片道勇者 滅びの闇と繰り返す英雄

原作・監修:SmokingWOLF 著:紅仗直/DRAGON NOVELS

おおきな代償 ― ドM王女と耳長詩人 ―

 ――思っていた勇者様とは、な~んか違うんだよなぁ。

 

 世界を救うための旅に出て一週間が経過したわけだけど、

 わたしの中での彼の印象は、なんとも微妙なものだった。


「どうしたんだい、イーリス? ずいぶんと悩ましげな顔をしてるね」


 お供の小妖精らしく隣をふんわり飛んでいたわたしに、

 勇者様はやさしさとも呼べるほどの笑みを向けてきた。


「あっ、な、何でもないよ! ただ、今日もよく晴れてるな~って。あはは……」


 取りつくろうように宙を舞うと、つられて勇者様が空を仰ぐ。


「たしかに雲ひとつない青空だね。まるで世界を救おうと決意したボクらの迷い無き心を映したかのように美しい。あぁ……またひとつ素晴らしい詩が浮かんできたよ」


 わたしの言葉が創作意欲の呼び水となったのか、傾斜のきつい山道を歩きながらも勇者様は、ほがらかな笑みを浮かべたまま鞄から手帳を取り出して、詩を記し始める。


 ――あいかわらず暢気だなぁ。

 

 こうしている今も西方からは世界を呑み込もうとする〈闇〉が迫っているのに……。

 

 溜息をつきつつ、わたしは勇者様へと視線を流す。


 ――きれいな白金長髪。

 

 耳長人特有のピョンと突き出た凜々しい耳。ほっそりとした身体に、あどけない中性的な顔立ち――それはもう、だれが見たって美少年の風情。

 

 おまけに背負っているのは年季の入ったリュートで、小さな色白の手には羽根つきのペン。でもって、口にするのは美辞麗句ばかりときたもんだ。


 そう。この勇者様、実のところ耳長人の里で生まれた詩人でしかない。

 対するわたしは、人間の十分の一ほどの体躯で宙を飛び回る人工妖精。


 そんなわたしたちはヴィクター王(この人がわたしの創造主様ね)に救世の任を託され、この世に闇を産み落としたわるーい魔王を倒すために旅を続けているってわけ。


 ――生まれて初めて外の世界へと連れ出してくれた勇者様。


 最初は、優しいうえに、ただよう耽美たんびな雰囲気もあいまって、カッコイイなぁー、などと思っていたんだけど、道中、ことあるごとに思いつくまま詩を書きためるし、きれいな景色に出会せば、そのつどリュートを奏でて見境なく歌い始めちゃうし……。


 つまるところ、この勇者様は夢見がちな変人だったのだ。


 おまけに魔物と出会しても戦うことは殆どしないし、進路や言動も旅人のセオリーに外れた選択ばかりで、わたしにとっては、山の天気以上に予測不可能な存在だった。


 正直、こっちはついていくだけでも精一杯。

 でも、その破天荒はてんこうさが功を奏したのか、旅の途中で思わぬ仲間を得ることができた。



「――てやぁっ!!」



 凜々りりしい声はわたしたちの前方から――そこには重厚な大剣を振り回し、わたしや勇者様よりも先んじて、山道にあふれる魔物たちを斬り伏せていく美しい女性がいた。


 彼女の名はフリーダ。

 ヴィクター王の養女――つまりはわたしの国(もう闇に呑まれたけど)の王女様だ。


「あぁ。今日も今日とてフリーダの剣技はまさに一騎当千。彼女の類い稀なる武勇と美貌びぼうがあれば安心して先頭を任せられるね」 

「いやいや、感心してないで勇者様も一緒に戦ってあげてよぉ! 昨日からず~っとフリーダ王女ばかりに戦わせてるじゃん!」


 わたしの剣幕になど一切動じない勇者様。

 でもって、返ってくるのはやさしげな微笑と、仕方ないよ、という言葉。


「彼女がひとりで戦うと言って譲らないんだ。ボクが加勢しようとすると嫌がるし」

「その通りですよ、イーリス」


 最後の魔物を叩き斬った大剣を血振りして、すずしげに笑いかけるフリーダ王女。

 よーく見れば、あちこち噛み傷や打傷を負っている。


「で、でも……フリーダ王女が、これ以上傷つくのを見ていられないんです」

「そんな悲しい顔をしないでください。この傷はわざと受けたものですから」

「逆の意味で心配ですって! 避けられるならちゃんと避けてくださいよ!!」

「そうだよ、フリーダ。あんな攻撃も避けられないなんて、キミは本当にニブいね」

「はぅ――ッ!」


 横槍を入れてきた勇者様の言葉を受け、へなへなとへたり込むフリーダ王女。

 

