三章 狂犬の教鞭(交渉)

 体育館からグラウンドまでをコンクリの道を走り抜ける。体育館を出た時点で人が密集して騒いでいるのが見えたので、位置的に突っ切ってしまった方が早かったのだが汚れた後に洗うのが面倒だったので横着して回り道をした。一応疲れない程度には走っていたのだが、相変わらず橘は鵺を使った俺の急加速やら直角カーブに慣れないらしく木ノ崎が荒れている現場に着いた頃には涙目になっていた。

「マジ…無理……。きっとテキサスの牛だってこんなに暴れてないって…」

 お前はテキサスの牛に乗った事があるのかとツッコミを入れたくなる橘のボヤキに無視を決め込み、俺はちらほらと居る野次馬をどかしながら騒ぎの中心に向かう。

「だーかーらー!何回言わせれば良いんですかアンタ達は!学園の土地は無限じゃないんですー!限られた場所で色んな部活が利用申請出すからこっちだって日程調整だったり折衷案投げつけたりして夏休み始まる前に皆一度は納得したのをどーして今になって蒸し返すんですか!アホですか?無い物作れってのは一般人には無理なんですよ!十王呼べや十王!そんな無茶苦茶出来るのあの集団だけなんだから!それか課金でもしてろっての!」

 人混みの中心では聞こえてきた通り木ノ崎が身振り手振りを大袈裟に交えつつ当たり散らしていた。その対面には見知った顔を先頭に30人余りの学生が群がって木ノ崎に詰め寄っている。木ノ崎を中央に左右で男女に分かれている事からアレが今回の問題だろう。

「分けて使えって言われた時には納得するしかなかったがこんなになるなんて聞いてねぇぞ!隣からいつフライが飛んでくるか分かったもんじゃなくて集中できるか!」

「そんなのこっちの台詞よ!縦長の試合場じゃレフト側の人間が練習にならないわ!おまけに蹴り上げてきたボールがこっちに来た時は一々拾いに人が来るから試合妨害も甚だしいわ!」

「ブロックした時にボール弾くのはしょうがないだろ!そっちこそバカスカ打ち上げるのやめろよな!気にしてたらキリがねぇ!」

「何よ、大して大きな成績も出せてないのに口と態度だけはデカいの。本当に気に入らない」

「ハァ?そっちだって一昨年までは地区大会ベスト8にも残れなかった癖に偉そうじゃねえか、アァ!?」

 木ノ崎が止めようとしていた2人の口論は陳情から互いの悪口に発展していた。仲裁役の木ノ崎がヒートアップしてしまっている所為か元凶と思われる二人も冷静さを欠いておりマトモな話し合いどころか一触即発の雰囲気が辺りに漂っていた。残りの部員も睨みあいをしており、もしトップだと思われる奴らが取っ組み合いを始めれば、乱闘騒ぎになりかねない。

「うわヤバいよ咲良、もう爆発寸前って感じだ。流石に止めないとマズいでしょ」

 言われなくても、と俺は人の間をするりと抜けて木ノ崎の後ろに回り込む。そして呆れながら肩に手を置いて話しかけた。

「止める側の人間がそんな燃えてどうすんだよ…。落ち着いて話もさせられないのかお前は」

「…ん?おぉっ!」

 俺の声が耳に届いた木ノ崎は後ろを振り向いて歓声を上げる。そして右腕で小さくガッツポーズをしてテンション高めに口を回しだす。

「凄い!確かにさっき泣きながら助けを呼びはしたがまさか名蔵先輩が来てくれるとは!完全に予想の斜め上!もう気分的には池上委員長が来てネチネチ言われるだけだと思ってたけれどもこの展開!おお、ブッダよ、起きていたのですね!」

「……何言ってんだか分かんねぇが少しはそのテンション抑えられないのか?」

 どこかの映画で見たような膝をついて両腕を高らかに上げるポーズで喜びを表す木ノ崎の姿は、この炎天下の夏空も相まって正直うっとおしさしか感じられない。しかも木ノ崎がオーバーリアクションをするものだから周囲の視線がほぼこちらに向いてしまう。それは目の前で言い争いをしていた奴らも例外では無く、俺と目を合わせた男の方が驚きを交えた目でこちらを睨む。

「お前…名蔵か?」

「よぉ壬生、こうやって話をするのは初めてか」

 俺が苗字を呼ぶと、壬生は更に嫌そうな雰囲気を強くして口を噤む。確かに話をした事は無い相手だから嫌悪感があるのは仕方ないかもしれないが、これでもクラスメイトなのだからもう少し愛想が合っても良くは無いかとも思ってしまう。それも偏に俺の学園での態度が問題なのではあるが、それはさておきと俺は鞄をその場に下ろす。

「先に言っとくが俺は野次馬の一人だぜ。そこの風紀委員がどうしようもなく不甲斐無い叫びを学園中に響かせやがったから様子を見に来ただけだ。まさかその内容に知人が関係しているとはな」

 走ってきた所為で湧いてくる汗を手で拭きながら飄々と経緯を話す。壬生の方は大分怪しんでいたが、本当にこの場でクラスメイトに会うとは思わなかったのでそこは信じてもらいたい。そして、能代を来させないで正解であった。

「え、助けに来てくれたんじゃないんですか、名蔵先輩!?」

そして、この駄目な後輩は俺の事を完全に援軍だと勘違いしていて厄介極まりない。先にこちらから理解させるべきであろうか。

「馬鹿言うな、あんまり内容は分かってないがどうせ風紀委員としての出動だろお前。そんなの一学生の俺がどうこうできる権限があると思ってんのか。逆に俺が池上先輩に怒られちまうっての」

「素直じゃないねぇ咲良。助太刀する気マンマンの癖に」

「もーそんなつれない事言わないで下さいよー先輩。またっすよ!また領土問題ですよ!なーんでこの学園はこんなにも血の気が多い人間しかいないんでしょうかね?しかも今回は前回みたいなダブルブッキングじゃなくて単純に利用面積がせめぇから何とかしてくれって言う理不尽要求!ホント勘弁してもらえませんかねー?こちとらおまんま食い上げくらいが一番平和で理想的な学園生活な筈なのに、何だってこんなに出動回数が多いんですか?こんなに闘争を求めてる人間が多いんじゃアーマー○コアの新作が発売する日も近いってモンですよ。それはそれとして嬉しいですがこんな些細な事で呼ばれてりゃその新作をやる時間が無くなるからノーセンキュー!もう少し思いやりとか譲り合いの精神を持ち合わせられないんでしょうかねウチの学生は」

 特に聞いてもいない問題の内容とかを長ったらしく喋り続けた木ノ崎はここで息が続かなくなったのか大きく息を吐いてポケットに入れていた水を一気に飲んでオヤジみたいな声を上げる。あれだけ口を回していたのに、いまいち要領を得ない話だったせいで俺はとりあえず練習場所でまた揉めていると言う事しか分からなかった。もしかしたら俺の読解能力が低いだけかも知れないと、俺は左手で顎を擦りながら上を向いて橘に意見を求めてみる。

「…?う~ん…、まぁ…とりあえず今の話を聞いてキレそうになってる目の前の集団止めたほうが良いんじゃない?」

 苦笑いを漏らしながら橘は壬生達の方を指したのでそちらに意識を向けると、一瞬収まっていた熱が再び再熱していた。

「大体、こんな事になってるのはお前たち風紀委員にも責任があるんだからな!夏休み前の話し合いで最初に言った事を覚えてるか?外で練習する部活が多いから互いに練習を阻害しないような範囲の組み分けを日毎に作ってグラウンドを半面ずつ使うって。思いっきり阻害してるじゃねぇか!ソフトボールのコートを縦長にしたらこっちに球が飛んでくる事くらい誰だって分かるだろ!」

