月虹

深川夏眠

月虹(げっこう)


 兄妹きょうだいは同居する叔母様におつかいを頼まれた。幼い子供を日暮れに外出させるのは妙だと兄は思ったが、小さな妹は乗り気で妙にはしゃぎ、張り切って首に赤い紐を掛け、叔母様に貰った縮緬ちりめん蝦蟇がまぐちををぶら下げた。何を入れてきたのか訊いても、ウフフと笑うだけで答えない。

 ベンチに座って待っていると、バスがやって来た。初めて見る車体で、会社名にも行き先にも心当たりはない。兄は黙ってやり過ごそうとしたが、妹はパッと立ち上がった。後方のドアが開いて、紺地の制服を着た車掌が一礼した。美しい猫と少年の掛け合わせのようだが、出て来た言葉は人間のそれで、

「奥のお席へどうぞ」

 とまどう兄をよそに、妹は蝦蟇口から金貨を二枚出して車掌に渡した。いや、金貨を模した包み紙の、メダルをかたどったチョコレートだ。だが、猫眼の車掌は白い手袋を嵌めた手で恭しく受け取った。

 着席すると、前の椅子の背凭れのポケットにチラシが入っていた。


  この車両は月虹の宵のみ

  循環ルートを運行します。


 ややあって、車掌に促され、梯子を上ってサンルーフから身を乗り出した。見上げると、叢雲むらくもを結ぶように七色の太鼓橋が架かっていた。



                 【了】



◆ 初出:note(2015年)退会済


*縦書き版は

 Romancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』にて無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts


**参考:Romancer版『珍味佳肴』収録「月虹」圧縮バージョン

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=20414&post_type=epmbooks

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月虹 深川夏眠 @fukagawanatsumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説