこの街の国王軍を全員倒したのも、その犯人を守るためだったようじゃ」

(なんで犯人なんかかばったんだ?)

「きっと」

ロッシュは大きなため息をついた。

「きっと田舎娘だったから都会が合わなかったんだろうな」

宿屋の少女がくすくすと笑っているのを見て、ロッシュは微笑んだ。

「で、部屋は空いているのか?」

「ええ、そうね・・・」

「あ、金はあるぞ。もう節約する必要がねえからな。一番いい部屋空いてねえのか?」

「それがね」

少女がため息をついた。

「一番いい部屋はここ三ヶ月ほどずっと空いてないのよ」

「お、おいそれって」

「そう。例のお客」

「まだいたのか!」

「ええ、まだいるのよ。だから、申し訳ないけど、一番いい部屋は空いてないわ」

「しゃあねえな。じゃあ今空いてる部屋でいいよ」




「空いてる部屋ってまたここかよ」

ロッシュは部屋の大部分を埋めているベッドに倒れ込んだ。

この前、この部屋に入った時は、アロアに会えると思ってわくわくしてたっけ。

「馬鹿だな俺。あいつがじっとしているわけないのに」

ロッシュは顔を枕にうずめるとそのまま真っ暗な闇の中に落ちていった。




「もうお代はいらないよ。だから出っててくれないか?」

真っ暗な闇の中で話声が聞こえる。

「ずっとこの部屋に泊まられると困るんだよ」

(何の話だ?)

「頼むよ。別の村の宿屋を紹介するからさ」

(ああ、そうか。例のお客か。)

ロッシュは重い瞼を開けると低い天井が目に入った。

話声は廊下から聞こえた。

「強情な客なんだな」

ぼーっとベッドの上に座っていたロッシュの背筋に寒気が走った。

「ちょっとトイレ」

ロッシュは部屋の扉を開けて、廊下に出た。その時だった。

ロッシュの心が真っ白になった。時間が止まったようにも感じた。

そしてある一言が浮かび上がった。

(生きていたのか?)

「ちょっとお客さん、どうしたの?」

ロッシュがはっと我に返ると宿屋の少女が不思議そうな顔をしてロッシュを見つめていた。

「あ、驚いちゃったわよね。今走っていったのが例の」

「今のが例の客か」

「ええ。お父さんがもう出ていいてほしいって言ったら怒って逃げちゃって」

「俺、追いかけてくるよ」

「え?」

ロッシュはそのまま駆け出した。

「ちょ、ちょっとお客さん!」

少女がそう声を掛けた時、ロッシはすでに階段を下りていた。

(生きていたのか?)

ロッシュは宿屋の扉を開けて外に飛び出し、息を切らしながら叫んだ。

「おい!お前!宿屋の迷惑客!」

ロッシュの青い瞳に懐かしい少年の姿が映る。

あの金色の髪。優しい眼差し。

(生きていたんだな!)

「お前、ネロだろ?ネロなんだよな?」

少年が口を開いた。

「貴様」

「きさま?」

ロッシュはぽかんと口を開けたままかたまってしまった。

「私に言っているのか?」

少年はロッシュに背を向けるとまた歩き出した。

「ま、待てって!ネロ!」

ロッシュが少年の肩を掴んで引き止めた。少年は肩におかれたロッシュの手を払いのけ、

振り向いた。

「しつこいぞ!」

少年がロッシュを睨みつけていたが、ロッシュは少年の顔が懐かしくてたまらなかった。

(ずっと会いたかった。ずっと謝りたかった。)

ロッシュの青い瞳から自然と涙がこぼれてきた。

「ネロ・・・会いたかった!」

そう言い放ったロッシュは少年に抱きついた。

「な、何をする!?貴様、離せ!」

しかし、ロッシュは離さない。

なぜなら彼は、もう一生会えないと思っていた親友に会えたと思っていたから。




「いやあ、すまなかったな。俺の親友にお前がそっくりでさ」

ロッシュの目の前に金色の髪と瞳を持った少年が座っていた。少年はむすっとした顔のままロッシュを見つめていた。

「ま、これはおわびだ。好きなもの注文してくれ」

ふたりがいるのは泊まっている宿屋の目の前にある小さな食べ物屋だった。

親友に再会できたと抱きつき喜んだロッシュであったが、それは親友ではなく、ただ似ているだけの赤の他人だった。だが、ロッシュは本当はわかっていた。

その人は、親友でないことぐらい。

なぜなら彼の親友は5年も前に亡くなっているのだから。

だが、そんな彼も思わず生きていたのかと問いただしたくなるほど少年は親友にそっくりだったのだ。

「あ、そういえば俺ァまだ名前言ってなかったよな」

ロッシュは持っていたナイフとフォークを置き、ゴホンと咳をした。

「俺の名前はロッシュ。ここよりもっと西の村から来たんだ。本当はこの村の先に友達がいてよ。そいつに会いに行ったんだが、なんでもすごいことやらかしちまったみたいでさ」

少年はロッシュの話など興味がないのか、目の前にある食事を手際よく口に運んでいた。

「そんで俺の村に帰る前にこの村に寄ったんだが」

ロッシュはじっと少年を見つめた。

「お前、本当にそっくりなんだよなあ。あいつに。その、目の色以外」

少年は相変わらずロッシュの話など聞かず黙々と食事を続けていた。

そんな少年を見ながらロッシュはにっと笑った。

「ああ、アロアがここにいればなあ」

食事を続けていた少年の手が止まった。

「アロア?」

「ああ。俺がわざわざ会いに来た奴。でも、あいつ遂に国にたてつきやがってさ、

街にいられなくなったとかでどっか行っちまったんだよ」

「そいつは、貴様の友人なのか?」

「俺の親友でもあり、お前の親友でもある」

きょとんとした顔の少年にロッシュは、はははと笑った。

「悪い。悪い。間違えちまった。お前に似ている奴の親友だよ。本当はさ、あいつにどうしても伝えないといけないことがあったんだがな。いないならもうどうしようもねえから帰ることにしたんだ」

「伝えたいこと?」

ロッシュは顔から笑みを消し、俯いた。

「あいつの親父さん、もう長くねえんだ。だから、早く帰ってきてもらおうと思ってたんだが」

少年の金色の瞳がじっとこちらを見つめていることにロッシュは気が付いた。

「悪いな。関係のないお前にこんな話して。でも、お前さ本当に似てんだ。だから」

「ネロという者にか?」

ロッシュは驚いて口をぽかんと開けていた。

「な、何でその名前」

「大通りで何度もその名を言っていたではないか」

「ああ、そうか俺が言ったのか」

少年は吹き出した。

「私が貴様らの友の名など知るわけがないだろう。似ているだけだというのに。なのに貴様のその驚いた顔」

少年は腹を抱えて笑っていた。

(ああ、笑った顔も似ている。似ているだじゃねえんだ。何もかも全部似ているんだ。)

「なあ、少し頼みがある」

ロッシュは少年の金色の瞳をじっと見つめた。

「俺の村に一緒に来てくれないか?」


   グウィネヴィア

 (ほんの少しだけ。少しだけ街に行くだけ。

すぐ帰る。そう思っていたんだけど。

ここどこ?)

グウィネヴィアはたくさんの人々が行き交う人ごみの中に突っ立っていた。

「さあさ!安いよ!」

「今買わないと損!」

「王国一うまい店!」

至る所から聞こえてくる人々の声を聞きながら迷子でありながらもグウィネヴィアは微笑んでいた。

(王都はやっぱり活気に溢れていて素敵だわ。

ずっとお城にこもりっぱなしだと気持ちが沈むもの。

それに私だって・・・何かしたい。アーサーのために。ガウェインのために。そしてランスロットのために。)

グウィネヴィアはため息をついた。

(まあ、私にできることなんてこれぐらいよね。)

グウィネヴィアはきょろきょろとあたりを見回した。

(この辺だと思ったんたけど、どこかしら。)

グウィネヴィアの金色の瞳に色とりどりの花が目に入った。

「あ、あった!」

歩いていた数人がグウィネヴィアをちらっと見た。

(しまった。思わず大きな声を出してしまった。)

グウィネヴィアは恥ずかしそうに顔を下に向けて、やっと見つけた目的の場所へ向かった。

そこは、小さな花屋だった。

グウィネヴィアはおかれている花をじっと見つめた。

(うーん。どれがいいかしら。)

「誰にあげる花を探しているの?」

グウィネヴィアは驚いて顔を上げた。

花に囲まれたカウンターにいた女性に声を掛けられた。

「あら、驚かせてごめんなさい。あまりにも真剣に探しているみたいだから気になっちゃって」

「ええ。大切な友達にあげる花を探しに来たの。だから慎重に選ぼうと思っていて」

「へえ。好きな男の子とか?」

グウィネヴィアは顔を赤くして首を振った。

「ち、違うわ。もちろん大好きだけど、でも、そういうのではなくて」

グウィネヴィアは側にあった赤色の小さな花びらを持った花に触れた。

「一緒にいると元気がもらえて、私もこんな人になりたいって尊敬できる人」

「ふうん。なるほどね。じゃあ、あなたが今触れているその花なんてぴったりよ?」

「え?」

グウィネヴィアは指に触れている花を見つめた。

「その花はね、イグレーヌ。尊敬やあなたがいて幸せって花言葉があるの」

「イグレーヌ?」

(イグレーヌってどこかで聞いたことのある名前。)

グウィネヴィアは、イグレーヌを優しい眼差しで見つめた。

(あなたがいて幸せ・・・か。)

グウィネヴィアは顔を上げてカウンターの女性に微笑んだ。

「これで大きな花束を作ってくれる?」




(さて・・・ここはどこかしら。)

花屋で買った花束を持ったままグウィネヴィアは街の真ん中で立ち尽くしていた。

(さっき花屋の人にちゃんと道を聞いたのに。わからなくなってしまったわ。)

グウィネヴィアは周りをきょろきょろと見回した。

(前、来た時よりも道が変わっている。王の仕業ね。王都の街並みを変え、王国の地形までも変えてしまう男。自分が王になりたいがために。)

グウィネヴィアはため息をついた。

(アーサー、どこにいるの?早く戻ってきてよ。)

グウィネヴィアが歩き出そうとした時だった。後ろから走ってきた少年がグウィネヴィアの右腕に勢いよくぶつかった。

「おっと」

グウィネヴィアは花束を落としかけてよろめいた。走り去る少年の右手に身に覚えのあるものが握られていた。

(まさか・・・。)

グウィネヴィアはスカートのポケットに手を突っ込んだ。

(やられた。)

グウィネヴィアはすぐさま少年の後を追った。

「誰か捕まえて!財布を盗まれたの!」

街はまだ昼間だったため、たくさんの人が行き来していたが、誰もグウィネヴィアの叫びに反応する者はいなかった。少年の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。

「また、ガキどもの盗みか」

「最近は田舎の街だけじゃなくて王都でも多いからなあ」

「王都でこんな盗みが多いとはこの国も終わりだな」

息が切れて立ち止まったグウィネヴィアの耳にそんな言葉が入ってきた。グウィネヴィアはその場に座りこんでしまった。

走ったおかげで花を何本か落としてしまったようで、花束は少し小さくなっていた。

(本当に。この国はおしまいだわ。王都ですら子供が盗みを働くようになってしまったのだから。)

グウィネヴィアは俯いた。道の真ん中で泣き出しそうになってしまったから。

「これ、あんたの財布だよな?」

グウィネヴィアは顔を上げた。そこには、グウィネヴィアの財布を持った青い瞳の男が立っていた。

「え?」

「違うのか?」

「おい!ボーマン!」

青い瞳をした男の後ろから、少年がひとり走ってきた。

「おう、ちゃんと説得できたか?」

「ああ。なんとか。今日の飯代をちょっと分けてやったしな」

少年がちらっとグウィネヴィアを見た。少年の瞳も青かった。

「なあ、この人大丈夫なのか?見た感じ金持ちみたいだしさ。ショックで立ち上がれねえんじゃねえの?」

少年の言葉を聞いたグウィネヴィアはむっとして立ち上がった。

「聞こえてるわよ?誰が怖くて立ち上がれないって?」

「な、なんだよ。俺たちがお前の財布取り返してやったのに」

「え?あ、ああそうだったわね」

グウィネヴィアは男から財布を受け取った。

「ありがとう。助かったわ」

グウィネヴィアはじっと男と少年の顔を見つめた。

「あなたたちこの辺の人間じゃないわね?目の色が違う。青い瞳・・・王国の西側の人?」

「ああ。そうだ。西の田舎町から来たんだ」

「そう、仕事か何かで王都に?」

「まあ、ちょっと」

「おい!」

少年が睨むようにしてじっと男を見つめた。男はにっと少年に微笑んだ。

「ああ。わかってるよ。トリスタン」

男はグウィネヴィアに振り返った。

「じゃあ、俺たちはここで失礼するよ」

グウィネヴィアはふたりの後ろ姿を見つめながら花束をぎゅっと握り締めた。

「ま、待って!」

男と少年が振り返る。

「私の護衛をしてくれない?」

男と少年がきょとんとした顔でこちらを見ていた。


   ロッシュ

 本当は、アロアを連れ帰って会わせたかったんだが。

「いやあ。本当にありがとよ!」

ロッシュがそう言って後ろを振り向くとまっすぐロッシュを見つめる少年の姿があった。

「俺の馬鹿げた頼みを聞いてくれて助かるよ」

ロッシュは少年に微笑んだが少年はロッシュから視線を外し、すたすたと横切っていった。ロッシュはそんな少年の後ろ姿を見つめながら、昨夜の会話を思い出していた。




「なぜ?なぜ私が貴様の村に行かなければならない?」

少年は先程まで浮かべていた笑みを消し、ロッシュを睨みつけていた。

「死んだ友人の振りをしてほしいんだ」

ロッシュの青い瞳が少年をまっすぐ見つめる。

「あんたにそっくりな俺の友人・・・ネロは、実は5年前に死んでるんだ。でも、あんたはその死んだ友人が生きていたらきっとこんな姿だったって思わせるほど似ている」

「死んだ人間の振りなど無意味だ。それとも化けてでて脅かしたい人間でもいるのか?」

「ほんの気休めだ」

少年は表情を変えずじっとロッシュを見つめた。

「さっき話したろ?アロアって奴の親父さんがもう長くは生きられないって。その人にあんたを会わせたいんだ。アロアの親父さんは、ずっと後悔してる。ネロを死なせちまったこと。今、病気で意識が朦朧としている中で何度もネロの名前を呼んでいるんだ。気休めでもいい。信じてくれるかもわかんねえけど、旦那にネロへ謝らせたいんだ。親父さんには・・・コゼツの旦那にはこのまま死んでもらいたくねえ」

ロッシュは頭を下げた。

「馬鹿げた頼みってことは百も承知だ。だが、どうしてもあんたを会わせたい。頼む」

膝の上に置いていた拳に力が入る。

(頼む・・・!)

ロッシュはまだ頭を上げない。

「村は」

少年の発した声にロッシュは思わず顔を上げた。

「村はここから遠いのか?」

ロッシュは目を瞬いた。

「え?」

「だから貴様の村はここから遠いのか?と聞いている」

「引き受けてくれるのか?」

少年の金色の瞳が光った。

「どうせ私には・・・いや、私はもう宿を追い出される身だからな。次の宿を探したい。それだけだ」




 こんな会ったばかりの奴の頼みをまさか引き受けてくれるとは。

「あんたいい奴だな」

ロッシュの前を歩いていた少年が立ち止まった。

「そういえば、名前、聞いてなかったよな。名前何て」

「貴様の親友の名でいい」

ロッシュの言葉を少年が遮った。

「え?」

少年がロッシュに振り向いた。

「今から私は貴様の親友の振りをするのだろう?では、私の名など知る必要はない」

少年は再び前を向いて歩き出した。

(なんだ?名前を言いたくないのか?)

「お、おい!待てよ」

ロッシュは少年の後を追った。


   ボーマン

 (ここは・・・墓地?)

ボーマンは立ち止まり、あたりを見回した。そこには、たくさんの墓が建っていた。

(どれも立派な墓だな。貴族や王族の墓か?)

「こっちよ」

少女に声を掛けられてボーマンは我に返った。ボーマンの視線の先に花束を抱えた少女がいる。

(見た感じ貴族の子だろうとは思っていたが。)

「あんたの家族の墓があるのか?」

少女は少し微笑んでボーマンから視線を外し、歩き出した。

「この先にあるわ」

ボーマンは黙って少女の後に続いた。

ボーマンの横を歩くトリスタンがじっとボーマンを見つめていた。

「なあ、ボーマン。本当にあいつ信用できるのか?俺たちが護衛をしたらなんでも望みを叶えてくれるって」

「見たところ貴族の様だし、なにかしら願いは叶えてくれるだろ」

「でも、それならなおさらおかしくないか?貴族なら普通護衛を連れて街に出るだろ?なんでであいつひとりなんだよ」

「さあな。ま、とりあえず何もしないで王都にいるよりかはましだと思うぜ。アロアとの約束を果たすには貴族か王族の協力がいるしな」

「まあ、それもそうか」

トリスタンは渋々納得した様な顔をしていた。そんなトリスタンの頭をぽんっとボーマンが叩いた。

「なんだ、お前、まさか前みたいに裏切られるとかでも思ってんのか?怖がりだな」

「う、うるせえな。慎重になってんだよ。前みたいなことはもうごめんだからな」

「ああ。そうだな」

前を歩いていた少女が立ち止まった。ボーマンとトリスタンも立ち止まる。

「ここよ」

少女はしゃがみこんで花束を墓に供えた。ボーマンとトリスタンは少女の後ろから墓を覗き込んだ。墓には、私達の永遠の友 ガウェインここに眠る と刻まれている。

(ガウェイン?なんだ?どこかで聞いたような名だな。)

「家族じゃなかったのか?」

「ええ。そうよ。彼は、私の親友なの」

「病気で死んだのか?」

そう尋ねたのはトリスタン。

「いいえ。彼は殺されたの。この国に」

ボーマンとトリスタンは驚いて顔を見合わせた。ふたりに背を向けたまま少女は立ち上がった。

「彼は、ガウェインはこの国を救うために犠牲になったの。でも、この国にとって彼は反逆者。本当はお墓を建てていけない」

少女はふたりに振り向いて、微笑んだ。

「だからこのことは秘密にしといてもらえる?」

反逆者と友達の貴族。こいつは何者なんだ?

「とりあえずどこかに入って話しましょ?あなたたちの望みを聞かないと」

「本当にいいのか?護衛って言っても墓地まで付いてきただけ痛っ!」

トリスタンがボーマンを睨みつけて腕をつねっていた。

(余計なこと言うなって顔だな。)

「いいのよ。王都もちょっとの間に治安が悪くなってしまったみたいだし。それに、誰かと一緒にガウェインのお墓に来たかったから。ひとりで来ていたらきっとまた泣いていたわ」

少女は優しくボーマンとトリスタンに微笑んだ。

(また泣いていたってことは、前来たときはひとりで・・・。)

「さ、行きましょ?」

ボーマンには一瞬、横を通り過ぎた少女の姿がアロアに見えた。

(そうか。この子もアロアと同じなんだ。国を憎んでる。心の底では。)


   ランスロット

 (なぜだ?なぜここに来た?)

ランスロットは城の地下に向かって走っていた。城を走り抜けるランスロットを邪魔するものは誰もいない。彼の気迫が誰も寄せ付けなかったからだ。

地下へ続く階段の前へたどり着いたランスロットは深く息を吸い、吐いた。

息を落ち着かせて階段をゆっくりと下りていく。

(なぜ?)

彼の頭の中は疑問でいっぱいだった。階段を下りる彼の目に黒い鉄格子が映った。そこに立っていた背筋をピンと伸ばした男がなにか声を発しようとしたのをランスロットは手で遮った。

「ここを開けてくれ」

男は何も言わず、鉄格子を開けた。

中に入ると、さらに左右にいくつもの鉄格子が並んでいる。暗くてよく見えないが、目を凝らすとひとつの鉄格子にひとりずつ閉じ込められている。しかし、ランスロットの目には一番奥にある鉄格子しか映らない。ランスロットはそこでようやく疑問を口にできる。

「なぜだ?なぜ?お前がここにいる?」

ランスロットはじっと鉄格子の中を見つめた。青い瞳がこちらを見つめ返す。

「なぜだ?シスター・・・アロア」

鉄格子の中にいるアロアは微笑み、ランスロットの疑問に答えた。

「もう逃げるのに疲れたの」

ランスロットはアロアを睨む。アロアはそんなランスロットを見て吹き出した。

「うそうそ。冗談よ」

「そんな格好でよく冗談など言えるな」

「ああ。これ?」

アロアは両腕を上げた。彼女の腕には手錠が掛けられていた。

「こんなのすぐ引きちぎれるわよ」

ランスロットが怪訝そうにアロアを見る。

「アーサーは、どこだ?」

アロアの青い瞳がじっとランスロットを見つめた。

「そのことであなたに話があるのよ」

ランスロットはアロアを見つめ返す。

「そのために私はここに来た」


   グウィネヴィア

「好きなもの食べていいわよ?」

「ほ、本当にいいのか?」

「ええ」

グウィネヴィアの前に座るボーマンとトリスタンは、グウィネヴィアから視線を外し手元にあったメニューを見つめたかと思うと手をまっすぐ上げ、店員を呼んだ。

「お、王都特製デミグラスソースのハンバーグ」

「王都特製ことこと煮込んだシチュー」

「王都特製さくさくほくほくコロッケ」

「王都特製とろとろオムライス」

「王都特製」

グウィネヴィアが吹き出した。

「あなたたちさっきから王都特製ばっかり」

「だってよ、俺初めてなんだ。王都で飯を食うなんて、次元の違う人間のすることだと思ってたから」

「俺もこいつと同じだ。王都は金持ちの街だって思ってたからな。年甲斐にもなく興奮しちまった」

グウィネヴィアはふたりをみて微笑んだ。

「そうね。でも、今日は好きなだけ食べてよ。ぜーんぶ私のおごりよ」

「ほ、本当にいいのか?飯までおごってもらって」

「いいのよ。ひとりで今日は夕食を食べる気分にはならないわ」

「よっしゃ!俺、遠慮なく食いまくるからな」

トリスタンはそう言うと、店員に注文の続きを言い始めた。

グウィネヴィアは嬉しそうに微笑んでいた。

「お前、家に帰ってもひとりなのか?」

ボーマンがじっとグウィネヴィアを見つめる。

「え?ええ」

「親はいないのか?」

グウィネヴィアは視線をボーマンからそらした。

「親はいないわ。母は私を産んですぐ亡くなったの。父は・・・えっと、戦争で戦って亡くなったわ」

「父親は兵士だったのか?あんた貴族なのに?」

(しまった。)

「えっと、し、司令官だったのよ」

「そうか・・・。立派な父親だったんだな」

「え、ええ」

(なんとかごまかせれたわね。)

「お待たせいたしました」

「おお!きたきた!」

トリスタンは待ちきれなかったのか両手にはすでにナイフとフォークが握られていた。

「うわ!うまそう!」

ボーマンも料理を見ると目を輝かせた。

ふたりは夢中になって目の前にある料理を食べ始めた。

グウィネヴィアはそんなふたりがかつての親友たちの姿と重なった。

(1年前の旅でアーサーやガウェイン、ランスロットもこんなふうに食べていたわね。

アーサーは文句を言いながら、ガウェインはどんな食べ物もおいしいって言いながら、ランスロットはそんなふたりにうるさいって怒りながら・・・。)

「お、おい、どうしたんだ?」

「え?」

ボーマンとトリスタンがきょとんとした顔でこちらを見ていた。

グウィネヴィアは頬に手を触れた。彼女の手に涙がこぼれる。

「あ、私・・・。ちょ、ちょっとごめんなさい」

そう言ってグウィネヴィアは席を立った。

(もう思い出してもどうしようもないのに。)

グウィネヴィアは店の外に出て、夕日の消えかけた空を見上げた。

涙はぽろぽろと彼女の頬をつたっていく。


   ロッシュ

「よし。これで帽子をかぶれば」

ロッシュは少年に帽子をかぶせ、じっとその姿を見つめたかと思うと、吹き出した。

「貴様、わざとだろ」

「いやあ、悪い悪い。ちょっとやりすぎたかなと思ってな」

しかし、ロッシュは少年の姿がおかしくてまた吹き出してしまった。

少年のむすっとした顔でも見れば、笑いなどひっこんでしまうだろうが、不機嫌な少年の顔は包帯で覆われていた。目だけが包帯の間から見えているだけだった。

「まあ、でも仕方ねえんだよ。村の人があんたの顔を見たらびっくりしちまうからな。顔を隠してもらわないと」

「村はもう近いのか?」

「ああ。この村の隣村だよ」

ロッシュと少年はロッシュの村の隣村の宿屋にいた。

少年は、嫌そうに顔にまかれた包帯を解いた。

「なあ、少し、歩かねえか?この村、案内するよ」

宿屋の外に出ると日はしっかり沈み、空には星が広がっていた。

「田舎の村にしては、賑やかだな」

ロッシュはあたりを見回した。村の通りではたくさんの村人が酒を飲み交わし、楽しそうな声をあげている。

「ああ。田舎もんの俺らにとったらここは王都みたいなもんだからな」

少年は何も言わず、村の人々の様子を見つめていた。

「ここにいる村の者は明るいな。私が旅をしている最中に見た人々はみな暗い顔をしていた」

「そうでもねえよ。ここの人たちだって、国にお金を払うのに必死なんだ。もともともう少し村は大きかったし、映画館だってあったんだぜ?よくアロアとネロとこっそり裏口から入ってよ。観に行ったんだ」

少年の金色の瞳がじっとロッシュを見つめる。

「でも、今の王様になってから、国に高額なお金を納めないといけなくなった。払えない奴は強制労働で、どっかに連れて行かれたんだ。無理やり兵士にされて隣国との戦争に参加させられてるって噂もあった。だからここの住人も減って村は小さくなってく一方だ。みんな必死なんだよ。あんたはたぶん、まだこの国のちょっとの一面しかしらねえんだな。見たところ、貴族みたいだし。今のこの村のひとたちだってこんなに楽しそうにしているけどよ、それもほんの一面だ」

