美髯

深川夏眠

美髯(びぜん)


 あるところにマトンチョップスの王様がいました。食べ物ではありません、ラムチョップの親分ではないのです。

 マトンチョップスとはヒゲのデザインの名前です。もみあげと繋がった頬髯ほおひげで、口もとに向かって幅広になり、顔の輪郭を覆う、斧のように見えるスタイルです。

 さて、まだ若いマトンチョップスの王様は、可憐な乙女を娶りました。姫には王の濃い頬髯が少しうっとうしかったのですが、よく見ればハンサムですし、優しくて思いやりがあるので、結婚は正解だったと安心しました。

 しかし、次第に妙な噂が耳に入ってきました。王のひげは醜い傷痕を隠すための付けヒゲだというのです。姫は真偽を確かめようと、寝酒に一服盛って王に高鼾たかいびきをかかせ、そっと髯に触れてみました。

「おお、剥がれるわ」

 ペリ、ペリ、ペリ……。

「あら、まあ!」

 付け髯の下に広がっていたのは傷ではなく、角の丸い三角形の闇でした。恐ろしかったけれど、何やらキラリと光ったので、姫は身を乗り出して覗きました。虚空にキラキラ輝く星々。指を伸ばすと冷たい感触がして、星の一つが姫のものになりました。それは掌の上で艶やかな飴玉に化身したので、姫は喜んで口に放り込みました。飴は南国の果実の甘さで姫を愉しませたのち、泡のようにシュッと消えてなくなりました。

 とても美味しかったので、もう一つ欲しいと思った姫は、寝返りを打った王の、さっきとは反対の頬髯を剥がそうとしました。

 すると、王は不意に目を見開き、姫の華奢な手首をグッと掴んで、

「こちら側は、やめておいた方がよいぞ」



                【了】



◆初出:note(2015年)退会済。

◆私家版『珍味佳肴』(2016年2月刊行)収録。


⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/hZ6TDJKo

*縦書き版はRomancer『珍味佳肴』で無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=20414&post_type=epmbooks

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美髯 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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