パラディーゾ! Episode.0
第26回琴吹中・高等学校生徒会長選挙が行われ、立候補者の1人であったクラスメイトの
教室の清掃活動を終え、俺は部活動へ向かおうと廊下へ足を踏み出した瞬間、校内放送で呼び出しを受けるという憂き目にあった。
『1年1組の
俺が呼び出される理由が分からず、天井のスピーカーを見上げる。
「お、早速生徒会の仕事か? まあ先生も放送聞いてるだろうけど、代わりに言っといてやるから行ってこいよ」
同じ部活の葛城に背中を軽く押され、俺は行き先を生徒会室に変更した。
生徒会室の扉の前に立つ。
ドアノブを一度握るが、ふと思い、手を離してノックをする。
『どうぞ』
中から桜川の声が聞こえた。
今度こそ扉を開ける。
「いらっしゃい、生徒会室へようこそ」
肩から少し伸びた黒髪はいつもゴムでまとめているが、今はオフのつもりなのか解いていた。
普段から教室で顔を合わせているのに、2人きりのせいか無性に緊張する。
「お、お邪魔します……」
「そんなに固くならなくてもいいのに、いつも
「そ、そうか……?」
「ええ」
いつもの感じ、というのが逆に分からない。
「とりあえず、かばんは適当に置いちゃって、右側の好きな席に座って。今日は貴方だけだから」
言われたとおり、部屋の中心に置かれたテーブルにつく。
「さて、と……どうしようかな」
「そっちから呼び出しておいてそれは無いだろう。こっちは部活があるんだが」
「あ、ちょっと待って! わりかし大事な話だから!」
席から腰を浮かそうとすると、慌てて押しとどめる。
「なんだ、その大事な話とやらは」
「ほら、その……キミは役員にはじめてなった訳だし、いろいろ説明とか、ね……?」
どこか挙動不審だ。一体何を考えているのだろう。
「用件はなんだ? 早くしてくれ」
「わ、分かってるってば」
そう言う桜川の視線は、何故か俺を透過しているように感じた。
後ろの壁か、それとも廊下に何かあるのだろうか。
「どうした?」
「い、いえ別に。何でもない」
「なら早くしろ。用件もないのに呼び出したって言うなら、俺はもう行くぞ」
「待って待って! お願いだから! 心の準備が……!」
「はぁ?」
心の準備って、俺じゃなくて桜川の方のか?
「大丈夫かな……多分大丈夫だよね……うん……」
「おーい、もしもーし」
「あ、うん、分かってるから」
何か考え事でもしているような表情をした後、何かを思いたったかのように席を立つ。
そして部屋の奥に4つある棚へ向かうと、そのうちの1つの戸棚についている鍵を開けた。
中から何かを取り出し、再び施錠する。
テーブルの上に出されたのは中身が入っているであろうトートバッグだった。
何をするつもりなのだろう、この女は。
「……よし!」
そう言ってブレザーを脱ぎ、胸のリボンに指を伸ばした。
俺は慌てて止めにかかる。
「お、おい、お前何を……!」
「違うの! そんなんじゃないから!」
「嘘つけ!」
「だーかーらー! それに大声出したら外に気づかれちゃう!」
「そりゃそうだろ、男呼び出しておいた挙句にそいつの目の前で着替えるお前は変態か!?」
「ちーがーうーのー!! とりあえず黙って座るっ!! でもって見てて!!」
俺だって思春期男子だが、だからこそここは止めなければならない。
あろうことかそ桜川は自らそれを制した。
本当に何がしたいのだろう。
「全くもう……」
「それはこっちの台詞だよ」
「はぁ……もういいや変態でも……すぐに分かる事だし……」
いいのかよ。それにお前が変態なのは今さっきのでしっかりと分かったぞ。
「いいから、黙って見ていなさい」
そう言ってトートの両横を掴むと、中身をひっくり返した。
テーブルに撒かれたのは黒のスラックスに、ブレザーとワイシャツ、そしてネクタイ。
ボタンが右側についているから、男子用の制服だと分かる。
何をおっぱじめる気なのだろう。
視線を桜川に戻してみると、既にリボンを解きワイシャツのボタンを外していた。
中からあらわになったのは水色のブラジャー。
もうこの時点で反射的に目を逸らす。
「逸らさないで」
「出来るわけないだろ」
「いいから」
そしてなぜか堂々としている。
普通は恥ずかしがるものだろうが。
やはりコイツ、変態か。
言われた通り目線を動かす。
花柄の刺繍が見える。
そこから上を見れば、中に収められている素肌と布地の境界が……。
……ん?