ロッシュは村の人々を見つめた。

(そうだ。誰も簡単に判断しちゃいけねえんだ。見えているのはほんの一面でしかねえ。)

「ちゃんと見定めないといけねえんだ」

(じゃなきゃまたネロみたいに・・・)

「私は何も知らなかった。知ろうともしなかった」

少年は苦しそうに胸元をつかんだ。

「だったらこれから知ればいいだけの話じゃねえの?死ぬまでに分かれば、それでいいだろ。一番悪いのは死ぬまで気づかないことだ」

少年がきょとんとした顔でロッシュを見つめたかと思うと急に吹き出した。

「な、なんだよ。俺、なんか変なこと言ったか?」

「貴様らは揃いも揃って」

「貴様ら?」

「田舎者と話していると気持ちが楽になる」

「は?なんだよそれ」

「私は、もう疲れた。宿に帰るぞ。ロッシュ」

そう言って少年はすたすたと歩き出した。

「あいつ、名前教えてくれねえくせに、俺のこと呼び捨てにしやがって」

ロッシュはぶつぶつ文句を言いながら少年の後に続く。


   ランスロット

 ランスロットは、たくさんの人々で賑わう大通りをひとり歩いていた。

彼の頭の中でアロアの言葉が何度もこだましている。

今こそ、動くとき。

アロアはあの暗い鉄格子の中でそう言った。

(私は、どうするべきなのだろうか。)

お前が支えればいい。それだけだろ。

ランスロットは懐かしい友の声を聞いた様な気がして立ち止まった。

(ガウェイン、お前なら・・・)

ランスロットは駆け出した。懐かしい友に会いに行くことにしたからだ。会いにいくと言ってもそこに友がいるわけではないが。

その時だった。大通りを駆け抜けるランスロットの目にここにいるはずのない姿が映り、自然と足が止まった。

「グウィネヴィア」

ランスロットは一年振りに愛する人と再会をした。


   グウィネヴィア

「ランスロット?」

グウィネヴィアの頬を涙が伝った。

「お前、泣いていたのか?」

(しまった。涙がこぼれないように上を向いていたのに。)

「こ、これはなんでもないの」

ランスロットの金色の瞳がじっとグウィネヴィアを見つめる。

(そ、そんなにじっと見ないで欲しいんだけど。)

グウィネヴィアは吹き出した。

「もう、相変わらずね。ランスロットは人をじっと見つめる癖があるんだから」

ランスロットの顔が少し赤くなった。

「お前がそんな顔してるから気になっただけだ」

「え?」

グウィネヴィアの顔もランスロットと同じように少し赤くなる。

「ラ、ランスロットはここで何してるの?王都の警備?」

「いや、少し考え事をしていて」

ランスロットは俯いた。

「ガウェインの知恵でも借りようかと思ってな」

「そう」

グウィネヴィアはランスロットに優しく微笑んだ。

「で、考え事って?」

ランスロットは無言でグウィネヴィアを見つめる。

そのランスロットの表情を見てグウィネヴィアは察した。

「アーサーの事ね」

ランスロットは頷いた。

「実は、アーサーと一緒に逃亡していたシスターが自首してきたんだ」

「え?あのとんでもなく強いって噂のシスターが?」

「ああ。そのシスターが私に話したいことがあると言い出したんだ」

ランスロットは、鉄格子の中のアロアとの会話をグウィネヴィアに話始めた。




「私に話とは?」

アロアの青い瞳がじっとランスロットを捉える。

「アーサーを王にするために王都で反乱を起こして欲しい」

ランスロットは表情を変えることなく、アロアを見つめていた。

「やっぱり。もともとそのつもりだったのね?だったら」

「アーサーはどこだ?」

ランスロットがアロアの言葉を遮った。

「アーサーは逃げたのだろう?私が言った通りになった。あいつは、王になる気など毛頭ない。王になる決意なんてしていない。今回の逃走だってただの仇討ちだ。筋違いのな」

アロアがきょとんとした顔でこちらを見ていることにランスロットは気が付いた。

「な、なんだその顔は」

「いや、アーサーのことすごく理解しているなあと思って。だからこそ、あなたもわかっているんじゃないの?アーサーは変わってきているって」

「シスター アロア、お前は何が言いたい?」

「アーサーは王の素質を取り戻しつつあるってこと」

ランスロットは驚いて目を見開いた。

「なぜ、アーサーに王の素質が失われていることを知っている?」

アロアは吹き出した。

「だって、あんなに性格がひん曲がった人が王の素質をもっている訳がないじゃない」

ランスロットがアロアを睨んだ。

「本当のことを言え」

アロアの顔から笑みが消えた。

「本当は、アーサーが選定の剣を使った日からずっと考えていたの。なんで、選ばれた王なのに剣が使えないのか。でも、ずっとアーサーを見ていて気づいた。アーサーは、本当は傲慢で我儘な人じゃない、優しい人だって。あの言葉使いも彼には合わない。まるで誰かに言わされているような・・・彼に元々あった人格や素質が奪われているんじゃないかって思っただけ」

ランスロットは黙ってアロアの話を聞いていた。

「とにかく、アーサーは、今はいないけど必ず戻ってくる」

「いつだ?いつ戻ってくる?」

「もうすぐ」

アロアがまっすぐランスロットを見つめる。

「なぜそう思う?」

「私にはわかる」

「なぜ?」

「アーサーが死んだ友人に似ているから」

ランスロットは目を瞬いて、吹き出した。

「なんだその理由は?死んだ友人に似ている?それだけで、アーサーをわかりきっているとでもいうのか?」

「そうよ」

「今まで、アーサーのために戦ってきたのも、まさか親友に似ているという理由だけでか

?」

「私にとっては十分すぎるくらいの理由よ」

アロアの真剣な眼差しを受けて、ランスロットは笑うのを止めた。

「死んだ親友は、ずっと小さい頃から知っている幼馴染だったの。だから、なんでもわかった。彼が何を考えているのか。何を望んでいるのか。だから」

「だから、アーサーもわかるというのか?馬鹿馬鹿しい。お前の死んだ友とアーサーは似ているかもしれないがまったくの別人だぞ?」

「ええ。わかってる。生まれも育ちも全くちがう。でも、似ているの。顔だけじゃない。仕草も。癖も。全て。だからわかる。アーサーと別れた時、アーサーは必ず戻ってくるって」

アロアの青い瞳にランスロットは少し気後れした。

彼女の瞳は有無を言わさない光を放っていた。

「アーサーは王の素質を取り戻して、ここに来る。だから、今こそ動くとき」




「そう。それで今、反乱を今起こすべきか悩んでいたのね」

ランスロットとグウィネヴィアは街の路地裏の壁にもたれて話していた。

「俺は、アーサーが王の素質を完全に取り戻してから反乱を起こす気ではいたのだが」

「いざとなると怖くなったの?」

ランスロットはむっとした顔でグウィネヴィアを見つめたが、すぐに俯いた。

「そうかもしれない」

そんなランスロットを見てグウィネヴィアは微笑んだ。

「そりゃいざとなると怖いわよね。なんたってウーサー王の率いる軍はものすごい数だし。でも、ランスロット、忘れているんじゃない?」

ランスロットは顔を上げて、グウィネヴィアを見つめる。

「手紙、読んだわ」

「ああ、2.3か月前に、お前に渡した手紙か」

「あの時の気持ち。感じたこと。全部忘れているんじゃない?いや、あんなこと忘れるはずがないわね。押し込めてしまっているのよ。なんでここまできたのかってこと」

「なんでここまできたのか・・・か」

「一度思い出してみなよ」

そう言って微笑んだグウィネヴィアを見てランスロットは少し頬を綻ばせた。

「ところでグウィネヴィア」

「ん?」

「お前はなんで王都にいるんだ?」

「ガウェインよ」

グウィネヴィアは夜空を見上げた。

「私もガウェインに会いに来たの」

ランスロットは俯き、微笑んだ。

「そうか」

「なんだかガウェインが私たちを引き会わせてくれたような気がするわ」

「ああ」

ランスロットも顔を上げて夜空を見上げる。

「そうだな」

美しい星空がグウィネヴィアの金色の瞳に映った。

グウィネヴィアはそんな星空がとても心地よかった。


   ボーマン

「遅いな。あの貴族の女の子」

ボーマンが店の窓から外を見ながら、つぶやいた。

「やっぱ俺ら騙されてじゃねえの?」

そう言いながら、トリスタンは食べることを止めない。

そんなトリスタンを見ながら、ボーマンはため息をついた。

「俺は、また皿洗いとかするの嫌だからな」

そう言ってボーマンが眺めた窓の向こうに少女が見えた。

(やっと戻ってきたのか・・・・ん?)

ボーマンは全身に鳥肌が立つのを感じた。

窓の向こうにいる少女が全身黒い服の背の高い男となにか話をしていた。

(あいつは・・・。)

ボーマンは自分の心臓がばくばくと音を立てているのがわかった。

「トリスタン」

「ん?」

「あの女の子、ヤバイ奴と一緒にいる」

「え?」

トリスタンは持っていた皿を置き、ボーマンの横に駆け寄った。

「誰だ?」

「俺が、国王軍にいた時、一度だけ騎士団を見たことがあるんだがな、その中にいた団長だよ」

「お、おい、嘘だろ・・・。このままこっちにきたら俺たち」

「とりあえず、逃げる準備を・・・」

その時、ボーマンの目に男と別れる少女が映った。

「た、助かった」

そう言ってトリスタンは力が抜けたようにその場に座り込んだ。

まだ心臓はばくばく音を立てていたがボーマンはほっと胸をなで下ろした。

「あら?何やってるのあなたたち」

席に戻ってきた少女が窓の側でぐったりしているふたりを見て、不思議そうな顔をしていた。

「い、いや、なんでもねえよ」

そう言ったボーマンの顔は引きつっていた。

   

アロア

 暗い鉄格子の中でアロアは自分の腕に巻かれた手錠を見ながら、ランスロットの顔を思い出していた。

アーサーと同じ金色の瞳。そして、なによりも、友を思うそんな顔をしているようにアロアは思えた。

(やっぱりランスロットは味方だわ。後は、ボーマンたちがうまくやってくれれば。)

「シスター」

アロアは、暗い鉄格子の外から声がして、はっと顔を上げた。足音が近づいていくる。

暗闇にいて顔がよく見えない。

「教えていただけませんか」

アロアは声のする方を目を凝らして見るが、顔はまだよく見えない。

「なにを?」

足音が止まった。

「以前、ここで団長とお話されていた内容を」

男が鉄格子をはさんでアロアの真ん前に立ったその時、かすかな明かりで照らされた男の顔をアロアは見た。

(誰?この人。)

「教えてください。シスター アロア」

アロアは男の顔から視線をそらした。よく見ると男は騎士団の制服を着ていた。

「そんなに警戒しないで下さい。以前一度会ったことがあります」

(騎士団なんてあのとき家に来たランスロットしか知らない。)

アロアは少し考え込んでから思い出した。

(ああ・・・あの時の。)

「あの時」

アロアがつぶやく様に喋り出した。

「私の家に踏み込んだ人ね」

「ええ。そうです」

「ねえ、あなたも騎士団員なら直接ランスロットに聞けばいいじゃない」

「聞けないから聞いているのです。団長はなかなか私に全て教えてくれません」

アロアはもう一度男の顔を見た。男は、どこにでもいる普通の青年のような顔立ちだったが、アロアには不気味な顔に見えた。

「もしかしてウーサー王のスパイ?」

男は笑いだした。笑い声も今のアロアには不気味に聞こえた。

「スパイでしたら、反逆者の警備を頼まれたりはしません」

「じゃあ、どうして?」

「私は」

男はにやっと笑った。

「私は、ただ知りたいだけです。私が知らないことが身近にあるのが嫌なんです。ただそれだけ」

「他人の秘密まで?」

「私以外が知っていて私だけ知らないなんて不公平ではないですか?」

「言いたくないことだってあるわよ」

「尚更聞きたい」

アロアは男と会話をしていると胸がざわついた。

「私は、話さない。聞きたいのなら、ランスロットに聞いて」

男は笑いだした。

「あなたもあの方と同じことを言うのですね」

そう言って男は鉄格子に背を向けた。

「また、会いましょう。シスター アロア。次は鉄格子の外で」


   ボーマン

 ボーマンは席に戻ってきた少女をじっと見つめた。ボーマンの視線に気が付いた少女は不思議そうな顔でボーマンを見つめる。

「あの、何か?」

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったなと思って」

「あ、本当だ。俺たちは名乗ったのに、まだ、あんたの名前聞いてねえや」

トリスタンは新たな料理が運ばれてくると騎士団の男にさっきまでびくついていたことなどまるでなかった様にまた食事を再開していた。

「食いながら話すな。汚ねえ」

ボーマンとトリスタンは、墓地からこの店に来る途中で少女に名前を教えていた。だが、その時、少女は名乗らなかったのだった。今考えるとそれがボーマンにはわざと名乗らなかった様に思えていた。

「あ、まだ言ってなかったかしら」

「ああ。聞いてねえよ。俺たちの望みをなんでも叶えてくれるって人の名前はちゃんと知っておかないとと思ってな」

(何よりもさっきの騎士団の男と友人ってのがひっかかる。もしかして俺たちの正体を本当は知っていて)

「イグレーヌ」

ボーマンは目を瞬いて少女を見つめた。

「え?」

「だから、私の名前はイグレーヌ」

「ふうん、イグレーヌってのか高貴な名前だな」

トリスタンはそう言って、また別の料理を手にとった。

ボーマンはそっけなく名前を答えた少女にあっけにとられていたが、すぐ我に返った。

「イグレーヌは、貴族なのか?」

「ええ。そうよ」

「ずっと王都に?」

「いいえ。王都から少し離れた街に住んでいるわ」

「騎士団と」

「騎士団?」

「騎士団と何かつあがりがあるのか?」

「え?ああ、もしかしてさっきの見ていたの?あれは、ただ騎士団に知り合いがいてその人と一年ぶりに偶然会ってね、少し話をしていたのよ」

(本当にただの知り合いなのだろうか。でも、確かに貴族なら騎士団長と親しくてもおかしくはないか。)

「そうか」

「ええ。そうよ」

「トリスタン」

トリスタンが食べ物をほおばりながら、ボーマンを見つめた。

「そろそろ食べるのやめろ」

「え?なんで?だってまだ俺」

ボーマンがトリスタンをじっと見つめる。

「わかったよ」

持っていた皿をおいたトリスタンを見て、ボーマンは視線をイグレーヌに移した。

「約束だ。俺たちの望みを聞いてくれ」

ボーマンの青い瞳がイグレーヌを捉える。

「旧王族のグウィネヴィアに会わせてくれないか?」


   グウィネヴィア

「え?」

「旧王族のグウィネヴィアだよ。前王の娘」

「え、ええ」

「そいつと知り合いじゃないか?貴族なら旧王族となにかしら繋がりがあるだろ?」

「え?ええ」

「あんたさっきから、え?しか言ってねえな」

そう言ってトリスタンはにやっと笑った。

(そりゃそうじゃない。だって私がそのグウィネヴィアなんだから。)

「どうして?旧王族に何か用があるの?」

「それは会った時にグウィネヴィア本人に話す」

(だから私なんだって。まあ咄嗟に嘘の名前を言ったのは私なんだけど。)

「さすがに目的を聞かないと会わせてあげることは」

「おい!なんでも望みを聞くっていったじゃねえか!」

トリスタンが椅子から立ち上がった。

「いくらなんでも目的がわからない人たちを旧王族の人に会わせるわけにはいかないわ」

「いいじゃねえか。グウィネヴィアに会いてえんだよ!俺たちは!」

「だから」

「じゃあもういいよ。グウィネヴィアの居場所は?どこに住んでんだ?もう直接行くよ」

年下のトリスタンに何度も呼び捨てにされてグウィネヴィアは少しむっとした。

「あのね、トリスタン。居場所をあなたに教えてもいいけど、そんな失礼な態度で会いに行っても追い出されるわよ」

「なんだよ。グウィネヴィアってお高くとまってる奴なんだな」

グウィネヴィアはこみ上げてくる怒りを抑えた。

「そ、そりゃ旧王族だもの。そんな汚い食べかすを口にいっぱいつけた子とは会わないでしょうね」

トリスタンはむっとした顔をグウィネヴィアに向けた。

「おい、トリスタン。いい加減にしろ」

ボーマンがため息をついた。

「旧王族の人間だろうがなんだろうが、食べかすがついてるガキとは誰も会いたくねえよ。なあ、イグレーヌ、せめてこいつが言ったとおり、グウィネヴィアの居場所だけ教えてくれねえか?あとは、俺たちだけでなんとかする」

「居場所って言っても、グウィネヴィアは王都にはいないのよ」

「え?そうなのか?」

「ええ。一年前に、前王の住んでいた城へ移り住んだの」

(ウーサー王の命令で。)

「だから、ここから少し東の旧王都にグウィネヴィアは住んでいるわ」

「そうか」

ボーマンは顔を俯けて少し考え込んでいるようだった。

(もちろん今、旧王都の城に行っても、グウィネヴィアとは会えない。

私がここにいるんだから!)

「わかった。じゃあ明日行ってみるよ。旧王都に」

「え?」

「ありがとう。イグレーヌ。本当に助かったよ。よし、行くぞ。トリスタン」

「俺まだ飯の途中」

「いいから」

ボーマンはトリスタンを席から引き離した。

「ありがとう。飯ごちそうさま」

「まだ食べて足りないけど・・・ありがとよ」

そう言ってふたりはグウィネヴィアの横を通り過ぎた。

「ま、待って!」

ボーマンとトリスタンが振り向く。

(しまった。思わず引き止めてしまった。)

「えっと、私、ここから宿泊しているホテルへの帰り方がわからないの。道案内してくれない?」




「しかし何で貴族のあんたが王都の道がわからないんだ?」

「王都は常に変わっている。だから久々に来たらわからなくなっていたのよ。王都だけじゃなくて、この国の地形自体ね」

「何で?」

グウィネヴィアは、大通りで賑わう人々を眺めた。

「さあ。王様の考えることはわからないわ」

(自分の身を守るため、ただそれだけで平気に街を国を変えてしまう王。)

「本当、ひどい国になったものよね」

「ん?何か言ったか?」

「ううん。別に」

「おい!ここじゃねえの?お前の泊まってるホテルって」

前を歩いていたトリスタンがグウィネヴィアとボーマンに振り向いた。

ボーマンが口をぽかんと開けてホテルを見上げた。

「さすが貴族だな」

「そう?」

グウィネヴィアは微笑んだ。

「ねえ、ふたりとも明日の午後、ここに来なさいよ」

ボーマンとトリスタンが不思議そうな顔でグウィネヴィアを見つめる。

「私、案内するわ。グウィネヴィアの城まで」

「本当か!?」

ボーマンとトリスタンが同時に声を上げた。

「ええ。本当。馬車で行けばすぐよ」

トリスタンの目が輝いた。

「俺、馬車に一回でいいから乗ってみたかったんだよ!」

「じゃあ、ちょうどいいじゃない」

「でも、いいのか?イグレーヌはまだ王都に用があったんじゃ?」

喜ぶトリスタンの横で、ボーマンが心配そうな顔でこちらを見つめる。

「もう目的は果たしたから大丈夫よ」

「でも」

「いいじゃねえか。ボーマン。イグレーヌがいいって言ってんだからよ」

「そうゆうこと。遠慮しなくていいわよ。じゃあ、明日の午後、太陽が真上に昇る頃にここに集合で!」

そう言ってグウィネヴィアは、ホテルの入口に駆けて行った。後ろからありがとう

と声が聞こえた。

グウィネヴィアは決めていた。

明日、ふたりに会った時自分の正体を正直に話そうと。


   ボーマン

 ボーマンはイグレーヌが駆けて行ったホテルをもう一度見上げた。

そのホテルはただでさえ立派な王都の建物すら貧相なものに見せてしまうほどの真っ白な建物でできていた。2階にあるレストランからは暖かな色の光が漏れて、心なしか食欲をそそるにおいがする。それぞれの部屋の窓には赤いカーテンが付けられていて、ホテルをさらに華々しくしていた。入口には、立派な剣を持った剣士の銅像が二つ左右に置かれており、外から少し見えるフロントは着飾った人々で賑わっていた。

「まさか・・・貴族に助けてもらえるとはな」

「ボーマン、油断しない方がいいぜ。もし俺たちのグウィネヴィアへの頼み事がばれたら、イグレーヌはきっと俺たちを連れて行ってはくれねえよ」

「ああ。そうだな」

ボーマンは見上げていた豪華な建物から視線を夜空へそらした。

ボーマンの目にアロアとの会話がよみがえる。




「ここから一刻も早く離れないと。近隣の街からすぐに国王軍の応援が来るわ」

トリスタンとイズーの一件で大きな騒動に巻き込まれたボーマンたちは逃げるように、下水道の中へ逃げ込んでいた。

とっくに街は夜の闇に包まれていた。

パニックに陥っていた街はアロアとボーマンたちが必死になって国王軍と街の人々との戦いを止めた甲斐あってか日が沈む頃にはかなり落ち着いていた。

ボーマンは、さっきまでの出来事が頭から離れなかった。

戦いを止めるボーマンたちに国王軍どもは礼を言うどころか暴言を吐いて逃げ、街の連中は、日々溜まっていたうっぷんを晴らそうと、国王軍どもを殺すまで殴るのを止めなかった。

(それでも、それでもアロアは諦めなかった。)

ボーマンは前を歩くアロアの小さな背中を見つめた。

(大したもんだよ。お前は。)

「ねえ、3人とも。私の話、歩きながらでいいから聞いてくれない?これからどうするか考えたの」

「これからのこと?」

そう言ったのはイズー。

ボーマンの後ろを歩いていたイズーの声は少し震えていた。

ボーマンが振り向くと、イズーはトリスタンの手をしっかり握っていた。

トリスタンはまっすぐ前を見つめていた。

「これから、王都に向かおうと思うの」

「王都に!?」

ボーマンは驚いてアロアの背を見つめた。

「ええ。王都に行って反乱を起こす」

「反乱って俺たち4人だけで?」

「いいえ。応援を頼むのよ」

「応援?」

「ランスロットとグウィネヴィア。このふたりに会って、反乱を起こす兵を準備してもらう」

「でも、そいつらが本当にアーサーの味方かわからねえぞ。ランスロットって奴は、確かアーサーの友達を殺したって」

「私は一度、ランスロットに会ってる。その時に直感だけど、この人は味方だって思えたわ」

「直感かよ」

「大丈夫。私の直感は当たるのよ」

(何かアロアが言うと説得力はある。だけど・・・。)

「アーサーは?」

「アーサーは戻ってくる」

(即答かよ。)

「アーサーはすぐ戻ってくる。だから、すぐに反乱を起こせる準備をする」

下水道に逃げ込む前に、ボーマンはアーサーがいた広場の舞台を見上げたがもうそこにはアーサーの姿はなかった。

「あいつは自分が王になることから逃げたのに?」

「私にはわかるのよ。ボーマン」

(それはちょっと説得力ないぜ。アロア。)

「それから、トリスタンとイズー。あなたたちはどうする?まだ国王軍は、あなたたちと私たちが一緒に行動していることを知らないわ。このまま私たちに付いてくる?それとも」

「お前らと一緒に行く」

はっきりそう答えたのはトリスタンだった。

「俺、見届けたいんだ。この国がどうなるのか。それに、お前らを巻き込んだのは俺のせいだし」

ボーマンは後ろを振り向いた。トリスタンが繋いでいたイズーの手をぎゅっと握り締めたのが見えた。その時イズーは、兄が本当は怖がっていることを察したのか、トリスタンの顔を見て口元をぎゅっと締めたかと思うと兄と同じように前をまっすぐ見つめた。

「俺も、姉さんやボーマンの兄さんを巻き込んじまった身だ。兄貴と同じように見届けるよ」

イズーの声はもう震えてはいなかった。

ボーマンはまっすぐ前を見据えるふたりを見て、微笑んだ。

(いい兄弟だな。)

「わかったわ」

そう言うと、前を歩いていたアロアが立ち止まり、振り向いた。

「じゃあ、これは、イズーに」

アロアは手に持っていた刃が半分になった選定の剣をイズーに差し出した。

「これってアーサーの兄さんが持っていた剣だよね?」

「ええ。これは選定の剣といって、王を選ぶ剣よ。これをアーサーに届けて欲しい」

ボーマンが驚いてアロアを見つめた。

「届けるって、アーサーがどこに行ったのかわかるのか?アロア」

「アーサーは少しでも、ウーサーのいる王都から離れようとする。王都の場所は王国の東側。だから私達が来た西へ戻るんじゃないかと思って。それに西に向かえば」

「西に向かえば?」

「まあとにかく、イズーはこのまま西へ向かって。ただし、途中にある西の果ての街へは寄らないこと。あそこは、ちょっと前に私たちが騒ぎを起こしているから警備が厳しくなっているはず。アーサーもきっとあの街は避けてもっと西へ向かうわ」

「わかった。これをアーサーの兄さんに届ければいいんだな」

「おい気をつけろよイズー。選定の剣は選ばれた者以外が使おうとすると呪われるらしいぜ」

ボーマンが心配そうな顔でイズーを見つめる。

「大丈夫だよ。こんな刃が半分になった剣、使う機会なんてないよ」

「まあ、それもそうだな」

「頼んだわよ。イズー。それから、ボーマンとトリスタン。あなたちは、私と一緒に王都へ来てもらうわ。そこでグウィネヴィアと会って欲しい」

「でも、王都に入るなんて警備が厳しいんじゃ」

「大丈夫。私が騒ぎを起こして捕まるから」

「捕まる!?」

ボーマン、トリスタンとイズーが同時に声を上げた。

「騎士団長のランスロットに会うにはそれが一番手っ取り早いわ」

「でもアロア」

「私は大丈夫よ。ボーマン。知っているでしょう?私がただのシスターじゃないってこと」

「だけど」

「王都の入口で騒ぎを起こすからふたりはその隙に王都に入って」

有無を言わせないアロアの青い瞳を見て、ボーマンはため息をついた。

「わかったよ。お前の言うとおりにするよ」

アロアは微笑んだ。

「頼んだわよ。ボーマン、トリスタン。必ずグウィネヴィアに会って」




(あいつはあの時、グウィネヴィアに会ってとしか言わなかった。説得しろとは言わなかったんだ。つまり、会えば、すぐに反乱に手助けしてくれると直感で感じているからか。)