「んな事言われたってしょうがないでしょう!こっちだって結構色々考えてああなっちゃったんですから!ちっとくらい我慢しろってんだ!」

「大会まで一週間って時に全体練習も出来ないなんて酷いと思わないの!?連携とかの練習だってしたいのに、一々突っかかってくる連中だっているし」

「こっちの台詞だ!実戦練習しようにもボールを外に出す度にネチネチ言ってくる小姑集団が隣に居るんじゃ話し合いにもならねぇ!」

「誰が小姑よ!今のセクハラで自治会に訴えるわよ!」

「んだとぉ!」

「…………とりあえず落ち着けよ。そんなカリカリして疲れねぇのか?二人とも」

 俺は木ノ崎の方から口論を繰り広げている二人の間に割って入る。壬生の方が本当に手を出しそうな雰囲気があったので少しばかり距離を取らせた。二人を落ち着かせている間に辺りを見渡していると、遠巻きに見ている連中の中で声を潜めて何か話しているのが見受けられる。風紀委員を差し置いて仲裁を始めている一般学生に対しての批判、ならば良いのだが恐らくアレは『狂犬』がこんな場所に出張ってきた事に対しての陰口だろう。あんなのを気にしていたらキリが無いので俺は鼻を鳴らして話を進める。

「んで?今一つ話が飲み込めてない気がするから確認していきたいんだが、まず今日のこの騒ぎはお前らが起こしたもので間違いないんだな?」

「…お前には関係無い話だろ。外野は外野らしく離れてろよ」

「そうしたいのは山々なんだが、話を纏める側の人間がこれじゃ使い物にならないだろ」

 俺は言いながら横で噛みつきそうな顔で唸りを上げる後輩のこめかみを小突く。

「イタッ。ちょ、そんな事無いっすよ先輩!俺は、正気に、戻ったっすよ!さぁーこれからバンバン公平なジャッジかましますよー!」

 暑さに負けない元気な声で腕を振り回しながら言う木ノ崎、だが頭はしっかり太陽に負けているように見えるのは俺だけでは無い筈だ。

「公平なジャッジをかます前に状況の理解を優先しろ。今回の原因はなんだ?」

「だーかーらー、さっきも言ったじゃないですか。グラウンドの利用方法での衝突ですよ。ってか名蔵先輩、やっぱり手伝ってくれるんすね!いやー、やっぱり先輩はツンデレ!はっきりわかんだね」

 気候と合わさって少しだけイラッとする木ノ崎に辟易しながら、今回の経緯について考える。

 分かり辛い木ノ崎の話からでも理解できたのは、今回の一件がグラウンドの利用方法、特に領土問題と言う辺り利用する面積についての問題なのだろう。先程の口論を思い返すと、どうやら運動系の部活でグラウンドを使用する予定のある所は夏休み前に調整を行っていて、ゲラウンドの利用方法はその時点で全員が納得する落とし所であった。だが、実際に使ってみると穴が見つかって陳情が出た。概要はこんなものだろう。

「……まぁ、今までの話を纏めたら何となくは理解できた。要はグラウンドを使う部活が多すぎて仕方なく一日二組で調整してたら互いが邪魔で練習できなかったって話だろ」

「そう!そうっすよ!いやー流石名蔵先輩、一を聞いて十を知る天才には説明なんて不要だってのが証明されてしまいました!もうこれ全部先輩一人で良いんじゃないでしょうか?」

「職務放棄すんなアホタレ……まったく」

「いや~、変な後輩持つと苦労するね~咲良」

 橘の言う事もごもっともで。相変わらず調子の良い事だと呆れながら壬生の方に話を聞く事にする。

「先の話を聞く限り、壬生の方がサッカー部で女子の方がソフトボール部か。まぁサッカーはグラウンド半面でも縦長に使えるからまだ分からなくも無いが、大体正方形のフィールドのソフトボールは厳しいだろ…。寧ろ今まで良く問題にならなかったな」

「……今までは基礎練習を多めにしてゲームの時間をずらしてたりしてたんだよ。でも来週から大会だってのに実戦練習が少ないんじゃ話にならねぇだろ?だから全体練習の時間を多めにしたんだが…」

「被った結果トラブルが発生したと…、成る程な」

 大分落ち着いてきた壬生の話を聞いて俺は再度考え込む。話をちゃんと聞けば大会間近の部活ではよくありそうなトラブルであった。この程度の話を人に伝えるのにあんな面倒な言い回しが良く出来たものだと木ノ崎を睨みつけたくなる。それにしても、この話の解決案は如何様にすれば良いものか。

 今回の話を一言で纏めれば『スペースが足りない』の一言である。今の所パッと思いつく解決方法としては『どちらかが譲歩をしてスペースの確保をする』『どちらかがグラウンドでは無く別の場所で練習をする』くらいだろうか。前者は恐らくスペースの分割案を出した際に考えられてはいる筈で、それを踏まえてこのような状況になっているのだからこちらの方での調整は難しいだろう。第一、ほぼ正方形上のウチのグラウンドで長方形フィールドのサッカーと正方形フィールドのソフトボールを同時にやろうと言うのが無理が過ぎる。となると後者の方で話を進めていくしかないのだが、そんな事は誰だって考えつく話である。その方向にシフトしないと言う事は、何かしらの問題があるのだろう。

「因みに木ノ崎、さっき課金しろって言ってた気がするがアレはどう言う意味だ?」

 何となく予想はつくがこの場ではあくまで俺はただの学生なので風紀委員の立場を立てる為に敢えて木ノ崎に聞く。俺の問いの真意を知ってか知らずか気の抜けた声を出しながらもう少し詳しい話をする。

「一応対処案の一つとして近くの河川敷や公園に併設されたグラウンドを借りたりするって方針もありはしたんですよ…、ありはしたんですが……」

 この男にしては珍しく頭を掻きながら、どうしたもかと言いたげに言い淀む。その木ノ崎の言葉尻に被せるようにして壬生とソフトボール部の両者がふざけるなと声を荒げた。

「そのグラウンドを借りるのにどれだけ金がかかると思ってるんだ!しかもそれを学園側が出してくれるとかじゃなくて部費で払えなんて言われたんだぞ!足りるわけ無いだろ!しかも、仮に金があったとしても今更利用申請を出した所で大会に間に合うはずがねぇ!どうしろってんだよ!」

 壬生の声に女子の方も同意だと頷いている。この有様ですよと嘆く木ノ崎まで見た所で橘がポツリと呟く。

「……なーんか雲行きが怪しくなってきた気がするなぁ…。大体こういうので金が絡むとロクな事にならなそうだよ……」

 全くだと言わんばかりに俺も頷いて橘に返事をする。だんだんと話が見えてきて内容がしょうも無い物だといわんばかりのボロが見えてきた気がした。このタイミングで両方が結託して同意をしたと言う事は夏休み前にこの移動案は既に出ていて、それを運動部が棄却したのだろう。この時点で申請を通していればこの時期には間に合っていた可能性があったのにやらなかったとなれば、その理由は金銭面。学園のスペースが足りないのを問題にして別の場所での練習費用を出して貰おうとしたら自費で出せと言われて我慢して半面で練習しようとした。その結果、個人練習などは何とかできたものの全体での合わせをした際に問題が発生。そして今に至ると言うわけだと、何となく推測が出来た。