「ハァ……ハァ……勇者様ったら、なんてヒドい言葉を……」

「そうだよ! 一生懸命戦ってくれたのに、どうしてそんなことが言え――」

「やはり勇者様こそ私が待ち望んでいた方です! ささ、もっと罵ってください!」


 ……え?


「まったく、なんて卑しい王女様なんだろうね……。でも、そう簡単に褒美ほうびをもらえると思ったら大間違いだよ。さぁフリーダ、わかったらさっさとヤツらを倒すんだ」


 微笑まじりで勇者様が指し示す先に、はやくも新たな魔物たちが出現していた。

 

「承知致しました、勇者様! でも、キラーハウンドの群を単身で倒せだなんて……あぁ……きっと……あんなところやこんなところまで噛まれてしまうのでしょうね」


 言葉とは裏腹に、ウフフフ、と期待に充ち満ちた笑みを浮かべるフリーダ王女。

 かと思えば敵前へと嵐の如く突進し、肉厚の大剣を縦横無尽じゅうおうむじんに振り回していた。 

 

「……やれやれ。王女様の戦意を高揚させるためとはいえ、これっぽっちも心に浮かべていない刺々しい言葉を口に乗せるのは、なんとも心が痛むものだね、イーリス」

「そのわりにはノリノリでやってるように見えたけど!?」

 

 ……うーん。

 勇者様は言うまでもないけど、やっぱりフリーダ王女の様子もおかしいんだよね。


 王国にいた時は物静かではかなげな王女様だったのに、こうして一緒に旅をするようになってからというもの、なんだか積極的にひどい目に遭うのを求めているような……。

 

 そんな物憂げなわたしを案じたのか、勇者様は、


「でも、ボクだってこのままの状況を良しとするわけじゃないさ、イーリス」


 と優しげな言葉をかける。


「歌や詩の力で平和を勝ち取れるなら、それに越したことはないけれど、ボクだって勇者として名乗りをあげたからには、世界を救うに足る力を手に入れるつもりだよ」


 ――ぞくり。 

 と、ふいに妙な怖気おぞけを覚えた。

 

 向けられた双眸そうぼうに、それまでの勇者様からは想像もできない程の凄みがあったからだ。


 ――まただ。


 ふとした瞬間に、勇者様はまるで老練なヴィクター王にも似た深淵な眼光を宿す。

 耳長人は長命の種族とは聞いているけど、それでも説明がつかないほどの威風だ。


「勇者様、この山道を進めば、本当に魔王を倒せるようなスゴい力が手に入るの?」


 わたしはおずおずと問い掛ける。


「うん。昨日も言ったように、この先に禁断の魔法を知る者がいるって噂だからね」


 ――禁断の魔法。

 

 勇者様は伝承によって知り得たと言ってるけど、そんなものが存在するのだろうか。


 でも惑いや疑惑を抱えるわたしとは裏腹に、勇者様の歩みに迷いは一切見られない。



 ――そうして陽が中天の空にたたずみ始めた頃。



 わたしたちは鬱蒼うっそうとした山奥にぽつんと佇む、掘立小屋の前に辿り着いていた。




              *   *   *               




「……何の用だ?」


 戸を叩くより先にわたしたちの気配を察したのか、住人は自ら姿を現した。


 ――壮年の男性。

 伸ばし放題のモッサリ黒髭に、落ちくぼんだ目、そして着古した衣服。

 