「大したもんだよ」

「何言ってんだ?ボーマン」

「ただのひとり言だ。さて、明日に備えて今日はもう寝るぞ」

「俺、もうちょっと王都を満喫したい」

「お前なあ、イズーは今ひとりで頑張ってんだぞ」

「あいつは、ひとりでも大丈夫だよ。びびりだけど、根性は人一倍あるからな。それに、俺たちよりアロアから多めに金もらってるじゃねえかよ」

「イグレーヌの金でうまい飯いっぱい食えたからいいだろ。明日はきっと長い一日になる。ほら、行くぞ」

すねるトリスタンをボーマンは無理やり引っ張って行った。


   ロッシュ

 朝もやの中に懐かしい故郷が見えてきた。

「あそこだ。ほら、見えるだろ?丘の下にあるあの村」

ロッシュのうしろから包帯で顔を覆い帽子をかぶった少年が顔を覗かせて、言われたとおり丘の下を覗き込んだ。

「あれが貴様の村か」

ロッシュは、少年の包帯まみれの顔を見て吹き出しそうになるのを必死でこらえた。

「あ、ああ。で、村の入口のすぐそばにあるあのでっかく立派な家がみえるだろ?」

ロッシュは、その家を指し示した。

「あれがアロアの家だ。今からあそこでお前にはネロの振りをしてもらう」

少年は包帯の隙間からロッシュが指し示す大きな家をじっと見つめた。

「こんな早朝から?」

「こんな早朝だからこそだよ。こんな包帯ぐるぐる巻きが村の人間に見つかったらあとあと面倒だろ?さあ、いくぞ。ネロ」

意気揚々と丘を下るロッシュの後に少年は続いた。




「どうだ?」

ロッシュはにやにやしながら少年を見つめた。

少年は包帯まみれの顔でアロアの家を見上げた。

「目の間で見ると結構でかいだろ?」

少年は、ふんと鼻で笑った。

「な、なんだよ」

「くだらない。さっさと用件を済ますぞ」

すたすたと少年はアロアの家の玄関へと向って行った。

(あ、そうか。こいつ貴族だったな。こんな包帯ぐるぐる巻きだから忘れてたぜ。)

「ま、そりゃ貴族の家の方がでかいか」

「何をぶつぶつ言っている?早くしろ。ロッシュ」

「あーはいはい」

ロッシュはゴホンと咳をすると、扉を3回ノックした。

「おばさーん。エリーナおばさん。俺です、ロッシュです」

扉が、ガチャリと音がして開いた。

「ロッシュ!?」

扉の奥からアロアの母、エリーナが飛び出してきた。

「帰ってきたのね!おかえりなさい」

「おばさん、久しぶり!」

「待ちに待ってたのよ!あなたが帰ってくるの!それで?アロアは?」

エリーナが、ロッシュの横にいた少年を見つめて短い叫び声を上げた。

「ア、 アロア!?どうしたの!?その顔!?」

少年に駆け寄ろうとするエリーナをロッシュは止めた。

「お、おばさん違うよ、こいつは、旅の途中でできた俺の友達だよ」

「え?ああ、そうなの?ごめんなさい。勘違いしてしまって」

「そうだよ、第一こいつ男だし。あ、おばさん、紹介するよ。訳あって顔を怪我してるえっと・・」

(やばい。こいつの偽名考えるの忘れてたぜ。)

「あーえっと」

ロッシュは少年をじっと見つめた。

「ジョルジュ君だ!」

少年がロッシュを睨んだが、ロッシュは目をそらした。

「ジョ、ジョルジュ君、で、こちらがアロアのお母さんのエリーナさんだ」

「よろしくね。ジョルジュ」

エリーナは、右手を少年に差し出したが、少年はぽかんとエリーナの顔を眺めていた。

ロッシュは吹き出した。

「何だよ。ジョルジュ君。エリーナさんがあまりにも美人だから見とれてんだろ」

少年はロッシュを睨んだ後、エリーナに右手を差し出した。

「よ、よろしく」

エリーナはぎゅっと少年の手を握り、少年に微笑んだ。

「それでな、おばさん。すごく残念なお知らせが」

「アロアはいなかったのね?」

ロッシュは頷いた。

「まあ、仕方ないわ。あの子はじっとしているような子ではないものね」

エリーナは悲しそうに微笑んだ。

「ごめん。おばさん」

「何言ってるの?ロッシュは何も悪くないじゃない?それよりも・・・」

エリーナはにっと笑ってロッシュと少年の背中をポンと叩いた。

「さあ、ふたりとも長旅で疲れたでしょう?とにかく家の中にお入り!」




 大きな食卓が華やかな食事で埋め尽くされていた。

ロッシュは目を輝かせながら、次から次へと料理を口に運んでいく。

「久しぶりだなあ、おばさんの料理。やっぱうめえや」

「本当ね、ロッシュはいつもあの人のお見舞いですぐ2階に上がってやっと下りてきたと思ったらすぐ帰ってしまうんだもの」

ばくばくと食事を続けるロッシュの横で少年は、ぼおっとエリーナを見つめていた。

「あらジョルジュはお腹すいてないの?」

「いやそんなことは」

「その包帯できっと食べにくいのね。少し解いたらどう?」

エリーナが少年の包帯に触れようとした時、ロッシュが叫んだ。

「お、おばさん!お湯、沸いてるみたいだぞ!」

奥にあるキッチンから沸騰したお湯で揺れるポットの音が聞こえた。

「あら、本当だわ。お茶いれてくるわね」

エリーナがキッチンに駆けて行ったのを見ると、ロッシュが少年に耳打ちをした。

「いいか。コゼツの旦那は今、2階で寝てる。おばさんには、お前がトイレに行ってることにしとくから、その間にコゼツの旦那に会ってやってくれ」

少年は包帯まみれの顔で2階へつづく階段を見つめたかと思うと階段の方へ駆けて行った。

ロッシュは少年の後ろ姿をぽかんと見つめていた。

(なんだあいつ。結構乗り気じゃないか。)


   アーサー

 階段を上がるとそこにはいくつもの部屋があった。

(順番に部屋を開けていくしかないか。)

一番手前のドアノブに手を掛けかけた時だった。低いうめき声がアーサーの耳に入った。

廊下の奥から声は聞こえる。アーサーはゆっくり奥の部屋へと向かった。

(私は一体なにをしているのだろう。

こんなところで死んだ人間の振りなど。)

下の階からは楽しそうな声が聞こえる。

(エリーナの顔はアロアの顔にそっくりだった。

親子だから当たり前だが。)

だからどうしてもアーサーはアロアのことを考えてしまう。

(あいつは、私が王になることから逃げることを止めなかった。そして、自分の死んだ親友に似ているという理由だけで私の手助けをしていたのか。

ただそれだけで。)

うめき声はどんどんと大きくなる。

(死んだ人間の振りなど何をすればいいのだろうか。)

ほんの気休めだ。

アーサーの中にロッシュの言葉が蘇る。

気休めでもいい。信じてくれるかもわかんねえけど、旦那にネロへ謝らせたいんだ。コゼツの旦那にはこのまま死んでもらいたくねえ。

うめき声の聞こえる部屋の前にアーサーはいた。

扉は半分開いていた。中を覗くとやせ細った男がベッドに横たわっていた。

(これがアロアの父親。)

「ううう・・・ネロ・・・。許してくれ」

アーサーはその名を聞くと自然に足が部屋に入って行った。

男がうなりながら目を少し開けてこちらを見つめた。

アーサーは帽子を外し、顔に巻かれた包帯を解いた。

(ネロ。アロアの親友であり、私に似ている少年。)

アーサーの金色の瞳が男を見下ろした。

男はやせ細った顔についていた青い瞳を震わせた。

「ネ、ネロ?なのか?」

アーサーは表情を変えない。

男は上半身を起こし、細い腕の先にある蜘蛛の足のように細くなった指をアーサーの頬にあてた。

「ネロ・・・。生きていたのか?」

アーサーは、未だに信じられなかった。

(私はそんなに似ているのか?いくら、病に伏せっているとはいえ、死んだ人間が生きていると思うほど。)

アーサーはふと思い出した。

ロッシュと初めて出会った時のことを。

(ロッシュも私をネロと間違えていた。死んだ人間だとわかっていたのに。)

男の青い瞳から涙がこぼれた。

「私は、私はお前になんてことを・・・。許してくれ。許しておくれ。私は、自分のことしか、自分の家族のことしか考えていなかったのだ。自分たちだけが豊かな暮らしができればと。そのために、お前の気持を踏みにじった」

(ああ、そうか。)

アーサーは涙をこぼした青い瞳をじっと見つめた。

(この男はネロに会いたいと強く望んでいたのだ。自分の責任のために。

きっとロッシュも)

アーサーは胸が痛くなるのを感じ、胸をおさえた。

(ずっと自分を責めていたのか。)

「お前がアロアを愛していたことも、アロアがお前を愛していたことも私は知っていた。それでも、私は」

男は咳き込みながらも流れ出てくる言葉が止まらない。

「お前が、貧しいという理由だけで、アロアから引き離したのだ。ただそれだけの理由でお前を見放したのだ。飢えて倒れるまで。お前が生きていたというのなら、ただ、ただ謝らせてくれ。私は、私は自分のことしか考えていない最低な人間だ。自分たちの幸せしか今まで考えていなかった。本当にすまない。こんな、こんな老いぼれもういっそ殺してくれ。お前の手で殺してくれ!」

男の青い瞳が力強くアーサーを見つめた。

アーサーの胸の痛みはどんどんとひどくなっていた。

「違う」

アーサーはそうつぶやいたと同時に金色の瞳から涙がこぼれた。

「違う・・います。きさ・・・おじさんは、何も悪くない。私・・・僕は、ただ僕のしたかったように生きた。アロアを愛していた。だから、どんなにひどい目に合おうが、僕がそうしたかったからそうしただけです。おじさんもそうでしょう?自分のしたいように生きた。ただそれだけじゃないですか。おじさん、僕はあなたを恨んだことなど一度もない。僕は、何も悔いてなどいない。だから、もう自分を責めるのはやめてくれ。お願いだから。もう、前を向いて自分のために生きてくれ」

アーサーは男の手を力強く握った。

「自分のために生きることは何一つ間違ってなどいない。間違っているのは、自分のために生きることのできないこの国だ!」

男の青い瞳から涙がこぼれてアーサーの手にこぼれ落ちていった。アーサーはもう片方の手でこぼれ落ちた涙を包みこんだ。

アーサーは、剣を引き抜いた時、ガウェインに言った言葉を思い出した。

この国はもう駄目だ。こうなってしまったらもう手遅れじゃないか?私が王になったところで国民たちは変われない。変わることなんてきっとできない。

(そうじゃない。そうじゃないんだ!)

男のやせ細った手を握り締めアーサーはやっと知ったのだ。

(変わらなければいけないのは、この国そのものだ!)

アーサー、あなたは逃げている。かつての私のように。全て自分やマーリンのせいにして、大事なことから逃げている。自分で決めたことに責任は伴うものよ。

(今ならアロアの言葉の意味が分かる。

あの剣を引き抜いたとき、私は王になることを決めていた。

だが、私は逃げた。

無能で王の素質のない自分のせいにして偽物の王をつくりあげたマーリンのせいにして、王になることからずっと逃げていた。

でも、この手は望んでいる。

私に逃げるなと。

自分を責めるなと。

マーリンを責めるなと。

前に進めと。

国を変えろと!)

アーサーは、男の手をしっかりと握り締める。

「私は、もう逃げない。絶対に」

胸の痛みはもう消えていたが、アーサーは気がつくことも、そして今後、あの痛みを思い出すことも二度となかった。


   ロッシュ

 (ああ、なぜだろう。涙が、涙が止まらない。)

ロッシュは、鼻をすすった。ロッシュは扉が開かれたままの部屋の前に立っていた。

(本当はわかってる。あいつが、顔だけじゃなくて、全てネロにそっくりだからだ。)

その時、部屋から少年が飛び出してきた。目が合った少年の顔も涙でぐちゃぐちゃだった。

少年はすぐロッシュから目をそらし、帽子を深くかぶると階段を足早に降りていった。

「あ、おい!待てよ!」

ロッシュは少年の後を追った。


   アーサー

「ジョルジュ?どうしたの?」

1階に降りると、キッチンで洗い物をしていたエリーナに声を掛けられたが、アーサーはそのまま玄関の扉を開けて、外にでた。

そのまま向かうあてなどなかったが、アーサーは走り出した。

村はまだ朝が早かったためか、あまり人がいなかった。

ただ真っ直ぐ走り続けるアーサーの目の前に、焼け焦げた建物が目に入った。

アーサーは立ち止まり、その建物を見上げた。

「風車か?」

大きな風車は半分焦げて、半分地に落ちていた。巨大な風車を支えていた建物はほとんどが真っ黒な色に焦げており、少しだけ元のレンガ色が残っていた。

「風車小屋だよ」

アーサーが振り帰ると、ロッシュが立っていた。


   ロッシュ

「お前、何勝手に逃げてんだよ。おばさん、心配してたぞ。まあ、顔も見られてなかったみたいだから適当にごまかしたけどよ」

少年は風車小屋を見上げた。

「火事があったのか?」

ロッシュはむっとしつつも風車小屋を見上げた。

「昔、ちょっとしたボヤがあってな。まあ、ボヤってレベルでもないんだが」

ロッシュは、風車小屋を見上げる少年の顔を見つめた。

「ネロがやったんだ」

少年は、驚いた顔をしてロッシュを見つめた。

「ってことになってったんだよ。燃えた当時はな。ひでえよな。」

少年は、表情を変えることなく、ロッシュをじっと見つめる。

「ついてこい。ネロに会わせてやるよ」

   

アーサー

 そこは小さな墓地だった。

そこに一際たくさんの色とりどりの花が供えられている墓がアーサーの目に入った。

「これがネロか」

「ああ。ネロだよ」

アーサーは帽子を取ると、しゃがみこみ、墓に刻まれた文字を見つめた。

「愛すべき家族ネロ。安らかに。愛すべき家族?飢え死にさせたのにか?」

「お前、その顔できついこと言うなあ」

「本当のことだろ?」

ロッシュは真っ直ぐネロの墓を見つめた。

「ネロが死んだあと村中の人間が後悔したんだよ。何かもっとできたことがあったんじゃないかって。何かしてあげてたら飢え死になんて」

ロッシュは言葉に詰まって俯いた。

「村の人間はネロを愛していたのか?」

アーサーは顔を俯けて拳を力強く握り締めているロッシュを見つめた。

しばらくして、ロッシュは拳をふりほどき、顔を上げた。

「ネロは、おじいさんとふたり暮らしでさ、貧乏な生活だったけど、幸せに暮らしてたんだ。村のみんなもそんなふたりの生活を見守ってたんだよ。でも、おじいさんがそのうち病気で亡くなって、それからネロはひとりで生きていかないといけなくなった。それでも、村の人たちはネロを支えてくれてた。あの風車小屋の事件までは。あの事件で、ネロが風車小屋を燃やしたって目撃した奴がいてよ。そいつが、この村の領主であるアロアの親父、コゼツの旦那と仲が良くてな。で、お前ももう知ってるとおり、コゼツの旦那は、ネロが嫌いだった。だから、風車を燃やしたのはネロだと言い張って、村からネロを孤立させたんだよ。こっからは・・・わかるだろ?」

ロッシュの青い瞳は潤んでいたが、アーサーと目が合うとにっと笑った。

「ネロってさ、おじいさんが死んだ時、ひとりで抱え込んで、俺たちには決して弱音を吐かなかったんだよ。だから、ネロを元気づけようと俺とアロアはネロを連れて隣村にあった映画館に忍び込んだんだ。2階にある映写機の横に子供ふたり分座れるスペースがあってな、足元にはたくさんの観客がいてよ、自分たちだけの特等席って感じだった。その時上映してた映画はコメディ映画でさ、俺は見張りをしていたからちゃんと観てはいなかったんだけど、ネロは笑ってったんだ。俺とアロアはその顔を観て安心したよ、でも、ふと気が付いたら、ネロがさ」

ロッシュの声が震えた。

「泣いていたんだよ。でも、泣き声は聞こえなかったんだ。下にいた観客たちの笑い声にかき消されて。でも俺たちは一生忘れねえよ。あの時のネロの悲しみ。一生忘れねえよ」

ロッシュの青い瞳から涙がこぼれた。

「悪ィ。思い出話になっちまって。とにかく、俺が何を言いたいかっていうとさ、ネロはただの子供だったんだよ。それを大人が、国が、ひどい扱いをして、あいつを殺したんだよ」

アーサーは立ち上がり、声を震わせて俯くロッシュをまっすぐ見つめた。

「俺は、恨んだよ。国にお金が払えなくて、国王軍にいいように利用されて、殴られてボロボロになるネロを見て見ぬふりしたこの村の人間を。何よりも、国王軍が怖くて友達を救えなかった自分を。だから、アロアは出て行ったんだ。自分がこの村が許せなかったから」

ロッシュは涙を拭った。

「なぜだ?」

「何が?」

「貴様にとって、アロアの父親は憎むべき存在だろう?なのに、どうして私にネロの振りをさせた?」

ロッシュの青い瞳がアーサーを見つめる。

「さっき話した風車小屋の事件で、ネロを目撃した奴がいるって言ったろ?あれさ、俺の親父なんだよ」

アーサーは目を見開いてロッシュを見つめ返した。

「俺の親父はコゼツの旦那の金魚のフンみたいな奴でさ。でも、こんな世の中だろ?イライラして酒を飲んで酔っ払って、そんで、風車小屋に火をつけちまった。しらふに戻ったときはもう遅かった。で、自分が疑われないために偶然通りかかったネロに罪をかぶせたんだ。馬鹿な親父だ」

ロッシュはしゃがみこんで、ネロの墓に刻まれた文字に触れた。

「親父はつい一ヶ月前に馬車で事故ってよ。その怪我が元で死んだんだがな。あの親父、死ぬ直前になって俺に言いやがった。俺たちが必死に風車小屋の犯人を探してたことを知っていたくせに」

「それとアロアの父親が関係しているのか」

「ああ。俺の親父はネロが死んだ後に罪の意識に苛まれたみたいでな。コゼツの旦那には告白したんだ。でも旦那は、黙っててくれた。もし、このことが村中に知れたら、今度は俺たちが村からひどい目に合うってわかっていたから。親父は泣いて、旦那に詫びたらしい。旦那はそんな親父を見放したりせず、今まで通り接してくれたんだ。だから俺たちは普通にこの村で生活できた」

ロッシュは立ち上がり、遠くに見える焼け焦げた風車小屋を見つめた。

「ロッシュごめんな。こんな父親ですまない・・・って親父に言われたよ。俺に謝るんじゃなくてその言葉はネロにかけて欲しかった。そう思ったらさ、自然に俺、親父の胸座つかんで殴りかかろうとしたんだよ。でも、その時の親父の目、まっすぐ俺を見つめる親父の目。あれは、ずっと後悔していた目だった。親父はわかってたんだ。コゼツの旦那や俺に謝っても意味がないこと。ネロに謝れなかったこと、ネロが死んだ時からずっと悔やんでいたんだ。だから、俺は殴れなかった」

アーサーはネロの墓を見下ろした。

「だから恩人であるアロアの父親にはあのまま死んでほしくなかったということか」

「気休めでもなんでもいい。親父のようには死んでほしくなかった。ま、本当はアロアを見つけ出して風車小屋の犯人が俺の親父だって伝えて、村に帰ってきて欲しかったんだ。旦那とアロアがこのまま死別しちまうのはやっぱりおかしい」

「アロアは父親を許してはいないのだな」

「心の奥底ではきっとまだ憎んでいるんだ」

アーサーはアロアの言葉を思い出した。

「アーサー、あなたは逃げている。かつての私のように。全て自分やマーリンのせいにして、大事なことから逃げている。自分で決めたことに責任は伴うものよ」

(アロア、貴様もまだ・・・。)

アーサーは金色の瞳を空へ向けた。


   ロッシュ

「ロッシュ、アロアを連れ戻すぞ」

ロッシュは驚いて、少年を見つめた。

「お前、何言って」

ロッシュは少年の顔を見て言葉を飲み込んだ 

少年の顔は、先程までとは全く違う。大人びた顔立ちをしていた。こちらを真っ直ぐ見つめる金色の瞳に思わずロッシュは萎縮しそうになった。

「貴様に言わなければならないことがある」

「え?」

「私なのだ。アロアを戦いに巻き込んだのは」

ロッシュは驚いて言葉が出てこなかった。

「最果ての西の街、あそこで私はアロアに助けてもらい、そこからの隣街での騒動まで、行動を供にした」

「お前、アロアと会っていたのか」

「アロアは、私が死んだ親友に似ていたという理由だけで手助けをしてくれていたのだな。ここに来てよくわかった」

「じゃ、じゃあお前が王様の剣を盗んだ犯人?」

少年は、微笑んだ。

「剣の盗人か。そうだったな」

「そうだったなって」

「ここからは話が少しややこしくなる」

ロッシュは未だに頭が混乱していて状況が理解できなかった。

「お前、何者なんだ?」

少年の金色の瞳が光った。

「私は、アーサー。アーサー・ペンドラゴン。この国の王子。いや」

少年はにっと笑った。

「この国の真の王だ」


   アーサー

「お、王子?王?な、何言ってんだよ」

「ロッシュ。私と共に来い。アロアの元へ向かう」

そう言ってアーサーは、ロッシュの横を通り過ぎた。

「お、おいもっとちゃんと説明しろって」

「俺も!兄さんのこともっとちゃんと知りてえな」

アーサーは驚いて声のした方を見つめた。

「イズー!?」

木の後ろからイズーがひょこっと顔を出した。

「よっ!兄さん、久しぶり!」

「なぜ貴様がここに」

「アロアの姉さんに言われたんだよ。兄さんの後を追えって。それで実は隣村の時に追い付いてたんだけど」

イズーはにやっと笑った。

「なんだか面白そうなことしてるなって思ってここまでつけてきたってわけ」

「アロアが?」

そう言ったのはロッシュ。

「この剣を届けて欲しいって」

イズーは担いでいた荷物から布でぐるぐる巻きにした剣を取りだした。

剣と言っても刃が折れたため、短剣の大きさになっていたが。

「選定の剣か」

アーサーは剣の柄をぎゅっと握り締めた。

「イズー、アロアたちはどこにいる?」

「王都に向かったよ。王都で反乱を起こすって言ってた」

「王都で反乱を?無謀すぎる」

「えっとたしかランスロットとグウィネヴィアに協力してもらうって言ってたような」

「何?」

(グウィネヴィアはともかく、ランスロットに?アロア、一体何を考えている。) 

アーサーはアロアの言葉を思い出した。

「うーん。うまく言えないけど、悪い振りをしているというか・・・」

(本当に信用できるのか?)

「とにかく・・・私たちも王都に向かうぞ」

「おい待てよ」

ロッシュがアーサーの左肩を掴んだ。

「俺、まだ全然理解できてねえんだけど。アロアは一体何をする気なんだ?お前もこれから何を」

「このお兄さんの言うとおり」

イズーはロッシュの言葉を遮った。

「俺もだよ。俺も訳わからないことばっかり、まだまだ知らないことばかりだから教えて欲しいんだ。なんでアーサーの兄さんがリーダーに斬りかかったのかもよくわからねえし」

(確かに。トリスタンとイズーは何も知らないままだったな。)

アーサーはロッシュとイズーを見つめた。

「わかった。王都に向かう間に全て話そう」


   アロア

 (まさか会えるとはね。)

長い赤いカーペットが敷かれた廊下をアロアは歩いていた。4人の国王軍の男に囲まれながら。相変わらず手には手錠が掛けられていた。

アロアはきょろきょろと周りを見渡した。

(これがアーサーの家。)

アロアの目の前に大きな白い扉が見えてきた。

(ここが、玉座の間?)

「国王陛下!剣盗難事件の共謀者を連れて参りました!」

大きな扉が開いたはるか先には、玉座が見えた。

アロアは目を細めて見つめたが、ここからでは遠すぎて顔が見えなかった。

「何をしている?入れ」

アロアは後ろから背中を押された。

玉座の間に入ると、天井や壁が金色の装飾で埋め尽くされているのが嫌でもアロアの目に入った。

入ってすぐ、アロアはひざまずかされた。

まだ玉座はかなり遠く、王の顔は見えなかった。玉座までつづく淵が金色の赤いカーペットに沿うようにたくさんの人々が並んでいた。

(見たところみんな貴族のようね。)

ふと横を見ると、黒い制服に身を包んだランスロットが立っていた。

アロアとランスロットはしばらく目が合った。

(ランスロットはたぶんまだ迷ってる。) 

そしてランスロットの横には、昨夜、アロアの牢を訪れた男がいた。男は背筋をピンとのばして王を見つめていた。

「国王陛下!これが、剣を盗難した者と共謀した罪人でございます」

国王軍の男が叫んだ。

「これがって言い方はひどいわ」

「罪人が、黙れ!」

「まあ、よいではないか」

国王軍の男たちはびくっとして背筋を伸ばした。

アロアは玉座を見つめた。

「この者はここで死ぬ定めなのだから、吠えられるうちに吠えさせておけばいい」

(あ、そうなの?)