「ん?何だ名蔵。まだ終わってなかったのか?」

結局の所、部員達が金をケチったせいでウダウダ言って来ている事が分かり呆れたものだと溜息を吐いた所で、背後からまさかの西村先生がやってきた。突然教師までがやってきた事で周りが騒然となりつつも、俺が驚いている間に西村先生は外野の連中に向かって手で払いながら叫んだ。

「オラお前ら!こんな夏休みにワザワザ学園に来たってのにこんなもん見てる時間なんざねぇだろ!散った散った!」

 西村先生の声に気圧されてか、辺りのやじ馬も根こそぎ消えて、残ったのは件の部員達と木ノ崎と俺、そして今来た西村先生だけとなった。

「やるねぇニシケン。周囲の野次馬を一声で散らせるなんて流石教師だ」

「……何で西村先生までこっち来ちゃったんですか…。てっきりあの後は昼でも食べに行ったものかと思っていたのに」

 教師としての力に感心する橘を他所に、俺が西村先生にそう聞くと先生は笑いながら汗を拭いて返してきた。

「朝も言ったろ?今日は面白そうだからお前に一日付いて回るって。俺の予感は大当たりだなぁ、面白そうな匂いがしやがる」

「面白がらないでくださいよ…、あとこれは木ノ崎が持ち込んだトラブルなので俺のじゃないですよ?」

「遠巻きに見てるだけで十分だったのを自分から巻き込まれに行ってるんだから世話ねぇよな。んで?今どんな状況なんだ?てかこのチビは使えてるのか?」

 言いながら西村先生は木ノ崎のつむじ辺りをグリグリ押し出した。奇声を上げる木ノ崎を見ながら俺は西村先生に感想を漏らした。

「…その後輩はあまり使いものにはなりませんでしたよ。話の方は…一見すると大仰な話でしたが、掘り進めるとしょうもない話でしたね。」

「なんだそりゃ?」

「え、なになに?もう咲良は話の内容分かったの?」

 俺の呆れ混じりの発言に、その場に居た人達は各々の反応をする。両部員は完全に敵意がある眼で俺の事を見てきたが、そんなものを気にせず俺は話を続ける。

「話を纏めると、今回の一件はグラウンドの使い方による陳情だったんですよ。そもそもウチの微妙に狭いグラウンドを二つの部活で使おうってのが無理があったんです。それについて学園側も分かっていたからこそ夏休みが始まる前に運動部の代表を集めて夏休み中の練習についての話し合いを行った。そこでは部活ごとの自費で別の練習場所を借りる案も出ていたが、部費をケチりたい部活サイドはそれを却下して毎日二組でグラウンドを使う案で承諾した。にもかかわらずそれで狭いなんて言われてもなぁ……。分かりきっていた事だろ?って感じですよ」

 俺が話し終えて部員達を見渡すと、苛立ちを隠せない表情の人間が数人見受けられて中にはこちらに食って掛かりそうなのを抑えられている奴もいた。当然、代表で文句を言っていた二人も周りに漏れず、剣吞な空気が広がり始めた。

「……今の話だけでそこまで読んじゃう咲良もスゲーって思うけどさ…、今の言い方完全に煽ってるよね…。話の次は周りの空気が怪しくなってきたんですけど…。これってもしかしてドンパチフラグ?」

 喧嘩になりそうな雰囲気を察した橘は前回の剣道部のイザコザで振り回されたトラウマを思い出したのか苦い顔をしていた。一方でそんな姿が見えない木ノ崎は歓声を上げながら俺の意見に同意した。

「マーヴェラス!そう!そうっすよ!まさにその通りの模範解答!いやー本当にその場に居たかのような鮮やかな推理ですよ名蔵先輩!運動部側が金をケチったせいでこんな事になったってのに問題をこっちに責任転嫁なんて酷いと思いませんか!一応部費で払えなくも無い範囲だったってのに、それを払いたくないの一点張り!それなら最初から文句なんて言ってくんじゃねーっての!」

 俺の言葉はまだ西村先生への説明の範囲であった為まだ煽り立てるようなものでは無かったと言えなくもなかったが、木ノ崎のそれは完全に暴言であり、辺りに張り詰めていた空気が一斉に爆発した。

「テメェ何様だ!?一年の癖に調子乗ってんじゃねぇぞオイ!練習したきゃ金払えなんてそんな横暴認められるかってんだ!生徒の為に学園が動いてくれないんじゃどうしようもないだろ!」

「そうよ!場所を借りるのに部費を使ったら秋以降の部活動はどうすればいいのよ!夏に大半を使っちゃったら何もできないじゃない!」

 二人の怒号を皮切りに周囲の部員から一斉にブーイングが飛んでくる。一人二人ならまだしも十数人居る状況だと流石に耳障りこの上ない。

「あわわわわ……、始まっちゃった始まっちゃった。あーあーあー…どうやって収拾付けるのさ。もうこれ小さい暴動だよ?」

 橘も心配なのか伸ばしていた腕を縮めて俺の方に寄ってきた。もしかしたら振り落とされないようにかも知れないが、今の所は乱闘になる予定はあまり無い。俺は咳払いをしながら首の後ろで腕を組んで投げやりな口調で部員達に提案する。

「別に、そんなの払えば良いじゃないか」

「……ハァ?」

 俺の言葉に理解が追い付いていないのか聞き返してくる壬生に、俺は木ノ崎に確認を取りながら説明をする。

「木ノ崎。確かこの学園は大会で順位を残した場合や優秀な功績を残した人間、団体には追加の助成金が出たよな?」

「うぇ?え、そんなシステムありましたっけ………。…あぁ!ありますあります!特別手当の話っすね!良く知ってますね名蔵先輩、そんなの一部の部活と極一部の成績優秀者しか……、あー、成る程成る程。そりゃ知ってますわな」

 発言の途中で、木ノ崎は何かに納得するように直近の台詞を否定した。何か思い当たる事があったのだろうか。とはいえ今の状況でそんな事を気にする時間は無く、手早く奴らに説明を始める。

「さっき木ノ崎が言ってた話では外部の練習場を借りるのはあくまで部費でと言う話であったが、現状残っている部費でも払える金額だったのだろう?ならば初期投資として払って万全の状態で大会に臨むべきじゃないのか?」

「だからお前、そんなことしたら今後の部活動に支障が…」

「勝てば良いんだよ。成績を残せば特別手当があるんだからまた活動が出来るさ。何の問題も無い」

 壬生が何か言い切る前に言葉を被せる。言い包めでは相手に何かを言われる前に相手の言う事を否定する。戦意を折るためのやり方として習ったものである。

「そんな…ギャンブルじゃないんだから」

 そう言ってきたのはソフトボール部の女子部員。今の発言をギャンブルだと言うようでは話にならないと思いながらも俺はこれにも反論をする。

「その発想自体がナンセンスだと思わないか?今言ったのは運試しなんかではない。自分達の頑張り次第で切り拓ける道をギャンブル扱いするのはいただけない。今日の自分に賭けられなくて秋以降なら賭けられるのか?俄かには考え辛いな」

 俺が言うとその女子も黙殺する事に成功して、だんだんと外野の声も萎んできた。敵意の量もだいぶ減ってきており、このままなら平和的な解決が見込めそうであった。橘も話し合いで終わりそうな雰囲気にほっと息を漏らしている。

「いやー、一時はどうなるかと思ったけど……流石咲良!キレッキレの言葉責めだね!」

 褒めて無さそうな橘の台詞を話半分に聞きながら残りの敵意を放つ代表二人を睨む。彼らはまだ戦意を失ってないが何も話してこないというのは、単純に攻め口が見つからないだけだろう。こういう時は奴らから言われる前に自分の発言の穴は埋めておきたいものだと考えていると、西村先生が見計らったようなフォローを入れてくれた。