俺は違和感を覚えた。
おかしい。
胸の膨らみ方が不自然だ。
どう見てもラインと合わない。
前にこの手の画像を本で見たが、やはりどこかおかしい。
その疑問はすぐに解決した。
桜川が中に手を入れ、パッドを取り出す。
「お前……まさか……」
「……当ててみる。貧乳だったのか、とか言うつもりでしょう。ていうか思ってるのは間違いないわね」
「……」
当てられた。
「あー……そのー……」
「違うから、安心して」
何をどう安心しろと?
生徒会室に呼び出され、2人きりの状態で生徒会長(しかも女子)の着替えを間近で見ているのだ。
シュールというか何というか、もしかしてこれは夢か?
俺を半ば放置したまま背中に手を回すと、両端の帯が自由になった。
肩から紐を外し脱ぎ去ると小さく畳んでトートの奥底に仕舞う。
そこだけは一般の女子だった。
俺の目に映ったのは、まな板……もとい、脂肪の気配すらない胸板だった。
具体的に表現すると、毎晩俺が風呂で見ている自分自身の身体と相似している。
そのまま桜川は通学用バッグから肌着を取り出し、それを着た。
トートに入っていた方のワイシャツを身につけると、スラックスを手にし、スカートの下から穿いた。
最後にそれも脱いでしまうと、それもテーブルに置く。
しかしそこでは彼女の手は止まらず、額へと向かう。
何かをめくるような指使いだった。
すると黒髪が外れた。
中から現れたのは、色は同じ黒だったがまるで男のように切られた短髪だった。
「はい、終わり」
そして声すらも変わっていた。
彼女の凛とした声の気配はかけらもなかったが、音の高さはその幼い見た目に合致している。
「えーと、どういうドッキリなんだこれは?」
「やっぱり信じないよねー。僕が男だなんて」
「……は?」
にわかどころか、全く信じがたい話だ。
だってコイツは、入学式の時からずっと女子生徒として認識されているのだから。
ただ、俺が今さっきまで見ていたものは確かに事実だ。
納得がいくと言えばいくが、そうそう受け入れられるわけもない。
「もしかして、お前……まさか……」
「ああ違う違う、ちゃんと僕は男だよ。ほら」
手を横に振り、笑いながら生徒手帳を差し出す。
ひっくり返して裏の身分証を見ると、確かにそう書いてあった。
「いやでも、これは戸籍の方……」
「心もだよ」
「……」
奴の言うことが確かなら、コイツは女装しているというのか。
「一体何の理由があって……」
「先に言っておくけど、先生方はみんな知ってるよ。あと姉さんもね」
「姉さん?」
「コレの元の持ち主さ」
指差したのは、さっきまで桜川が着ていた制服一式。
「どうして僕がこんなことをしているのか、だよね。そうだなぁ……なんていうか、気持ちが楽になるから、かな?」
「ならやっぱり……」
「違うってばー。趣味ってわけでもないし、まあ可愛いものは好きだけどね……」
そう言って、桜川は顔を近づけた。
「みんなには、秘密だよ? うちの両親も知らないし」
「お、おう」
なんだか裏が色々とありそうだったが、そこには触れず、俺はただコクコクと頷いた。
それにしても、桜川が男って嘘だろ……アイツ結構男子連中に人気あるんだぜ……かくいう俺もその1人なんけどよぉ……。
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