「私、ここで殺されるの?」

玉座から大きな笑い声が響いた。

「はははははは!そうだ!貴様はここで死ぬのだ。選定の剣を盗んだ盗人を手助けしたのだからな」

「ふうん、そんなに悪いことかしら?アーサーを手助けしたことって」

周りに立っていた貴族たちがざわついた。

アロアを囲んでいた国王軍の男たちも驚いてアロアを見つめていた。

「あれ?知らなかったの?」

よく見ると、驚きを見せていない貴族もいた。

一部の貴族は知っているってところかしら。

「知らない人が多いようね。選定の剣の秘密も」

「貴様、黙れ!」

玉座から大きく低い声が響いた。

「ランスロット」

「はっ!」

ランスロットが一歩前に出た。

「殺せ。今すぐに殺せ」

ランスロットはただ真っ直ぐに玉座を見つめていた。

ランスロットの手が震えたのをアロアは見逃さなかった。

「全然違う」

アロアがぼそっとつぶやいた。

「黙れ!」

アロアを囲む4人の国王軍にアロアは剣を向けられた。

「ウーサー王、アーサーが怒ったときはもっとすごかったわよ?まるで、一国の王様みたいで、恐ろしかったわ」

「貴様!ランスロット何をしている?早く、早く殺せ!」

ランスロットの金色の瞳がアロアを見つめた。

アロアはランスロットに微笑んだ。

「ごめん。ランスロット。私は、ガウェインとは違う」

アロアはそう言うと、高く飛び上がった。アロアの蹴りが一瞬で周りを囲んでいた国王軍の男たちに入った。男たちはうめき声を上げる暇すらなく倒れていった。

それを見て、貴族の大群は叫び声を上げ、騒ぎ始めた。

そんなパニックに陥った中で、金色の瞳を真っ直ぐアロアに向けるランスロットの横をアロアは風のように通り過ぎた。

「何をしている!?ランスロット、早く捕まえろ!」

アロアの背からそんな叫び声が聞こえたが、アロアは玉座の間を飛び出した。


   ランスロット

ランスロットは少し遅れてから玉座の間を飛び出した。

遠い玉座に座るウーサー王が何か叫んでいたが、ランスロットは構わなかった。

廊下に出ると、もうアロアの姿はなかった。

(あいつはうまく逃げたのだろうか。)

「団長」

ランスロットの後ろに背筋をピンと伸ばした男が立っていた。

「ウーサー王がお呼びです」

ランスロットは心配そうに顔を向ける男の肩をポンと叩き、玉座の間へ戻って行った。

ランスロットは、玉座の側に寄り、ひざまずいた。

「お呼びでしょうか?陛下」

ウーサー王が手に持っていた金色のグラスをランスロットに投げつけた。

「貴様!逃がしおったな!」

「いえ、決してそのようなことは」

「では、捕まえろ。そして私の前に連れてくるのだ」

ウーサー王はまた笑いだした。

「私は見たいのだよ。ランスロット。王である私に逆らった者が死ぬところを」

ランスロットの腕がまた震えた。

「はやく見つけるのだ。よいな?」

「はっ!」

ランスロットはそう言うと、玉座の間を出て行った。


   ボーマン

「おい、トリスタン!何やってんだ?」

ボーマンのはるか後ろでトリスタンがぶらぶらと歩いていた。

「なあ、ボーマン、昼飯食べてからイグレーヌのとこ行かねえ?」

ボーマンは大きなため息をついた。

「あのなあ、トリスタン。上見てみろ」

トリスタンは上を見上げた。

「太陽が真上にくる頃にイグレーヌと会う約束だろ?」

「まだいけるよ」

「駄目だ。行くぞ」

ボーマンは迷路のような王都の路地裏を進んだ。ボーマンの後ろにはぶつぶつと文句を言いながらも、トリスタンが付いてきていた。

「だってよ、今日で王都とおさらばだぜ」

「いいじゃねえか。王子が王になればいつだって来れる」

ボーマンの後ろで足音が止まった。ボーマンが振り返ると、トリスタンが真面目な顔で見つめていた。

「本当にアーサーは戻ってくるのか?」

(王子は必ず戻ってくる・・・なんてアロアみたいに俺は即答できない。

あの王子は、逃げた。逃げ出すことは俺にもわかった。だからこそ、あいつが戻ってくるとは俺は到底思えない。)

ボーマンは、にっと笑ってトリスタンを見つめた。

「な、なんだよボーマン」

「くだらないこと聞いてないで行くぞ」

「くだらないことって何だよ。重要なことだろ?アーサーがいなきゃ反乱も何も」

「誰もわかんねえよ。王子が戻ってくるなんて」

「でも、アロアは」

「アロアはそう確信してる。俺はわかんねえ。お前もわかんねえ。それだけ」

「はあ?」

「とにかくまずは今できることをするだけだ。先のことなんて考えても無駄だ。これからもしかしたら全く思ってもなかったことが起きるかもしれねえんだからな」

(俺が、王子に絡んで、アロアに殴られて、王国の秘密を知って、ガキどもを助けて、反乱を起こそうとして・・・なんて想像すらしなかったことがほんの2,3ヶ月の間に起きたんだからな。)

「俺たちはさ、流されときゃいいんだよ。何も考えずに」

トリスタンはきょとんとした顔でボーマンを見つめていた。

(流されて流されて今、俺はここにいる。)

ボーマンの脳裏に胸座をつかまれたアーサーの顔と声がよぎった。

あいつが言っていただろう?自分で決めたことは責任を持つと。たとえ、それが自分の望んでいなかった結果になっても

(ああ、その通りだよ。)

「だからこそ、ちゃんと責任を持って生きろよ。トリスタン」

トリスタンはまたもや訳が分からないという顔をして口をぽかんと開けていた。

「よし、じゃあ行く」

その時、トリスタンの後ろに見える王都の大通りを風のように走り抜けた影がボーマンの目に入った。

ボーマンは、その姿を捉えた瞬間、大通りに向かって走り出していた。


   アロア

アロアは王都の大通りを駆け抜けていた。だが、思うようにスピードが出ない。

(この手錠、本当に邪魔だわ。)

後ろからは、国王軍の兵士が追いかけてくる。

アロアはきょろきょろとあたりを見渡したが、どこに逃げ込めばいいのかも全くわからない。

5年前、ネロとロッシュといつか王都に行ってめいっぱい遊ぼうと約束したなあとアロアは呑気に思い出していた。

(こんな形で王都に来ることになるなんて。)

「アロア!」

アロアは、はっと我に返って、声のした方を見つめた。そこには、息を切らしたボーマンが立っていた。

「お前、一体何やって」

ボーマンはアロアの手にはめられた手錠とアロアの背後に迫ってくる国王軍の男たちを見て察したようだった。

「こっち来い!アロア」

アロアはボーマンのいる路地裏へ駆け込んだ。

「道、わかるの?」

「そりゃ長いことここにいるからな」

するとアロアの目にこちらに駆けてくるトリスタンの姿が目に入った。

「おい、ボーマン!お前なんで急に走り出してって、アロア!?」

「トリスタン、逃げるわよ」

「え?」

状況がわかっていなトリスタンの腕をボーマンは無理矢理引っ張って行った。

「アロア、お前、国王軍に捕まったんだよな?」

そう尋ねたのはボーマン。

「ええ。そうよ。それで、王様の前に連れて行かれてね。殺されそうになったの」

「え!?」

ボーマンとトリスタンが同時に声を上げた。

「それで玉座の間から今逃げ出してきたところ」

「お前、会ったのか?ウーサー王に」

「ええ。会ったわよ。でも、顔は遠すぎて見えなかった」

(威厳なんてなかった。ただの我儘な王様にしか見えなかった。)

「そっちは?グウィネヴィアには会えた?」

「これから会いに行く予定だったんだよ」

「何ですって?」

アロアは立ち止まった。

「じゃあ、ここにいたら駄目じゃない」

「ああ。でも、お前が逃げてる姿見てたらほっとけなくてな」

「駄目よ。私たちの作戦にはグウィネヴィアの協力が絶対必要なんだから」

ボーマンがため息をついた。

「おい、そんなこと今言ってる場合じゃないだろ?ほら、早く逃げないと国王軍が」

「でも、せっかくのグウィネヴィアに会うチャンスが」

「そこまでだ。シスター アロア」

アロアが後ろを振り向くと路地裏の影にランスロットが立っていた。

「ランスロット」

ランスロットの後ろには数人の国王軍がいた。国王軍たちは、銃をアロアとボーマン

につきつけながら円になり、アロアたちを囲んだ。

ランスロットは腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。

「今なら命は取らない。おとなしく降伏しろ」

「嫌よ」

「お、おいアロア」

ボーマンがアロアに耳打ちをした。

「とりあえずここは降伏しておいた方がいんじゃなのか?」

「気づいてないの?ボーマン」

「え?」

ボーマンはあたりを見回して、ああと小さくつぶやいた。


   トリスタン

「太陽が真上に昇る頃」

そう言ってトリスタンは走りながら空を見上げた。トリスタンはアロアとボーマンが口論している間にこっそりと別の路地裏へと逃げ込んでいた。

「ちょっと遅刻だ」

トリスタンの目にイグレーヌの姿が映った。

「イグレーヌ!」

駆けてくるトリスタンを見つけるとイグレーヌは笑みを作った。

「トリスタン、もう来ないかと思ったわよ」

トリスタンは膝に手をつき、顔を俯け、肩を上下させた。

「少し遅れたからってそんなに急がなくても」

「イグレーヌ」

トリスタンは顔を上げてイグレーヌの顔を見つめた。

「俺たちを助けてくれ」

イグレーヌの顔から笑みが消えた。

「何かあったの?」

「友達が国王軍や騎士団に追われてるんだ」

「国王軍、騎士団?」

「ボーマンも今そいつと一緒にいる」

「どうして?国王軍はともかく騎士団にまで追われているなんて」

「わけはあとで話す。頼むよ。騎士団の団長と知り合いのあんたなら、なんとかできるんじゃないかと思ってな」

トリスタンが頭を下げた。

「こんなこと頼める立場じゃないってわかってる。でも、俺たちを助けてくれ。あのままじゃみんな殺されちまう」

トリスタンの声は震えていた。

「・・・して」

「え?」

トリスタンが顔を上げるとイグレーヌが微笑んでいた。

「今すぐ案内して。トリスタン」


   ランスロット

 ランスロットは気が付いていた。剣を持つ自分の手が震えていることを。

こちらをまっすぐ見つめるアロアが降伏をする気などまるでないことを。

「団長」

背筋をピンと伸ばした男がランスロットに耳打ちをした。

「ウーサー王がご到着されました」

ランスロットは剣を下ろし、姿勢を正した。

「国王陛下の御成りだ!」

アロアたちを取り囲んでいた国王軍たちも銃を下ろして姿勢を正した。

ランスロットの背後にゆっくりとウーサー王が近づいてくる。

震えは相変わらず止まらない。


   アロア

 やっと間近で見られるのね。

「なんでウーサー王がこんなところに」

ボーマンは驚きを隠せず、動揺しているようだった。

「ウーサー王にバラしたの。私がアーサーの秘密を知っているって」

ボーマンは、目を見開いてアロアを見つめた。

「お前、何でそんなこと!?ウーサー王は俺たちを殺す気じゃねえか」

「ええ。そうよ。私たちを殺す気でここにいるのよ」

わかっていて何で言ったんだ?という顔をしているボーマンからアロアは目をそらして、再びランスロットを見つめた。

(こうまでしないとランスロットは動いてくれない。そう思ったから。)

ランスロットの背後から、金色の装飾に施された派手な服を着た男だゆっくりとこちらに向かって来る。

「え?」

アロアは、思わず声を出していた。

なぜなら、あまりにもアーサーと似ていないことに驚いたからだ。

ウーサー王はまん丸と肥え太り、太った腹は金ピカの分厚く暖かそうな布でできた服でさらに大きく見えた。何よりも、

(瞳の色が違う。)

ウーサー王の瞳は黒かった。

(王都出身じゃないのね。じゃあ、アーサーの瞳の色は・・・)

アロアとボーマンの顔をじっとウーサー王は見つめ、微笑んだ。

「哀れな。盗人の手助けなどしおって。そうまでして、金が欲しかったのか?」

アロアもボーマンも何も答えない。

(金が欲しかったから盗みの手助けをした・・・そんな理由で私たちをここで殺す気?)

「全く。困ったものだ」

ウーサー王は大きなため息をついた。

「我が国の民は一体いつからこんな貧乏人ばかりになってしまったのだ?」

アロアはその言葉を聞いて、体の奥から熱いものがこみ上げてきたのを感じた。

(一体、誰のせいで?誰のせいで・・・)

アロアの青い瞳にネロの死に際の顔が浮かんだ。

「お言葉ですが、国王陛下」

アロアはウーサー王を見つめた。いや、睨みつけた。

かつて、命を助けくれたシスターを睨みつけた時よりも鋭く、深く。

「民が貧乏なのは、誰のせいとお思いですか?」

横にいたボーマンがアロアに何か言ったが、アロアには聞こえない。

彼女はかつてないほどの怒りに満ち溢れていた。

ウーサー王はそんなアロアをまるで汚いものでも見るかのように見下ろした。

「貴様、誰に向かって口を聞いておる?」

アロアたちを囲む国王軍がアロアに銃を突きつけた。

「罪人が!国王陛下の御前でなんたる無礼な!黙らんか!」

「まあ、よい」

ウーサー王が、にっと笑った。

「誰のせいかと申したな?」

アロアは、ウーサー王を睨みつけたまま動かない。

「そんなことわかりきっておるではないか」

ウーサー王が次の言葉を発するよりもアロアの鋭い蹴りの方が早かった。

横にいたボーマンも、周りを囲む国王軍も、ランスロットですら何が起きたのか分からなかった。

「と、取り押さえろ!」

国王軍のひとりが叫んだ。

アロアとボーマンは地面に押さえつけられた。

「貴様・・・!」

ウーサー王は、鼻から血を流しながら、アロアを睨みつけた。

地面に押さえつけられたアロアはつぶやいた。

「1回でいい」

「え?」

ボーマンはきょとんとした顔でアロアを見つめた。

「1回いいからあいつの顔を殴りたかったの」


   ボーマン

 ボーマンは、鼻から血を流すウーサー王の顔を見た。

(ちょっと前までの俺みたいだな。)

想像を超える出来事が休みなく起きたことで、ボーマンはパニックになっていたが、鼻血を流すウーサー王を見ているとおかしくて、少し落ち着いた。

「お前なあ。だからって今ここで殴らなくてもいいだろ?」

「だって、ウーサー王があの後言う言葉がわかったんだもの。貧乏なのは、貧乏な民が悪いって言う気だったのよ」

ウーサー王は、鼻を手で押さえてよろめき、騎士団の男たちに支えられていた。

「貴様!よくも・・・!今すぐ、殺せ!ランスロット、殺すのだ」

ボーマンはウーサー王の横にいたランスロットと目が合ったが、そらされた。

(本当にあいつ王子の味方なのか?)

ボーマンはアロアを見つめたが、アロアはただまっすくにランスロットを見つめるだけだった。

(こいつはまだ、ランスロットを信じてるのか。)

ボーマンが不安気な顔をアロアからそらした時、声がした。

「陛下、お待ちください!」

ボーマンは声を聞いて驚いた。国王軍たちに囲まれているおかげで声の主の顔は見えないがボーマンには誰かわかった。

(トリスタンが呼んだのか。)

「イグレーヌ!」


   ランスロット

 イグレーヌの名を聞いて、ランスロットは驚いてアロアの横にいた男を見つめた。

横にいたウーサー王も怪訝そうに男を見つめた。

(何でその名を?)

「グウィネヴィア」

ランスロットが見つめると、グウィネヴィアはにっと笑った。


   グウィネヴィア

「ウーサー王、お止めください。このような公共の場で殺生など」

ウーサー王は、グウィネヴィアを睨みつけた。

「貴様、なぜ、ここに?」

「久しぶりに王都を訪ねていたのです。ここも偶然通り」

「旧王都から出るなと申したであろう?私の命令を守れんのか?」

ウーサー王は、グウィネヴィアの言葉を遮った。

グウィネヴィアは答えようとして口を開いたが、その時ランスロットを一瞬見つめた。

グウィネヴィアを見つめるランスロットの瞳を見て、グウィネヴィアはランスロットがまだ迷っていることを察した。

(ここで言い逃れはいくらでもできる。でも、今ここで行動を起こさないときっともう機会がない。ランスロット、今こそ決断の時よ。)

「陛下」

グウィネヴィアはウーサー王に微笑んだ。

(ランスロット、忘れているはずがないわよね?あの時の気持ち。もし、今、その気持をおしこめているなら、私が、今ここで引き出すだけよ。)

「では、ここで私を殺しますか?」


   ランスロット

 ランスロットは、体が冷えていくのを感じた。

(何を言っている?グウィネヴィア。)

「かつて私は、こにいるランスロットと今は亡きガウェインと共にアーサー王子の逃亡を手助けしました。そこで捕らえられた時に二度と陛下には逆らわないと約束を致しました。ですが、一度お慈悲を掛けて頂いたにも関わらず、私は、陛下を裏切りました。一度までならず、二度までも」

グウィネヴィアは、ひざまずいた。

「今、ここで私を殺してください。その代わり、後ろの罪人はお許し下さい」

ウーサー王はしばらく何も言葉を発さなかったが、突然、大きな笑い声を上げた。

ランスロットの右腕は、王の笑い声を聞けば聞くほど、震えた。

「いいだろう。グウィネヴィア、貴様の願い通りにしてやろう」

(あの時と同じだ。)

選定の剣を見つけたアーサーとガウェインを追い、剣を引き抜いた後の台座にひとり残ったガウェインをウーサー王が殺せと命じたあの時、同じように大きな笑い声を発していた。

「あの時と同じだ。ランスロット」

ランスロットは、はっと我に返りウーサー王を見つめた。ウーサー王の顔は満面の笑みだった。

「また、友を殺させてやろう」

(友を殺させてやる?)

「旧王族のましてや前王の娘は尊重しなければいけず、例え、私に逆らい、罪を犯したとしても殺すことはできなかったのだ。しかし殺して欲しいと懇願しているというならば話は別だ」

ウーサー王はまた笑いだした。

「これで何かと王政に文句を言う旧王族も少しはおとなしくなるだろう。貴様も、このような出来損ないの友人を殺せる機会をずっと待っていたのだろう?あの馬鹿で愚かな友を殺した時から」

ランスロットは、その言葉に疑問を感じた。

(私がずっと待っていた?)

「ウーサー王」

ランスロットは剣を持つ手に力を込めた。

「あなたは勘違いをしている」

ウーサー王の顔から笑みが消えた。

「貴様、誰に口を」

「私は」

ランスロットがウーサー王の言葉を遮った。

「私は望んで友を殺したことなど一度もない。そんなことを望んだこともない」

ランスロットは、ひざまずくグウィネヴィアの前に立ち、持っていた剣をウーサー王に突きつけた。

「私は、あなたを王だと思ったことも一度もない」

ランスロットの中に、ガウェインとの最期の会話が蘇った。




「ガウェイン、俺はアーサーが王になるれるとは思えない。あいつの性格知っているだろう?」

「そりゃあ、アーサーはウーサー王に王の素質ってやつを奪われてんだからよ。でも、一緒に旅して、楽しかったろ?」

ガウェインがにっと笑って、ランスロットを見つめた。

ランスロットは大きなため息をついた。

「それは、仲間としてだ。王になるのとはまた違う」

「ほら、楽しかったんだろ?なら、大丈夫だ」

「何が?」

「お前が支えればいい。それだけだろ」

ランスロットは、何か言おうとしたが言葉が出なかった。

「王ってなんでもかんでもひとりでやってるわけじゃない。俺たちが支えればいいんだよ。一緒にいて楽しかったならこれからも一緒にいてやろうぜ」

「貴様ら何を喋っている?」

じゃあなぜ?と言いかけたランスロットの言葉をウーサー王が遮った。

ランスロットは後ろを振り向いた。ウーサー王がじっとこちらを見つめている。

「ランスロット、その死にぞこないを早く殺せ」

ランスロットは、視線を床に落としてからゆっくりとガウェインを見つめた。ガウェインはもうすでにボロボロで、血まみれだった。彼がもたれる大きな岩の台座には、何か刺さっていた様に穴が空いていた。

「だとさ、ランスロット、いや、ランスロット団長か」

「できない」

「なんで?」

「お前は俺の大切な友だ」

「だったら尚更、友達が頼んでいるからいいだろ?」

「じゃあなぜ?」

ランスロットは先ほど言いかけた言葉を発した。

「ん?」

「なぜ、アーサーを一緒に支えようなどと言った?」

「一緒に支えるよ」

「ここで死ぬのに?俺がお前を殺すのに?」

ガウェインは、にっと笑った。

「俺はそうやってアーサーを支えるって決めたんだ」

ランスロットは理解できなかった。いくら真の王を王座に就けるためとはいえ、自分の命を投げ出すなど。

「お前には、信じられねえかもしれねえが、これが俺の支え方だ。お前は?」

ランスロットは、じっとガウェインを見つめた。

「全く!何をしている!ランスロット!?」

ウーサー王が近づいてくる足音が聞こえた。

ランスロットは目を閉じた。

(俺は?)

ランスロットは、ゆっくり目を開けると腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。

ウーサー王の足音が止まり、ランスロットがつぶやく。

「これが、俺の支え方だ」

ガウェインはにっと笑った。

ランスロットは、剣を両手で掴み、叫んだ。

「罪人、ガウェインよ。最期に言い残したことはあるか?」

ガウェインは、ふっと鼻で笑った。

「アーサー、お前の王になった姿、見たかったぜ」

ランスロットは、にっと笑って、剣を振り下ろした。




(そうだ。

俺は決めたんだ。こうやってアーサーを支えると、あの時、決めたんだ。)

剣を持つランスロットの腕はもう震えてはいなかった。

アロアたちを取り込む国王軍たちは、ランスロットの行動に驚き、言葉も出ない様子だった。しかし、ランスロットの様子を見たウーサー王の周りにいた騎士団の数人は剣を引き抜き、ウーサー王に突きつけた。まるで、事前に打ち合わせでもしていたかのように。

「貴様ら、一体何を?」

ウーサー王は動揺を隠せてはいなかった。

「ウーサー王、あなたには、王の座を下りて頂きたい」

ウーサー王は驚きのあまり、目を大きく見開き、口を大きく開け、声すら発することができないようだった。

「お、お前ら、殺せ!この裏切り者どもを殺せ!」

命令された国王軍たちは、動揺していた。騎士団の団長がまさか裏切るとは思っていなかったからだろう。そんな国王軍たちを、剣を引き抜いた騎士団が襲いかかった。国王軍たちは、簡単に斬られ、恐ろしくなったのか逃げ出した。

しかし、それでも、まだこちらに寝返っていない騎士団が数人いる。

彼らは国王を守ろうとランスロットたちに立ちはだかった。王はその隙に国王軍の1人に連れられて路地裏から出て行った。ランスロットも、グウィネヴィアを別の路地裏へ避難させた。

反乱を起こした者とそうでない者で真っ二つに別れた騎士団はお互いに睨み合い、動かない。

「俺は、お前らを斬りたくはない」

そう言ってランスロットは剣を下ろした。

「もうわかっているだろう?王は、偽物だ。このままではこの王国は滅びるぞ」

ランスロットに剣を向ける騎士団の1人が口を開いた。

「ええ。わかっています。団長のおっしゃることは正しいです。しかし、私たちは、王に忠義を誓った王直属の騎士団。王が偽王であろうが、化物であろうが、最後まで守り通します」

ランスロットの金色の瞳が揺らいだ。

(忠誠か。)

ランスロットは思い出した。ウーサー王に忠誠を誓い、騎士団の団長に任命されたときのことを。

(全てはこの日のためだった。)

顔を俯けてランスロットはつぶやいた。

「そうか」

ランスロットのそのつぶやきが引き金のように騎士団の男たちは、地面を蹴り、互いの敵に向かった。

戦いは、ランスロットたちの圧勝だった。反乱を起こした騎士団員に手練が多かったのだろう。

返り血をあびたランスロットは、ただ剣を握り締めて、思った。

(もう友を殺したくはなない。

アーサー、お前は本当に戻ってくるのか?)


   アロア

 アロアは、視線をそらすことなく騎士団員たちの戦いを見つめていた。ランスロットは、こんなこと望んでいなかっただろう。でも、きっとこれがランスロットの決めたことなどだ。だから、きっとガウェインも。

「ア、 アロア」

横にいたボーマンは、瞬きを何度も繰り返しながら震えていた。

「ボーマン、大丈夫?」

「あ、ああ。だ、大丈夫だ」

(確かに、ランスロットたちの戦いは酷いものだった。

血まみれになりながら、死ぬまで戦う。敵同士ならともかく、友同士で殺し合う光景は本当に悲しかった。)

「まあ、真っ青じゃない。大丈夫なの?ボーマン」

アロアと同い年くらいの少女が心配そうに、ボーマンを見つめていた。

アロアは、ランスロットが彼女をグウィネヴィアと呼んでいたのを思い出した。

(そうだ。この人が。)

「あなたが」

「お前、イグレーヌじゃなかったのか?」

今にも吐きそうなボーマンがアロアの言葉を遮った。

(そういえば、ボーマンはこの人のことをイグレーヌと呼んでいたっけ?)

アロアは混乱した。

「えっと、あなたは、誰なの?」

少女が口を開きかけたとき、おい、とランスロットが声をかけた。

「お前ら、こんなところで自己紹介している場合じゃないぞ。早くここから離れないと、王がここに兵を呼ぶはずだ」

アロアは頷いた。

「それもそうね。でも逃げるところなんて」

「私の隠れ家がある」

そう言って少女が微笑んだ。

「とりあえずそこに行きましょう。トリスタンもそこにいるわ」




 大きな机、ふかふかのソファー、目の前には暖かい飲み物と食事。

(これが、隠れ家?)