「んー…。今ので金の方は何とかなりそうってのは分かったけどよ…、今から急にアポ取って練習場所抑えるって可能なのかよ?そういうのってスケジュール組むのに前々から連絡を入れなきゃいけないんじゃないのか?」

 恐らく素朴に思った疑問なのであろうが西村先生の質問で、これ見よがしと二人が同調してくる。予想通りの展開である。

「そうだ!今更練習場所の確保なんてできるわけ無いだろ!」

「出来るぞ」

「そうよ!急に電話したって………え?」

 何から何まで予想通りの反応で、若干やる気を無くし始めてきた俺は欠伸を漏らしながら二人の論破にかかる。

「ちょっとしたコネがあってな。この近辺…ってか電車での移動とかで30分圏内とかで良いなら多分大会までの練習場はその気になれば電話一本で取れる。正直、こんな事で使いたくはないんだが…、まぁそれでこの場が収まるのなら一肌脱ぐのも吝かじゃない」

 俺は最終手段である携帯をちらつかせながら語る。だがこれは今言ったようにあまり進んで使いたい手段では無く、これを使わなければ丸く収めるのが難しいと思った際に使う最終手段。こんなアホな事で使いたくは無い。寧ろ、これを見せた理由は別にあるのだ。

「さて、これで金と手段が両方揃ったわけだが、どうする?」

 俺がそう聞くと、二人は互いを見て渋そうな面を見せあう。よもやスペースの問題がとんとん拍子で話が進むと思っておらず完全に置いてけぼりを食らっているようだ。コイツらがどんな落とし所を描いていたのかは定かではないが、ここで言葉を失うようでは大会にかける熱意もたかが知れていそうな気がする。がっつかれてもそれはそれで困っていたであろうが、それ程の熱意を見せてもらえればこちらも四谷先生に頭を下げるのも悪くは無かったのだが、つい穿った見方をしてしまう。

「……咲良って本当に何者なの?本当にヤバい人じゃないよね?なんか私心配だよ…あの二人はどんな息子の育て方しちゃったのさ……」

 俺が冷めた目で二人を見ていると、橘が震えながら俺に対して何かを言っていた。自分的にはコネを誇大表現で見せかけも良い所なのだが、擬態が上手くいっていると思えばいいのだろうか。

それにしても、少し待ってみたものの目の前の二人は行動を起こす気配が無く、嬉しさよりも困惑が勝っている状況を見るとやはり落とし所が違ったのだろうか。となればそれは最早グラウンドのスペース云々よりも単純なストレス発散での陳情だったと考えられそうである。問題のスケールがさらにしょぼくなってきてしまい、いよいよただの喧嘩にまで成り下がりそうな話に、暑さの方が気になってしまう始末。こんな時の幽霊は本当に恨めしいと思いながら、さっさと話しを切り上げたくて急かす事にした。

「……ここが快適な室内なら悩むのも大いに結構だが、決めるなら早くしてくれねぇか?俺みたいな日陰者にこの暑さは辛い」

 服の裾で汗を拭いながら話して相手の反応を待つ。しかし彼らは戸惑ってばかりで話が遅々として進まないので、流石に西村先生や木ノ崎、外野の連中も収拾がつかなくなってきていて浮足が立ち始めていた。

「………これもあまりしたくはなかったんだけどな」

「えっ?」

 小さく呟いた言葉であったが橘には性質上届いていたらしく聞き返してきたのだが、それを無視。これ以上動く気の無い相手を待つのは面倒であり、時間の無駄なので手段を変えて動かすことにした。

「これ以上待っても無駄か……?まぁ正直ここで一々悩むようじゃ部活動としてのやる気もたかが知れているもんだな?」

 ワザとおどけるような口調で相手を扇動するような台詞を選んで口にする。俺の態度の豹変に木ノ崎と西村先生は驚いたような顔をして諫めようとする。だが、この瞬間に木ノ崎は俺の意図を理解したのかニヤリと口元を曲げて体を翻し両手を広げながら壬生達サッカー部とソフトボール部にまとめて喧嘩を売りだした。

「あーホントっすねー、名蔵先輩の言う通りっすよ。ここまでお膳立てしてくれてるってのに手を伸ばす事を止めちゃってる時点でその程度かって言われてもしゃあないっすよねー。もー、何でこんなしょうも無い事で一々時間取られたのかさーっぱりっすよ。返して俺の時間って感じ。ホントはあれなんでしょ?大会が近いだけでストレスたまっちゃってちょっとガス抜きがてら暴れたかっただけなんでしょみなさん。本ゴミ!本当にゴミ!自分の私利私欲で他人を使うなよって話でして!」

「…。オイ、このガキなんつった?俺達がただイラついてたからこんな事で口論してたと思ってるのか!オイ!」

「そー言ってるんですが?だって本当に実践練習用のスペースが欲しかったら名蔵先輩の提案でソッコー頼んで貰えばいいじゃないですか。それを…ミブさん…でしたっけ?貴方は何を考えてか戸惑って時間稼ぎして、宿題忘れて怒られてる生徒みたいなムーブかましちゃって、そんなんじゃまるでグラウンドの敷地争いなんてどーでも良いって言ってるようなもんじゃないですか。誰が見ても目的が別だったのがバレバレですよ。あー、言っときますけどその辺で取り巻いてる連中も一緒っすよ?代表で喋ってる人が困った状況で周りから誰一人声を上げないような烏合の連中じゃたかが知れてるって話っす。ねー、もう帰りましょうよ名蔵先輩!もうこんなのほっといても良いっすよ、目的の為に何一つ捨てれない人間達が大会出た所で大した成績取れるわけ無いっすよ」

 まさにそれは罵詈雑言のマシンガン。相手に有無を言わせない速度で自分の意見と悪口を凄まじい勢いで喋り抜いた木ノ崎はこの夏の太陽にも負けない晴れやかな顔でやってやったという気持ちを前面に出していた。

「辛辣ぅー。…まぁでも言いたい事は分からなくも無いけどね」

「お、おい木ノ崎。流石におめぇそれは風紀委員としてどうなんだ…?」

 俺でも若干引く程の悪口をまともに食らって、壬生達も当然心中穏やかな訳無く、木ノ崎も西村先生の諫めるような話もどこ吹く風と口笛を吹いて、逆に耳元で何か一言呟いて先生から離れる。

「……いい加減にしろよ、クソガキがぁ!」

 そして、ついに怒りが振り切れた壬生が木ノ崎に手を出そうと左腕を伸ばして距離を詰める。その動きを感じ取った俺は先に動いて木ノ崎との間に割って入り左腕を掴んだ。

「ッ、離せよ名蔵!」

「いくらこの後輩が生意気で悪口を振りまいたとしても手を出しちゃマズいだろ。注意で済まなくなるぞ」

 敵意の振れ幅を見るまでも無く、腕にかかっている力だけで壬生が相当キレてしまっているのが良く分かる。よくもここまで煽り立てたものだと逆に感心してしまった。今俺が止めに入らなければ、周りの部員も巻き込んで間違いなく暴動になってただろうそれを見越してああ言っていたのなら、つくづく意地の悪い奴だ。

「お、流石名蔵先輩。拳の先端握るんじゃなくて回り込んで腕掴むあたり仕上がってますねー。やっぱり最強の名を欲しいがままにした人間は動きが違うってもんすなぁ。ね?皆さん分かります?これが何かを得る為に何かを捨てた人間なんですよ。アナタ達甘ちゃんじゃここまで届きようが無いんです!そんな人間が俺達に喧嘩売ろうだなんて百年早いわバーカって感じなワケですよ。…イキるのは構わないですがその後どうなったって責任取りませんよ?」