 へんぴなところに住む者かくあるべし、と言って差し支えない世捨て人の風体だ。


「突然の来訪をお許しいただきたい」


 勇者様は胸に手をあてて、優雅な所作で頭をさげる。うしろに控えていたフリーダ王女も王国流の礼節によって不審さを払い、それをもって勇者様はさらに語を継いだ。


「ボクたちは、とある国の王命により救世の旅に臨んでいる者にございます」

「やれやれ……お前たちもまた、俺が持つ勇者としての力を目的に来たのか」


 うんざりとした様子で深く重たい溜息をつくと、彼は続けた。


「悪いが……お前たちに力を貸すことはできない。帰ってくれ」

「えっと、力を貸せないって、もしかして名誉の負傷とかが原因だったり……?」


 わたしの問い掛けに、彼はかぶりを振った。


「……単に面倒なだけさ。俺はもう……この家からは出たくないんだ」

「なるほど。さしずめ『引きこもりの元勇者様』ということですね?」


 フリーダ王女の明け透けな物言いにやや気後れしながらも、元勇者はうなずいた。


「でも、ここにも闇は迫ってるんだよ? ぐずぐずしてたら呑み込まれちゃうって」

「……結構なことじゃないか、小妖精。死後にこそ究極の隠居暮らしの場があろう」


 それに――と、元勇者はわたしたちから視線を外して言い捨てる。


「もう、疲れたんだ……。勇者として多くの人々や地を救ってきたが、その度に新たな邪悪が台頭たいとうした。結局、世界なんてのはその繰り返しさ。付き合いきれんよ……」


 はぁ、と溜め息をこぼす元勇者。

 

 そこには、底無しの倦怠けんたい退廃たいはいによって淀んだ、重苦しい感情がにじんでいた。

 

 ここまでの旅路で目にしてきた人たちと同じ。

 彼もとうに心が擦り切れてしまっていたんだ。


「どうしよう勇者様。これじゃあ山奥にまで来たのに無駄足になっちゃうよぉ……」

「心配しないで、イーリス。ここまでは前回と同じ。まだあわてる段階じゃないさ」


 ――前回?

 

 抱いた疑念をわたしが言葉にするよりも先に、勇者様は元勇者へ向けて言い放つ。


「ボクたちは、貴方の武勇に頼ろうとしているのではありません。欲しいのは、貴方が知る禁断の魔法にまつわる叡智えいちです」


 その言葉に、元勇者の表情が鋭いものになった。


「お前……どこでそれを?」

「さぁ。吹きかける風の心地よさを知れど、その出所を探ることには興味が向かないタチでしてね。耳に入った噂や伝承の発信源については僕自身も知らないのですよ」


 持って回った口振りと共に、人好きのする笑みを浮かべる勇者様は、


「ですが、闇の脅威から世界を救いたいと願うボクの心は、間違いなくこの胸奥によってつちかわれた花咲ける勇気に他なりません。それをどうか、信じていただきたい」


 ともすれば鼻白はなじらむような芝居がかった言動。

 なのに彼がやると、どうしてだか様になる。


 元勇者も、わたしと同じように感じ取ったのだろうか。

 面くらいながらも、どこか感心したように数度頷くと、


「……奇妙な感覚だ。かつて勇者として多くの地を旅歩いた身だが……お前のような者は始めてだよ。その声音にも、所作にも、名状しがたいほどの重みを感じる……」


 それは天性の人垂らしゆえか。あるいは途方もない計算ゆえか。

 いずれにせよ、その言葉に嘘はないのだと信じてくれたようだ。


「やれやれ。危険に過ぎるこの魔法は、自分だけが抱えて死ぬつもりだったが……。あと数日で潰える命だ。心から世界を救わんとするお前たちにならば、伝授しよう」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます!」


 喜ぶ勇者様とフリーダ王女。


「――だが」


 と、嬉々とした二人をいさめるように、元勇者は語調を低くして告げる。


「この魔法を伝授するには多くの危険が伴うぞ」


 重苦しい沈黙がわたしたちの間に流れ始める。けれど――

 

「もとより覚悟の上です!」


 フリーダ王女は元勇者をしっかりと見据え、胸に手を宛てて凛然と言い放った。


「不肖フリーダ、どのような罵倒やはずかしめにも耐えてご覧に入れましょう! ゆえに、手加減など無用! ――いえ、むしろ手を抜こうものなら私、怒りますからねッ!!」


 うっすらと頬を染め、期待に染まった眼差しでハァハァと力説するフリーダ王女。

 

 そして。

 

 王女の予想外な反応にたじろぎながらも、元勇者は得心が行ったように深く頷いた。


「場所を移そう……。ここで伝授するには、あまりにも危険な魔法だからな」




              *   *   *               




 ――辿り着いたのは、小屋から少し離れた見晴らしの良い山内の崖縁がけふちだった。

 