アロアたちは、グウィネヴィアの隠れ家にいた。

そこは、隠れ家というよりも、大きな庭のついた豪邸だった。

もしもの時のためにこの家を買っておいて正解だったわと微笑みながら、家を案内してくれたウィネヴィアはやっぱり王族の人間なのだとアロアは思った。

家の中に入ると、心配そうな顔をしたトリスタンがいた。アロアとボーマンの姿を見ると顔に笑みを作り駆け寄ってきた。

アロアたちは、さっきまでの騒動が嘘の様に静かなこの家で、王都に忍び込み、ボーマンとトリスタンはグウィネヴィアに、アロアはランスロットに、それぞれ反乱を起こすように頼みに来たことを話した。そして、アーサーとの出会いやトリスタンとイズーの騒動など今まであったことを話し始めた。

「じゃあ、お前らは、マーリンに会ったんだな」

そう言ったランスロットにトリスタンは、頷く代わりに首をかしげた。

「俺は、ずっとリーダーと一緒にいたぞ」

グウィネヴィアがきょとんとした顔でトリスタンを見つめる。

「リーダー?」

「ああ。マーリンは俺たちのリーダーだったんだ。俺たち街の親無しの子供を集めて一緒に暮らしてたんだ。でも、おかしな話だよな?アロアの命の恩人もマーリンで、でもアロには、リーダーが女に見えてたなんて」

「シスターに見えてたのよ。トリスタン」

「俺もだ」

そう言ったのはようやく顔色が良くなってきたボーマン。

「トリスタンの言うとおり確かにマーリンはガキだったが、トリスタンとイズーと俺でもマーリンは違う人間に見えていたんだよ。俺はともかく、ずっと一緒にマーリンと暮らしてきたトリスタンたちまでなんで違うように見えていたんだ。しかもそのことに気がつかないで」

(そう。みんなマーリンが違う人間に見えていた。)

王都に来る前に、アロアたちは、トリスタンとイズーにアーサーの素性も選定の剣のことも全て話した。その時に、4人にはわからないことがあったのだ。

マーリンがどうして4人とも年も、性別も、格好も全く違う人間に見えていたのか。

そして、今まで一緒に暮らしていたトリスタンとイズーでさえも実は違う人間に見えていたということがわかったのだった。

「私が説明するわ」

そう言って微笑んだグウィネヴィアにアロアたちの視線が集中する。

「マーリンはね、ひとつの姿を持っていないの」

「ひとつの姿?」

「マーリンは見る人によって姿が違うのよ」

アロアは驚いて目を見開いた。

「そんなの、矛盾するじゃない」

(現にあの時、矛盾していた。)

「でも、今までアロアがいた教会ではそんなことはなかったでしょう?」

「確かに」

(みんなシスターをシスターとして扱って・・・あれ?)

「今、思えば、シスターをシスターと呼んでいる人は少なかったかも、名前で呼び捨て

にしている子供もいたし、シスターをとても小さい子の扱いをする人や、まちがって神父さんと呼んでいる人もいたわ。でも、それはかなり高齢の人だったから、シスターを孫のような扱いをしたり、ボケてしまって神父さんと呼んでいるのかと思っていたけど」

(私、おじいさんがボケているのかと思って何度も神父さんじゃなくてシスターって訂正していたけど、おじいさんこそ私が何言っているのかわからなかったんじゃ・・・。)

「でも、それならどうして、今まで矛盾しなかったの?」

「そう。私たちの時もそのことに驚いたわ」

グウィネヴィアはそう言って微笑み、アロアを見つめた。

「アロアが教会にいた時とトリスタンが街で暮らしていたとき、そして騒ぎの中でマーリンを見たときの違いは何?」

アロアは、少し考えてから、ああとつぶやいた。

「アーサーね」


   アーサー

 日が沈みかけた空を馬車の中から眺めていたアーサーの顔に冷たい風が刺さった。

しかし、アーサーは耳に入る馬の蹄の音が心地よく、そんな寒さの中でも目を少しでも閉じれば眠りに落ちてしまいそうだった。

「俺、やっぱりまだ信じらんねえや」

イズーは、そう言ってうーんとうなった。

「まさかリーダーが人によって違う風に見えていたなんて。しかも、間違った人間を王にしちまったなんて」

アーサーは、思い出していた。アーサー、ガウェイン、グウィネヴィア、ランスロットの前に現れたマーリンの存在が矛盾していた時のことを。

(ガウェインには、戦士に見えており、グウィネヴィアには少年に、ランスロットには街の女に見えていた。あの時、ガウェインがランスロットだけ女に見えていることを羨ましがり、俺と代われと騒いでいたな。)

アーサーは空を眺めながら少し微笑んだ。

「預言者であるマーリンは、存在はひとつでありながらひとつの姿をもたないからな」

「でもさ、兄さん。俺たちずっとリーダーと暮らしててみんなが違う様に見えていたなんて気がつかなかったよ」

「ああ。マーリンの存在は普段は矛盾しないからだ」

「じゃあ、なんであの時みんな違う風に見えてるってわかったの?」

「私がいたからだ」

「兄さんが?」

アーサーの目に、あの日、あの街で、イズーの前に立ちはだかった老人の姿が蘇る。

「剣に選ばれた王がいる時、マーリンの存在は初めて矛盾する」


   グウィネヴィア

「そう。アーサーの存在。剣に選ばれた王がいるとき、マーリンの存在は初めて矛盾するのよ。そうよね、ランスロット?」

ランスロットは、ふっと鼻で笑って、ああとつぶやいた。

(あ、あの時のこと思い出してるわね。ガウェインがランスロットに代われ代われって騒いでいたときのこと。)

俺も女が見たい!美人なんだろ!ランスロット!?

そういうガウェインの声がまだ残っていた。

頬を綻ばせるグウィネヴィアとランスロットをアロアたちは不思議そうな顔で見つめていた。

「ふふ。ごめんなさい。ちょっと昔を思い出していて。とにかく、今までマーリンの存在が矛盾しなかったのはそうゆうことなの」

アロアは頷いて納得した様に見えた。

「あの」

そう言ったのはボーマン。

「俺さ、ずっと気になっていたんだけど」

グウィネヴィアは、ボーマンにじっと見つめられた。

「グウィネヴィアはなんでイグレーヌって名前を使ったんだ?俺たちがグウィネヴィアの名前を出したときにすぐ名乗りで出てくれたらよかったのに」

グウィネヴィアは首をすくめた。

「嘘の名前を言ってしまって言い出しにくかったのよ。それに、あなたたちの目的がわからなかったし」

「グウィネヴィア」

ランスロットがじっとグウィネヴィアを見つめた。

「なぜ、イグレーヌの名を使った?」

「え?」

グウィネヴィアはランスロットの真剣な顔にきょとんとした。


   アーサー

「お、おい、お前ら、でかい声でそんな大事なことここで言うなよ。他の乗客に聞かれたらどうすんだよ」

ロッシュが慌てて口に人差し指をあて、小さな声でそう言った。

「大丈夫だよ。周り見てみなよ。みんな仕事で疲れてぐっすり寝てるよ」

ロッシュは周りを見渡した。

アーサーも外の景色から目をそらして、馬車の中を見渡した。

アーサーたちの周りには、ドロドロに汚れた服を着て死んだように眠る人たちで溢れていた。馬車の中は汗臭いにおいが充満し、寝息やいびきでにぎやかだった。

(皆、国にお金を納めるために自分の村から離れた場所で必死に働き、馬車で自分の村へ帰っているのか。)

ロッシュはその光景に納得したようにそれもそうだなと言い、アーサーを見つめた。

アーサーは怪訝そうにロッシュを見つめ返す。

「何だ?」

「それでも、そいつを殺そうとするのはおかしいぜ。アーサー」

アーサーは、ロッシュが何を言っているのか一瞬わからなかったが、ああとつぶやいた。

「さっきのイズーの話の続きか」

ロッシュは頷いた。

「だって、お前はマーリンを殺そうとしたんだろ?」

「そうだぜ!兄さん、リーダーに・・・マーリンに向かって持ってた剣を振り下ろしたんだ」

「お前、いくら間違った人間を王にしたからってそれはないだろ」

アーサーは、ふっと微笑んで、また日が沈みかけている王国を眺めた。

「ああ。そうだな。私は間違ったことをした。マーリンはもうずっとわかっていたのにな。自分がとんでもない罪を犯したこと。だからこそ、あいつは」

(ガウェインやグウィネヴィア、ランスロットに私を出会わせて剣を探させたり、アロアに助けてもらうように根回しをした。)

「自分の責任から逃げなかった。マーリンは逃げなかったのに私は逃げていたのだな」

ロッシュとイズーは何も答えなかった。

何も言わないふたりが気になり、アーサーは再び馬車の中を見ると、きょとんとした顔で、ロッシュとイズーがこちらを見つめていた。

「何だ。貴様らその顔は」

「だってよ、なんかお前変わったなあと思ってよ」

「俺もそう思う。兄さん、なんか変わったよ」

アーサーは、そんなふたりを見て笑った。

「そうかもしれないな」

「やっぱり変わった!」

ロッシュとイズーが声を合わせてそう言った。


   アロア

(イグレーヌ? )

アロアも真剣にグウィネヴィアを見つめるランスロットが何を言いたいのかわからなかった。

(その名前に何かあるの?)」

「イグレーヌって花の名前よ?ガウェインのお墓にお供えした花の名前」

そのグウィネヴィアの言葉を聴いてランスロットは拍子抜けしたような顔をした。

「花の名前?そうか、アーサー王、花にその名前をつけたのか」

「ランスロット、イグレーヌって名前、花の名以外に何かあるの?」

そう言ったアロアにランスロットは頷いた。

「イグレーヌは、アーサーの母親の名前だ」

「え?」

アロアもボーマンもトリスタンも驚いて同時に声を上げた。

グウィネヴィアは少し考えたあと、ああ、そうだったわねと思い出したように言った。

「イグレーヌ。聞いたことあると思っていたのよ。王妃の名前だったわね」

「じゃあ、自分の女の名前を花につけたのか?いてっ!」

アロアがトリスタンをつねった。

「王妃と言いなさい。トリスタン。そういえば、王妃ってもうずっと前に亡くなったのよね?確か、病気で」

「ええ、そうよ。まだアーサーが3歳の頃にね。でも、アーサーが今まで生きてこられたのは、イグレーヌ王妃のおかげなのよね」

アロアは不思議に思った。

(3歳の頃に亡くなっているのに王妃のおかげでアーサーは今生きてる?)

「どうゆうこと?」

グウィネヴィアは少し顔を俯けて、持っていたカップの中を見つめた。

「それには少し、順を追って話さないとだめね」

グウィネヴィアはカップを机に置き、まっすぐアロア、トリスタン、ボーマンを見つめた。


   アーサー

 ほぼ夕日が沈みかけ、あたりはかなり暗くなってきていた。馬車の中は乗った時よりもかなり冷え込んでいたが、ロッシュとイズーは気にすることなく、喋り続けていた。まだ数人残っていた同乗者も相変わらずいびきをかいていた。

アーサーは、ふと自分の懐に入れた短剣になってしまった剣に触れた。

「剣は見ている、見ているぞ。アーサー」

マーリンの声が聞こえたような気がした。

(剣は、見ている。一体、何を?)

馬車は進む。王都に向けて。


アロア

アロアは驚いた。

(預言者であるマーリンが未来の王の父親と親しくなり、剣のありかを教えてしまったなんて。)

昔ね、私ひどい過ちを犯したことがあったの。その時は本当に自分を責めた。今のあなたの様に自分が大っ嫌いだった。

(確かに、マーリンは・・・シスターはそう言った。

これが、シスターの責任。

そして、ウーサー王は、それほどまでして王になりたかったのか。

ん?でも、そうなら)

「それならどうして、アーサーが生まれたの?アーサーさえいなければ、ウーサーはこんな苦労しなかったのに」

グウィネヴィアは、頷いた。

「それなの。アーサーが今生きている理由」

アロアは意味が分からなかった。

「て、どうゆうこと?」

「イグレーヌ。彼女はウーサー王にとってずっと出会いたかった人であり、一番出会いたくなかった人」

その時、アロアの中にネロの姿が浮かび上り、アロアは、あっと小さく声を上げた。

(ウーサー王は運命に逆らえなかったんだ。)

「イグレーヌを愛してしまったのね?」

「ええ。それはもう深く愛していたそうよ。そして、そんなふたりの間に生まれたアーサーの顔は、イグレーヌにそっくりだった」

「だから殺せなかった・・・自分が愛した人にそっくりな息子を」

(だから、アーサーは生きている。本当は殺したくてたまらなかったのに。)

「殺せないから、王の素質を奪った」

アロアのそのつぶやきにランスロットが、ああ、そうだと答えた。

「ウーサーはアーサーを我儘で傲慢な性格になるようにした。お前、牢の中で言っていたよな。アーサーの言葉使いは、まるで誰かに言わされているようで元々あった人格や素質が奪われているんじゃないかって」

ボーマンが驚いて、アロアを見つめた。

「お前、そんなこと思ってたのか?」

「ええ。ずっと一緒にいると不思議とそう思えてきたの」

ランスロットはじっとアロアを見つめていた。

「それは、お前の死んだ友と関係あるのか?」

アロアがランスロットを見つめ返す。

「そうね。そうかもしれないわね」

「だから、まだ思ってるのか?」

「何を?」

「アーサーがここに来ると」

グウィネヴィアが目を見開いてアロアを見つめた。

ボーマンとトリスタンもアロアを見つめたが、もう答えはわかっているようだった。

アロアは、微笑んだ。

「アーサーは必ず戻ってくるわ」


   グウィネヴィア

 その言葉を聞いてランスロットが嬉しそうに笑った。

グウィネヴィアは久しぶりにランスロットの笑顔を見たような気がした。

長いこと会っていなかったというだけでなく、ずっと・・・騎士団の団長になってから、ランスロットは心の底から笑っていなかったからだ。

そんなランスロットを見て、グウィネヴィアはアロアの言葉には確信があるような気がした。

「じゃあ、これからのこと話しましょう。アーサーがいつ戻ってきてもいいように、私たちで、できる限りの反乱を起こしましょう」

(できる限りアーサーを助けたい。

もう何もできずに、友を見殺しになんてしたくない。)

そう言ったグウィネヴィアにアロアたちは、力強く頷いた。

(みんなもう確信してるんだ。

アーサーはここに戻ってくるって。)

「その前に、アロア」

ランスロットがそう言ったので、アロアはきょとんとした顔をした。

「何?」

「その手錠外さないのか?」

(手錠?)

グウィネヴィアはアロアの手元を見つめた。

「ア、 アロア。あなた手錠ついたままだったの?」

(どうりで、出したお茶を全く飲んでいないわけだわ。)

アロアの前に出されていたカップには、なみなみ注がれたままのお茶が入っていた。

「だって、手錠外して欲しいとか言いにくい空気だったし」

ランスロットが不思議そうな顔で、アロアを見つめる。

「お前、引きちぎれるって言っていただろう?」

アロアは吹き出した。

「あんなの信じてたの?馬鹿ね。普通の人間が引きちぎれるわけないじゃない」

ランスロットはむっとした顔をした。

「な、馬鹿とはなんだ!?」

くすくすとグウィネヴィアが笑い声を上げた。

「もうランスロットは、ほんと馬鹿真面目ね」

ボーマンとトリスタンもつられて吹き出し、大きなこの豪邸は笑い声に包まれた。

さっきまでの緊迫した空気はどこかに消えてしまったように。

だがグウィネヴィアは思っていた。

(自分たちは、何も悪いことをしていない。

むしろ正しいことをしているのだから、暗い顔で話す必要なんてないのだと。)


   アーサー

 すっかり日が沈み、先ほどまで喋っていたロッシュとイズーは眠りこんでいた。

いつの間にか馬車の乗客はアーサーたちの三人だけになっていた。

眠れないアーサーは星空を眺めた。

正直、アーサーはまだ不安だった。王都に向かうのも怖かった。

(でも、私は、もう・・・。)

「お前、本当はネロだろ?」

アーサーは驚いて声のした方に振り向くと、ロッシュが起き上がり真っ直ぐアーサー

を見つめていた。

「お前、ネロなんだろ?」

アーサーは、ロッシュを見つめ返す。

(こいつ寝ぼけてるのか?)

馬車の中は暗く、月明かりだけでは、アーサーはロッシュの顔が見えなかった。

「どうしてそう思う?」

「お前がコゼツの旦那と話しているとき、ネロの話し方と全く同じだったんだ。顔

が似ているのは偶然にしても話し方まで同じなんておかしいだろ?」

「お前まだ」

そんなこと言ってるのか?と言いかけて、アーサーは星空へもう一度視線を戻す。

「もし、私がネロだったらどうする?実は生きていたとしたら?」

「コゼツの旦那と同じだ。言いたかったこと全部言って、そんで、アロアを連れ戻して3人で帰る」

アーサーはロッシュを見つめた。

「私の話し方はそんなに似ていたのか?」

ロッシュは頷いた。

「似てた。部屋の外でずっと聞いていたけど、俺ですら、本当にネロが帰ってきたような気分になったんだ。お前、なんであんな風にできたんだ?ネロのこと何も知らねえのに」

「何も知らない訳ではない。アロアや貴様から少しは話を聞いていた」

「それでも、あの話し方はできねえだろ」

アーサーは、あのときのことを思い出していた。

アロアの父親と話していると、自分は一体今まで何をしていたんだろうという思いが強くなった。

そしてそれ以上に思ったのだ。

(自分は一体何を思っていたのだろう。

こんな間違った国にいる民はきっともう救いようのない民になってしまったと。自分が王になってもそんな民しかいない王国を救えるはずがないと。

そう思っていたんだ。

でもそうじゃない。

アロアの父親はただ、自分の、自分の家族の幸せを思って生きていた。それだけなのに、

ネロの死は彼の人生を狂わせた。

ネロもまた、自分のために、自分の好きな人と生きる道を選んだだけなのに、どうして死ななければならなかった?

誰も悪い人間などいない。

悪いのはネロが生きることができなかったこの王国だ。

そう強く感じたからこそ、アロアの父親には自分を責めて欲しくなかった。)

「私は、あの時、ただアロアの父親に何も悪くないということを伝えたかった。悪いのは、この国だ。貧しい者とそうでない者。前王のときにはなかった階級のようなものが、今はある。もし、前王のときにネロのような少年がいれば、きっとあんな死に方はしなかったはずだ」

アーサーの金色の瞳がじっと暗い馬車の中でこちらを見つめるロッシュを捉える。

「アロアの父にそう伝えようとしたとき、思ったんだ。それをきっとネロもわかっていたんだと」

「ネロが?」

「ネロはきっと誰も責めたことなどない。悪い者なんて誰もいないとわかっていたのだ。そう思ったら、あんなふうに話せていた」

ロッシュの青い瞳が震えたのがアーサーにはわかった。

「ネロを知っている貴様ならわかるだろ?ネロは誰かを恨むような者じゃないと。だから私は」

「わかった。わかったから。アーサー」

ロッシュは、涙を拭っているようだった。

そんなロッシュをアーサーはまっすぐ見つめる。

「私は、ネロではない。ロッシュ」

ロッシュはぐすっと鼻をすすりながら小さい声でそんなことわかってるとつぶやいた。

「ただ、あんまりにもお前がネロに似てるから。顔だけじゃなくて、話し方まで。だから、もしかしたら・・・なんて馬鹿なこと考えちまった。悪かったな。俺ァもう寝るよ!おやすみ!」

そう言ってロッシュはアーサーに背を向けて寝転がった。

その背に向かってアーサーはつぶやいた。

「もし、私がネロのような者であったら、剣は折れたりしなかったんだろうな」

その時、ロッシュががばっと起き上がり、アーサーに振り返った。

アーサーは、驚いて目を瞬いた。

「お前は優しいよ。アーサー。俺も、コゼツの旦那もお前に救われたよ」

しばらく、ロッシュはアーサーを見つめていたが、おやすみと一言いうとまた寝転がった。

アーサーはきょとんとしていたが、ふっと微笑み、また星空を眺めた。

(もう、私は逃げない。そう決めたのだ。)




 日がすっかり昇った頃、アーサー、ロッシュ、イズーの三人は、長かった馬車の旅を終えた。

目の前には巨大な壁に囲まれた大きな街、王のいる都が広がっていた。

(もうここには一生戻らない。そう思っていたのにな。)

アーサーは、目を閉じてため息をついた。

「おいおい、これから王様を引きずりおろそうって男がため息なんかついていいのか

?」

そう言ったのは昨夜の会話などまるでなかったように振舞うロッシュ。

ロッシュの言葉を無視して、アーサーはまたため息をつく。

ロッシュもイズーもきょとんとした顔でアーサーを見つめる。

アーサーは焦っていたのだった。

(一刻も早くウーサーを王の座から引きずり下ろしたい。

ずっと今まで逃げていたアーサーは生まれて初めて父親にそんな感情を抱いていた。

焦るとロクなことなんてない。

今までの私がそうだったように。)

アーサーは、懐に入れた剣に服の上から触れ、目をゆっくり開けるとじっと王都を見つめ、つぶやいた。

「行こう」


   アロア

「アロア、起きて」

懐かしい声が聞こえる。

(この声でよく起こされていたっけ。)

「ねえ、アロア」

(そうだ。この声は)

「アーサーがここに来たわ。迎えに行ってあげて」

「シスター!?」

アロアは目を開けて、起き上がり、周りをきょろきょろと見回した。

(シスター来ていたの?それに)

「アーサー・・・ここに?」

アロアは、ふかふかのベッドから立ち上がり、部屋を飛び出した。

朝の日差しが差し込むリビングには誰もおらず、昨日、話し合いのときに飲んだカップが置かれたままだった。

(やっぱり誰もいない。みんなまだ寝てるわよね。)

アロアは、寝室に戻ろうとしたが、立ち止まった。

「迎えに行ってあげて・・・か」

アロアは、そうつぶやくと自然に足が玄関へと向かっていた。


   アーサー

「おい、アーサー、本当にこんなところにあるのか?秘密の入口なんて」

「ああ。一年前、王都から脱出するときに俺たちが作った穴がこのへんに」

「あ、あった!」

そう声を上げたのは、イズーだった。

伸びて生い茂った草むらの奥に小さい穴が空いた壁が見えた。

アーサーたちは、王都の正面から入ると、国王軍に捕まってしまうと考え、円のように王都を囲む壁にある抜け穴を探していた。それは、かつてアーサーたちが王都から脱出する際に空けた穴だった。

イズーが見つけた穴は正面の入口からかなり離れたところにあった。アーサーたちは馬車を日の出とともに下りたのに、いま太陽は彼らの真上にまで登っていた。

(まだ塞がれてなかったか。よかった。)

アーサーはほっと胸をなで下ろした。

「やっとこれで」

ロッシュはアーサーの横でぎゅっと拳を握り締めた。

「アロアに会えるんだな」

(アロアか。)

穴を見つめて動かないアーサーとロッシュを不思議そうな顔で、イズーが見つめた。

「兄さんたち、何ぼおっとしてんだ?俺、もう先入るよ」

そう言って穴に入るイズーの後に、待てよと言いながらロッシュが続いた。


ロッシュ

 小さな穴を通り抜けるとロッシュの目の前に大きく、きらびやかでありながら荘厳な装飾が施された建物が飛び込んできた。そしてそんな建物に囲まれながらも堂々とそびえ立つ大きな城が遠くに見えた。

ロッシュは驚きを隠せなかった。

ロッシュが立っているのは、王都の路地裏の奥にある草むらの中だったが、そんな場所でさえ自分がいた世界とは違う世界にいるようなそんな気分になった。

ロッシュは、思い出していた。昔、アロアとネロと3人でここに来ようと約束した日のことを。あの時、自分たちの中で王都はお城がある大きな街ぐらいにしか思っていなかった。

「これが、王都か」

先に穴を通り抜けたイズーも、呆然と王都を眺めていた。

「これが、王都だ」

ロッシュは、はっと我に返った、いつのまにか横にアーサーが立っていた。

「行くぞ。ロッシュ、イズー」

アーサーは、颯爽と歩き出した。

(まあ、あいつにとったらここは故郷だもんな。)

「待てよ、アーサー!」

その時だった。大きな銃声が響いた。

「な、なんだ?今の音?」

ロッシュはきょろきょろとあたりを見回した。

銃声は続き、だんだんと音が近づいてくるのがわかった。

「お、おい。アーサー、イズー、一旦壁の外に出たほうがいいんじゃないか?」

「俺もロッシュの兄さんに賛成!はやくここから離れよう」

だが、アーサーは、ふたりの話などまるで聞いていないように、上を見上げていた。

「アーサー?」

ロッシュは、アーサーの視線の先を見つめた。なにか人影がいるようだったが、顔は見えなかった。

(誰だ?)

人影が消えると同時にアーサーは何かつぶやき、走り出した。

「お、おい、アーサー!」


   アーサー

 アーサーは見間違いかと思ったがそんなことはないと走れば走るほど確信していた。

(あれは、マーリンだった。)

アーサーは路地裏をがむしゃらに走っていたから気がつかなかった。

銃声がどんどん大きくなっていることを。

目の前に迫ってくる角を右に曲がったところで、国王軍がこちらに向かってくるのが見えた。

アーサーは舌打ちをして、来た道を少し戻り、また別の角を曲がった。

しかし、そこも目の前から国王軍が向かってきた。

アーサーはそこで初めて考えた。

(なぜ国王軍がこんなところに?)

そしてやっとアーサーの耳に銃声が聞こえた。

(一体、何が?)

アーサーから見える範囲にある路地裏の道という道から国王軍がこちらに向かってくる。

(こんなところで捕まるわけにはいかない。)

アーサーは、懐に入れている剣の柄をつかんだ。

(こんな剣で戦えるかわからないが。)

剣を掴む手に力をこめたその時、アーサーの頭の上から声がした。

「久しぶりね。アーサー」

アーサーは、その声に驚いて、剣の柄から手を離した。

「アロア」

アーサーの目の前にアロアが舞い降りた。

「貴様なぜ」

アロアは、アーサーに背を向けたまま、国王軍に向って走り出した。

銃声がまた響いた。

だが、アロアは国王軍に向かって行く。

「アロア!無茶だ!」


   アロア

 アーサーの叫び声に、アロアは驚いて、立ち止まった。

(アーサー・・・もしかして)

アロアはゆっくり青色の瞳をアーサーに向けた。

(ああ。やっぱり。)

アーサーの顔つきはアロアたちと別れた時と明らかに変わっていた。

アーサーが初めて見せる心配そうな顔がなんだかおかしかった。

(それがあなたの本当の姿なのね。)

アロアは、アーサーに向かって叫んだ。

「じゃあ助けてよ」

アーサーの金色の瞳を見つめているとアロアにはアーサーが困惑しているのがわかった。

どうやって?この状況で。そう訴えている気がした。

アロアは微笑んだ。

「その剣で」


   アーサー

アーサーは、懐にある剣の柄に触れた。

(なぜだ。あれほど剣を使うなと言っていた貴様がなぜ?)