「……燥ぎ過ぎだ、アホ」

 俺が拳を止めた事で更に木ノ崎が調子づいて捲し立てる。それを聞くにつれて周りからの空気が差すような痛みを感じたので俺はガス抜きを込めて木ノ崎の額に空いた手でデコピンを入れる。ちょうど良い距離に居たのでクリーンヒットして、近くなら聞こえる程度には良い音が鳴った。

「イダァッ!ちょ、名蔵先輩!?どっちの味方なんですか!」

「どっちの味方でも無いわ、このアホが。止める側の人間が相手を扇動してどうする。もう少し真面目に風紀委員やれっての」

「……今更だけど、なんでこの子風紀委員に居るんだろうね…」

 額を擦る木ノ崎に説教をしながら、俺は壬生の腕を離しながら再度周囲の状況を確認する。こちら側の仲間割れとも取れる行為のお陰で少しは熱も収まってきているのは感じ取れるが、落ち着いたら落ち着いたでここからがまた問題で、今回も落とし所が迷子になっているのをどうするべきかを考える必要が出てきた。

 先程の木ノ崎の言い方はさておきとして、内容だけを見てあれが彼らの真実ならばもう話は終わったと言っても過言では無い。あれほど言いたい放題やっていた後に、木ノ崎の暴言さえなければ静まっていたのだからもう彼らの熱さも喉元を過ぎているだろう。しかしながら、振り上げた拳の行方が定まらずに右往左往しているのが今であり、さっさと誰かが矛を収めてくれれば話は纏まるのだがとチキンレースをしているのが現状のこの場である。

部外者の身としてはある程度の鎮圧は出来たのでこのまま去ってしまっても文句は言われないのだが、ここで木ノ崎を置いていくとやはり目覚めが悪くなる、と言うより飯の味が落ちるに違いない。能代の時間を潰している罪悪感との板挟みで個人的にはどうなっても良いから早く終わって欲しいと願うばかりである。

そして、これからの展望を考えつつどうなるものかと静観していると木ノ崎がだってだってーと駄々っ子の様に文句を言い始めた。

「つってももうだいぶやりましたよ俺達?日程調整もダメ!場所変えもダメ!じゃあどうしろってんですか!折角の名蔵さんの好意も素直に受け取らない連中なんてもうどうしようもないっすよ。もうガキじゃないんですからあっちからだって何かしらの要求があって然るべきだと思いません?先輩。こんなんじゃ、俺…学園の風紀守りたくなくなっちまいますよ…」

 天を仰ぎ暑苦しく語った木ノ崎を見ながらやれやれと言わんばかりの溜息を吐く。あまりの態度や言動に周りの人間と幽霊が漏れなく呆れてしまってはいるが、コイツの言い分も理解できなくは無い所が問題である。

「言動でだいぶん損してるよねー…木ノ崎君。言ってる事は暴言を除けば割とマトモな気がするんだけどな」

 橘の呟きには心の中で同意をする。実際の所、無駄な煽りや良く分からない台詞を除けば理解の範疇にある事を喋っている。その無駄な言葉が奴の台詞の大半を占めているので分かり辛いが、解決案は幾つか提示したのにその中から選ぼうとせずに時間を無為に使われたら、外気の暑さもありイラつくのは仕方の無い事だろう。かく言う自分も面倒臭さを感じてきた。

「言い方はアレだが後輩の言い分にも一理ある。今回の問題で対処できる方法は三つしかない。双方が我慢するか、どちらかが日時又は場所を譲歩するかだ。シンプルに考えればこれだけなんだから冷静になった今なら双方での話し合いも可能だと思う。そして、それならばもう風紀委員も必要ない。この邪魔者をどっか行かせたいならさっさと今後の方針決めちまった方が良いと思うぞ」

 伸びをして首と背中を鳴らしながらそう壬生達に告げる。結構な時間がかかってしまい道着が凄い量の汗を吸っている気がする。インドアスポーツの服なので週一程度しか洗濯していなかったが今日は家に帰ったらすぐに洗濯カゴに放り込もうと決意していると、不意に周りの部員達から壬生らに向けての声援が出始めた。

「壬生さん!相手がこう言っているんだから受けましょうよ!広いスペースで練習が出来るなら言う事無いじゃないですか!こんな良い話を蹴るのは勿体無いですよ!」

「そうですよ!こんな半端なスペースじゃ出来ない練習だって色々出来るようになりますし、何を躊躇う理由があるんですか!?」

「…黙れッ、お前ら!」

 しかし、そんな部員から出る意見を壬生は黙殺する。仲間だと思っていた壬生の言葉にまた静寂に包まれてしまった。今の発言に怒る所があったかと真意を考えあぐねていると、壬生は苦虫を噛み潰したような顔をしながら俺を指して理由を話しだす。

「……コイツは自分で自分の事を狂犬なんて宣う怪しい人間なんだぞ?普段は周りの人間を遠ざけてる癖にこんな時素直に手助けしてくれるなんて到底思えねぇ。…なにか裏があるんだろ?」

「……裏?」

 壬生が何を言っているのか理解できず俺は思わず聞き返してしまったが、その瞬間に漸く今までの壬生が黙っていた理由が分かった。

 要は、俺に対する不信感からの黙殺であったのだ。確かに、俺からすれば善意ありきの発言ではあったがクラスメイトの癖に普段からの交流が皆無の人間が突然話に混ざって解決の為に一肌脱ぐなんて言われたら、何か裏があると勘繰られてもおかしくは無い。ここにきて、今の問題は普段の俺のコミュニケーション能力の低さであったと認識させられて困惑してしまった。

「おいィ?今の聞こえたか?なーに名蔵先輩のせいにして有耶無耶にしようとしちゃってるんでsムグっ」

「そう言ってやるな。言われてみれば基本的に信用の無い俺が悪いんだからな」

 また何か燃料を投下しそうな木ノ崎を羽交い絞めにしながら口を塞いで宥める。ちらと上を見ると橘も複雑そうな表情をしていたが後回し。根本が分かったのだからそこの問題を解決すれば終わりだと俺は代表二人に話をする。

「今壬生が言ったように、確かに部外者の俺がしゃしゃり出てお膳立てってのも気味が悪い話だな。とは言え学園側が即座に動いてくれるかって言ったら疑問が出る。とっとと問題を解決したいなら出張った方が早く決着がつく。信用ならないと言うなら今ここで相手のアポを取っても良いし、金額交渉も最悪そっちの顧問を通じて学園や生徒会の方に話を通すのもワケは無い。まぁ事後承諾で話を進める以上何かしらは言われるだろうが…何とかなるだろ」

「……オイオイ、一応ここに教師が居るのを忘れてやしないか?」

「…先生が教職人に話を通してくれればスムーズになりますが、迷惑はかけられないですよ…。少なくとも俺は無理です」

 言いながら首をすくめる西村先生の呟きを聞いて返事をする。こういう時教師に頼れば楽になるのは分かっているのだが、全く関係の無い美術部の顧問の人にそんな事を頼める義理は無い。ましてや俺の頼み事だと奴らが知れば西村先生の立場も厳しくなる。

「確かに俺は狂犬だが、口で言うだけ言わせてもらうと今回の話に裏なんて存在しない。善意のお節介が気持ち悪いと言うなら何か理由でも適当に付けてやるが?」

 ここまで言ってダメならば逆にこちらからこれ以上刺激してはいけないと思いながらなるべく優しく壬生らに言う。苦々しい顔で俺の方を一瞥した壬生と女子側の代表は部員の近くに寄っていった後に何かを話し始めた。