 元勇者はその先端に立ち、わたしたちは少し離れた場所に三人で並んでいる。


「あの、どうしてこんなに距離を取るのですか? これでは草木の遮りによって貴方の姿が見えづらいのですが」


 勇者様が当然の疑問を口にする。


「見えづらいくらいがちょうどいいんだ……。

 近すぎれば、お前達が精神的なダメージを負うことになるだろうからな」


 どういうことだろうか、とわたしたちは三人で顔を見合わせた。

 が、時間が惜しいとばかりに元勇者は魔法について語り始める。


「いいか。そもそも魔法は理力とは大きく異なるものだ。理力が日常的に使用するものに対して、魔法は大きな代償を背負うもの……故に相応の覚悟が必要となるのだ」

「――おっ、大きな代償ッ!?」


 フリーダ王女が目を輝かせて大声をあげる。


「い、いったいどのようなご褒美が……あっ、い、いえ、どれほど凄惨なことになってしまうのでしょうか! 実は私、もう並大抵の苦痛では満足できなくて――――」

「フリーダ、ちょっと落ち着こうか」


 微笑とともに王女の腕を掴む勇者様。

 こくこくと頷き沈静していく王女様。

 

 なんかもう主人と飼犬みたいだ……。

 

 閑話休題――勇者様は改めて元勇者へと言葉を返した。


「代償を伴うということは、この魔法は何度も使えないということですか?」

「使えないというより、使う必要がない――と言った方が正確だろう。この魔法は対象を攻撃するものではなく、自分自身を半永久的に強化する類のものだからな……」

「半永久的に?」

「ああ、使用者が死なない限り効果は続く」

「な、なんだか呪いみたいにも聞こえるけどぉ……」


「……呪い、か」わたしの言葉を受けて、元勇者は自嘲めいた笑みを零す。


「言い得て妙かもしれんな……。なぜならこの魔法を使った者は、その生涯において二度と服を着ることができなくなるのだから」


 …………。


 わたしだけでなく、フリーダ王女も、そして、それまでどんなことがあっても悠然とした素振りを崩さなかった勇者様までもが言葉を失い、三人そろって真顔になった。


「すみません……もう一度お願いできますか?」

「使用者は二度と服を着ることができなくなる」


 フリーダ王女の問い掛けに、若干くい気味な感じで元勇者は即答した。

 

 どうやら聞き間違いじゃないみたい。


 ということは――、

 

「その魔法を使ったら、世界を救えたとしても誰とも会えくなっちゃうんじゃ……」

「安心しろ、小妖精。服は着られなくなるが、ブーツくらいなら履けるだろう」

「焼け石に水じゃん! 一部の人にしか喜ばれないって!!」

「さらに頭も悪くなるし、人に好かれることもなくなるだろう」

「願ったり叶ったりですね♪」

「ふんだりけったりだよッ!」


 満面の笑みを浮かべるフリーダ王女に、無礼ながらもタメ口でツッコんでしまった。

 

 そんなわたしとは裏腹に、はやくも冷静さを取り戻したらしい勇者様は、


「……それほどの代償を伴うならば、得られる力は相当なものなのでしょうね」

百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかず……実際に使用者の末路を知ることが伝授にも繋がろう」


 出逢ったばかりの旅人に授けるには、それはどう考えても帳尻の合わない秘技だ。

 けれど、互いの覚悟を理解しあった今、どちらも退くことは頭にないようだった。


「さぁ、しかと目に焼き付けるがいい……そして此世を救う武器とせよ」


 元勇者は腰元に携えていた剣を手に取り、頭上を仰いで両眼を閉じる。


『この胸に抱くは――もう二度と服を身につけられなくてもいいという覚悟』


 突き上げられた剣と共に詠唱が空へと昇る。


『それはつまり――もう二度と文明社会で生きられなくなることを意味する』


 刹那せつな、頭上の晴天に暗雲が垂れ込め始めた。


『原始の神よ……今こそ、あるがままの大自然の力を――――この手にッ!!』


 転瞬――稲妻が元勇者の身体に落ち、目が眩むほどの光が辺り一面を覆い尽くした。


「な、なんという輝きでしょうか!?」

「それに、この風圧……そうか、禁断の魔法とは風属性の魔法のことだったんだ!」


 フリーダ王女と勇者様の驚声が、眩しさに目を瞑ってしまったわたしの耳朶を打つ。

 