アーサーは、アロアをすがるように見つめた。

アロアの目の前にいる国王軍は銃を構えて、今にも引き金を引いてもおかしくない状況だった。

(きっと私の背後に迫っていた国王軍も銃を構えているのだろう。)

時間がない、という思いとともにアーサーは時間が止まったようにも感じた。

(だが、剣は折れている。それでも)

アロアは相変わらず微笑んでこちらを見つめている。

(それでも、この剣で助けろと言うのか?アロア。)

アーサーはこちらを見つめるアロアの姿がガウェインの姿に見えた気がした。

(そうだ。

私は、決めたのだ。

もう逃げないと。)

アーサーは、走り出していた。

アロアの目の前で強く地面を蹴り、高く飛び上がった。

そして、剣の柄を握ると懐から剣を引き抜き、そのまま、振り下ろした。

国王軍たちは、アーサーが短剣か拳銃でも取り出す気でいるのだろうと思っていた。だが、彼らが目にしたのは、大きな刃のついた剣を振り下ろすアーサーだった。

国王軍たちは、目の前の光景に驚いて身動きひとつ取れなかった。

アーサーは、振り下ろした剣であっけにとられる国王軍たちを斬り倒した。

アーサーが着地する小さな足音が聞こえたかと思うと、アーサーはそのまま、剣を風のように振り回した。周りにいた残りの国王軍は叫び声ひとつあげずに倒れていく。

アーサーは剣を見つめた。

折れたはずの刃はまるで折れたことなどなかったようにまっすぐに透き通り、光を放っていた。

(刃が戻っている) 

そして、アーサーはまた走り出し、地面を蹴っては、飛びあがり、国王軍たちの頭上で剣を振りかざし、次々と斬り倒して行く。

まるで、ずっと昔から戦い方を知っていたようにアーサーの体は動く。


   アロア

「すごい」

(もしかして、私は今、とんでもないものを見ているんじゃないか?)

アロアは、アーサーが次から次へと国王軍を倒して行く姿をただ呆然と見つめているだけだった。なぜなら、アロアにできることは何もなかったらだ。

(ひとりで、あれだけいた国王軍を・・・。)

アロアの目の前にいた国王軍の大群は全員アーサーに倒されていた。

剣を握り締めるアーサーをアロアは何も言わず、見つめた。それに気が付いたアーサーも金色の瞳でアロアを見つめる。

(王の素質を取り戻した王はこんなにも強いのか。)

アロアは、アーサーの名を呼ぼうとしたが、声が出なかった。体も震えている。

(私、恐いの?アーサーが?)

アロアは、反乱軍に囲まれたときのことを思い出した。あの時もアーサーが恐かった。

「アロア」

アロアは名を呼ばれて我に返った。

「貴様、なぜここに?」

アロアは、少し考えてふっと笑った。

アーサーの顔つきは本当に変わっていた。

初めて会ったときは我儘な子供のような顔つきだったのに。

(そして相変わらず、そっくりね。)

「アーサー、おかえり」

そう言われたアーサーは、少し顔を赤くして、俯いた。

「貴様が、信じて私を待っているとイズーから聞いた」

「ええ。信じて待っていたわ」

アーサーは何かごにょごにょとつぶやいた。

「え?何?」

アーサーは顔を上げて、まっすぐアロアを見つめた。

「ありがとう。信じてくれて」

まっすぐ瞳をそらさないアーサーを見て、アロアは、改めて確信した。

(アーサーは変わった。いや、戻ったんだ。

これが元々のアーサーなんだ。)

アロアは、微笑んだ。

「どういたしまして」

アーサーも微笑んだ。

アロアは、アーサーの笑顔を初めて見たような気がした。

(笑顔も似てる・・・ってそんなこと考えている場合じゃないわ。)

「それにしても、アーサーすごいわね。こんなたくさんの国王軍を倒しちゃうなんて」

アーサーは周りを見渡した。

「こんなにも倒していたのか」

「覚えてないの?」

「体が勝手に動いていた」

アーサーは手にしていた剣を見つめた。

「剣が私を導いてくれるようなそんな感じだった」

「選定の剣の力知らなかったの?」

「力?」

「選定の剣に選ばれた王は、剣を使う時、剣術だけじゃなくて身体能力も強くなるって昔、シスターからきいたことあったわ」

「だから、あんなに」

「アーサーは剣に選ばれた王だけど、王の素質が無かった。だから今まで剣で人を斬ることができなかったのね」

「なぜわかったのだ?私に素質が戻っていたこと」

「顔を見ればわかる」

アーサーは、少し驚いたような顔をしたかと思うと、なぜか納得したような顔になった。

(今の理由で納得したのかしら。)

「だが、これほどの国王軍がここに集まったということは、私が王都に来たことがばれていたのだろうか?」

「ああ、この国王軍は、私のせいよ」

「は?」

「ここに向かう途中、国王軍に見つかってしまって、それで追いかけられていたの」

「ここに?貴様はわかっていたのか?私がここにくること」

「まあ、当てずっぽうでここにたどり着いたんだけどね。今朝、シスターが教えて

くれたのよ」

「マーリンが!?」

「アーサーが王都に戻ってきたから、迎えに行ってやってくれって」

「やっぱりマーリンがいたのか」

「会ったの?」

「いや、この辺にマーリンに似た人影を見たからここまで来たのだ」

「マーリンがここまで私たちを連れてきたのね」

「そうだな」

アロアは驚いて、アーサーを見つめた。

「アーサー、あなたもうマーリンを憎んでいないの?」

アーサーはアロアに力強く頷いた。

「私はもう誰も責めない。マーリンも、自分も、もう誰も」

「そう。よかった」

アロアは嬉しくて顔に笑みがこぼれた。

「でも、一体何があったの?あなたをこんなにも変えてしまうなんて」

アーサーが口を開けようとした時だった。

「おーい!兄さーん!」

アロアは驚いて、声のした方を見つめた。

「イズー!?」

「あ、姉さん!」

イズーは、手を振りながら駈けようとしたが、気を失う国王軍の大群を見て足を止めた。

「うわ、なんだこれ。姉さんがやったのか?」

「違うわよ。いくら私でもこれだの人数は倒せないわ。そこで待ってて。私たちがそっちに行くわ。行きましょ。アーサー」

アロアがアーサーを見つめると、アーサーはイズーの方をじっと見つめていた。

(アーサー?)

アロアはもう一度視線をイズーに戻した。すると、イズーの後ろに人影が見えた。

アロアは、その姿を見つめた瞬間、息が止まりそうになった。

だから、声はでなかった。そのかわり、走り出していた。

アロアは地面を蹴ってあの懐かしい姿へ向かってただ走った。

そして、瞳を見つめるわけでも、言葉を交わすわけでもなく、強く抱きしめた。

その時、ずっと心の奥にしまいこんでいた思い出がアロアの中で溢れ出した。

(憎いけど懐かしいあの故郷。美しい夕焼け。楽しい笑い声。

いつもそこには、あなたちがいた。)

「アロア、相変わらずだな。お前は」

アロアは、涙が止まらなかった。

(どうして?どうしてここに?)」

そんな疑問よりもアロアの中にあった感情が口から言葉になって飛び出していた。

「ずっと、ずっと会いたかった。ロッシュ。本当よ」

「手紙も全然よこさなかったくせに」

アロアは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

抱きつくアロアを見下ろすロッシュの顔も涙でぐしゃぐしゃだった。

ロッシュは微笑んだ。

「お前、本当に変わってねえな。俺ァ、お前が変わっててわからなかったらどうしようかと思ってたのによ」

アロアも微笑んだ。

「あなたこそずっとそのまんまじゃない。昔からそのまんま」

ふたりは、泣きながら笑っていた。

「よかったなあ。ロッシュの兄さん。アロアの姉さん」

ふと横を見るとイズーまで泣いていた。

「お。おい。イズーまで泣くことないんだぞ」

「そ、そうよ」

アロアとロッシュはイズーに駆け寄った。

「でも、ずっとばらばらだった友達がやっと会たんだから俺、うれしいよ」

「イズー、もしかして・・・私の村に行ったの?」

「イズーだけじゃないぜ。アロア」

そう言って、ロッシュは視線をアーサーに向けた。

「アーサーが?」

アーサーとロッシュ。このふたりを見ていると、アロアは本当に昔に戻ったような、ずっとこの3人であの村で暮らしていたような不思議な気分になった。

「アーサーは、俺の無茶な頼みを聞いてくれたんだよ」

「無茶な頼み?それって」

「アロア!」

アロアはいきなり名を呼ばれてびくっと体を震わせた。

声のした方を見つめると、路地裏からボーマンが飛び出してきた。

「アロア!お前どこに行ってたんだ?みんな心配してたんだぞ・・・って、なんだこれ」

ボーマンは血まみれで倒れる国王軍を見て唖然としていた。

「お前ひとりでこんだけやったのか?」

「私じゃないわ。あそこにいる人よ」

ボーマンがアロアの視線の先を見つめると、口をぽかんと開けて、言葉にならない声を上げた。

「お、お、お」

「久しぶりだな。鼻男」

「王子!帰ってきたのか!」

ボーマンの顔に笑みがこぼれた。

「鼻男は余計だ。それにこいつら倒したって一体」

ボーマンはじっとアーサーを見つめた。

「そうか。お前」

アーサーは、ふっと微笑んだ。

「おーい。ボーマン。アロアいたのか~?」

ボーマンの後ろからトリスタンが出てきた。

トリスタンは、国王軍の大群をぽかんと見つめた。

「な、なんだこれ」

「兄貴!」

イズーがトリスタンに駆け寄った。

「イズー!」

久しぶりに再会を果たした兄弟は抱き合った。

「お前、ひとりで寂しくなかったか?」

「全然だよ。むしろひとりの方が気楽だったよ」

そう言いながらもイズーが力強くトリスタンを抱きしめているのがアロアにはわかった。

ボーマンが心配そうな顔をアロアに向けた。

「アロア、ランスロットとグウィネヴィアがすごく心配してたぞ。それに、これだけの国王軍が戻ってこないとなれば、また別の軍がここにくるかもしれねえ。早くここから離れたほうがいい」

「確かに、そうね。一旦、隠れ家に戻りましょう」

アロアは、その時、はっとしてアーサーを見つめた。

ぎゅっと剣を持つ腕に力を込めるアーサーの瞳は悲しい色をしていた。

(ランスロットとグウィネヴィア。

アーサーにとって彼らは、まだ思い出したくない仲間なのかもしれない。

でも・・・それでも)

アロアはロッシュを見つめた。

(会ってしまえば楽しい思い出が溢れ出てくる。さっきの私のように。きっと、アーサーも。)


   グウィネヴィア

 グウィネヴィアは、ソファーに座って、温かい紅茶を飲もうと机に置かれたカップに触れた。

(アロア、大丈夫なのかしら。もしかして国王軍に捕まったんじゃ・・・。)

グウィネヴィアは息を吐いて、カップから指を離した。

(アーサー。どこにいるの?)

グウィネヴィアは立ちがり、家の中を歩き回った。

動いていないと不安で怖かったからだ。

その時、扉が開く音がした。

外の光が、グウィネヴィアの瞳に入り込んだその時、その光に向かってグウィネヴィアの体は動いていた。

頭で理解するよりも体の方がいち早く理解したからだ。

玄関に立っているのが誰なのかを。

グウィネヴィアは光を優しく抱きしめた。

「おかえりなさい」


   ランスロット

 ランスロットは、じっと見下ろしていた。美しい赤い小さな花が供えられた墓を。

(ガウェイン、俺は、本当にこれでいいのだろうか。仲間を裏切って、ここにいていいのだろうか。)

ランスロットの金色の瞳には、まだ焼きついていたのだ。騎士団の仲間の最期が。

「自分で決めたことには責任を持ちなさい」

ランスロットは驚いて、後ろを振り向いた。

グウィネヴィアがまっすぐこちらを見つめて立っていた。

「マーリンが私たちに言った言葉よ。覚えてる?」

ランスロットは、顔を俯けて、頷いた。

「ああ。忘れるわけがない。だから、お前は俺に逃げるなと言いたいんだろ?」

グウィネヴィアは、何も答えない。

「だが、俺は、これでよかったのか?友を殺し、同じ釜の飯を食った仲間を殺し、これで」

「いいんだよ」

ランスロットは、懐かしいその声に驚いて顔を上げた。

ずっと待っていたその姿を見つめた瞬間、ランスロットの抑えていた感情が溢れ出した。

「いいって何が?俺は友を・・・ガウェインを殺したんだぞ?お前だって恨んでいただろう?初めは、それでいいって俺は、思ってた。恨まれてもこうしてウーサーの側にいれば、いつかお前の役に立つってそう思ってた。でも、そこでできた仲間をこの手で斬ったとき、本当にこれでよかったのかわからなくなったんだ。ガウェインは、命を落としてまでお前を支えようとした。だから俺は」

「いいんだ。ランスロット」

そう言われて、ランスロットは、言葉を発する代わりに涙が溢れた。

「グウィネヴィアから全て聞いた。貴様が、父に取り入るためにガウェインを殺したことも。城内でうわさを流したことも。反乱を起こすために、人を確保していたことも。貴様らは、ずっと信じてくれていたのだな。私のことを」

ランスロットの金色の瞳が震えた。

「私は、必ず王になる。そしてこの国を変えてみせる。だから、もう自分を責めないでくれ。ガウェインの死を、貴様の仲間の死を、必ず無駄にはしない」

頬に涙が流れ、ランスロットは力強く拭った。

「本当は、不安だった。お前、もう戻ってこないんじゃないかって疑っていた。正直、もう少しここに来るのが遅かったらどうなっていたかわからない」

こちらをみつめる金色の瞳が震えるのがわかった。

「ランスロット、覚えているか?マーリンのあの言葉、こんなことになるなんて望んではいなかった。だが、決めたのは自分なんだと、自分で決めたことに責任を持つと、あいつはそう言ったろ。だから、貴様がどんな道を選ぼうが、それは貴様が決めたこと。この言葉を知っている私には何もいう権利はない。それはこれからもそうだ」

ランスロットはその言葉に小さく頷いた。

「でも、今、これだけは言える。ありがとう、ランスロット。待っていてくれて、ありがとう」

ランスロットは、俯いて微笑み、そのまま顔を上げた、

「おかえり、アーサー」

アーサーは、涙を流して笑った。

「ただいま」


グウィネヴィア

 グウィネヴィアは、アーサーの腕を引っ張って、ランスロットの横まで連れていくと、もう片方の腕でランスロットの腕を引っ張った。

「おい、グウィネヴィア?」

「これで揃った。これで、私たち4人揃ったわ」

グウィネヴィアが見下ろす視線の先には、私たちの永遠の友 ガウェインここに眠ると刻まれた文字があった。

アーサーとランスロット、グウィネヴィアは、優しい金色の瞳でガウェインの墓をただ見つめていた。

3人には、見えたような、感じたような気がした。

ガウェインがそこにいることを。

そんな再会を果たした4人を墓地の影から見つめる者がいた。


   アロア

 アロアは、隠れ家の大きな庭にあるベンチに座って、日が沈みかけている空を見上げていた。

「まさか、アーサーとここに来るとは思いもしなかったわ。ロッシュ」

アロアの横には同じように空を見上げていたロッシュがいた。

「俺も、まさかアーサーとアロアが知り合いだとはな、思いもしなかった」

「驚いたでしょ?アーサーの顔」

ロッシュは空から視線をアロアに移した。

「驚いたどころじゃねえよ。本当にネロが生きてたのかって思っちまった」

アロアは空を見上げたまま笑った。

「それなんとなくわかるわ。で、ロッシュ」

「ん?」

「アーサーに頼んだ無茶な頼みって?」

ロッシュはその言葉を聞いて、口を開きかけて俯いた。

かと思うとぼそりとつぶやいた。

「それは」

「父に会わせたわね」

ロッシュは、顔を上げた。

「アロア、聞いてくれ。大事な話があるんだ」

「父の話?」

「ああ」

「なら聞きたくない」

「いや、聞かなきゃだめだ」

「なんで?あの人のこと私はまだ」

「病気なんだ」

アロアは一瞬何を言われたのわからなかった。

(嘘だわ。私を連れ戻したいからそんな嘘を。でも)

アロアを見つめるロッシュの目は真剣だった。

「嘘でしょ」

「嘘じゃない。コゼツの旦那はもうあまり長くは生きられない」

アロアは大きく息を吐き、両手で顔を覆った。

「だから私に帰れって?父に会ってくれって?」

「ああ」

(最期だから、だから会ってほしいなんておかしいじゃない。そんなの嫌。)

「アロア、聞いてくれ。ネロが濡れ衣を着せられたあの風車小屋の事件。あれは、俺の親父が犯人なんだ」

アロアは両手を顔から離し、驚いてロッシュを見つめた。

「俺の親父は、どうしようもねえ奴だ。覚えてるか?ネロが風車小屋の火事の犯人だって言いだしたのは」

「おじさんだった」

ロッシュは頷いた。

「本当にどうしようもねえだろ。ただむしゃくしゃして火をつけただけなのに、その犯人を子供になすりつけて、自分は平然と暮らしてんたんだぜ」

「まさか、そんな」

「そんなクソ親父をコゼツの旦那は見捨てなかった。旦那は親父を責めることも、犯人だと公表もしなかったんだ」

「そんなの、自分のためでしょう。あの人は自分のことしか考えていない」

「でも、ネロが死んで旦那は後悔していただろ。旦那はきっと、俺の親父を責めたかったはずだ。なのに変わらず、親父とは親しくしてくれていたし」

「そんなの当たり前よ。あの人に誰も責める資格なんてない」

「アロア」

「私は、父が許せない。死んでも許すことはない。そんなのロッシュが一番わかっているでしょう?」

アロアは立ち上がった。

「ロッシュ、お願いだからもう父の話はしないで」

そうロッシュに言い放ち、アロアは庭をあとにした。


   ロッシュ

 庭にひとり、残されたロッシュは、ふうっと息を吐いて、空を仰いだ。

もう日は沈み、薄明るい空に一番星が瞬いていた。

(やっぱり、だめか。

アロアはまだ)

「ロッシュ、そこで何をしている?」

アーサーとグウィネヴィア、もうひとり背が高くがっちりとした体格の男が家の前に立っていた。

アーサーはふたりに先に入っててくれと言うと、ロッシュのいる庭へと足を踏み入れた。

「あれがランスロットか?」

「ああ」

「じゃあ仲直りしたんだな」

ロッシュはアーサーに、にっと笑った。

ロッシュはここに向かう馬車の中で一年前アーサーたちに何があったのか聞いていた。

「貴様は?アロアに話したのか?」

「ああ。でもさ、アロアはまだ許せねえみたいだ。旦那のこと」

アーサーはそうかと小さく呟いた。

「ま、わかっていたことだ」

「あきらめるのか?」

「それはない」

ロッシュの即答にアーサーは拍子抜けしたような顔をしたが、ふっと笑った。

「なら貴様にも手伝ってもらうぞ。ロッシュ」

「手伝う?」


   アロア

「今から城内にある放送室を襲う」

アーサーのその言葉にリビングにいたグウィネヴィアとランスロット以外のメンバーは、きょとんとした顔をした。

「放送室?なんで放送室を襲うんだ?」

そう言ったのは、ボーマン。

「城内の放送室はこの都から小さな村まで全てに放送ができるようになっている。そこから呼びかけるんだ」

「何を?」

「反乱を共に起こそうと」

ボーマンは驚いて言葉が出てこなかった。

もちろんアロアもロッシュもトリスタンとイズーも。

「ランスロットが騎士団にいた時に、人員を確保してくれているが、王の大軍に抵抗できるほどの人数は私たちにはいない。だから、こうして呼びかけることにした」

「でも」

アロアがじっとアーサーを見つめた。

「呼びかけるにしても、いつ、どこで、何をするか、その放送で言ってしまえば、ウーサー王に全て筒抜けよ」

アーサーは頷いた。

「だから反乱を起こすのは、放送終了後だ」

アロアたちは言葉を失った。

「全国民に放送後すぐ、私たちは、城を襲う。幸い、放送室は城内にあると言っても、ウーサー王や国王軍のいる城からはかなり離れた場所にある。だからすぐには、駆けつけることができない。その間に、王都にいる者や王都の近くの町や村にいる者で共に協力してくれるなら、放送を聞いてすぐに駆けつけてくれるはずだ。つまり」

アーサーの金色の瞳が光った。

「反乱は、今日の夜中決行する」

以上だと言って、アーサーはリビングを出て行った。

アーサーの気迫がまだ残っていたせいか誰もしばらく何も言わなかったが、ロッシュがようやく口を開いた。

「今日、反乱を起こすなんてあいつどうしちまったんだ?」

確かに。アーサーは王の素質を取り戻したとはいえ、この決断は無謀すぎるような気がする。

「アロア、みんな、少し私の話を聞いてくれない?」

動揺するアロアたちにグウィネヴィアは優しく話しかけた。

そういえば、グウィネヴィアとランスロットはあまり動揺してなかったみたい。

「実はさっき反乱軍を名乗る男に墓地で出会ったの」

「反乱軍!?」

アロアとボーマン、トリスタンとイズーが同時に驚きの声を上げた。

ロッシュはひとりきょとんとし顔で4人を見つめた。

「お前ら、何をそんなに驚いているんだ?」

「あいつらは国王軍と同じぐらい最低なのよ」

「トリスタンとイズーはあいつらのせいで大変なことになったんだ」

グウィネヴィアが頷いた。

「ええ。アーサーから話は聞いたわ。あなたたちはひどい目にあったそうね」

トリスタンとイズーは、ぎゅっと唇を噛み締めてグウィネヴィアを見つめた。

「あいつらは、グウィネヴィアたちに何て言ったんだ?」

「協力したいと言ってきた」

ランスロットはそう言ってソファーから立ち上がった。

「反乱軍の情報網と人員があれば、十分、ウーサーの国王軍に対抗できると言われてな」

「嫌だ!あいつらと一緒なんて」

イズーが叫んだ。

トリスタンは何も言わなかったが、イズーと同じ気持ちでいるのがアロアにはわかっていた。

「ああ。わかっている、だから、アーサーは断った」

え?と小さな声を出してトリスタンとイズーはランスロットを見つめた。

「人を利用するような奴らとは組みたくはないと言ってな。あんなに怒ったアーサーは、初めて見た」

アロアとイズーは目を合わせた。

初めてじゃない。初めて反乱軍と会った時もアーサーはとても怒っていた。

(あの時は本当にアーサーが恐かった。)

「あの王子が、トリスタンとイズーのために断るなんて」

信じられないという風にボーマンは笑いだした。

「本当にあいつ変わったんだな」

グウィネヴィアは首を振った。

「いいえ。変わったんじゃない。戻ったのよ」

ボーマンは一瞬驚いた顔をしたが、グウィネヴィアの微笑みを見て、そうかとつぶやいた。

「だから、人員の確保のためにこんなやり方をすることにしたのね」

アロアはそう言ってリビングを飛び出した。




 夕方、アロアとロッシュが座っていた庭のベンチにアーサーはいた。そこで、じっと星空を見つめていた。

「ここからじゃあんまり見えないでしょ」

アーサーは、夜空を見上げたまま、ああと答えた。

アロアはアーサーの横に座り、同じように夜空を見上げた。

「私の村から見る夜空はとても綺麗なのよ」

アーサーは視線を空から地上に戻した。

「アロア、貴様は、父親に会うべきだ」

「何も知らないくせにそんなこと言うのね」

「何も知らないが、これだけはいえる」

アーサーは、アロアを見つめた。アロアも青い瞳でアーサーを見つめ返した。

「貴様こそ逃げている」

「私が?何から?」

「貴様の父親から」

アロアは、目を見開いた。

「貴様はまだ父親を許せずにいる。それは、貴様が私に言ったように自分で決めたことから逃げているだけではないのか?」

「アーサー、あなたはこう言いたいのね、ネロが死んだことを父のせいにして私は逃げているって」

「やはりロッシュから全て聞いたのだな」

「ええ。父に会ったらしいわね」

アロアは自分の言葉がすごしとげとげしくなっていることに気が付いていた。

だが、言葉は止まることはなかった。

「確かに私は、父を恨んでいたわ。ネロが死んだのは父が冷たい態度をとったせいだと思っていたから。でも、今はもう何も思ってない」

真っ赤な嘘をついたアロアは、思わずアーサーの金色の瞳から目をそらしていた。

「じゃあ、なんで会いに行かない?」

アロアは答えない。

「貴様の父は、間違っていない」

アロアは、驚いてアーサーを見つめた。

(どうして?)

