パラディーゾ! Episode.EX  ー今昔バレンタインー

 1年で最も寒くなる季節に、そのイベントは存在する。

 ある者は降って湧いたかのような量の収穫に困惑し、ある者はそれを見て羨望と怨恨のまなざしを向ける。

 街に出てみれば無数の2人組が仲睦まじく歩く光景を、嫌というほど見せつけられる。

 俺も昔はそんな光景を見て唇を噛んでいたものだが、今はすっかりなくなった。

 もう成金のように贈り物を持つ男を恨む理由は無いし、それに今の自分には隣で歩いてくれる人間もいる。

 そう。

 今日は、2月14日。

 バレンタインデーである。




 ******




「カイト君、起きてる?」

「いるよ」


 まだ少し寝ぼけている頭を振って、真を出迎える。

 真冬のペンション、それもゲレンデの営業が終わった後ともなればかなり忙しいはずなのだが、大丈夫なのだろうか。


「そろそろお風呂空いたから、入ってきたら? 体ほぐしておくと、明日が楽だよ」

「そうだな、行ってくる」


 運動は一応ちゃんとしているが、スキーはあまり慣れないスポーツだったおかげで、下半身を中心にそこそこの痛みがある。


「ちゃんと脚とか、マッサージしておくんだよ? それとも後でしてあげようか?」

「ダイニングにマッサージチェアがなかったか、確か」

「ううん、ないけど」

「そうか。じゃあ、お前の気が向いたらで頼む」

「はーい」




 ******




 風呂に入り、疲れと痛みをほぐして部屋に帰ると、ちょうど夕食の時間になった。

 食事の配膳は真も手伝い、楓さんと姉妹揃い踏みの光景はなかなかに良いものだった。

 ちなみにメニューは洋食のフルコースと、どこか懐かしさを覚えた。

 最後のデザートは、バレンタインデーにちなんで小さなチョコレートケーキが出てきた。

 食事も終わり、部屋でだらだらとゲームなどをしていると、2回ほど軽いノックの音が響いた。

 ドアを開けながら、相手にぼやく。


「別にいいだろ、わざわざノックなんかしなくても——うおっ!?」


 相手は予想通り、真だった。

 が、俺は奴の変化に目を丸くしていた。


「良かった、カイト君起きてて。もう先に寝ちゃったかと思ったからさ」

「いやその前にだ、ちょっといいか」

「なあに?」

「お前、その恰好はなんだ」


 その服装はダイニングで見たワンピースではなく、高校の制服。


「ん? ああ、これ? 何となく」

「何となくってなんだよ。それに、なんで急に髪まで伸びてやがるんだ」


 大学に入ってまた髪を伸ばしたくなったらしく、今はもうショートヘアではないが、それでも少し肩からはみ出る程度の長さだったはずだ。


「どうよ? 付け毛してみたんだけど、結構懐かしいでしょ?」

「ああ、まあ、そうだな」


 卒業してからかなり経ったので多少の変化はあるが、その様子は高校時代に生徒会長をしていた頃の再現といっても全く違和感のないレベルだった。


「とりあえず、部屋入らせてくれるかな?」

「おう」


 部屋にはベッド以外特に家具もないので、隣同士で腰掛ける。


「はい、これ。バレンタイン」


 スカートのポケットから取り出したのは、小さな立方体の箱。

 緑色の包み紙に、こじゃれたリボンがついていた。


「本当はさ、もっと高校生のときっぽく渡したかったんだよね……外で、とかさ」

「お前、カーテン開けて窓見てみろ」

「ごめんなさい」


 さっきから雪が降ってるんだが? それに積もり積もってるんだが? その上外気温は氷点下2桁だぞ?


「ごちゃごちゃ言ってもしゃあないからな、それに気持ちはありがたく受け取っておくよ。それにしても、何だって制服なんだ? それにいつ持ってきた? 荷物になかったよな?」

「だいぶ前からこっちに置いてたんだよね。それに元はお姉ちゃんのだし」


 そういえば、そうだったような。

 真の家はちっとばかし複雑な事情があったことは、初めてこのペンションを訪れた時に知ったしな。


「高校生の時は、結局1回もこうやって渡せなかったから……どうしても、もう1回だけ着てみたくて」


 その言葉に、俺の胸にある見えない古傷が疼く。

 そんな感情が顔に出てしまったのか、真が少し顔を暗くしながら肩を寄せてくる。


「いいんだよ、過ぎたことだから。それに、昔に戻った気分を味わってみたかったんだよね」

「なら、俺も制服を持ってくるべきだったか?」

「別にそこまでしなくてもいいよ、が勝手にしたかっただけだし」


 髪の長い状態で、その制服を着てそんな一人称を使ってこられたら、もろにあの頃を思い出してしまう。


「ねえ、カイト君」

「ん? どうした?」

「なんでもない。呼んでみただけー」

「お前なぁ。酔っぱらいかっつーの」

「お酒飲んでないし、ウイスキーボンボンもうちにはありませんー」

「はいはい」


 昔も、こうやって下らない話をしていたような、そんな気がする。

 喋りながら、真は何かを思い出したような顔で話題を変えた。


「あ、そうだ。カイト君、一緒にお風呂入らない?」

「1人で行け。それに俺はもう入ったんだが?」

「そんな固いこと言わずにさあ。別に男同士なんだからいいじゃん」

「そうじゃねえよあんな狭いとこに2人も入れるかってんだよ」

「頑張って」

「無理だろうが。入るなら早く行ってこい!」

「仕方ないなあ」


 仕方なくねえだろ。


「あ、もう1個用事思い出したんだけどいい?」

「何だよ」

「お姉ちゃんからも、あったんだった。キッチンがまだ忙しいから代わりに渡してきてって言われてたの」


 楓さんのチョコは、妹のそれとほぼ同じサイズだったが、包装だけが違っていた。


「あと、これもだって」


 おまけに渡された、小さな手紙。

 開けてみると、メッセージカードが1枚。


義弟おとうとくんへ。 Happy Valentine!』


「って、何だこりゃ!? いくら何でもないだろこれは!?」

「どうしたの、何か書いてあったのー?」

「お前は見るな!! 早く風呂に行け!!」

「えー見せてよー」

「断るっ!!」


 ええい鬱陶しい。

 俺からメッセージカードをひったくろうとする手は、まるで猫パンチのように素早い。

 息もつかせぬ攻防ののち、一瞬の隙を突かれて敗北した。


「なあにどれどれ」


早速手紙を開け、中身をじっくりと読む。

見たあと封を元通りにすると、文章の真意(というか、楓さんの悪意のようないたずら心)を悟ったのか、にやにやとした表情を浮かべた。


「なるほど。お姉ちゃんもやるなぁ」


 そんなに怪しく唇を歪めないでくれ。やめろそんな生暖かい目つきをするなというかお前だってある意味当事者だろうが。


「まあ、これは返すよ」


 あれだけいたずらっ子のような反応をしていた割には、不自然なほどあっさりと返却に応じてくれた。

 カードが手元に戻ってきた瞬間、真が顔をぐっと俺の右頬あたりに寄せてきて。

 ほんのりと、吸いつかれたような感触があった。

 それに続けて、わずかに濡れたような感覚。


「お前っ……!?」

「じゃあ、はお風呂行ってくるからー。あ、鍵閉めないでよー」


 着替えをもっていそいそと出ていく真を、呆然としながら見送る。

 そんなことがありながら、今日という日が過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お砂糖とスパイスと、仔犬のしっぽ。 並木坂奈菜海 @0013

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