 そして。

 

 再び視界が正常に機能し始めると、わたしたちは揃って驚きに目を剥くこととなる。


 だって……。

 

 そこには一糸まとわぬ男の裸体が、青空の下で惜しげも無く晒されていたのだから。

 

 「…………」

 

 中年の男が、自らの裸体に視線を落としている。

 

 落雷によってなのか、それともその身から噴き出す強風のせいなのか。

 とにもかくにも、彼がまとっていた衣服は跡形もなく消し飛んでいた。

 

 「…………ッ!」

 

 あ……。

 

 目が合っちゃった。


「ぐあぁー!! こ、これは恥ずかしいぃ! そんなにまじまじと見ないでくれ~!」

 

 大声をあげながら困ったような表情を浮かべる元勇者。

 

 なのにその両手は頭の後ろに添えられていて、さっきまで握っていたはずの剣を股に挟んだままグイッと腰を突き出し、自身の肉体をこれでもかと見せつけてくる……。

 

「何を表現したいの!? アートなのそれ!? 全然わかんないよ!」


 思わずツッコんでしまうわたし。

 

「おっと、こいつは失礼。だが今さら隠し事をする仲でもないだろう?」


「あわわわわ――――っ!! そ、そんな格好で握手を求めに来るな~!」


 はっはっはー、とさわやか笑顔でわたしたちへと歩み寄る元勇者。


 こうなることを見越して彼はわたしたちと距離をとっていたはずだろうに、今なお中年男性の身体から放たれる物凄い風が周囲の草木をブォンブォンと蹴散らしていく。


「くっ……まずいぞ、このままでは遮るものが何もなくなってしまう!」


 凶悪なドラゴンと対峙しているかのような危機的雰囲気で勇者様が後退あとじさる。


「正直、放置したい気持ちの方が強いのですが、国を失ったとはいえ、私は王女……。公序良俗のためにも彼に私の服を着せる――というのはどうでしょうか、勇者様?」

「了承を得る前に脱ごうとしないでくれ、フリーダ! 全部を明け渡そうとするその気持ちは嬉しいけど、とりあえずはマントだけでいい! さぁ、はやく脱ぐんだ!」

「あぁ――ッ! ゆ、勇者様がわたしのマントを乱暴に引っ張って……ッ! ええ、いいですよ! そのままひと思いに破いてくださっても全然かまいませんからぁ!!」


 うっとりとするフリーダ王女を無視しつつ、勇者様がぞんざいにマントを剥ぎ取る。


「イーリス、頼む! これを彼に!!」

「ええええええええええええええええええええええ! わ、わたしがやるのぉ!?」


 頼む、と視線で訴えかけられ、私はしぶしぶマントを元勇者の頭上へ運ぶ。


「ほら、これで身体を隠して!」

「なるほどなー! これならば、なんとか身につけることができるかもしれん!」


 いきいきとした表情でマントを掴み、すぐさま装着してみせる元勇者。


「よかった……これでひと安心――」

「――いやっ、まだだ、イーリス!!」

「……え?」


 視線を元勇者へと戻し、わたしは愕然とする。


「ハッハッハ、これまた新鮮な感覚だな! どうだ、カッコイイだろう、小妖精?」

 

 彼の肉体から際限なく吹き出る風のせいで、マントが常に全力ではためいている。


 つまりは何も隠せていない……。

 しかも元勇者は余裕の仁王立ち。


「せめて手で隠す努力しようよ!」

「手で隠したら戦えないだろう?」

「いま戦ってないでしょおおお!!」


 混乱するわたしとは対称的に、にこにこ顔の元勇者。


「あの……心なしか人格まで変わっていませんか?」


 フリーダ王女がひそひそ声で勇者様に問い掛ける。


「知能減退によって〈悩む〉という行為すら忘れてしまったのかしれないね」

「ていうか羞恥心までなくしてない!?」

「おやおや~? 内緒話だなんてつれないじゃないか、俺も話にまぜてくれよー!」


 颯爽と走り寄って勇者様とガッチリ肩を組む元勇者。

 