そう思ったが、言葉に出なかった。さっきついた嘘がその言葉を追いやったからだ。

「アロア、理由は、後で貴様に聞かせる」

アロアの疑問に答える様にアーサーはそう言って立ち上がった。

「だから、今は黙って私の作戦に協力してくれ」




 放送室はすぐに占拠することができた。アーサー、ランスロット、グウィネヴィアが、城の地形や見張りの兵士がどこにいるかを把握していたからだ。

「ここは、一応私の家だからな」

アーサーはそうアロアに言った。

ランスロットが騎士団から引き抜いた数人の兵士が放送室の周りを見張り、アロアたちは、放送室の中へ足を踏み入れた。

アーサーはマイクの前に座った。

ランスロットは、アーサーの横に座ると、機械の使い方を教え始めた。

(本番は、この放送の後だわ。アーサーは、一体何を言うつもりなんだろう。

それにしても)

「ロッシュ、あなたは隠れ家に残っていても良かったんじゃない?」

アロアは、ロッシュを見つめた。

「俺は、お前を村に連れ帰るまでは、お前から離れない」

「まだ、そんなこと」

「それに、お前に何かあったらおばさんや旦那にどんな顔して会えばいいかわからねえよ」

「私は」

「姉さんはめちゃくちゃ強いんだぜ!ロッシュの兄さん」

ロッシュの横にいたイズーがアロアの言葉を遮った。

「でも、アロアは女の子だぞ」

「普通の女の子が俺を片手で担いで、国王軍の上を飛び越えれるのか?」

トリスタンのその言葉にロッシュは口をぽかんと開けた。

「そういえば俺も担がれて教会まで運ばれたことがあったな」

ボーマンの言葉にロッシュはもはや言葉がでてこない様だった。

そんなロッシュを見てグウィネヴィアは笑った。

「ロッシュ、大丈夫よ。アロアはランスロットと互角に戦ったんだし」

驚きの連続で、ロッシュはただ目を瞬くだけだった。

少し顔が赤くなったアロアは、咳をした。

「そんなことより」

アロアはトリスタンとイズーを見つめた。

「あなたたちこそ帰りなさい。これからここは戦場になるのよ」

「姉さん、言ったろ?俺たち、姉さんたちを巻き込んだ身だ。だから、この国がどうなるのか見届けるって」

「だめよ。ここからは、国王軍との真っ向勝負になる。危険すぎるわ」

「イズー」

トリスタンはイズーの頭をやさしく撫でた。

「ここでアーサーの放送を聞いたら、隠れ家に戻るぞ」

「兄貴!?」

「俺たちは、足でまといになるんだよ。前みたいにマーリンがお前を守ってくれる保証はないしな」

イズーが、でもと小さくつぶやいた。

「トリスタン、お前」

ボーマンの青い瞳とトリスタンの青い瞳が見つめ合った。

「ボーマン、俺に言ったよな。俺は、強い奴らを傷つけてもいいって」

アロアは、ボーマンを見つめた。

(ボーマンがそんなことを。)

「今はあいつらを傷つけない。いや、傷つけられない。このまま一緒にいたってどうせ俺たちは、何もできない」

トリスタンは、にっと笑った。

「もっと力をつけてかしこくなって、それからあいつらとは違うやり方であいつらをやっつけたいんだ」

そんなトリスタンを見て、ボーマンは微笑んだ。

「私も、この放送が終わったら、トリスタンとイズーを連れて隠れ家に戻るわ」

アロアは、驚いてグウィネヴィアを見つめた。

「私こそ足でまといになるもの。誰にも迷惑はかけたくないしね」

(グウィネヴィアこそきっと見届けたいはずなのに。)

グウィネヴィアは、アロアに微笑んだ。

「私の代わりに、見届けて頂戴ね。アロア」

「ええ。任せて」

アロアは、そう言って力強く頷いた。

「お前ら、静かにしろ」

ランスロットが真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

アーサーは、相変わらずマイクの前に座ったままで、こちらに振り向きもしなかった。

「放送を開始する」

アロアは緊張していた。もし、この呼びかけに国民が誰ひとりとして応じなかったら、それは自分たちの敗北を表しているからだ。

(アーサーは一体何を言うつもりなんだろう。)

放送の始まりを告げる鐘の音が鳴った。


   アーサー

 私は、何一つ今までこの国にしてこなかった。それどころか、国民がどんな暮らしをしているのかすら知らなかった。知ろうともしなかった。父に言われたとおり、なんの責任も持たず、何も考えず、生きてきたのだ。だが、それでどうなった?

王国の西の果てでは、小さな子供が飢えて死んだ。そのことで、ずっと苦しむ人々がいる。

それはきっと今もどこかで。

皆、自分のために生きることができなかった。

もうそんなことはさせない。

もうそんなことがあってはいけない。

すうっと息を吸ってアーサーは、国民に語りかけ始める




私は、アーサー。アーサー・ペンドラゴン。今、この王国に生きる人々に告ぐ。眠っている者も、食事をしている者も、仕事をしている者も、誰かの看病をしている者も、少しでいい、私の話に耳を傾けてほしい。


私たちが今暮らしているこの王国はもう・・・・王国としての役割を果たしてはいない。

この王国は、民をえさにして生きている化物だ。無能な王が作り出した化物だ。

私たちは、そんな化物に気づかない振りを今までしてきた。気づかないでいれば、化物に食われることはない。従っていれば、平和な暮らしができる。

だが本当は、皆、わかっているのだろう。

平和な暮らし?気づかない振り?それも、もう限界にきていることを。

少し、周りを見れば化物に食われた残骸があることを。だが、それでも自分はそうはならない、食われた奴が悪いのだと言い聞かせていたのだろう。自分が自分の家族が無事ならそれでいいと思っていたのだろう。

いつの間にか他人のことを考えない。そんな国民ばかりの王国になってしまった。そんな王国をきっと他国は罵るだろう。


だが、それでいい。それでいいんだ。

自分の無事を、自分の大切な人の無事を考える。それの何が悪い?

この王国は、この化物はこれから先、更にでかくなる。全ての国民を食い尽くすまで。

だから、私たちは、これから城を襲い、ウーサー王を王位から引きずり下ろす。

自分の未来、自分の大切な人たちの未来を守りたいと思うのなら、私たちに力を貸してほしい。恐れずに考えてくれ。これから自分たちがどうしたいのか、大人も、子供も、老人も。みんな考えてくれ。そして、気づいてほしい。このままじゃいけないということを。

私は自分のために生きる国民を罵ったりはしない。

自分で考え、自分で見定める。それこそ、この王国の民だ。

どうか自分のために生きてくれ。




アーサーは、ふっと息を吐き、目を閉じた。


ネロ、私は、貴様に会ったことも、見たこともない。

だが、死に際に貴様もそう思ったのではないか?

アロアやロッシュ、アロアの父に、母、皆に伝えたかったのではないのか?

自分のために生きてほしいと。自分がそうして生きたように。

きっとそうなのだろう?

そして、ガウェイン。

貴様にもし、私がこの言葉を言っていたら、

貴様は今、ここにいただろうか?

なあ、ガウェイン。

貴様なら、どうした?


   アロア

 放送の終わりを告げる鐘が鳴った。

アロアの頬を涙が伝った。

(アーサー、あなたは)

その時、アロアの左手をロッシュが握った。

アロアはロッシュの顔を見つめた。

ロッシュの青い瞳からも涙がこぼれていた。

ロッシュは、まっすぐアーサーを見つめていた。

アロアもアーサーを見つめる。

(アーサー、あなたは私の父を肯定してくれた。何も悪くないとそう言ってくれた。

私が許せないでいた父を。そして、誰も悪くないのだと教えてくれた。)

立ちがったアーサーは、ロッシュとアロアに振り向き、こう言った。

「きっとネロもそう思っていたはずだ」

アロアの頬をまた涙が伝っていく。

「ええ。きっとそうね。きっと」

横でロッシュが何度も頷いていた。

「ネロにそっくりなお前が言うならきっとそうだ」

アーサーは、にっと笑った。

アロアには、笑ったアーサーの姿がネロに見えた。

いや、ずっとアーサーはネロそっくりに見えていたのだが、今、目の前にいるのは、

正真正銘、ネロなような気がしてならなかった。

アロアとロッシュは、涙を拭った。

「さあ、行きましょう、王様のところへ」


   グウィネヴィア

「アーサー」

グウィネヴィアの声でアーサーは振り向いた。

「私は、トリスタンとイズーを連れて、隠れ家に戻るわ」

「そうか。わかった。ランスロットの騎士団員を護衛につける。気をつけろよ」

「ええ。ねえ、アーサー、ひとつ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「さっきの言葉って」

グウィネヴィアは少し考えてから首を振った。

「いえ、やっぱりいいわ」

アーサーはきょとんとした顔をした。

「あなたが、無事に帰ってきてから聞くことにする」

グウィネヴィアは、アーサーを抱きしめた。

「どうかご無事で。アーサー王」

「ああ。必ず王になって戻ってくる」

「おい、グウィネヴィア、時間だぞ」

そう言ったのは、むすっとした顔のランスロットだった。

グウィネヴィアはくすっと笑ってランスロットへ駆け寄った。

「ランスロット、アーサーを頼んだわよ」

「俺は、騎士団の団長だ。アーサーを死なせるわけが」

グウィネヴィアはランスロットを抱きしめた。

「絶対無事に帰ってきて。ランスロット」

ランスロットも、グウィネヴィアを強く抱きしめる。

「必ず帰るよ」


   ボーマン

「トリスタン」

ボーマンはしゃがみこみ、トリスタンの肩を力強く掴んだ。

「グウィネヴィアとイズーを頼んだぞ」

「ああ。任せとけって!」

「俺は、兄貴がいなくても平気だけどね」

「何だと?」

ボーマンの横にいたアロアが笑った。

「イズーは、アーサーを迎えに行くためにひとり旅した子だもの。きっと大丈夫よ」

「ほら、姉さんの言うとおり!」

イズーはうれしそうに微笑んだ。

アロアもしゃがみこみ、トリスタンとイズーを抱き寄せた。

「わ、何すんだよ。アロア!」

「どうしたの?姉さん?」

アロアはぎゅっと力をこめてふたりを抱きしめる。

「もし、ひとりで解決できないことがあったら、ふたりで力を合わせるのよ。あなたたちは、辛いことをふたりで切り抜けることができた最強の兄弟なんだから」

トリスタンとイズーは目に涙をうかべながら、アロアを抱き締めた。

横にいたボーマンも、そんな三人を抱きしめる。

「苦しいよ。ボーマン」

「そうだよ。ボーマンの兄さん」

「ほんと、ボーマンまで何してるのよ?」

「いいだろ?俺だって仲間に入れてくれよ」

そう言って4人は、笑いあった。




 護衛のふたりに囲まれて、トリスタンとイズー、グウィネヴィアの3人は、隠れ家へと戻って行った。

イズーはいつまでもこちらに手を振っていた。

その姿をアーサー、アロア、ボーマン、ロッシュ、ランスロットの5人は見つめていた。

「でも、あのボーマンがあんなこと言うなんてね」

「あんなこと?」

「トリスタンに言ったのでしょう?お前は強い奴を傷つけてもいいって」

ボーマンは少し顔が赤くなった。

「鼻男、貴様、そんなこと言ったのか?」

「げ、王子まで何だよ」

「たしかに、貴様は、トリスタンとイズーに会ってから変わったな」

「それは違うぜ。王子」

アーサーとアロアがボーマンを見つめた。

「俺が変わったのは、お前らのおかげだよ。お前らと出会ってなかったら、俺はまだ、きっとあの街で子供をいじめてたさ。トリスタンとイズーのような奴を」

アーサーとアロアは顔を見合わせて笑った。

「それより、アロア」

ボーマンは、アロアを見つめた。

「ん?何?」

ボーマンは口を開きかけて、閉じた。

「いや・・・やっぱなんでもない」

「何よ?」

「ほんと、なんでもないんだ」

ボーマンは、なんとなく感じていたのだった。

アロアはもう、トリスタンとイズーに会わない気でいるんじゃないかと。

(この戦いが終わったらきっとアロアは・・・。)

   

アーサー

「さっき、グウィネヴィアがお前に聞きかけたこと、なんとなくわかる」

ランスロットは、隠れ家へもどるグウィネヴィアの背を見つめながら、アーサーにそう言った。

「なんのことだったんだ?」

「ガウェインのことだよ。自分のために生きてくれって言葉、本当はガウェインに一番伝えたかった言葉じゃないのか?」

アーサーは、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「ランスロット、貴様ならどう思う?もし、ガウェインに」

「それでも、あいつは、ここにいなかった」

アーサーは、驚いてランスロットを見つめた。

「いなかったよ。何を言っても、あいつは同じ道を選ぶ。あいつは、そういうやつだ。それは、お前が一番よく知っているだろう?」

アーサーは、ああと呟いたが、その声は、震えていた。

「ランスロット」

「何だ?」

「私は、貴様らと出会えて本当によかった」

ランスロットは、微笑んだ。

「俺もだ。俺も心からそう思うよ。アーサー」


   アロア

 グウィネヴィア、トリスタンとイズーを見送ったアロアたちは、ウーサー王のいる城へと向かい始めた。

ランスロットが確保した人員を合わせても、30人と少ししかいない。

アロアは、ぎゅっと拳を握り締めた。

(きっと来てくれる今はそう信じるしかない。)

そうアロアが思っていた時、アロアたちの視界にまだ遠くではあるが、こちらに向かってくる国王軍の大軍が入った。

「ちっ。放送を聞いてもう来やがったか」

ボーマンは、そう言って懐から銃を取り出した。

ランスロットも腰につけていた剣を引き抜いた。

ロッシュは担いでいた荷物を下ろした。

「よいせっと」

荷物の中から大きな大砲を取り出した。

「ロッシュ!?それは」

「ん?俺の作った大砲だよ」

「あなたの作った大砲?」

「俺、今、となり村で、こういう武器を作る仕事してんだよ、何か役に立つかと思って持ってきたんだが、ちょうどいいや」

「頼もしいな。ロッシュ」

アーサーはにっと笑って、選定の剣を腰にぶら下げていた鞘から引き抜いた。

「アロア」

アロアはアーサーを見つめる。

「死ぬなよ」

「アーサー、誰に言ってるの?」

アーサーは、そうだなと言って笑った。

「みんな、準備はいいか?」

ランスロットの声にアロアは、足に力を込めた。

「アーサー、合図を頼む」

アーサーは頷いた。

国王軍は少しずつ近づいてくる。

「まだだ。まだ動くな」

アーサーはじっと敵を見つめる。

「引きつけられるところまで引き付けるんだ」

(ものすごい数、でも)

アーサーを見ていると、アロアの不安は和らいだ。

なぜなら、選定の剣を使えるようになったアーサーを、アロアは、目の当たりにしていたからだ。

(あの時のアーサーは国王軍の大群を一瞬でやっつけてしまった。

だからきっと大丈夫。)

アーサーの金色の瞳が光った。

「今だ!向かえ!」

アロアは地面を蹴った。


   アーサー

 アーサーは、剣を持つ手に力を込めた。

あの時と同じようにアーサーの体は導かれるように動いた。

飛んでくる弾丸を、選定の剣が次々と斬っていく。

アーサーは地面を蹴り、国王軍の前へと飛び出した。

「行くそ」

剣を振り回し、風のようにアーサーは走った。

襲いかかってくる兵士は次々と倒れていく。

まるでアーサーが通っただけで倒れていくように。


   ランスロット

 (これが選定の剣の力。王の力なのか。)

ランスロットは、一瞬あっけにとられてアーサーの戦いを見つめていたが、すぐに我に返った。

「アーサーに続け!」

ランスロットも、地面を足で蹴り、敵の大群へと向って行く。


   ボーマン

 (王子の奴、めちゃくちゃ強くなってるじゃねえか。)

ボーマンは、必死に応戦しながらも、アーサーの戦いぶりに驚きを隠せなかった。

(すごい、もう敵をこんなにもやっつけちまったのか。

そりゃそうだよな。王子だけじゃねえ。アロアもランスロットもいるんだ。)

アロアは、いつものように軽々と宙に舞い、踊るように敵をやっつけいく。

ランスロットは、ひと振りで敵をなぎ倒し、ボーマンたちに道を作った。

「ははは。こいつはすげえや」

その時、ボーマンの後ろにいた国王軍の男が持っていた剣を振り下ろした。

「ボーマン、危ない!」

その声と同時に大きな爆発音が聞こえた。


   ロッシュ

「大丈夫か?ボーマン」

ロッシュは大砲を担いで煙の中で座り込んで驚いているボーマンに駆け寄った。

「あ、ああ。助かったよ。ありがとう。ロッシュ」

「しっかし、アロアの奴、あそこまですごいとはな」

ロッシュは、アロアを見つめた。

「お前らの言うとおり、俺なんかいなくても大丈夫なのかもな」

「いや、お前がいなかったら、俺が死んでいたよ。それに、あいつら3人は、人間じゃねえし、ここにいる国王軍は、ほんの一部だ。城へ向かえば向かうほど、もっとたくさんの国王軍が待ち構えている」、

ロッシュの、青い瞳が高くそびえ立つ城を見つめた。

「じゃあ、やっぱりどうしても助けがいるんだな」

(アーサーの呼びかけに何人が応じてくれたのだろうか。

もし、誰もいなかったら?)

ロッシュは首を振った。

今はそんなこと考えたらだめだ。

「行こう。ボーマン」

ロッシュは、ボーマンに手を差し伸べた。ボーマンはロッシュの手を掴み立ちがり、ふたりは城へ向かって走り出した。


   アロア

 (敵がいくらなんでも多すぎる。)

アロアは、アーサーとランスロットを見つめた。

いくらふたりが強くても、さすがにこの人数で国王軍を相手にするのはきつい。

「やっぱり、応援がいるわね」

そう呟いた時、アロアの動きが止まった。

(いや、違う。

私たちの目的は・・・。)

アロアは、足にもっと力を込めた。

地面を蹴り、叫んだ。

「私たちの目的は、ウーサー王を王位から引きずり下ろすこと。誰でもいい。はやく城へ!」

「その通りだ。アロア」

アロアの横にいつの間にかアーサーがいた。

アーサーが剣を持つ手に力を込めるのがアロアには、わかった。

「アーサー、あなた本当はわかっていたんじゃないの?」

「何が?」

「この大群を倒すことが私たちの目的じゃない。あくまで私たちの目的はウーサー王の元にたどり着くこと。そのためには、あなたのその力や、ランスロットの力だけで十分なはず」

アーサーはふっと顔に笑みを作り、持っていた剣を横に振った。

「え?」

アロアの横を大きな風が通り過ぎた。

その風は、目の前にいた国王軍の大群を一気に吹き飛ばした。

「これは」

アロアは、驚いて、アーサーを見つめた。

「ああ。私たちだけで十分だ。この戦いをするには。だが、これは、私たちだけの戦いではないだろう?」

アーサーの金色の瞳がアロアを見下ろした。

「国のために民がいる。知って欲しかった。考えて欲しかった。この王国の未来を。だからあの放送をした。共に戦うことに意味がある。人員は、必要だ」

アロアは、アーサーをじっと見つめた。

アーサーが反乱軍の協力を断ったのは、反乱軍の力を借りたくなかったからだと思っていた。

(でも、それだけじゃなかった。

反乱軍じゃなくて、もっと誰がこの戦いに協力すべきなのかわかったからだ。)

「行くぞ、アロア」

アロアは、ぐっと足に力を込める。

「ええ」

アロアとアーサーは、地面を蹴る。城へ向かって。


   ランスロット

 (城がだんだんと近づいて来たということは、城門にも近づいているといこと。)

ランスロットの視界の端に城門が入った。

「まだ、開かないか」

ランスロットは、ちっと舌打ちをして、剣を振り回した。

「ボーマン!ボーマンはいるか?」

ランスロットの後ろで一発、空に向けて発砲する音が聞こえた。

「ボーマンか?」

また空へ発砲した。

「ああ!ここにいる!」

「ボーマン、頼みがある。城門へ向かってくれ!」

「城門へ?」

「いいから頼む!」

ランスロットは、そう言うと、目の前の敵へ視線を戻し、再び戦いへ戻った。


   ボーマン 

 (城門へ?何なんだ?一体。)

ボーマンは、目の前にいる国王軍に応戦しながら、城門の方へと向かった。

そこには、ひとり、国王軍と戦う騎士団の制服を着た男がいた。

(誰だ?こいつ。)

男は、もうすでにぼろぼろの姿になっていた。

「おい、お前、ランスロットの部下か?」

男は目の前にいた国王軍を倒すと、ピンと背筋を伸ばした。

「はい!そうであります!団長にこの城門を開けるように指示をされております」

「城門を開けるように?」

「はい!そのように」

しかし、男の言葉を遮るように国王軍は次々と襲い掛かってくる。

「ここから、放送を聞いた国民を入れるためか!」

ボーマンは、応戦しながら叫んだ。

「はい!そうであります!」

「わかった」

ボーマンは、持っていた銃を乱射してまわりにいた国王軍を倒して行く。

(一発、一発絶対無駄にはしねえ。)

「おお!」

男は、驚いて見ていた。

しかし、次々と敵は現れる。

「こりゃキリがねえな」

「俺でよけりゃ協力する!」

大きな爆発音が響き、敵の大群が吹っ飛んだ。

「ロッシュ!」

「俺が時間を稼ぐから、今のうちに城門を開けろ!」

「こちらの扉を引っ張って下さい!」

門は、二つの扉でできており、うち開きになっているようだった。

「門を開ける機械とかないのか?」

「とっくに壊されています!」

「じゃあ、しゃあねえか」

ボーマンは、力いっぱいに、扉を引っ張った。

背筋をピンと伸ばした男も、もう一方の扉を必死で引っ張っていた。

「くそっ。重たすぎる」


   アーサー

「アーサー、城よ!城が見えてきた」

アーサーは、アロアの声で顔を上げた。土煙の中に、大きな城が現れた。

久しぶりの我が家だな。

「このまま乗り込むでしょ?」

アーサーは首を振った。

「いや、まだだ」

アロアは、目を見開いて驚きながらも、ちゃっかりと目の前の敵を倒していた。

「アロア、待つんだ」

アーサーも、剣を軽々と振り回し、敵をなぎ倒す。

アーサーは、城門を見つめた。

(あの城門の前にどれだけの人がいるだろうか。

誰もいないかもしれない。

それでも、待つ。

信じて、待つしかない。)

「アーサー」

アーサーをまっすぐ見つめるアロアは、頷いた。

「わかったわ」

アーサーとアロアは、戦いを続ける。


   ランスロット

ランスロットは、振り返ってアーサーを見つめた。

アーサーは、アロアと共に国王軍と戦っていた。

城は目の前にあるというのに進もうとせず、まるで何かを待っているように。

ランスロットは城門を見つめた。

(まだのようだな。)

ランスロットは、大きく息を吸って叫んだ。

「城門の周りにいる国王軍を倒せ!城には、まだ入るな!」



   ロッシュ

ロッシュは肩に担いだ大砲に火をつけた。

爆発音とともに、自分まで吹っ飛んでしまいそうなったロッシュは両足を大きく広げ、踏ん張った。

(俺もそろそろ足が限界だ。)

「ボーマン、まだが!?」

「まだ・・・・だ。くそ・・・開けええええ!」

扉はそれでも動かない。

「駄目です。もう開きません!」

「それ、本当にうち開きなのか!?」

ロッシュが叫んだ。

「城門はうち開きと決まっています」

背筋をピンと伸ばして男が言った。

「今、そんな事、話してる暇ねえぞ!」

ボーマンは怒鳴って、再び扉を力いっぱい引いた。

「引いても駄目なら押してみろよ!ボーマン」

「だから、これ、うち開きだって!」

「こうやって押すんだよ!」

ロッシュが大砲を城門に向かって構えた。

「な、お前、何やってんだ?」

「一番でかいのお見舞いしてやるよ」

ロッシュは、大砲に火をつけた。

「やばい!離れろ!」

ボーマンと男は、急いで城門から離れた。

「これで開け!」

大きな爆発音が響いたと同時に城門はばらばらになって散らばった。

土煙が舞う中、ロッシュは咳き込みながら城門の外を見た。

「これは」

そこには、呆然と立ちつくす人、人、人。

数え切れないほどの人がそこにはいた。

「城門の外にこれだけの人がいたのか」

だったら、外から城門を押してくれてもよかったのにとロッシュは思った。

(いや、でもきっと心ではわかっていても体が動かないんだ。

なんたって現王を引きずり下ろすなんてとんでもないことしようとしてんだからな。)

人々は、城門が破壊されたことに驚いて、呆然と立ち尽くしていたが、同じく驚いて人々を見つめ返す、ロッシュやボーマン、国王軍たちを見ると、怖くなったのか、一歩また一歩と引いていく。

「お、おい待ってくれ」

ロッシュはそう言って人々に近づこうとしたその時、肩を掴まれた。

ロッシュは、驚いて振り向いた。

「アロア?」

   

アロア

 アロアがロッシュを引き止めたその時、アーサーは、ばらばらになった城門の前へ歩み寄った。

ロッシュはアロアの視線の先を追った。

「アーサー?一体何する気なんだ?」

アロアは、黙ってアーサーを見つめていた。

アーサーは、立ちつくす人々の前に立ち、選定の剣を振り上げた。

その時だった。

アロアは、息が止まりそうになる感覚に陥った。

(これは・・・あの時と同じ。)

アロアは、思い出していた。反乱軍に囲まれた時のことを。

あの時の感覚が再びアロアを襲ったのだ。

(アーサーが、あの時はとても怖く感じた。

でも、今、わかった。これは恐怖なんかじゃない。)

ドンと大きな音がしてアロアは、我に返った。

横にいたロッシュが持っていた大砲を投げ捨て、膝をついて頭を下げていた。

「ロッシュ?」

ロッシュだけではない。周りいた国王軍たちも次々と武器を捨て、膝をつき頭を下げていく。

「え?」

アロアは、あたりをきょろきょろと見回した。

城門の近くにいたボーマンも、城の入口近くにいたランスロットでさえも、膝をつき、頭を下げていた。

アロアは、呆然と立ち尽くして、アーサーの後ろ姿を見つめた。

「現王であるウーサー王は偽の王である。私こそ、選定の剣に選ばれた真の王、アーサー・ペンドラゴンだ」

その声を聞いた瞬間、城門の前の集まった人々は次々と膝をつき、頭を下げていった。

「王!」

「我らが王!」

そう叫びながら、人々はアーサーの前にひれ伏していく。

そんな人々を見て、アロアは確信をした。

(あのとき感じたのは、恐怖じゃない。王の持つ威圧感だったんだ。

この王国で生きる人には分かるんだ。

剣が選ばなくても、預言者が伝えなくても、誰が王なのか本能でわかるんだ。

そして、私にも、この王国の人間である血が流れている。)

アーサーは、剣を下ろして、アロアに振り向いた。

アーサーの金色の瞳をアロアが見つめた瞬間、アロアは膝をつき、頭を下げた。

「貴様まで、そんなことする必要はない。アロア」

アーサーはそう言ったが、アロアは頭を上げることができなかった。

「それはできない。だって、あなたはこの国の王だもの。私たちにはわかるのよ」

アーサーは、そうかと呟いて、また城門に集まった人々に振り返った。

アロアは、この時アーサーがどんな顔をしていたのか知るはずもなかった。


   アーサー

 (城門の前に集まった民たちも。さっきまで戦っていた国王軍も。友でさえも。

皆、私にひれ伏すのか。)

アーサーは、集まった人民の集団の中に、ひとり立ちつくす人影を見つけた。

「マーリン」

アーサーとマーリンはじっと見つめ合った。

アーサーは時間が止まったような感覚に陥った。

「剣は見ている。アーサー、剣もこの国の民も同じだ。真の王が誰かわかるのだよ。

お前はやっと王になったのだ」

マーリンはそう言って微笑んだ。

「私は、こんなこと望んでいない。人を従わせるために王になりたいわけではない」

「それをわかっているからこそ、お前は王なのだ。ただ人を従わせ、自分の好きなように操る者とは違う」

「それは父のことか」

マーリンは城を見上げた。

「かつてのウーサーもこの国を思う民のひとりだった。それを私が変えてしまった。それこそ私の責任。だからこそ」

マーリンは視線をアーサーに戻した。

「ウーサーは私が葬る」

アーサーは驚いて言葉が出なかった。

(貴様が・・・父を?)