「いやー、随分と話がこじれましたね。誠に申し訳ない、名蔵先輩。面倒な話に付き合わせてしまいまして」

「……気にするな。どうせ乗り掛かった舟だ、話に決着がつくまでは付き合うさ。…にしても、早めに終わってくれると助かると思って言ったんだが思いの外アイツらの受けが悪かったな」

 相談の時間になった事で木ノ崎が改めて俺の方に謝りだす。俺としては随分と殊勝な態度になったものなのでこの暑さに頭でもやられたかと面喰ったが顔には出さずに相槌を打つ。そして、二人の反応について感想を漏らすと、木ノ崎や橘、西村先生までもが苦笑いで返してきた。

「そりゃまぁ…ねぇ?今更だけど咲良って少しズレてるよね?」

 橘の嫌味の混じっていそうな発言と同時に、木ノ崎も似たような事を言い出す。

「そりゃー名蔵先輩、目の前に百万円がポーンと落ちててそれを財布に突っ込む奴がいるかって話ですよ。流石に拾う前に怪しむでしょう?周りにドッキリプラカード握ってそうな人や黒眼鏡のスキンヘッズ居ないか確認するでしょう?そんでもって最後にその札が偽物では無いか確かめるでしょう?つまりはそう言う話なんですよ」

「……俺の話が、天から降ってきた様な話だって言いたいのか?」

「一概にはそうも言えないですけどね。先輩にどんなコネがあるのか知らないですけれども、場所を見つけたとしてそこの借りる費用は当然必要な訳で。部費の話もありましたけれども当初練習場を取るのを止めた理由には金の話だってあるんですよ。今回のグラウンド半分計画に無理があると分かった今どう転ぶかって感じですけど。」

 確かに練習場所を借りる話を出した際、真っ先に反論を貰ったのは部費からの捻出に無理があると言う話だった。そこに関しては交渉の術が無いので彼らの頑張り次第ではあるが、学園もそこまで鬼では無いと思いたい。

「まぁどちらにせよ、直近で困ってたアイツ等からすりゃ降って湧いた好機だろうなぁ。にしてもお前さん、電話かけて話しを通すっつってたがどこにそんなコネがあるんだ?」

「……そこまで交流があると言うわけでは無いのですが、前に四谷道場で一緒に練習していた人にこの地域の行政担当の人がいまして…、問い合わせくらいならば何とかなると思います。実際にどこか空いてるかどうかは…正直運が絡みますけどね。彼らが話し合いを始める前に聞いておきたかったのですが」

 個人的には先に赤谷さんに電話を掛けてしまっても良いかと思ったが、ウダウダ言って話が決まらなくて先方を待たせるのも悪く先程までは喧嘩の原因がただのストレスの可能性があったので避けていた。だが、話し合いをしたと言う事は少なくとも使う可能性があると言う事であり、今なら先に聞いておいても損は無いかも知れない。

「まぁこの時期にいきなり聞いた所でってのがあるよな…って、今電話するのか?」

「相談をしたと言う事は頼られる可能性もあると言う事です。部員の一部は肯定的な意見を出してきていましたし今なら骨折り損にはならないでしょう」

 言いながら俺は覚えている電話番号をタッチパッドで入力し電話をかける。教師の見張り行ってきますねー、と言って上機嫌で離れた木ノ崎を目で追いながらコール音を聞いていると、2コール目で電話が繋がる。

「はい、こちら紫咲町旧横浜地区役所、環境・設備担当です」

「…お久しぶりです。お忙しい所申し訳ないです、赤谷さん」

 市の担当部署への電話だったので誰が出るか分からなかったが、声を聞いて一発で当たりを引けたことが分かりホッとする。相手も俺の声を聞いておぉ、と声を出すと口調が少しだけ緩くなった。

「お久しぶりですね名蔵さん。もう一年ぶりくらいでしょうか?お元気そうでなによりです」

「はい、皆さんのお陰で。四谷先生は変わりなく?」

「えぇ、健康そのものでございますよ。名蔵さんも偶には顔を出してあげて下さい。きっと喜びますよ」

「いや、まぁ、はい…。とは言え気軽に会える立場の人でも無いですけれどもね…」

 苦笑気味にそう言うと赤谷さんも違いないと二人して笑い、話が変わる。

「それにしても水臭いですよ名蔵さん。折角なら前に教えた携帯の番号に掛けてくれれば良かったのに」

「いや、流石にそれは…。赤谷さんも勤務中でしょうし申し訳が無くって」

「今は丁度休憩時間だったんですよ。少し遅めに入りましてね。今からお昼でも食べに行こうかと思っていた所ですよ」

「あ、今から休憩だったんですか?それはすみません…お邪魔しちゃって」

 どうやら赤谷さんはこれから席を外す所であったらしい。となると相談をして時間を潰すのは悪いと思ってしまい語尾が小さくなると、赤谷さんは何かに気づいたような声を出して電話の奥で椅子を軋ませる。

「おや、もしかしてこちらに電話を掛けてきたと言うのは純粋に役所の方に何か用事があったからですかね?それでしたら申し訳ない、久しぶりに名蔵さんの声を聞いてつい盛り上がってしまいました」

「いえ、こちらも用事があったのは確かですが赤谷さんとも話せればよかったと思っていたので、丁度良かったです。あー…でもこれから休憩時間となると逆にタイミングが悪かったと言うべきでしょうか?」

「いえいえ、休憩なんていつでも取れますから大丈夫ですよ。それで、相談内容と言うのはどのようなものですか?」

「…お時間を取らせてすみません。実は今学園の方でちょっとしたトラブルが起きていまして…。行政の所有する施設で野球の練習、又はサッカーの練習が出来る所の予約が取りたいのですが、どこか空いている所ってございませんか?」

「珍しいですね。名蔵さんが野球、サッカーだなんて。確かに運動神経は抜群ですので何をやらせてもこなしてしまいそうですが」

「そんな言われる程運動神経は良くないですよ、剣術は練習の賜物なだけで」

 俺がそう言うと、ご喧騒をと楽しそうな声で返事をする赤谷さん。そんな軽口の裏でもキッチリキーボードを叩く音がスピーカー越しに聞こえてくる辺り、赤谷さんは本当に出来た人であると敬服してしまう。四谷先生の直属の部下である『CB』の中でも最も尊敬できる人である。

「因みに名蔵さん。その借りたい日ってのはいつ頃でしょうか?」


「そうですね……、明日から…できれば一週間ほど空いていれば嬉しいのですが」

「一週間ですか……、それだと単一の場所で貸し出すのが厳しいので複数の場所で日替わりになっちゃいそうですね。それでも宜しいでしょうか?」

「あぁ、全然大丈夫です。一番遠い所でどのくらいの所かだけ教えてもらえれば」

「そうですね…、もし貸し出すとなって一番遠そうなのは…4日の日曜日でしょうか。近くで空いている箇所が無かったので川崎地区の麻生川の土手にある練習場が一番遠くなりそうです」

「川崎地区なら十分近いでしょう。ありがとうございます、わざわざ調べて貰って」

 川崎地区はここから電車を使って約25分程度の場所であり十分近場と言える。先程てきとうに言ったノルマは無事クリアできそうだ。休憩時間を遅らせてまで調べてもらった赤谷さんに頭が上がらず電話口で頭を下げていると、上で見ていた橘が突然動いて大層驚いている声が聞こえる。