 フリーダ王女も――せめて両手で目を覆うくらいのことはしてほしいんだけど――元勇者の身体から溢れる強風への興味が優先してるようで、これでもかと裸体を凝視。


 なんなの、この状況……。


「おや? ところで俺はなんで禁断の魔法を使ったんだっけか? むむむ……ダメだ。まるで澄み渡る青空のように頭が晴れ晴れとしてしまってなー! 思い出せんッ!」


 あ、これ話したことも悩みも全部まとめて記憶から消し飛んだ顔だ。

 

 仕方なく、わたしたちは今までのことを全て説明してあげることに。


「ああッ! そういえばそんな話だったな! いやー、忘れていたよ、アッハッハ! だが、そんな危険なヤツが世界にいるなら、誰かが倒さなくてはいけないなぁ!」

「仰る通りです。だからこそボクたちは貴方に禁断の魔法を――」

「こうなれば勇者再開だ! おじさんが魔王やっつけてきちゃうぞーワッハッハ!」


 ……はぇ?


「いくら元勇者といえど全裸で旅立つなんて初めての体験だからな! これはもう、恥ずかしいなんてレベルじゃないぞぉ! イヤッホ~~~ゥ! ウッホホーッ!!」


 わたしたちが何かを言う暇もなく――。

 その身から放たれる風に押されてすさまじい速さで走り去っていく元勇者。

 

 バキバキバキーンと山林の大木がなぎ倒されていく音が遠方で響き始める。

 

 後に残されたのは、無残に荒れ果てた山道と、怖いぐらいの静けさだった。


「……あんな人と一緒に旅することにならなくてよかったね」


 わたしの言葉に、頷きで応える勇者様。

 

「今でも心根こころねは善人なのだろうけど、あれじゃあ、行動を共にするのは難しいかな」

「それにあの状態が続くとなれば、これから出会う全てにさげすまれることでしょうし」


 ――なんとも羨ましい限りです!

 とフリーダ王女が垂涎すいぜん状態でのたまってたけど、疲れ果てたので知らんぷりする。


「でも真面目な話、あのまま彼が魔王を倒しちゃう可能性は、あるかもしれないね」


 冗談とも本気とも取れるような勇者様の言葉。

 

 それはそれで世界にとっては、ありがた~いことではあるんだけど……。

 どうしてだろう。

 魔王には何としてでも負けてほしくないなぁ、と思ってしまうのだった。




              *   *   *               




 翌日、わたしたちは魔王を倒すために再び東へと歩みを進めた。


「ねぇ……いつか勇者様も禁断の魔法を使う時がくるのかな?」

「……いいや。この次元では恐らく使う可能性は低いだろうね」

「ジゲン?」

「あ……ううん。何でもないよ、イーリス。忘れてくれ」


 勇者様はどこか寂しそうに微笑んだ。


「けど、そうだね……。いつかどこかで、あの魔法を使うことでしか皆を守ることができない状況に陥ったとしたら、ボクはきっと迷いなくキミのために脱ぐだろう!」

「言い方ぁ――ッ!」

「ふふ、想像しただけでも興奮しちゃいますね! その時は勿論私も一緒ですよ!」

 

 本当に大丈夫かなぁ、この二人で……。


 禁断の魔法を会得したというのに、先行きにちょっぴり不安を覚えるわたし。

 けど、不思議とあの山を登る前より勇者様のことを信頼している自分がいる。

 

 勇者様もフリーダ王女も、世界を救う為なら己を犠牲にする覚悟がある。

 そのことをわたしは、もうどうしようもないほどに知ってしまったから。

 

 ……そりゃあ、まぁ、たしかに、思っていたような勇者様ではなかったけどさ。

 

 でも彼だからこそ、想像もしなかったような未来けつまつに導いてくれる気がするんだ。

 

 ――わたしは人工妖精イーリス。

 勇者の助けとなるべく一国の王によって創られた妖精だ。

 

 だからね、勇者様。フリーダ王女。

 

 「わたしだって、あなたたちの助けとなれるなら一肌も二肌も脱いじゃうからね」


 ふたりの眼前に舞い上がり、わたしは誓うように告げる。


 東に見える空は、今日も雲一つない青空だった――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

片道勇者 滅びの闇と繰り返す英雄 原作・監修:SmokingWOLF 著:紅仗直/DRAGON NOVELS @dragon-novels

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る