マーリンは微笑むと、アーサーに背を向けて歩き出した。

「待て!マーリン!」

アーサーがそう叫んだ瞬間、時が動き出したように、目の前でひれ伏していた人々が立ち上がった。

「アーサー王、私たちも戦います」

「共にウーサー王をひきずり下ろしましょう!」

アーサーは、人ごみを見つめてマーリンを探したが、見つけられるはずがなかった。

「アーサー王!」

「アーサー王万歳!」

アーサーは目の前にいる人々を見つめた。

そこにいる人々は皆、真の王が現れた喜びよりも、共に戦う覚悟をした顔をしていた。

(そうだ。私は、私たちは戦わなければ。)

「力を」

アーサーは顔を上げて、人々を見回した。

「力を私たちに貸してほしい。共に戦ってくれ」

アーサーのその一言で、そこにいた人々は咆哮した。

アーサーにはそれが、今まで民が溜めてきた叫び声に聞こえた。

「俺たちの未来のために!」

「自分たちのために!」

「ウーサー王を引きずり下ろせ!」

人々の咆哮はまるでひとつの音のようだった。

「アーサー」

アーサーが振り向くとアロアやロッシュ、ボーマン、ランスロットが立っていた。

「城の外にいる国王軍たちが寝返ってくれた」

アーサーが城の周りを見渡すと、国王軍たちも集まった人々と同じように、覚悟をした顔をしてアーサーを見つめていた。

「あとは、城の中にいる国王軍とウーサー王だけ。それでも城の中にはまだかなりの数の国王軍がいるわ」

アーサーは城を見上げた。

「大丈夫だ。アロア」

「ええ。私もそう思う」

アーサーは驚いてアロアを見つめた。

アロアは、アーサーと目が合うと、にっと笑った。

アーサーはアロアに微笑むと、人々に振り返った。

「これより城に攻め込む!私たちに続け!」


   アロア

 そこからは無我夢中で戦った。先頭を私たち5人が走り、後ろに大勢の王国の民が続いた。アーサーの選定の剣は、国王軍をなぎ倒し、ランスロットは私たちに道を作る。ボーマンとロッシュは銃と大砲でそれでも向かってくる国王軍を倒して行った。

私は、私たちに続く王国の民を守るために地面を蹴って国王軍を倒しに走った。

国王軍は、まだ城の中に、大勢いたが、私たちの敵ではなかった。

もう私たちを止めることは誰もできない。

それは、向かってくる国王軍だってわかっている様だった。

国王軍だって、この国の民なのだからわかるのだ、誰に従うべきなのか。

誰が真の王なのか。

そうして、私たち、5人は、玉座の間の目の前にたどり着いた。

(この扉の先にウーサー王がいる。)

ここから逃げ出したことがずっと前のことのようにアロアは感じていた。

だからこそ、アーサーと出会ったこともはるか昔のことに思えていた。

アロアは、アーサーを見つめた。

アーサーは玉座の間の扉をじっと見つめていた。

(アーサーはウーサー王を殺すのだろうか?自分の父を。)

アロアの脳裏に父の姿がよぎった。

「アロア」

アーサーがアロアを見つめた。

「貴様はこの戦いが終わったら、故郷へ帰れ」

「え?」

「父親と話せ」

「アーサー、こんなところで一体何を」

「私もそうする」

驚いて口をぽかんと開けたアロアにアーサーは微笑んだ。

「だから貴様もそうしろ」

アーサーが視線を扉に戻したと同時に扉が開く音がした。


   アーサー

 話したいことがたくさんあるんだ。ずっとまともに会話もしてこなかったから。

今更、何を話すのかと思うだろう?でも、それでも、話さないといけないんだ。

わかりあえなくても、知ってほしい。自分の気持を。

「父上」

アーサーが見つめるさきには、金色の玉座に座ったウーサー王がいた。


   アロア

 玉座の間には、アロアが逃げ出した時と変わりなく、赤いカーペットに沿うようにたくさんの貴族が並んでいた。

貴族たちは、悲鳴を上げながら、アロアたちを見つめたがアーサーを見ると急に黙り込んだ。

(貴族たちもきっと今わかったんだ。真の王が誰なのか。)

アーサーが一歩、玉座の間に踏み出した。ただそれだけで近くにいた貴族たちは、膝をつき頭を下げた。もう一歩踏み出すと奥にいた貴族たちが。もう一歩、もう一歩。アーサーが歩く、ただそれだけで、貴族たちは、膝まずき、頭を下げていく。

アロアたちは、アーサーの背に続いた。アーサーの背中はとても大きく見えた。

(私たちを守ってくれるような。

私がアーサーを守る必要はもうとっくにないのね。)

アロアは、寂しい思いよりも、嬉しさがこみ上げてきていた。

(これからこの王国は変わるんだ。

アーサー王の力で。)

アロアが顔を上げると、金色に輝く玉座に相変わらず派手な装飾が施された服を着た王が目の前にいた。

その時、アロアは、ウーサー王の後ろに飾られた絵に釘付けになった。

(これが・・・。)

そこには、アーサーと同じ金色の瞳を持ち、優しく微笑む美しい女の人の絵が飾られていたのだ。

何よりも、その女の人は、アーサーの顔にそっくりだった。

(これが、ウーサー王がアーサーを殺せなかった理由。

イグレーヌ王妃。)

本当にそっくりだったのね。そして、花に名前をつけてしまうほど愛していた。

アロアは、ウーサー王を見つめた。ウーサー王の黒い瞳がアロアたちを見下ろす。

「全く」

ウーサー王は大きくため息をついた。

「汚らわしい。汚らわしい。汚らわしい。汚らわしい」

アロアは息を飲んだ。

「汚らしい国民をこの神聖な玉座の間にまで連れてきおって。なあ、アーサーよ」

アロアたちの後ろにいた国民たちがざわついた。

アーサーが選定の剣を振り上げた。その瞬間、玉座の間が静まり返った。

「そうだ。それを返しにきたのだろう?貴様が私から盗んだ選定の剣を」

アーサーは剣を下ろすと、鞘にしまい、じっとウーサー王を見つめた。

「これは、私の剣です。父上。もう無駄な茶番はやめましょう」

ウーサー王がアーサーを睨んだ。

「黙れ」

「私がこの国の王です」

「黙れ!」

ウーサー王はかぶっていた王冠をアーサーに勢いよく投げつけた。

王冠はアーサーの口を切って、カランカランと音を立てて転がっていった。

「この」

ランスロットは剣を引き抜き、ボーマンとロッシュは大砲と銃を構えた。

「やめろ。大丈夫だ」

アーサーは口元の血を拭うと、またウーサー王を見つめた。ウーサー王は、怒りが収まらないようで、鼻息が荒く、肩を上下させていた。

すうっと息を吸ってアーサーは、もう一度口を開いた。

「私にはわかりません。どうしてあなたがそこに座ることになったのか、どうして今、あなたと向かい合わなければならなくなったのか。私にはわかりません」

ウーサー王は何も答えない。

「そしてそれは、父上。あなたも同じなのではないですか?こうなることはあなた自身想像していなかった」

ウーサーの黒い瞳が震えたのをアロアは見逃さなかった。

「かつて私のもとに現れた預言者は言いました。予期していなかった結果も結局は自分で決めたことなんだと。自分で決めたことに責任は伴うものだと」

「マーリンか」

「マーリンはあなたに、私が未来の王であることを告げたことをとても悔やんでいました。だが、違う。これは、あなたが決めたことだ」

ウーサー王は笑いだした。静まり返った玉座の間に笑い声が響く。

それは、とても不快な笑い声だった。

膝をついていた貴族たちも、立ち上がり顔を上げてウーサー王を見つめた。

「貴様、全て私の責任だと申したいのだな?私が王になることを決意した、そのことが罪だと言うのだな?」

ウーサー王は、再び笑い出す。

「アーサー、この地位を得るのに私がどれほど苦労したかわかるか?私は一刻も早く王になりたかった。王になり、この王国を守りたかった。その思いが罪だというのなら、ああ。そうだ。全て私のせいなのだよ、アーサー。私がこの王国を狂わせ、国民を変えてしまった。単に王になりたがり、国を統治する力も何もない偽の王だ。そんなこと私が一番わかっている」

そう言って笑い続けるウーサー王をアロアは視線をそらすことなく見つめていた。

(ああ、この人もそうなんだ。)

不快な笑い声をアーサーの透き通ったような声が遮った。

「違います。父上」

ウーサー王は笑うのを止めて、アーサーを睨みつけた。

「あなたの苦労など知りもしないが、あなたは自分で決めてそこにいる。私たちも自分でここにいることを選んだのです。皆、自分の未来を変えたいからここにいる。誰ひとりあなたを責めてなどいない」

アーサーはにっと笑った。

「ウーサー王、私たちをあまり舐めるな」

その言葉は、この王国の民の言葉だとアロアは思った。

アロアは力強くウーサー王を睨んだ。

ウーサー王は、わなわなと口を震わせたかと思うと怯えたように玉座からずり落ちた。

その姿を見てアロアはわかった。

アロアたちの後ろにいる人々も同じようにウーサー王を睨みつけているのだと。

「な、なんなのだ貴様らは!私を恨んでいるのだろう?私を引きずり下ろしたいのだろう?」

「それは、あなたを責めたいからではない。この国を変えたいからだ」

アーサーは、そう言うとウーサー王の玉座へ歩み寄り、玉座からずり落ちたウーサーにてを差し出した。

「父上、もう終わりにしましょう」

「なぜだ?なぜ、こうなった?」

ウーサー王が、アーサーの腰にぶら下げていた選定の剣を見つめた。

「そうして私を選ばなかった?」

その時だった。ウーサー王が鞘から選定の剣を引き抜いた。

玉座の間は大きくざわついた。

「ウーサー王、やめて!」

アロアがそう叫んだと同時に、ウーサー王はアーサーに剣を突きつけた。

アロアたちの背後から悲鳴が聞こえた。

「これで貴様を殺してやる。アーサー」

アロアは、ボーマンの言葉を思い出していた。

選定の剣は選ばれた者以外が使おうとすると呪われる。

(ウーサー王がそのことを知らないはずがない。

ウーサー王は死ぬ気だ!)

「アーサー!」

アロアは、アーサーの元に駆け寄った。

「ウーサー王は」

アーサーは、アロアを手で制した。

「アロア、わかってる」

アロアは、アーサーを見つめた。アーサーは、じっとウーサー王を見つめていた。

「父上、あなたは逃げているだけだ。全て自分の責任にして、ただ逃げているだけだ」

ウーサー王は何も答えない。

「だからこそ、あなたは罪の意識を感じて苦しんでいる。国がこうなってしまったのは自分のせいだとわかっているからだ。自分を責めて、現実を見ていない。見えていないんだ」

「貴様に何がわかる?」

「わかりません。だから」

アーサーは微笑んだ。

「だから、もっと話したいんです。父上のこともっと知りたいんです」

ウーサーの黒い瞳がアーサーをじっと捉える。

「今、ここから逃げ出してもいい。でも、現実からは逃げないで下さい。私とわかりあえなくてもいい。もっと」

アーサーの金色の瞳から涙がこぼれた。

「もっと話しましょう。話したいことがたくさんあるんです」

(アーサー。)

アロアは、ぐっと涙をこらえて、ウーサー王を見つめた。

ウーサー王の黒い瞳が光った。

「もう遅い。アーサー」

ウーサー王は剣を大きく振り上げ、アーサーに斬りかかろうとした。

「父上!」

アーサーの叫び声とともに振り下ろした剣が、アーサーの頭上で止まった。

「これが、偽の王を騙った者の末路か」

ウーサー王がそうつぶやいた。

アロアは息を飲んだ。

「手が・・・溶けている」

剣を持つウーサー王の右手が黒く焦げたような色になり、ジュウっと鉄を溶かすような

音が聞こえた。

ウーサー王は、叫び声を上げて選定の剣を落とした。

「父上!」

右手だけではないウーサー王の全身が少しずつ溶けていく。

(これが選定の剣の呪い。)

ウーサー王は苦しみながら、倒れたが、もはやその姿は人間とは思えなかった。

「ぐわああああ」

その叫び声は玉座の間の窓を割るほど大きく、アーサーとアロアは耳をふさいだ。

ウーサー王の姿は、どんどんと人間からかけ離れていく。

アロアが思わず目をそらしたその時、青い瞳がある姿を捉えた。

「シスター」

アーサーは、アロアのつぶやきに驚いて、振り返った。

「マーリン」

シスターは群衆の中から、ふわりと玉座へ歩み寄り、人間の形をしていないウーサーに囁いた。

「ウーサー、あなたは本当に優しい人だって私はずっとわかっていた」

ウーサー王が何か叫んだがもはやそれも人間の言葉ではなかった。

(でも、シスターには、マーリンにはわかるのね。)

シスターは優しい青い瞳でウーサー王を見つめていた。

「ええ。信じるわ。ウーサー」

そう言ってシスターはウーサーに触れた。ウーサーの苦しむ声が止んだ。

「アーサー、あなたに言ったようにウーサーは私が葬る」

アーサーは、涙を流しながら頷いた。

「ああ、頼む」

ウーサー王の体が塵になって舞っていく。

「ウーサー、あなたをひとりにはさせないわ」

「シスター!」

アロアは気がついた、シスターの体も少しずつ塵となっていることに。

シスターは、アロアに微笑んだ。

「アロア、ごめんね。こんなことに巻き込んでしまって」

アロアは首を振った。

「私、自分で決めてここにいるのよ。シスターに出会えたこと、ネロそっくりのアーサーに出会えたこと、全部自分で決めたことなのよ」

「アロア、でも私は」

「シスター、私、もう自分の責任から目をそらさない。シスターが教えてくれたから、大人になればわかるって、教えてくれたから!私、大人になるよ!昔みたいに死にたいなんてもう思ってないから!あなたに出会えて本当によかった!心からそう思っているのよ!」

シスターの青い瞳から涙がこぼれた。

「俺たちもだ!」

アロアは、後ろを振り返った。

トリスタンとイズーが、手を繋ぎ、まっすぐにシスターを見つめていた。

「リーダーは俺たちを救ってくれたよ!リーダーに出会わなければ、今頃どうなっていたかわからない」

「俺たちをここまで導いてくれたのはリーダーだ。預言者だかなんだか知らないけど、俺たち、リーダーと過ごせて本当に楽しかったんだよ!」

「トリスタン、イズー」

シスターは、目を閉じた。涙がシスターの頬を伝っていく。

だが、シスターは微笑んでいた。

「アロア、トリスタン、イズー、私もあなたたちに出会えてよかった」

シスターは、ゆっくり目を開けるとつぶやいた。

「あなたたちこそ私を救ってくれた。ありがとう」

ウーサーもシスターも塵となり、まるではじめからそこにいなかったように、玉座と選定の剣だけが残った。


   アーサー

(ずっと恐かった。だから愛してほしいのだと思っていた。でも、今わかった。

ただ、純粋に愛してほしかったのだ。息子として見てほしかったんだ。

だから、涙が止まらないんだ。)

ぎゅっと右手が握り締められた。横にいたアロアだった。

「泣いてていい。泣いてていいから。振り返るまでは」

アーサーはそう言われて初めて、歓声が耳に飛び込んできた。

アーサーたちの背後で、人々は歓喜の声を上げていた。

「アーサー王万歳!」

「新国王万歳!」

(そうか。父は死んだ。もう偽王はいないんだ。)

「振り返ったらもう、あなたはこの国の王。私たちの王様」

アロアはそう言ってアーサーに微笑んだが、涙がこぼれていた。

(アロア、なんで涙を・・・ああ、そうか。こいつはもう)

「アロア、ひとつ聞きたいことがある」

「何?」

「こんなこと愚問かもしれないが、もし、ネロが生きていたらどうなっていたと思う?」

アロアは、笑った。

「本当に愚問ね。でも、そうね・・・。うん、きっとこの国の王様になっていたんじゃないかな?」

きょとんとするアーサーの顔をみて、アロアはまた笑った。

「なんてね。あなたたちは本当に似てるから、つい」

「私はネロのように寛大な心は持っていない」

「ネロだってそこまで寛大だったわけじゃない。色々私たちと悪いことだってしたわよ?」

「本当か?」

「完璧な人なんていないのよ。だから、みんなが支えるんでしょ?あなたには、ランスロットやグウィネヴィア、ボーマン、トリスタンとイズー、ロッシュに私がいるじゃない?」

アーサーは俯いて微笑んだ。

「ああ。そうだな」

「もし、それでも揺らぎそうになったら、また誰か支えてくれる人を見つければいい。この王国にはたくさんの素晴らしい民がいるんだから」

アーサーは、頷いた。

「じゃあ、アーサー、お別れよ」

「帰るんだな」

「ええ。私も話す。父と。ちゃんと話す。分かり合えなくても」

「そうか」

アーサーは、俯けていた顔を上げた。

「アロア」

「ん?」

「ありがとう」

「私こそ、ありがとう。アーサー」

アロアとアーサーはしばらく見つめ合った。

お互いわかっていたのだ。このままきっと会うことはないだろうと。

アロアと出会った日のこと。

国王軍の基地から助けてくれたこと。

信じて待っていてくれたこと。

そして共に戦ったこと。

死ぬまで忘れることはない。

アーサーは、繋いでいた手を離し、アロアの青い瞳から視線を離した。

アロアも、視線をそらすと、ランスロットたちの元へと戻っていった。

そして、アーサーは玉座の側に落ちていた剣を拾い上げた。

透き通った透明の刃に自分の顔が映った。

「私は、もう逃げない」

そうつぶやいて、振り向いた。

大きな歓声が玉座の間に響く。

アーサーは剣を振り上げ、叫んだ。

「私が、この国の王、アーサー・ペンドラゴンだ!」






















   アロア 

「本当にいいのか?アロア」

ロッシュは、心配そうな顔で前を歩くアロアを見つめた。

「ロッシュが帰れって言ったんでしょ?」

「いや、そうだけどよ。アーサーの戴冠式、本当は見たかったんじゃないか?」

「戴冠式に私なんていてもいなくてもアーサーは王様になるわ」

「いや、そりゃそうだけど」

「ほら、はやく行きましょう」

そう言って振り返ったアロアの青い瞳に小さくなった王都が映った。

「アーサーはきっと立派な王になるわね」

ロッシュも振り返った。

「ああ」

「なんせネロにそっくりだもの」

「そうだな。なあ、アロア」

「何?」

「お前さ・・・本当は・・・・その、アーサーのこと・・・っておい!」

アロアはさっさと歩き始めていた。

「待てよ!アロア!」

「待たない。先に行くわよ。ロッシュ」

アロアは、そこからもう振り返ることなくただまっすぐと歩きはじめた。

(アーサー、ネロにそっくりな男の子で、この国の王様。あなたに願うことはただひとつ。

どうかこの王国を平和な国に。ネロのような子を二度と出さない王国に。

ただそれだけ。それだけよ。)


   アーサー

 ふと、アロアの声が聞こえたような気がしてアーサーは振り向いた。

「どうした?王子?じゃなくて、王様か」

そう言ってボーマンがにっと笑った。

「まだ、王子だ。鼻男」

「おい、その鼻男ってのやめろって」

アーサーは笑った。

「全く、性格はましになったけど、根本的なとこは変わってねえな。やっぱり、お前にはまだアロアが必要だったんじゃないか?」

「アロアには帰らなければいけない場所がある。私が王になるように」

ボーマンは、アーサーの背中をばんっとっ叩いた。

「いたっ!貴様、何を」

「元気出せよ。俺たちがいるじゃねえか」

アーサーは、一瞬目を瞬いたが、ふっと笑って微笑んだ。

「ああ。そうだな。ありがとう。ボーマン」

ボーマンは、少し照れくさそうに笑った後、ん?と顔をしかめた。

「お、お前、今、俺の名前」

「貴様は先に行ってろ。私は、ランスロットに用がある」

そう言ってアーサーはさっさと部屋を出て行った。

先に待ってるからなと後ろから声が聞こえてアーサーは部屋の扉を閉めた。

そんなアーサーの顔は少し綻んでいた。

「アーサー」

ランスロットが、きょとんとした顔でこちらを見ていた。

「ちょうど、お前を迎えに行こうと思って。何、笑ってんだ?」

アーサーは恥ずかしそうに、咳をした。

「なんでもない。それより少し私に付き合ってくれないか?ランスロット」




 アーサーとランスロットは、ガウェインの墓場まで来ていた。

「戴冠式の前に、こいつにちゃんと報告したかったんだ」

「そうか」

アーサーは、しゃがみこみ、ガウェインの墓に触れた。

「ガウェイン、遂に王になるときがきた。貴様のためにもこの王国を守ると誓う。命をかけて」

「ランスロット団長!」

アーサーとランスロットは振り向いた。

そこには背筋をピンと伸ばした男が立っていた。

「ア、 アーサー王子、いえ、アーサー王もご一緒でしたか!これは失礼をしました」

アーサーは立ちあがった。

「構わん。何の用だ?」

「戴冠式の準備が整いましたので、会場にお連れしようと思いまして」

「行くか、アーサー」

「ああ」

アーサーが、背筋をピンと伸ばした男の横を通り過ぎかけた時、ふいに立ち止まった。

「そういえば、貴様、城を襲ったとき、ボーマンとロッシュと共に門を開けてくれようとしていたらしいな」

男はさらに背筋をピンと伸ばした。

「は、はい!」

「あの時は、助かった。礼を言う」

「そ、そんな」

男は、、照れくさそうに背筋が縮こまった。

「名は何というのだ?」

男は再びピンと背筋を伸ばした。

「はっ!私の名は、モードレッドと申します。今後は、アーサー王に命を懸けて仕える所存であります」

そう言って笑ったモードレッドの顔を見て、アーサーはかたまった。

「それでは、ご案内いたします!」

モードレッドは歩き出した。

「おい、どうした?アーサー」

「ランスロット」

アーサーは、今思ったことをランスロットに伝えようと思ったが、言葉を飲み込んだ。

(いや、気のせいだ、疲れているんだきっと。)

「なんでもない」

そう言ってアーサーは歩き出した。

(モードレッドの笑った顔が一瞬、父の顔に見えたような気がした。)




戴冠式の会場である玉座の間の扉の前に、ボーマン、グウィネヴィア、トリスタンとイズーがいた。

「あ、アーサーの兄さん!」

アーサーの手を振るイズーの頭をトリスタンが殴った。

「いてっ!何すんだよ!兄貴!」

「お前なあ、アーサーは今から王様になるんだぞ、それなのに兄さんって」

「兄貴こそ、王様を呼び捨てじゃないか!」

「なんだと!」

じゃれる兄弟を見て、アーサーたちは笑った。

「じゃあ、王子、王になってこいよ」

ボーマンがアーサーに手を差し出した。

アーサーはその手をしっかりと握った。

「ああ!」

「兄さん」

「アーサー」

トリスタンとイズーもそれぞれ手を差し出した。

アーサーは、ふたりのちいさな手をしっかりと握り締める。

「戴冠式が終わったら、両親を探す。必ず」

トリスタンとイズーの顔に笑顔が戻った。

「ほ、本当に!?」

「ああ。約束だ」

「よかったわね。トリスタン、イズー」

グウィネヴィアが、ふたりに微笑んだ。

「グウィネヴィア」

グウィネヴィアはアーサーに微笑んだが、その瞳は潤んでいた。

「長い間、待たせてすまない」

そう言って、アーサーはグウィネヴィアに手を差し出したが、グウィネヴィアはアーサーを抱き締めた。

「あっという間だったわよ?」

アーサーもグウィネヴィアを強く抱き締めた。

そのとき、横にいたランスロットが大きく咳をした。

アーサーとグウィネヴィアは笑いながら離れた。

「ランスロット」

ランスロットはむすっとした顔をしながられ手を差し出したが、アーサーは

ランスロットを抱き締めた。

「ありがとう。ランスロット」

ランスロットは、驚いていたが、ぎゅっとアーサーを抱き締めた。

「ガウェインと約束したんだ。俺たちがお前を支えるって」

アーサーは、そうかと小さくつぶやいた。

グウィネヴィアが、ごほんと咳をした。

アーサーとランスロットは離れた。

「私が妬けるんだけど?」

そう言ってグウィネヴィアは笑った。トリスタンとイズーもボーマンも、

アーサーもランスロットも、みんな笑った。

(そうだ。私はこれだけの人に支えられている。)

「じゃあ、行ってくる」

アーサーは玉座の間の扉の前に立った。

ふうっと息を吸い、吐いた。

扉を押すと、ものすごい歓声が聞こえた、だが、歓声よりも、アーサーの耳に

聞こえたものがあった。

「いってらっしゃい。アーサー」

アロアの声がアーサーには聞こえたような気がした。

いや、きっと聞こえた。まぎれもないアロアの声が。



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ALOISE(アロア) 十八谷 瑠南 @Lumina18

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