「いえいえ、これが仕事ですから。とりあえず借りられそうな所のリストを後でそちらの携帯に送ります。前に扱っていた端末から変わっていないですよね?」

「えぇ、大丈夫です」

「ならショートメールで場所のURLと空いている日付を送りますので確認お願いします。場所が決まりましたら再度連絡ください。休憩時間中の可能性もありますので自分の携帯の方にお願いします」

「……本当に微妙な時間に掛けてしまって申し訳ないです」

 俺が謝ると気にする必要はないですよと一言述べて赤谷さんとの通話が終わった。太陽光で暑くなっている携帯の汗をズボンの裾で拭いて閉まって西村先生の方を向いた。

「上手い具合に話が着いてくれて助かりました。流石にあれだけ大見得切って見つかりませんじゃ格好がつきませんからね」

「俺からすりゃ前日からの予約で話を通せるお前のコネの方が恐ろしいぜ……。俺も道場に入門すればパイプが太くなったりするかね?」

 俺としては一安心と言った所であったのだが、西村先生からは下心の見えた冗談が飛ぶ程度には珍しいものであったらしい。実際に中には運動不足解消や交友目的で入門する人も少なくは無いが、なんて考えているとそれを聞いていた橘が噴き出していた。

「ブッ!ニシケン…それは流石に無理があるよ……くひひっ、まずその体形からどうにかしなきゃ。マトモに動けないでしょ」

 言い方は酷いがたちばなの言い分にも一理はあった。大柄な体格と言えば聞こえはいいものの西村先生の普段の運動量にもよるが瞬発力を求めるのは無理があると思われる。練習についてこれない未来が見えそうだ。

「あそこでやっていくなら少しは運動しないと厳しいかも知れませんね。足腰が最も重要になるのでとりあえずランニングからでしょうか」

「あー、残念だ名蔵よ。俺は走るのだけは嫌いなんだ。疲れるからな」

 破談だ破談と西村先生が豪快に笑った所で話が終了。先生の笑い声でこちらの通話が終わった事を読み取った木ノ崎がこちらに戻って来て会話に混ざってきた。

「只今帰還しましたー、お疲れ様です名蔵先輩。首尾はどうですか?」

「とりあえずは問題無さそうだ。後でリストを纏めて送ってくれるってよ」

 俺が胸元をバタバタはたきながら言うと、木ノ崎も安心したような顔をして笑う。

「そりゃ僥倖。場所さえ確保できれば後は奴らの心意気と財布次第なのでこちらの気も軽くなるってとこですよ。正義は我らにあり!」

「……お前にはもう少し反省の色を見せて貰いたかったな…。この程度の小競り合い一人で解決しろよ」

「いやー、脳筋にはキツイっす。全員殴り倒しての水戸黄門プレイなら得意なんですけどね」

 太陽にも負けない笑顔で笑う木ノ崎を見て、どうして池上先輩はこれに相方を付けないのか激しく気になったが、本人に聞く気も起きず、会話が終わると木ノ崎は間髪入れずに次の話題を切り出した。

「んー、にしてもこの地区にも死ぬほど学校はあるってのに十王に繋がりのある人がこんなに集まるのも不思議な話ですねー。二人っすよ二人。本当に多い事この上ない」

「何だいきなり?四谷道場に籍を置いてる人の数は俺が居た時期でも二百人は超えてたんだ。繫がりがある程度だったらいくらでも」

「あー違う違う、そうじゃないっすよ先輩。そんなレベルの繫がりじゃない人って意味ですよ」

「………」

 木ノ崎は少しだけ嫌らしい笑顔でこちらを見ながら俺の言葉を遮る。そういえばこの男は俺の過去を調べて回っていたのを思い出し何かしらの話を知っている可能性があるが、言われるまではシラを切り通そうと肩をすくめる。

「まぁ確かに池上先輩とかは抜きんでて強いからな。あれほどの実力で高校生だからこれから先の四谷道場を引っ張ってくれるだろうよ」

「えーここでそんな逃げ方しますー…?まぁいいですけど。お、あっちの話し合いも丁度終わったっぽいっすね」

 風紀委員室での話を聞いていた木ノ崎に対しては少しばかり雑な逃げではあったが、うまい具合に相手方がこちらに戻ってきたお陰で話が逸れてくれた。

「どうだ?話は漸く纏まったか」

「……」

 俺の問いかけに壬生は答えず、沈黙が続きそうと思い隣の女子にも目を向けるが逸らされてしまう。睨んだわけでも無いのに露骨な態度を取られて少しばかり悲しく感じていると、壬生が重い口を開いた。

「………さっき電話してたように見えたが、アレは?」

「あぁ、話に出してたコネだよ。ちょうど時間もできたから確認を取っておいたんだ。お前らの話し合いがどう転んでたって先に聞いておいて損は無いだろ?一応明日からなら全日場所の確保は出来そうだ。一日だけ川崎地区の方になっちまうが…、まぁそれくらいは我慢してくれ」

「…そうか」

 説明を受けた壬生は幾らか考えるような素振りをした後に、じっと俺の方を見てきて最後に大きな溜息を吐いて観念したような口調で喋りだした。

「……本当は借りなんて作りたくなかったんだよ。ましてやそれが得体の知れないクラスメイトだったら尚更だ。何を考えてこんな話に首突っ込んで手を出してるのかが分からねぇし、お前に一切の得は無いだろ」

「損得勘定で動いてねぇんだよ。さっきも言ったろ?まぁ強いて言うなら早く昼に行きたいくらいか」

「だったら最初から来なきゃ良いだろうによ……ったく。本当に変な奴だよ」

「ほんとね~、咲良はもう少し分かりやすく動いたほうが良いと思うよ。見た目完全に怪しい人だもん」

橘から同町の言葉が聞こえてきて、後で纏めて喋る文句の一つに覚えておこうと思いながら壬生の様子を窺うと、完全に憎まれ口であったが口には若干の笑みが零れているのが見える。どうやら長かった口論に漸く終わりが見えたらしい。壬生は女子の代表と顔を見合わせた後にこちらに頼んできた。

「サッカー部および女子ソフト御ボール部を代表して、名蔵に練習場所の確保を頼む。こんな急に頼めるのはお前くらいしか居ない。…原則二週間前からの予約が必須の公的施設の貸し出し許可を前日に出来るのか分からねぇが」

「あぁ、任せとけ。リストが出来たらここの風紀委員に渡してそちらに回す。赤…相手の様子だったらそうは時間もかからんだろう。昼が喰い終わった頃にはそちらに渡せるはずだ。それで借りる日付と場所を話し合って決めてくれ。それをコイツから聞いたら俺がその場で先方に連絡を取って確定させちまうから慎重に選べよ。金額は各サイトのホームページに乗ってるだろうから大体は分かるはずだが後から細かい見積もりを出してそれを顧問に提出して風紀委員とセットで話を付ける、全部今日中には出来るだろうよ。その時にはまたそっちの人間を誰か呼ぶからそれで決着だ。今日は大人しく狭いスペース分け合って練習してな」

 俺の説明に二人は頷いて了承をする事で、この話は完全に終わった。携帯の時間を確認すればもう剣道場を出て三十分位以上も経っていた。何がすぐ戻るだよと自分に毒づきたくなるのを抑えて、俺は全身に浮いた汗を道着で拭きながら地面に置いていた鞄を持って奴らに一言口にして背を向けて剣道場に戻ろうとする。

「あ、ちょっとちょっと名蔵先輩!あ、それじゃサッカー部とソフトボール部の皆さん今日はもう喧嘩しないで仲良くやってくださいねー!…って待って下さいよ~名蔵先輩!」

 俺がその場を離れるのを皮切りにその場は解散となって西村先生はニヤニヤした顔をしながら、そして何故か木ノ崎まで俺の方についてきた。

「……何しに来たんだお前、ってか仮にも風紀委員なら今の報告をサッサとするべきじゃねぇか?こっちは剣道場だぞ」

「いやーほら、名蔵さんにはメッチャ助けられましたしお礼代わりに一緒に昼ごはんでもどうでしょうかと思いまして。狐うどんくらいまでなら奢りますよ!」

「後輩に飯奢らせる先輩がどこに居るってんだよ…全く。てかんな事気にしなくていい。壬生も言ってたがこっちが勝手に首突っ込んだんだからな」

「本当になぁ。にしても木ノ崎ィ、お前さんはもうちょい鎮静化させる努力なりなんなりすべきだったんじゃねぇか?名蔵が来なかったら別の解決手段取るしか無かったんだからよ。何か考えついてたのか?思いつかなかったなら応援呼ぶなりもするべきだったしよ」

「そういえばそうだよね。不思議だったのはどうして他の風紀委員が来なかったかっての。あんだけデカい叫び声だったんだから他の風紀委員が来てもおかしくなかったのに。実際野次馬は大量に居たし聞こえてない筈は無いと思うんだけど」

西村先生の説教を聞いて耳が痛いと塞ぐ木ノ崎。その姿を見ながら俺は、確かに橘の意見も気になる所ではあったので歩幅を緩めて木ノ崎に聞いてみることにする。

「そう言えば木ノ崎。他の風紀委員はどうしたんだ?あんだけ酷い泣き言が学園中に響き渡ったんだ。俺が相手してる間に誰か来ると思ってたんだが」

そう聞くと、木ノ崎は首を傾げて眉根を潜める。

「やー、それ俺も聞きたいんですよね。俺のあの叫びって要は風紀委員の人へのSOSだったわけなんですけど、何故かだーれも来てくれなかったんですよね。酷くないっすか?池上先輩が来てくれるとは思って無かったですけどまさか广(まだれ)や厳島のヤロウまで来ないとは…、俺の人望が名蔵先輩に疑われちまうっすよ」

「まだれ…って奴も風紀委員の人間か。そっちは知らないが厳島は確かにこっち来てもおかしくないと思ったが…。用でもあったんだろうか」

「こんな昼間にっすか?ナイナイナイ。どうせ皆俺の事置いて昼飯食いに行ったんですよ。ねー、だから名蔵さんへルプミー。俺このままじゃボッチ飯なんすよ寂しさで死んじまいますって。ここは一つ後輩を助けると思ってー、何卒何卒」

「あー寄るな寄るな、うっとおしい。そもそも俺に聞くな、能代と一緒に食べるんだからアイツに許可を取れってんだ」

そこまで言った所で、ふと気になった事があり俺は木ノ崎から西村先生へ話し相手を変える。

「……因みに西村先生、昼の予定って…」

「ん?何を今更。何回も言わせるなよ名蔵よ」

「…………」

  やはり、西村先生はこの後も着いてくるようであった。木ノ崎はともかく流石に西村先生に対して俺も能代も邪険にする事はあり得ないが俺みたいな奴と一緒に居た所で何が面白いのかと本気で心配になる。美術部員をほっぽり投げてまで密着する相手では無いだろうと思いながらも悪態を吐く気にもなれず、代わりに溜息を吐いて諦めた。

「……もう好きにしてください…、先生も物好きな事です。俺なんかにまとわりついても面白味なんて無いでしょうに」

「いや、ダウト。咲良普通の学生より明らかに面白い日常送ってるって」

「いやいや、中々楽しいぜ?こんな毎日を送ってんなら暇とは無縁だろうよ」

 二人して俺の事を楽しい日常を送っているなんて宣うが、今日が明らかに異常でいつもだったらここまで騒がしい一日を過ごす事は無い。それはこの後にも言える筈で、実際午後の予定なんて持ち込んだ夏の課題を進めようか程度だった。

「えー酷いっすよ名蔵先輩!西村先生が良くて俺がダメな理由なんてないじゃないですかー!贔屓だ贔屓!俺も混ぜて下さいよー。そっちこのままならどうせ奇数でしょ食堂の席使うなら三人も四人も変わんないですって!」

 西村先生の後に続こうとめげずに頼み込んでくる木ノ崎。俺としては別段断る理由は無いのだが、俺と一緒にいる事で悪評が広まる可能性や能代が嫌がる可能性があってこの場では可否を口に出来なかった。そうこうしている内に能代が待っているであろう体育館前まで戻ってきた。ちらりと見たCODEには何も連絡が来ていないと言う事は、まだ此処に居るだろう。

「お前居たら絶対五月蠅いだろ…、騒がしいのは嫌いじゃないが度が過ぎるのは勘弁だ」

「飯中は静かですって俺!なんなら70db以上で何か喋ったら100円貯金してっても良いっすよ!」

「諮りようが無いだろ…ったく。さっきも言ったがどうしても一緒に食いたいなら能代に許可を取れ。アイツが良いって言うなら俺も…」

 文句は無い、そう言おうとした所で突然中から予想外の人間の声がした。

「じゃあ私達の勝ちだね。名蔵君」

「は?」

 木ノ崎の相手で思わず反応が遅れてしまったが、一瞬遅れて間抜けな声と共に前へ振り向く。

「こ……この声は…」

「ほらー、だから言ったじゃん池上委員長?名蔵君は絶対に能代ちゃんがオッケーって言ったら大丈夫だって言うはずだからこっちに来たほうが良いって。賭けは私の勝ちー」

「本当に恐れ入った、まさかここまで予測して動くとは。流石は星読みの生徒会長殿だな」

「ちょっとちょっと、そんな二つ名付いてるのあたし?聞いてないよ。なんか最近変な呼ばれ方してるなぁ…。前の名蔵君に言われたのももしかしてあながち間違いでは無い?」

「それって確か歩く自白剤でしたっけ?何か本当に凄い呼ばれ方してますね、会長は」

「シャラップ厳島君。その呼ばれ方はかっこ良くないから私は嫌いです。そんな事言ってる人見かけたらお仕置きするんだけどなー」

 飄々と喋る女を中心に入口には五人の男女が集まっていて、楽しそうに話をしながら階段を降りて来ていた。そのほぼ全員が俺の知っている人であり、木ノ崎は口を開きながら呆然としていた。そして、大声で彼らの事を呼ぶ。

「か、会長!それに池上先輩や直哉、广まで!何で皆ここに居るんだですか!?」

「完全にテンパっちまってるな、木ノ崎の奴ぁ。…とは言え俺も驚きだが」

 そこに居たのは湖宮や池上先輩、直哉に广と呼ばれた後輩、そして制服に着替えた能代が並んでやってきた。

「ふふーん、話をするとそこそこ長そうだから後で話すけど、キノの願いを叶える為に私は外堀から埋めてたのでしたー。と言うわけで…お疲れー、キノ」

 湖宮は俺から引っぺがす様に木ノ崎を奪い取って自分の胸に掻き抱いた。後ろの方で广と呼ばれた女子が喧嘩腰で湖宮の持っている木ノ崎の引っ張り合いをしていたが、そんな事よりもと能代の方に顔を向ける。俺の顔を見た能代は一言。

「済まない名蔵……丸め込まれてしまった」

「いや~、今日のお昼は賑やかそうだねぇ、咲良」

短く詫びを入れられて、俺は騒々しい一日がまだ続くのかと項垂れるしかなかった。

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陽炎の少女2 とある狂犬の一日 夢ノ仲人 @yumenonakoudo

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